本日の寝所に着くや否や、すぐパジャマに着替えた。
昨晩の寝不足に加え、あまりに衝撃的な出来事が起こったせいで脳が久しぶりに疲弊している。
今日はもう寝よう。
本当は瀬奈へのサプライズのために町を歩き回っていたかったけど、適度な休息も取らないと体力の代わりに魔力が消費されてしまう。急がば回れってやつだろう。
毛布をリュックから取り出し、それを掛けて横になる。
すると、いつものようにもぞもぞと、銭湯を出たあとに呼び出した瀬奈が入ってきた。
「帆奈ちゃん、機嫌悪そう」
「え、そんなことないけど……なんで?」
「しかめっ面だから」
瀬奈は大げさに眉を寄せて物真似をしてきた。
瀬奈っぽくない表情で正直機嫌悪そうに見えないけど、言わんとしていることは伝わった。
あたし、そんな難しい顔をしていたのか。
たぶんそれは、ぬるま湯に浸かりながらそれを喜んでいる自分自身を認識したから。
さっきまで幸福で埋まっていた胸の中に、今は別の感情が入り込んでしまっている。
「一緒に歩いてたときは楽しそうだったのに、お風呂入ったあとはずっとそんな顔してる。何かあったの?」
「……何もないよ。気のせいじゃない?」
「ごまかしても無駄。帆奈ちゃん分かりやすいんだから」
追い詰めつつ、瀬奈は1ミリたりとも隙間を残さないと言わんばかりに抱きついてきた。
全身が密着している。
……せめて今日だけはこの距離はやめてほしい。
動悸が速くなるのと同時に、瀬奈に失礼な想像をしてしまっていたことに対する罪悪感でいっぱいになった。
触覚までは再現されないのが不幸中の幸いだ。これで瀬奈のふにふにした肌の感触も知覚できてしまったら、毎晩眠れなくて疲労困憊な朝を迎えるはめになる。
内心葛藤しつつも、裸ではない以上瀬奈を拒むわけにもいかないので、恥ずかしさをぐっと堪えてその背中に手を回す。
「ん……」
すると瀬奈は調子づいて、更に頬をぴったりとあたしの首の辺りにくっつけてきた。
「……っ」
カノジョだと宣言してしまったからか、瀬奈は普段より積極的だ。
別に名前をつけたところで従前の関係性から変化するわけではないが、名前を与えられると、こういった小恥ずかしいことももっとやりやすくなる気がする。原則ダメだったものが、原則OKになったみたいな。
もちろん、理屈が通ったからといってこの狂った距離感に慣れることはないけど……。
姿勢が定まったところで、瀬奈は改めて聞いてきた。
「それで、なんで元気ないの? 私には教えられない?」
「フツーだよ。本当に何もないって」
実際、何か特別なことが起こったわけじゃない。ただ勝手に自分自身に対して納得がいかなくなっただけだ。
「……そっか」
「うん」
「じゃ、こうしたらいいかな?」
ふと。
意味深に口角を吊り上げて、瀬奈は顔を上げた。
何かと思ったら、
――――チュッ。
軽く唇が頬に触れる。
「――ッ」
不意打ちを食らって、顔がカァッと熱くなった。
「んふふ、元気出た?」
したり顔。こんなことを仕掛けて平然としていられるのは、ちょっと悔しくもなる。
「……出た。出たけど突然やるのは禁止」
「えー」
えー、じゃない。あんたと違って物理的に稼働しているあたしの心臓の健康にも配慮してほしい。
なぜか不服そうな瀬奈だったが、突然ひらめいたように顔をぱっと輝かせた。
「じゃあ、ちゃんと言う。――――今から帆奈ちゃんにキスします」
「えっ……」
チュ。
予告したとたん、瀬奈は再び唇を当ててきた。
……ただ、さっきと違って、今度は口の方に。
1秒、2秒、3秒。
唇の重なっている時間に比例して不整脈がひどくなっていく。
柔らかい。実体がないのに柔らかい。もう事実として瀬奈の唇がマシュマロのように柔らかい。
くっついた胸から伝わる瀬奈の脈動も、花蜜のような甘ったるい香りも、唇に感じる飴のような味も、全部そこにある現実として襲いかかってくる。
「んっ……」
貪るように、更に力強く押し当ててきた。
「ぁ、ちょ、ちょっとタンマ……っ」
「はぁ、んっ」
ずい、と、制止を無視して覆いかぶさってくる瀬奈。
質量を持った唇と唇がまた重なる。
これが戯れの延長線だったならよかった。
しかし、不幸にもあたしは瀬奈を止めるための言葉を重ねようと、口を開けたままだったのだ。その隙を突くように――――
くちゅ。
そういう水音がした。
静かに、ラインを一歩踏み外してしまったことを部屋中に告げる。
ぽかんとした頭で、目の前の光景を呆然と眺める。
真正面、天井の下。全てに薄い膜を張ったような暗い部屋の中で、瀬奈の艶やかな表情がひときわ鮮明に映った。
上気した、狙いを定めた顔。
あたしの身体に跨った瀬奈が見せてきたのは、無邪気に己の欲を満たす女のする表情だった。
「――――――」
「帆奈ちゃん……」
瀬奈はパジャマの裾を握って、ゆっくりと持ち上げていく。
少しずつ露わになっていく肌。
緩やかな腹部の膨らみの上のへそから、胸部に連なる、病的なくらいにはっきりと浮き出た肋骨へ。
金縛りに遭ったように、自らの裸体を開示しようとする少女に釘付けになってしまいながら、脳の赤色信号が高速で点滅している。
止めないと。
だって。
これは、
「――――ッ」
そうして声を出すより先に、息を止めた。
止まった、という方が正しい。
いよいよ肩の高さまで持っていった裾を口に咥え、溺れたような表情で瀬奈はほくそ笑む。
初めてさらけ出した、上品に育った胸。その全貌が今あたしに見せつけられた。
――――恥じらうような桜色の乳首が覗く。
尖ったその部位は、少女の秘密があたしに明かされたことを一層強調していた。
脳髄が熱に浮かされる。
淫猥な夢に落とされて、どんどん沈んでいくようだ。
抵抗しないと。もがいて水面を目指さないと。
そうしないと、飲み込まれてしまう。
「せ、瀬奈……ッ、ダメだから!」
最後の理性で拒絶した。
バンッ、と、思いっきり腕をまぶたに叩きつけて自分を暗闇に閉じ込める。
これ以上瀬奈を見なくて済むように。
……これ以上素直になってしまうと、たとえ想像だけでも、自分は必ずこの手で透明なものに色をつけてしまうと分かってしまったから。
「……なんで? 帆奈ちゃんは嫌なの?」
「…………瀬奈は分かってないでしょ。何をするのかとか、どんな意味なのかとか。
それにあたし言ったよね? あたしはすっげー悪いやつだって。瀬奈が思うほど優しくは……」
「んふふっ」
右腕で目を覆いながら努めて冷静に諭していると、途中で瀬奈がクスクスとおかしそうにあたしの言葉を遮った。
「帆奈ちゃんこそ分かってない。だって私、帆奈ちゃんが思ってるよりずっと悪いやつだよ?」
「……?」
視覚を遮断したから瀬奈の動きは分からない。しかし、声がどんどんあたしに近づいてきていることは明確に感じとれる。
「昔から……魔女になる前から、帆奈ちゃんに抱きしめてもらいたいって想像してたの。今は意識体にすぎないけど、それでもやっと帆奈ちゃんにこんなこと言えるようになって……。
――――だから、いいよ。帆奈ちゃん」
「…………え」
……瀬奈が、抱きしめてもらいたいって想像してた?
あたしに?
意味がうまく飲み込めないまま、推測が好き放題に脳内を飛び交う。
とにかく、状況を把握するために顔に被せていた腕をずらし、まぶたを開けた。
すると――――
瀬奈が、全裸でピタリとあたしの身体の上にくっついていた。
「――――――ッ」
「私がえっちだと、嫌い?」
…………。
…………。
好き嫌いの問題じゃない。
処理の限界を超えて、理性がめでたく営業終了した。
だって、真っ先に視界に飛び込んだ瀬奈の胸が、あたしのパジャマに乗せられてはみ出るように潰れている。
少しぶつけるだけで壊れてしまいそうなガラス細工の肢体が、その命運をあたしに委ねている。
ひどく柔らかそうで狭そうな少女の秘部が、あたしの下腹部に擦り寄せられている。
「ぁ…………」
驚きでも戸惑いでもなく、単なる感情の空白地帯から真っ白な声が漏れた。
そんなあたしの様子を見て、瀬奈は愛おしむような笑みを浮かべながら、あたしに口づけを落としていく。
あやすように、ひとつ、ひとつ。
キャパオーバーで、率直にわけが分からなかった。
ただ巨大な本能の波に流される。
いや、巨大な本能の海に溺死している。
暗い部屋の時は止まっていた。
唯一動いているのは瀬奈だけ。
あたしに純潔を捧げようと、清楚に淫らに、色素の薄いその花弁を舞わせる。
「んっ……ぁ、んむっ」
「……ぁっ、せ、な……っ」
「んちゅ、んっ……はんな、ちゃんっ……んっ」
「んぁ……はぁっ、んっ……」
止められない。されるがままに、甘い花蜜の香りに酔わせられる。
脳髄が麻痺する。知性を司る部分が毒にしびれて、代わりに原始的な獣性が呼び覚まされた。
「ぁっ、んむっ……はんなっ、ちゃ、んっ……ぁんっ」
あたしを求めて、剥き出しの愛欲が小さな嬌声となって溢れる。
瀬奈の身体は口づけのリズムに合わせて揺れ動く。気まぐれのようで、規律的だ。まるで自らありもしない抽送を作出するように、あるいは乞うように、律動的にあたしに身体を擦りつける。
熱い血液が腹の下に流れていくような感覚を覚えた。
ずっと抑圧していた人並みの欲求がこの上なく思考を乱していく。
女となった瀬奈が味わうようにあたしの唇を舐め、深い接吻をねだっている。
あたしの唇からそれ以上のものを引き出そうとしている。
滑らかな身体が、波のように寄せては返すリズムが、あたしの武装をあっけなく剥がしていく。
だから、
ダメなことを考えた。
――――抱きたい。
宝物の汚れを拭き取るように丁寧に抱きたい。そして木端微塵に壊れるまで粗暴に抱きたい。
瀬奈を肌に覚えるたび、あってはならない、瀬奈に対してだけは抱いてはいけない原色の気持ちが顔を出す。
それを締めつけて隠蔽していたリボンが、するすると解かれていくようで……。
「んっ、はぁ……はっ。ねえ、帆奈ちゃん」
「…………」
「いいよ……気持ちよくなって」
そっと。
瀬奈の腕はあたしの下半身に伸びた。
その手が置かれた場所を目で捉えたとき、息が詰まった。
あたしの下腹部を撫ぜ、更にその下へ。
パジャマのズボン越しに、瀬奈は一番触ってはいけない場所に手を当てた。
「だ、ダメッ、瀬奈、それはホントに……!」
「だめじゃない。帆奈ちゃんは触りたがっている。そういう顔してる」
「っ……そういう問題じゃないのッ! 本当に、え、エッチしたことになるって!」
「うん。しようよ……エッチ」
そう言うと、瀬奈は突然床に足をつけて、ベッドを下りた。
「ズボン脱いで座って?」
あたしに笑いかけながら、手取り足取り教えてくれるような口調で指示する。
「…………本気なの?」
荒くなった息を必死に潜め、聞く。
「本気。逆に、帆奈ちゃんはなんでそんなに迷ってるの?」
「なんでって、だって……」
だって、あたしが瀬奈のことを汚してしまうかもしれない。
嫌な思いをさせてしまうかもしれない。
たとえ実際には触れられないとしても、やってることは正真正銘性交渉の一種だ。
あたしなんかが瀬奈の初めてをもらってしまうのは、おかしいんじゃないか。
「……よく分からないけど、私の心配なら要らないよ。私、帆奈ちゃんになら何されてもいいの」
「何されてもいいって……それならなおさらでしょ……!」
「ふーん。じゃあ、
「……えっ」
呆気に取られていると、瀬奈はぽんぽんとベッドを軽く叩いた。
「ほら、ここに座って。私が帆奈ちゃんを好き勝手にするから」
「……何するつもり?」
「帆奈ちゃんが気持ちいいこと……ううん、帆奈ちゃんが私で気持ちよくなってるところを見るの」
同じ行為を違う言葉で表現したのは、自分こそが主導権を握る側だということを強調するためだっただろう。
なかなか強引な言いぶりだが、あたしに言い訳を与えるための瀬奈なりの配慮のようだ。
「…………」
黙る。
瀬奈に従うか、最後のラインを死守するか。
瀬奈はありのままの姿を晒してまで誘ってくれた。
それは、昔からあたしとこんなことがしたいと思っていたかららしい。
これが瀬奈の本当の気持ちだというのなら、あたしが勝手に瀬奈の覚悟を無視して、頑なにこれを拒む理由はない。
何より――――全身が瀬奈を欲して疼いている。
ずっと大切に思っていた女の子のあまりに美しい裸体を前にして、もうどうしようもなく抱きしめたくなっている。
これは僥倖だ。
本能に素直になることには違和感を覚える。だって、この快楽自体は瀬奈のためではなく、あたしの独りよがりだからだ。
しかし、もし瀬奈も同じように感じてくれているのだとしたら。
瀬奈の申し出に応えることが、瀬奈の願いを叶えることに繋がるのだとしたら。
ごくりと唾を飲む。
……散々迷った挙句、あたしは言われた通りにズボンを下ろした。
膝下にまで下げると、今度はショーツも同じようにどけて、自分の身体を瀬奈に見せた。