鏡の魔女に会ったあと、あたしと瀬奈は徒歩で中央区まで来た。
着いたときには既に正午になっていて、昼餉を求めて黒いスーツを着たサラリーマンたちがあちこちに列を作っていた。
あたしも広場のベンチでパン屋から万引きしてきたサンドイッチを頬張る。
コンビニだと防犯カメラで簡単に特定されてしまうから、狙い目は昔ながらの街のパン屋さんだ。
当初は作ったばあさんに申し訳ないとは思ったけど、魔法少女業に専念するためにもそういう後ろめたさはとっくの昔に捨てた。
公園で入れてきた水道水をごくごく流し込み、本日の食事を終える。
足がつかないように、1日1食にして盗む回数をできるだけ減らしているのだ。
「帆奈ちゃん、それで足りるの……?」
一緒にベンチに座った瀬奈は心配そうに横のあたしを見た。
「足りる足りる。魔法少女なんだからさ、お腹空いてても体に響かないんだよね」
「…………」
「心配しなくていいよー、1年くらいこうやって生きてきたんだからさ」
軽く瀬奈の肩を叩く。側から見れば変なジェスチャーをしながら空気に話しかけている人だ。
「……そっか。帆奈ちゃん、本当にごめんね」
「え、なんで瀬奈が謝るの?」
「私のせいだから……。水名の特待生だった帆奈ちゃんが学校に行くのをやめたのも、あの家から出たのも、今こんな生活をしているのも全部……」
「あー、そういう」
あたしとしたことが、先に断っておくことを失念していた。
「瀬奈のせいじゃない。つか、あたしは今のが楽だから、
「…………」
「もう、そんな顔しないの! どうせゴールが魔女なんだから、限りある人生を楽しもうとした結果がこれなの……あっは!」
なお曇った表情をしていた瀬奈を元気づけるためにそう言うが、瀬奈がそれで納得して笑顔になることはなかった。
「帆奈ちゃん、私ね。きっと間違えたんだ」
「…………」
「私、帆奈ちゃんを傷つける方を選んじゃったの。それを選んでも叶えたい願いがあったから……」
「……そっか。それならなおさら叶えないとだね」
「本当は、ずっと迷ってた。帆奈ちゃんの中にいたときもずっと。今からでも
「ちょっとストップ! あたしは瀬奈で傷ついたりしないよ」
瀬奈が何のことで罪悪感を覚えているのかは分からないけど、あたしは喜んでこんな根無し草の生活を送っているわけだし、瀬奈がいなくなったからといって生き方を改めることはない。
そんな事態になったら、再び誕生させるために奔走するに決まっている。
だって、瀬奈がここにいることはあたしの唯一の願い事なんだもん。
あたしの言葉を受けて、瀬奈は地面に注いでいた視線を上に戻した。
目が合うと、悲しそうに口角を上げる。
「……ありがとう。今はまだ帆奈ちゃんには見えない未来だと思うけど……約束した時点で、私は覚悟を決めたの」
「?」
「んふふっ、こっちの話だよ。それより、そろそろ次の行動に移そっか? わざわざお昼ご飯を食べに来たわけじゃないよね?」
「あ……うん」
促されて、ベンチから立ち上がる。
――――今はまだ帆奈ちゃんには見えない未来だと思うけど。
瀬奈にしか見えていない未来があるということだろうか?
気になる発言だが、瀬奈がその真意を明かすつもりがない以上、今は心の中にそっとしまっておこう。
◇
中央区のシンボルマークたる電波塔。下層のショッピングモールからエレベーターに乗り、最上階にある展望台まで来た。
平日とはいえ、昼の展望台はカップルで溢れ返っていた。軽食のレストランもあるので、下でショッピング・デートしてから上で山紫水明を感じながら食事をするのが定番コースとなっている。
瀬奈を連れてきたのはそういう下心……はちょっとあるかもしれないけど、瀬奈の反応を見つつサプライズの下見をするためである。
「わぁ、綺麗〜!」
展望台に着くと、瀬奈はさっそく小走りで窓の方へ走っていき、ガラスに顔をくっつけてはしゃいでいた。
この様子だと、あたしからのプレゼントは気に入ってくれるはずだ。
「ここからの景色、いいでしょ?」
「うん、本当に綺麗……! んふふ、帆奈ちゃんはデートするために中央区まで来たんだね」
「デ……!? ……ま、まあね!」
一瞬否定しそうになって、慌てて肯定に切り替える。
今の自分ならさらっとカッコいいことをしてやれると高を括っていたが、瀬奈相手に調子が狂うのは相変わらずだった。
瀬奈が紹介パネルと照らし合わせながら大東区を探している間、あたしは背負っていたリュックから大学ノートを取り出し、大まかなスケッチをした。
細かいところは今後詰めていけばいいので、今は自分に分かることを優先して町の全体像を記録する。
……決して絵が下手だから大雑把にしか描けないわけではない。
鉛筆でぐにゃぐにゃな拙い線を引いて、位置関係を表してみる。そうして町並みを再現したあと、瀬奈へのメッセージをその中に書き込んだ。
パタンとノートを閉じる。
これで今日来た目的は果たした。
ちょうどこのとき、瀬奈もそっちの目標を達成したようで、小さな子どもみたいにドタドタとこちらに走ってきた。
「帆奈ちゃん! 大東区みつけたよ!」
「そうなの? どこどこ?」
「こっち!」
嬉々としてあたしを指差す方向へ引っ張っていこうとする瀬奈。
もちろん力は加えられていないけど、引っ張っられたフリをしながら瀬奈についていく。
本当はここから見られる神浜の全貌はとっくに把握していた。あたしのサプライズは大東に面してのものだから、瀬奈の誕生前から見える景色の確認は済ませている。
ただ、憎かったはずのあの町を真っ先に見つけて、嬉しそうにそれをあたしに伝えようとしているのだから、水を差すようなことはしない。
「ほら、あっちだよ! 帆奈ちゃん分かる?」
「へえ、ほんとだ〜! 大東学院はこっから見える?」
「うーん、目がよくないと見えないかも。うーん……」
あたしの質問を受けて、瀬奈はジオラマのような町から小さな建物を見つけようと目を凝らして探した。
その一生懸命な横顔を見つめる。立ち振る舞いがだいぶ落ち着いたかと思いきや、幼いところもしっかり残っていた。
つい頬が緩んでしまう。
(来てよかったなあ)
こうして瀬奈の笑顔を眺めていられる幸せを噛みしめ、心の中でつぶやいた。
と同時に、
――――本当に?
ふと、息が苦しくなる。
「…………」
それを瀬奈に悟られないように、あたしは故意に口角を上げたままにして遠くに視線を飛ばした。
瀬奈が笑顔でいられるのなら、あたしの疑問は愚問だ。本当に――――本当に来てよかった。
このままきらきらした日々を送っていこう。瀬奈が笑っていられるような日々を。
瀬奈との約束を果たすためなら、
高所から断罪の時機をうかがう町を見下ろし、そう自分に言い聞かせた。