6-1 召喚儀式
そこは崖だった。
グラグラ揺れて、いつ落ちてもおかしくない崖。
逃げて逃げて、逃げ続けた先は、崖だった。
もう、道はない。進路も、退路も、ない。
だから、必然だったんだ。
やつが現れなかったとしても、あたしは必ず落ちていた。
下を覗くと、真っ暗闇。
一度囚われたら、二度と上がれない。
そんな忌々しくて、光をも飲み込むどん底。
……飛び込むのに、迷いはなかった。
――――さて!
今や我が身こそ悪意の権化!
加虐の化身、絶望の使徒であり混沌の災厄だ。
陽を飲み込んだ闇には裁きが下される。
常夜に抗う光にどう罰されようか?
……あっは!
◆ ◆ ◆
午後5時。
時々思い出したように、ここで落ちていく太陽を眺める。
この神浜最大級の団地の屋上は、パノラマに見える景色を心ゆくまで独り占めできる穴場だ。
住民でなければ当然知らないし、住民でもわざわざ屋上に来て景色を眺める暇なやつは少ない。だから定期的にこの100万ドルの夕景――――実際は月4万円くらいだが――――を無料で楽しんでいるのはあたししかいないわけだ。
そんな一人の秘密基地で漫然と時間を潰す。
「確かに綺麗っちゃ綺麗なんだけどさ……」
やっぱ、あたしは夜の眺めのが好みなんだわ。
なんつーか、こう。
沈むしかないのは、見ていて腹が立つっつーか。
暗闇に無力さを見せつけられながらも、それでも小さな明かりを灯して足掻いている世界の方がさ、性に合う。
……なんてね!
ここに来ると決まって思い出す光景がある。
夕日を必死に見つめていた、誰かの横顔。
あのときもっと近寄っていけたら、守れたものもあったんじゃないかって。
まあ、今更感傷に浸ったところで何も変えられない。
行動でしか何かを変えることができない。
……そろそろ明かりもついてきた。
そんじゃあたしも見習って、今日も抗ってみるとするか。
「よっと」
身を躍らせて給水塔のてっぺんに乗り、あぐらをかいた姿勢でボロボロな大学ノートを開く。
見た目に反して、グリーフシード3個分くらいには売れそうなノートだ。魔女の性質、魔力の研究、地形の調査諸々をまとめた魔法少女の知恵の結晶である。
新人にとっては喉から手が出るほど貴重な資料集なんだろうけど、残念ながら天涯孤独の身でして、この即戦力級のノートを他の誰かに有効活用してもらう機会はなかった。
それはそれでもったいないから、今こそこのノートを誰かにお布施して、人生最後の善い行いをしてみてもいいかもしれない。
なんて考えながら、パラパラと研究成果を眺める。
ようやく最後のページにたどり着くと、そこはチェックリストで真っ黒に埋め尽くされていた。
もやし×
グリーフシード×
暗示×
魔法陣×
血×
――――――――――――
「んー」
色々試してみたが、どうしてもここに
そこに萌芽があるなら必ず誕生させる。その執念がこのページになるわけだが。
「そうだなー、死ぬか」
最後のチェックボックスだけは空欄だった。それは×で埋まることもなければ✓で埋まることもない定めの箱。
一旦使ってしまうとできたはずのこともできなくなるから、一番はじめに最後の行に書いたわけだが……できることはやり尽くしたのだからしようがない。
魔力が枯れるまで魔法陣に力を込めてみてもダメだったし、肉を削ぎ落としたり血で模様を描いてみたりしてもダメだった。
……絵心がなさすぎたからかな?
ま、何がどうであれ、背に腹は代えられない。いっぺん死んでみるか。
命を得るために命を贄にするのも道理だ。
かの悲恋伝説でも等価交換よりちょっとバランスが悪い
ただ、死ぬにしても死に方は色々ある。
熟慮断行、1回しか挑戦できないからよく考えて選ばなければ。
❖ここから飛び降りよう! (→6-2-1へ)
❖魔力で自分を攻撃しよう! (→6-2-2へ)