体が動かなくなった。息ができなくなった。
焦らずそう客観視できるほど、私は冷えた。
冷水を浴びたような冷え方ではない。元から私のものではなかった借り物のエネルギーが、それを消費していた身体から本来の持ち主に返却されただけだ。
言うなれば、電池が切れたから、ロボットが動かなくなった。
そんな簡単な話にすぎない。
もっと正確に言えば、電池が変質したのだろう。この機械に適合しない物質に変化してしまった。
だから、冷えたのだ。
……そうか。
魔法少女は、この時に至ってようやく真実にたどり着けるんだ。
そして、真実にたどり着いたときに、この感覚を味わう。
希望を持ったって意味がない。抗わずに、揺りかごに身を委ねていよう。
こんな感覚を。
こんな絶望の味を。
きっと、真の終わりだ。
最期の意識では何を考えればいいのだろう。
私は元々終わるつもりでここまで来た。だから、臆病者の私の代わりに全てを終わらせてくれた神様に感謝すべきなんだろう。
きっと感謝すべきだ。
だけど。
憎い。
憎いよ。
なんで。
なんで。
なんで……?
なんで幸せな夢を見ている真っ最中に私からそれを奪うの?
もしハッピーエンドを迎えられないのなら、幸せな夢なんて要らないよ。
最初から灰色の中で消えていければ、こんな苦しみはなかった。
許せない。もう散々苦しんだのに、私に残された最後の温もりさえも奪い取る。
私に幸せを与えた上で、この幸せをズタズタに引き裂いてくる。
こんな悪趣味な世界を、どう許そう。
だって、帆奈ちゃんが手料理を食べてくれた。
帆奈ちゃんにお姫様抱っこしてもらった。
帆奈ちゃんに看病してもらった。
帆奈ちゃんに手を繋いでもらった。
なんで欲しかった幸せが手に入りそうになった瞬間にそれを取り上げるの?
許せない。
許せない……!
この憎しみを、必ず世界にぶつけて、このふざけた全てを壊す。
そうしないと、私は――――
「――――――瀬奈ッ!」
……え?
真っ暗闇の中、帆奈ちゃんの声が聞こえた。
まるで光のように射し込んできて、思考さえ絶望に染められようとしたこの容器の中を照らす。
流し込まれる熱。手足はもう動かないけど、目なら、辛うじて開けられる。
最後に一目だけ、この世界を見てみよう。
私の憎んだ世界を。
ゆっくり、ゆっくり。壊れた電池の、まだ変質していない部分を抽出して、視覚に込める。
重い。目の筋肉って、こんなに重かったんだ。
それでもゆっくり開ければ、見えるはず。
そこには、私の世界がある。
そう、私の、最後の思い出になる景色は――――
…………帆奈ちゃん。
なんで、まだ諦めていないの?
「瀬奈ッ! 瀬奈、しっかりして! 瀬奈……ッ!」
聞こえてくる。未だに私を呼ぶ声が、真上から聞こえてくる。
高くて幼いのは一緒。だけどいつもは落ち着いているのに対して、今の帆奈ちゃんの声は涙交じりにひどく揺れている。
ああ、私、間違ってたんだ。
死んだら傷痕を少しだけつけられればと思っていたはずなのに、そうじゃなかった。
私、バカだった。
ダメだよ、帆奈ちゃんにそんな顔をしてほしくない。
どうせなら、笑っていてほしい。
だって……綺麗なんだ。この世界。なんだか、綺麗に見えてしまう。
憎いはずの世界が、今はどうしようもなく綺麗で。
帆奈ちゃんの向こう側にある太陽が、落ちる定めなのに、まだ必死に輝いている。
帆奈ちゃん、私は落ちていく太陽が好きだった。
自分がここにいた証拠を残そうと、あんまりにも眩しく輝くから。
でも、本当は昼の青空を好きになりたかったと思う。
そうやって力強く輝かなくても、安心してきらきらした世界に包まれることができて……。
こんな綺麗な世界を見ていると、涙が込み上げてくる。
帆奈ちゃん、私、ようやく分かった。
私、青空のような世界に包まれていたかったんだ。
ずっと信じられなかったおとぎ話がこんなに近くにあったなんて、笑えちゃうよね。
帆奈ちゃんとの世界はきらきらしていた。
帆奈ちゃんはずっと、本当のことを言っていた。
帆奈ちゃんの必死な顔を見て、もう口も動かないのに、今更分かっちゃった。
ごめんなさい。帆奈ちゃん。ごめんなさい。
私は向き合うべきだった。そうすれば私の願いは叶っていたかもしれない。
ずっと帆奈ちゃんから逃げ続けるのではなく、本当のことを伝えて、帆奈ちゃんの言葉を素直に受け取るべきだった。
もしやり直しが効くなら、大切にする。絶対に大切にする。
どんな罪を背負おうと、私はこの願いを抱き続けたい。
帆奈ちゃんと出会って、心から叶ってほしいと願ったこと。私がいつの間にか抱いた、本当の希望。
この希望が美しいものか醜いものかは分からない。
ただ、願いに代償はつきものだということは分かっていた。
直感が私に告げる。
それでも、ああ……帆奈ちゃんが美しい世界で私を呼んでいる。
帆奈ちゃんと、一緒に幸せになりたかった。
帆奈ちゃんに全てを打ち明けて、本当の私として向き合いたかった。
この生と死の狭間で、希望と絶望の境界線で、私の本能は増大した。
沈んでいく意識に対して、身体が主張している。
まだ手があると。
二度と同じ場所に帰れないとしても、この
私は――――
❖終わらない。
魔法はたぶん、一番純粋に、力強く、縋りつくように願った瞬間にその真価を発揮する。
私の魔法は――――最後の足掻きは、私が全意識をその願いに集中させた瞬間、開花した。
汚泥から煌めく鏡の破片を拾い上げるように。
記憶が魂から引き裂かれる。ドロドロな憎しみの沼から、純粋で綺麗な人格が、本来あるべき場所から切り離される。
◇
私はこうして、帆奈ちゃんの意識の中に私を植えつけた。
Route G