銭湯を出て、あたしと瀬奈は夜風に吹かれながら古き城下町を散歩した。
瀬奈には散歩と言っているが、実際は周囲の状況に気を配りながら宿に向かっている最中である。
宿というのは一家離散でできた空き家のことだ。
瀬奈がいない間、あたしは足がつかないように、そして瀬奈が誕生したあと過ごしやすいように宿探しに励んでいた。
学校をやめ、アパートからも出て本格的に失踪人口となったあたしは、お金と未来をなくした代わりに時間だけは持て余していた。
だから、魔女狩り以外にも各地域の地形や空き家を調査したり、他の魔法少女の動向を追跡したりしていたのだ。
20分ほど歩くと、水名の中では比較的に貧しい家庭が集中している建物群の入口にたどり着く。
魔力の気配がないかを探りながら、敷地の中に踏み入った。
「帆奈ちゃん、こんなところで散歩するの?」
「まあまあ、ついてきて」
暗い階段をトントンと上り、死んだように静かな廊下を歩いて2階の一番奥まで行く。
音を立てないよう古びた扉をゆっくり開けると、真っ暗な空間があたしたちを待っていた。
壁のボタンを押して電気をつける。
「わぁ……!」
明かされた内部は、陰気臭い外からでは想像つかないほど広々とした空間だった。
「じゃじゃーんっ! ようこそ瀬奈! 今夜のあたしたちのお家だよ~!」
「今夜の?」
「そだよー! 明日はまた違うからね〜」
靴を脱いで、廊下の先に直行する。
キョロキョロしながらあたしに続いて歩く瀬奈。
「前のお家は?」
「そんなの、捨てたに決まってるでしょ」
「……そっか」
答えると、瀬奈は少し残念そうに肩を落とした。
瀬奈、何回も来るくらいにはあのアパート好きだったみたいだからなー。
高等部に上がらずに奨学金を止められたから、こればかりは希望を叶えてあげられそうにない。
あたしが再度まともに通学し出したらワンチャンあるかもしれないけど……ねぇ?
◇
暖色を基調としたリビングに入り、部屋の状態を確認する。
コンセントよし。水道よし。人の形跡なし。
本日はここまでだ。
これから一軒一軒ブレーカーを壊していこうと画策しているけど、水名は対象外だから今日はやる必要がない。
「明日からは中央区だね」
「中央区?」
「そう。明日は中央区でお散歩だよ~ん!」
背負っていたリュックをひょいと下ろして、中からパジャマを取り出す。
さっそく寝支度をしよう。
部屋の電気を消すと、冷ややかな月だけが部屋の唯一の光源になった。
本来の主人に捨て去られたベッドに上がって、かつての家から持ってきた薄い毛布を首まで掛ける。
そして実体を持たない瀬奈を入れてあげるために、片手で毛布を持ち上げて空間を作る。
そうすると自然に瀬奈を抱きしめる姿勢になってしまうけど、瀬奈は一緒の毛布が使えて嬉しそうだった。ピタッと甘えるようにあたしの胸元に頬をくっつけて、穏やかに吸ったり吐いたりを繰り返している。
苦しみから解放されて平穏を味わう少女の姿を見て、胸がいっぱいになる。
こんな近い距離なのに、嬉しさに似た気持ちが緊張に勝った。
昔も一緒に寝たことはあるけど、当時の瀬奈はしがらみから逃れるように束の間の幸福を貪っていたと、今なら分かる。
それくらいに、月光に照らされた少女は心から満たされた表情を浮かべていた。
「おやすみ、瀬奈」
瀬奈を腕の中に抱きながら、囁いた。
「おやすみ、帆奈ちゃん」
風鈴のような声音が鼓膜から心の中へと流れる。
……暖かい。
あの日から、居心地がよかったはずの一人の夜は大きくて恐ろしいものになった。キリキリと冷え込んで、心がざわついて眠れない。
そんな夜を乗り越えるためだけに浅い眠りについて、奇跡を起こすためだけに虚ろな翌朝を迎えていた。
それが今は初夏のように暖かい。
一人の少女の生誕で、世界は温度を取り戻したのだ。
瀬奈の存在を確かめるように、もっと力を込めて抱きしめる。
何も感じないはずの腕の中は、人の温もりでいっぱいに満たされていた。