あれから1週間。
瀬奈と一緒に戦っているうちに、図らずも色々なことが分かってきた。
「――――帆奈ちゃんと一緒に暗示の魔法を研究する?」
「そう」
まず一つ目は、瀬奈は暗示の魔法が使えるということ。あの日使い魔や魔女の動きを止めていたのは瀬奈の固有魔法の暗示であり、瀬奈にしかできない芸当である。
……はずだった。
「あたしも暗示が使えるようになったわけだし」
そう、あたしにも暗示の魔法が使えるのだ。
いや、正しくは、
瀬奈の戦いを見た翌日、必死に使い魔を止めていたら、突然使えるようになっていたのだ。
その後救援に入った他の魔法少女のグループと遭遇して、共闘した結果――――あたしは他人の魔法を上書きできるのだと判明した。これが分かったこと二つ目。
他人からパクってきて自分のものにする、なんともあたしらしい固有魔法である。
「それで、研究って?」
「こんなにも使い道がありそうな魔法、敵の足止めだけに使うのはもったいないでしょ。
瀬奈だって色々試してみたくならない?」
「試す……」
瀬奈は提案の意味を探るようにしばらく考えてから、
「うん! やろう!」
と承諾してくれた。
「だったら、今後の方針を決めないと」
「今後の方針?」
「そう。まずは拠点だね。
今はとりあえず中央区ってことにしてるけど、瀬奈はこのままでいいの?」
「私はいいけど……帆奈ちゃんこそいいの? ほら、ここはほぼ工匠区でしょ?」
神浜市駅近くのファミレスだと混んでいるし、瀬奈の住んでいる大東区からは遠すぎるということで、中央区と工匠区の境界線上にあるファミレスで顔を合わせることにした。
逆に水名からは遠くなるけど、電車だと掛かる時間はそう変わらないから別にいい。一人暮らしを始めてからの節約生活のおかげで、交通費をまかなうくらいの所持金はある。
「あたしもここで構わないよ。ここだと大東に行ってパトロールできるし」
魔女は治安が悪い場所に棲みつきやすいようで、ここ1週間は毎日東の方で使い魔が見つかっている。
瀬奈によれば、住んでいる神浜大東団地ではよく使い魔を見かけるらしい。不安がる様子もなく嬉々として情報を伝えてくるあたり、健気というか肝が据わっているというか……。
「そしたら、ここが拠点で決まりだね! んふふふ」
瀬奈は嬉しそうに笑い声をこぼした。
「……なに」
「だって、帆奈ちゃんとの拠点だもん。秘密基地みたいじゃない?」
「はあ」
ファミレスに秘密も何もないと思うけど。
いつも段階をすっ飛ばしてくるその思考回路に追いつくのはとっくに諦めているので、ノーコメントで次の議題に進む。
「あとは、どれくらい一緒に行動するのかも決めないと」
「どれくらいって。え、帆奈ちゃん他の人とも組むの……?」
「そんなわけないでしょ。つかそんな相手いないの分かるでしょ」
「そ、そっか……よかった。んふふっ」
友人がいないのを喜ぶのもどうかと思うが……まあいい。
「さすがに1週間ずっとくっついて魔女退治してるわけにはいかないってこと。
瀬奈だって自分の生活があると思うし」
「私? 私は平気だよ!
帆奈ちゃんと魔女退治するの楽しいし、なんなら毎日の方が……」
「土日も魔女退治してたいの?」
「帆奈ちゃんと一緒なら全然平気だよ!」
……その情熱は一体どこから来ているんだろう。
魔女退治に積極的な態度を不可解に思いながらも、あたしは自分の現状を告げる。
「こないだ学園祭があるって言ったでしょ。
あれが終わるまで土日は学校に行って準備しないといけないから、ひとまず土日は個人行動でいい?」
「学園祭! うん、もちろんだよ! 帆奈ちゃん言ってたもんね」
瀬奈は楽しい思い出を振り返るようにニコニコしながら虚空を見つめて、ごちる。
「学園祭、楽しみだなぁ」
「いや、なんであんたが楽しみにしてるのよ……」
「ふふっ、帆奈ちゃん見に行こうと思って!」
「……っ!
――――その日は仕事で忙しいから、一緒に行動できないよ」
いいタイミングだし、用意しておいた嘘を口にする。
小道具班だから、本当は前準備がメインで本番の仕事はない。その日は後夜祭まで校内をぶらぶらしているだけだ。
だけど、あたしと一緒に学校を回るなんて嫌な思いをさせるに決まっている。
いや、これは瀬奈に対する思いやりなんかじゃない。あたしが怖いからだ。
学校では何一つうまくいかなくて、いじめてきたやつらを消した今でも遠回しにパシられているわけだし、全員から距離を置かれている。
クラスチャットに入っていなかったことが何よりもの証明だ。
そんなあたしを知ったら、今はこうして明るく話してかけてくる瀬奈もきっとあたしを軽蔑して――――離れていくに違いない。
「そっか……一緒に回れないんだ」
「そう。だからわざわざ来なくても……」
「じゃあ、挨拶しに行くね!」
「……え」
しょんぼりしたかと思ったら、瀬奈は開き直ったようにまた笑顔を取り戻した。
「挨拶だけならいいでしょ? 楽しみだね、帆奈ちゃん!」
「いや、だからさ…………あーもうっ!」
これ以上はただの根比べになる気がして、ため息をつく。
「……勝手にすれば」
そう吐き捨てると、瀬奈はわーいと大げさに喜んだ。
◇
方針を固めてから、あたしたちは使い魔が多発しているという団地を調べることにした。
斜め上からの赤い光を浴びながら、あたしは瀬奈に続いて団地の敷地内に足を踏み入れる。
広々とした遊び場が用意されており、共働きの家庭が多いのか、子どもたちだけでグループを形成して遊んでいた。
「帆奈ちゃん、こっちだよ!」
強く手を引っ張られる。
何を急いでいるのか分からないが、周りを見回す暇も与えないまま、瀬奈はあたしを連れて早足でエレベーターに向かった。
「――――おぉ……」
最上階の扉を開けると、感嘆の声が漏れ出るのと同時に瀬奈の急ぐ意味を理解した。
夕日が綺麗だった。
屋上から見渡せる町の全貌が、パノラマに見える景色が、何よりそれらを朱に染めるまん丸の太陽が、とてつもなく綺麗だった。
まるで目まぐるしく変わっていく少女のように、夕空のグラデーションは刻一刻とその位相を変える。
その不安定な輝きが目を惹きつけてやまない。
「んふふ、綺麗でしょ?」
「……うん」
素直に答えると、瀬奈は得意げに鼻を鳴らす。
「ふふん! 私の秘密基地だよ!」
「……あー」
話が見えてきた。拠点の話題でここを思い出して、それであたしを連れてきたのか。
「でも帆奈ちゃんに紹介したから、これからはふたりの秘密基地だね!」
「ふたりのって。あたしはよく来るわけじゃないし」
「確かに……。じゃ、じゃあ……ふたりだけの秘密、ねっ!」
突っかかると、なぜか乙女チックなフレーズになった。
何をこだわっているのか知らないが、瀬奈的にはどうしてもあたしとここを共有している、ということにしたいらしい。
「秘密でもなんでもいいけど……ほら、さっさと魔女を探すよ」
今度はあたしが瀬奈の袖を向こうへと引っ張る。
しかし、
「あ……もうちょっと見ててもいい?」
瀬奈にしては珍しく魔女退治に応じなかった。
「……?」
この場から動こうとしない瀬奈の意図は分からないが、仕方がない。ここは待ってあげるしかないだろう。
腕を組んで瀬奈を観察する。
顔を夕日に向けたとたん、先ほどの笑顔から一転して、瀬奈は真面目な表情になった。
いや、無表情と表現した方が正しいかもしれない。感情が剥がれ落ちたその剥き出しの身で、瞳を凝らし、静かに太陽と向き合っていた。
光球はあと少しで空から地の底へと落とされる定めだった。抗って燃え盛り、最後の輝きを放っている。
落ちたら闇しか残らないからと、空に縋りついて。
「…………」
瀬奈は魂を太陽に吸い取られたかのように、ただただこの全てを見つめていた。
見つめるという動作をこう表現するのはおかしいかもしれないが――――瀬奈は夕日を一生懸命見つめていた。
「……好きなんだね、夕日」
なぜか他人の横顔で胸が痛くなり、あたしはどうにかこの対峙を終わらせようと静寂を破った。
「落ちていく太陽、すごく綺麗だから」
そう答えた瀬奈の声には虚飾がない。とても自然に冷えている。
その寂しげな声音は、まるでいつものは空元気だと告げているようだった。
――――そうか。
あたしは何かを分かったようでいて、その実瀬奈のことは何ひとつ知らないんだ。
無駄に明るく空回りしがちで、いつも必死に距離を詰めようとしてくるあの瀬奈みことは、あたしに見せる瀬奈みことでしかない。
あたしが瀬奈に真実を知らせていないように――――瀬奈もまた、あたしの知らない真実を抱えている。
あたしらは、本音を伝えるだけで関係が壊れてしまう、そんな社会の仕組みの中を生きている。表向きの協力関係が必要だから、お互い分かったふうに振る舞い合っているだけ。
「…………」
あたしはこれを理解していたはずなのに、どうして……寂しいなんて、惨めな気持ちになっているのだろう。
◇
結局日が沈み切るまでずっと屋上にいた。
人工物が灯り始める。主役が太陽から町へとバトンタッチしたようだった。
「……ほら、瀬奈」
未だ遠くを見つめる瀬奈を連れ戻すために呼んだ。
「え、あ……うん。ごめんね、待たせちゃった」
我に返って、瀬奈は慌てて笑顔を作る。
そう、これは作った笑顔だ。今なら分かる。分かるから――――
「ま、でもさ」
あたしは柄にもないことをした。
「夕日より、あたしは夜景のが好きなんだよね。ここの眺めはいいから……たまに来てもいいんじゃない? ひ、秘密基地だし……」
「……!」
あたしのフォローに目を丸くする瀬奈。よほど驚きだったのだろう。そのまま何秒か固まる。
そして気づけば、
「ふっ、ふふ……」
何がおかしいのか、瀬奈は唇を噛んで笑い声を必死にこらえていた。
「ちょっ……な、なんで笑うのっ」
かぁーっと頬が熱くなる。
せっかく人が慣れないことをしてあげてるのに、ホント、心配して損した……!
肩を丸めて睨みつけると、瀬奈はクスクス笑いながら、
「だ、だって帆奈ちゃんっ、かわいくて……っ。
う、うん、そうだね! また一緒に来よう!」
なんて、まるであたしが来たがっているような言い方をしてきた。
……もう二度と気を遣ってやらない。絶対。
息を弾ませる瀬奈を放置して無言でエレベーターの方に歩き出す。
「ちょ、ちょっと帆奈ちゃん! 怒ってるの?」
後方からドタバタと追いかけてくる足音を聞きながら、あたしはささやかな仕返しとして「閉」のボタンをポチッと押した。