買い物を終えた頃には、日は既に沈んでいた。
星の見えない夜空の下、サラリーマンたちは続々と駅に向かい、マダムたちは高価そうなレストランの中に入っていく。
あたしたちはというと、魔女を探しに賑やかな方へと足を動かした。
パンパンに詰まった手提げ袋を引っ提げながら、瀬奈と煌めき出した繁華街を歩く。
東に行けば行くほど町の表情は変わっていった。
活気あるオフィス街はいつの間にか喧しいネオン街に変化し、まだ夜の帳が下りたばかりだというのに酔ってふらつく人も見受けられた。
あと少しで工匠区に入るからだろう。大東区とまではいかないにしても、工匠区も競馬場やオートレース場といったギャンブル施設を抱えていて、治安に関してはいい話を聞かない。
だからこそあたしたちは東に向かうわけだが。
そんなことを考えていると、
「帆奈ちゃん! 魔女!」
「う、うん……!」
瀬奈の声と同時に、ヒリヒリした気配を肌で感じ取る。
すぐにソウルジェムを手のひらに乗せて、魔法少女らしく魔力の痕跡を探知してみた。
……しかし、結果的に言えばあたしの行為にはあまり意味がなかった。
というのも、瀬奈の方が遥かに手際がいい。
瀬奈の背中を追いかけてビルとビルの間を縫って進んだだけで、すぐに魔女結界にたどり着くことができた。
前回の戦闘といい、魔女退治の腕は確かなんだろう。
本人は新人だって言うけど、あたしとは熟練度がまるで違う。
あたしがこの1ヶ月間あまり積極的に魔女退治をしてこなかったからだろうか?
それとも、瀬奈は人一倍魔女退治に熱心だったのだろうか……?
「行こう、帆奈ちゃん! あ、その袋は外に置いてって! 壊されちゃうかもしれないから」
「あ、うん」
指示に従って手荷物を路地裏の地面に置くと、瀬奈は強引にあたしの腕を引っ張って結界の中に入った。
◇
入口ののれんをくぐり抜けると、昨日と同じピンク色の空間が広がっていた。
大本の魔女がこの辺りに根を張っているのかもしれない。
「#$・@*!」
さっそく使い魔たちが出迎えに来たようだ。
二人の客人を見つけて、ケーキに群がるアリのようにじわじわ集まってくる。
――――ひゅん!
風を切る音がしたかと思えば、そのうち1匹が包装紙を投げつけてきた。
どうにかそれを避けてマンキャッチャーを力強く振り下ろす。
「%&#~%」
しかし、今度は向こうがこちらの動きを読んだようにぴょんと跳ねて回避した。やはり素早い。
叩く。避ける。叩く。避ける。
こうして何度か同じやり取りをしていると、あたしを敵だと明確に認識したためか、攻撃の間隔が縮まり出した。
「くっ……!」
……対処しきれない。
きっと最初のは威嚇のつもりでしかなかったのだろう。
ギアを上げてより活発に動くようになった使い魔たちはどんどん調子に乗ってきて、一斉に魔力の塊を連射してくる。
「くっ、う!」
マンキャッチャーでどうにか弾き返したりはできても、前に進むことができない。
まずい。
こんな調子じゃ、昨日の二の舞じゃないか――――
「やめてっ!」
突然、大声が響き渡る。
反射的に顔を上げると、瀬奈があたしに加勢して武器の手鏡を使い魔に向けていた。
その瞬間。
そいつの動きはピタッと止まった。
「え……」
使い魔はまるで石像に作り替えられたようだった。
(今、何をしたんだろう)
戸惑うあたしにかまけていられず、瀬奈は次々と他の使い魔に同じ指示を下していく。
「あなたもやめてっ!」
「……」
「あなたもっ!」
「…………」
せわしなく動いていた全ての使い魔が深い眠りについたように動きを止めると、瀬奈は何事もなかったかのようにあたしに笑いかけた。
「ほら、早く魔女の部屋に行こう、帆奈ちゃん!」
「…………?」
状況を理解できずに呆然と突っ立っていたあたしを、瀬奈はまたもや前へと引っ張っていく。
そうしてあたしたちはバカみたいに安全な道を歩いて最深部に向かった。
◇
今度は当たりを引いたようで、魔女の部屋がしっかりあった。
息づく暇もなく、瀬奈は中に飛び込む。あたしも後に続いた。
すると、使い魔とは比べ物にならないほど鋭い魔力の風があたしらの肌に
鳥肌が立った。
忌々しい姿かたち――といっても、ウサギ型は魔女の中ではまだ見ていられる方だが――をした巨大な魔女が、遊んでいるのか怒っているのか、身内であるはずの使い魔を引き裂いていたのだ。
「うっ……」
そんな同士討ちともいえる暴力的な光景を見て、自ずと気分が悪くなった。
瀬奈は大丈夫なんだろうか?
そうチラリととなりの反応をうかがうと――――
「なんかかわいいね!」
「…………はぁ?」
「ウサギ〜!」
楽しそうに笑っていた。
……これほどの笑顔の無駄遣いを見たことがない。
ツッコむ気力すら失ったので、あたしは黙って武器を構える。
「あ、帆奈ちゃん、待って!」
「……ん?」
「気づかれないうちに魔法を掛けとくから」
そう言って、瀬奈は盗人のような足取りで魔女に近づいていく。
しかし極力音を立てないようにしようとした努力も虚しく、侵入者がのこのことやってくるのを魔女が見逃すはずがなかった。
ぐるりと、魔女の頭が瀬奈の方に回転する。ホラー映画で怪物が無辜の犠牲者を見つけたシーンみたいだ。
「せ、瀬奈……!」
加勢しようとあたしも踏み出す。
が、それより先に瀬奈は思いっきり魔女の懐に飛び込んで、ぱっと手鏡を輝かせた。
「動いてはダメ!」
「――――」
「んふふ、やっつけちゃうから!」
自信満々に宣言すると、ぐいとガラスの靴を魔女の服に食い込ませ、その反動で空中に舞い上がる。
衣装のヒラヒラした黒いリボンが優雅に靡いた。
小さくなった人影が自身を囲むようにして姿見を何枚も生成したかと思えば、それらは一斉に魔女に向き、その歪な姿を映す。
「なっ……」
武器ってたくさん作れるんだ。
そう呆気に取られたあたしにまだショーの始まりだと告げるように、
「いくよ!」
瀬奈は隣接の鏡を起点として、一つずつそれぞれの魔力量を増大させていく。
クラクラするほど眩く濃い力。それらがガラスの隅々まで染み渡り、真っ白な光を放った。
「せーのっ!」
瀬奈の号令で、各鏡面の真ん中に集約された魔力はビームとなって全方位から魔女を貫く。
「◇◎☆▼…!」
さすがは魔女というべきか、使い魔と違ってこれだけの攻撃を受けても持ち堪えている。
もがき苦しみながらも、ウサギの姿をした魔女は自身に掛けられた命令を振り払うように身を震わせて抵抗した。
しかし、
「終わりだねっ」
その一声で、鏡に映った魔女の姿は割れた。
シャラン、と清らかな音がして。
飛び散ったガラスの破片は暗器となり、魔女の最奥をめがけて一直線に走った。
煌めくまっすぐな軌道は、さながらほうき星のようだ。
同じ人工物でも、魔女結界の過剰な装飾とは異なる真の芸術。
ここが明るい魔女の部屋ではなく夜空であったなら、あたしはそれに祈りを乗せていた。
そんな無数の流星が魔女の身体に突き刺さる。
冷酷に魔女の中身を暴いて、やつが手下にやっていたようにズタボロに引き裂いていく。
「※◎◆…!」
痛みを訴える甲高い鳴き声が結界に遺された。
ぐちゃぐちゃになった身体じゃ重い頭部を支え切れず、魔女はぐらりと後方に倒れる。
――――ドカン!
地鳴りを起こし、結界が崩れ出す。
ビクビク震えたかと思ったら、その遺体は霧散して、グリーフシードだけが転がっていた。
新人とは思えない戦いぶり。
そんな瀬奈の活躍に対して、あたしはただ一つの感想を抱いた。
「…………」
…………美しい。
すごいとか、強いとか。そういうのじゃなくて。
そういうのを差し置いて、まず美しかった。
副詞で修飾する必要がない。既に完成されている。
そんな美しい、魔法少女の戦闘だった。
(ああ、そうだ)
思い出した。
あたしなんかが魔法少女になれると分かったとき、密かにガッカリしていたんだ。
魔法少女はもっと輝いていて、悪いやつを倒してくれるような善いやつじゃないと、って思った。
希望を象徴するようなもっと美しい何かであるべきだ、って。
恐れずまっすぐ魔女に立ち向かって、眩い光をもって悪を討ち滅ぼした姿を見たからかな――――
(……倒したのが瀬奈でよかった)
あたしは魔女の最期が美しいものであったことが、自分のことのように嬉しかった。
◇
「帆奈ちゃん!」
ドタドタ。
まるで親を見つけた子どものように、グリーフシードを拾い上げた瀬奈は顔をほころばせながらあたしに走り寄る。
先ほどの遠い存在が元の騒がしい女の子に戻った。
目まぐるしく変わっていくという意味では、掴みどころのない人である。
「帆奈ちゃん、大丈夫だった? ケガはない?」
「平気だけど……」
「それならよかった! はい、グリーフシード!」
「…………え?」
瀬奈はあたしの右手を取って、当たり前のように黒い結晶をそこにねじ込んだ。
「……い、いや、ほぼ瀬奈が戦っていたようなもんでしょ。先に使いなよ」
利用すると大口を叩きながらも、さすがにこのまま受け取っては後々良心の呵責に苛まれそうだから、押しつけ返す。
いや、もしかしたら良心からではなく……瀬奈の戦いに対する敬意があたしにそうさせたのかもしれない。
ともかく、あたしはなぜか断る気になってしまったのだ。
「でも帆奈ちゃんは昨日大変だったんでしょ?」
「一方的にやられてただけだから、そんなに魔力使ってないって。
そ、それに……あんたの戦い方、まあまあ勉強になったし。授業料ってことで」
本心からそう思って、今度は瀬奈の手を取ってその上にグリーフシードを乗せた。
「……!」
すると、瀬奈は驚いた表情であたしの顔をじろじろ見る。
「……な、なに」
「え、だって……いいの?」
「いいのって……あんたが倒したんでしょ」
「…………」
一度手のひらに乗せられたグリーフシードを見下ろしてから、またもやあたしを見上げてくる瀬奈。
首を上げたり下げたりして何度か同じ動作を繰り返した後、ようやく納得したように両手でぎゅっとそのグリーフシードを握りしめる。
「――――ありがとう、帆奈ちゃん」
そうして、瀬奈はとびっきりの笑顔を咲かせた。
それは心からの笑みだと、はっきりと分かった。
今までのそれとは違う。今まできれいだと思っていたものがただのまやかしだと気づかされるほどに、本物は純粋で。
純粋で――――素朴だった。
妖しく煌めく宝石でもなければ、荘厳なステンドグラスでもない。遊び心のあるビー玉でもなければ、研ぎ澄まされたガラスでもない。
瀬奈は瀬奈だ。そういう等身大の女の子だ。
「……あ」
あたしの中にある何かが変えられてしまうと気づいて、声が漏れた。
その名前を知らないまま、ただ確かな感触を胸に覚える。
未だかつて感じたことのない暖かい何かが、あたしの中に入り込んできて、陽だまりを広げていくような。
路地裏の暗闇に光が差し込んでくるような。
「…………」
その温もりが怖くて、あたしは視線を地面に落とした。
(今、何を考えた?)
近づきたいでも遠ざかりたいでもない。得たいでも失いたいでもない。
その純粋な笑顔を、あたしもただ純粋に……ずっと見つめていたい、と思った。
もしあたしに向けられたのがもっと邪悪で刺々しい何かだったなら、どんなによかったのだろう。そうであったなら、いつも通り一人の世界に閉じこもって全てを拒絶していられたのに。
だけど、瀬奈の「ありがとう」は優しかった。優しいものだから、どう拒めばいいのか分からなくなる。それはすごく困る。
困るから……あたしは黙っているしかできない。
「帆奈ちゃん?」
あたしの葛藤に気づいたのか、瀬奈は心配そうに覗き込んでくる。
その視線から逃げるように、あたしはぷいと顔を背けた。
「……さっさとグリーフシード使って。帰るよ」
「あ、うん」
言われて、瀬奈はソウルジェムを顕現させた。
先ほどの戦いで全力を出していたためか、その宝石は思っていたより穢れを浮かべていた。
表面に当てたグリーフシードが優しく浮遊物を吸い上げると、ようやく青が彩度を取り戻す。
「少しだけだけど、まだ使えそうだよ、帆奈ちゃん」
「そうなの?」
「うん、ソウルジェム貸して」
瀬奈は無邪気に言う。
が、
「…………」
ソウルジェムを他人に預けるのには抵抗があった。
瀬奈がそんなことをするかは別として、変身に欠かせないアイテムを奪われたり傷つけられたりしたら、どうなるのか分からない。
なぜか、それを人に預けるのは自分の未来をも預けてしまうことになると予感した。
「……自分でやる」
だから、瀬奈の手から穢れを吸い取ったばかりのグリーフシードを取り上げて、瀬奈に背を向けて浄化する。
「やってあげたかったのに……」
背中の方から、瀬奈がしょんぼりとして小さくつぶやくのが聞こえた。