東で行動しよう。
ここ大東は瀬奈の故郷だ。自分を苦しめていたこの町が変わるところを見せるのが最も効果的だろう。
◇
さっそくここ近辺でペットにしていた魔女に会いに行き、家族連れを中心に魔女の口づけを与えるように指示した。
「死なせるんじゃなくて、本音が出やすいように気持ちを揺さぶるだけでいいからね?」
「…………」
魔女は無言で承諾する。
が、となりの瀬奈は、
「帆奈ちゃん、魔女にそんな力加減の調整はできるのかな?」
と、あたしの命令に疑問を呈した。
首を傾げる瀬奈に答える。
「できるよ。つか、できなくても暗示で抑えてやった方がマシ」
「ふーん……襲わせる意味がなくなるかもしれないのに」
「人が死ぬよりはいいでしょ」
「…………。うん」
瀬奈は納得しない顔をしながらも、どうにかあたしの言葉を飲み込もうとして、了承した。
魔女には、特に子どもたちがよく遊ぶ公園や生活の基盤をなす団地を重点的に襲わせることにしている。その方が家庭を壊してくれる確率が高まるからだ。
詳細な暗示を植えつけると、今度はあたしたちも直接動こうと大通りに出る。
瀬奈の手……つまりあたしの手で直接嫌な仕組みを壊させてあげた方が、瀬奈も満足できるだろう。
しばらくして、適当なファミレスの前までやってきた。
戸を引き、ずかずか中に踏み込んでいく。
幸い人手不足のようで、スタッフが接客してくることはなかった。
「どうやるの?」
「まあ、見ててよ」
瀬奈にショーを見せるために、傍目では和気あいあいに食事をしていた若夫婦のそばに行き、魔力を乗せた声で命じる。
「――――本音で話してみてよ」
短い暗示だが、薄っぺらい笑顔を貼りつけて場を持たせている様子を見て、これで足りると確信していた。
すると、暗示を掛けられた夫の方が先に腹の内を見せた。
「……実は浮気していたんだ」
「え……」
「でも君が結婚してから女らしい格好をしなくなったのが悪いじゃないか。俺は身を砕いてお前を養ってるんだからさ、せめて家に帰った後は妻らしく癒やしてくれよ……!」
「……なんですって?」
打ち明けられた真実に、妻は激怒してペラペラと夫を攻撃し始めた。
そんな豹変ぶりに思わず、
「あっは……!」
「ふふっ」
ふたりとも笑ってしまった。ただ誠実になれというだけの暗示で、あんなに堅固に見えた家庭というシステムがボロボロに崩壊したのだ。
ステップを踏んで奥の方に向かい、同じ暗示を繰り返していく。
仲違いの理由こそ違えど、得られた結果は一緒だった。
そうしていつの間にか、ファミレスの店内を怒号が飛び交っていた。不平不満に満ちた空間は社会の脆さを象徴しているようで、
「ふふふふ……っ、帆奈ちゃん、本当にあっさり変わってしまったねっ!」
瀬奈は心から楽しそうにその光景を見つめていた。
久しぶりに見る瀬奈の眩しい笑顔に、どこか張り詰めていた気持ちが和らぐ。
これで少しはスッキリしてくれたはずだ。
ガラリと店の扉を開けて出ていくと、瀬奈は弾むような声で聞く。
「帆奈ちゃん、次はどこに行くの?」
「うーん、団地にしようかな! それとも瀬奈は公園のがいい?」
「団地でいいよ、どうせ両方やってくれるんでしょ? んふふっ……あ、でもまだ昼だから人がいないかも」
「今日は日曜だからだいじょーぶ! ほら、行こう!」
ぎゅっと手を繋ぎ、燦々と煌めく太陽の下を走る。
瀬奈のポニーテールは同じリズムで元気よく左右に揺れていた。
光がアスファルトの上に広がっていく。ようやく見えた救いに鼓動が早くなる。胸の中が暖かく満たされていく。
顔を上げると、冷たくあたしたちを置き去りにしていた青空が今は優しく包んでいてくれた。
この瞬間、あたしたちは半年前に戻れたような気がした。
◇
「――――さて、無事学校に侵入しましたー!」
団地も公園も回り、更にショッピングモールや駅前広場でも同じことをしたあと、あたしと瀬奈は次の本命である大東学院に忍び込んだ。
忍び込む、といっても午後まで休日の学校にいるのは部活動に励む生徒しかいないため、違う学校の制服を着ていても普通に入れてしまった。
「だーれもいないなあ。ま、日曜だから当たり前か」
「だーれもいないね……」
落書きや落とせない汚れで暗くなった壁をトントンと指で打ち鳴らしながら、廊下を漫然と歩く。
急に決まった計画だから、人がいない中で何をするのかまではちゃんと練れていない。
どうしたものかと悩んでいたら、瀬奈はふと声をこぼした。
「昔はね、廊下を歩いているときに部活の演奏や掛け声が聞こえると、すごく羨ましくなっていたの。家にお金がなかったから、部活に打ち込むような普通の学校生活ができなくて……」
「そうだったんだ」
「うん……お昼ももやしばかりのお弁当をみんなに見られるのが恥ずかしいから、ずっと一人で食べていた。休み時間で唯一楽しかったのは帆奈ちゃんとのチャットだけで……」
なるほど、と思った。
昔は友人が多そうな瀬奈がなぜスマホに張りついていられるのか不思議だったが、瀬奈はあたしが思い浮かべていたような普通の学校生活が送れていなかったんだ。
そうであれば、今してやれることは――――
「だったらさ、部活、できなくしようよ! それから机と椅子も移動させよう! 授業を受けられなくして学校の機能を停止させれば、瀬奈の嫌なことがまた一つ減ってくれるよ!」
「学校の機能を?」
「そう、学校を使えなくするの! ――――うんうん、まずは部活だね! 備品とか壊しちゃおうよ!」
「帆奈ちゃん……うん!」
瀬奈が頷いてくれたので、あたしたちは作戦を決行した。
元生徒の瀬奈に案内してもらって、体育館内にある倉庫に入る。
変身せずにマンキャッチャーだけ顕現させて、ぐちゃぐちゃに荒らす作業に取り掛かった。
ぷすぷすと、かごの中に入っていたボールをマンキャッチャーの棘で刺してぺちゃんこに潰していく。更に畳んであったゼッケンをバラバラに引き裂いてから、小切れにしたマットの上に紙吹雪のように放った。
「わ~、盛大に荒らしちゃったね……ふふっ」
「これでまともに体育の授業ができなくなるよ!」
「うん!」
しばらく余韻に浸ってからあたしたちは体育倉庫を出た。
次に向かったのは音楽室。どうせ誰もいないから、強盗が威嚇するときのようにバンっと大きな音を立てて扉を開けた。
「あっは! 入るぞ~!」
「おじゃましまーす!」
微妙にイメージしているシチュエーションが違っていた。
ひとまず中に侵入して、壊すものを物色する。
「音楽室と言えば、やっぱ楽器かなー?」
「楽器……高そう」
「嫌ならやめる?」
「う、ううん、嫌じゃないっ。やってやろう!」
それならと、まずはピアノの屋根を開ける。
マンキャッチャーを出して一度瀬奈の表情を確かめると、ぐっと息を止めてあたしを見守っていたので、実行することにした。
ピアノの弦に赤い棘を当てて、一本一本丁寧に切っていく。
「本体も壊す?」
「……こ、壊すっ」
瀬奈は両手を握りながら決意したように言うが、揺れる声音からはためらいが容易に感じ取れた。
お金に困っていた経験から、もったいないと思っているのだろう。
「……ま、全部ボロボロにしちゃうのもあたしたちらしくない気がするし、さすがにやめるか」
「あ……う、うん」
無理して付き合わせるのは違うし、本体は勘弁してやろう。
残りの楽器も、瀬奈に配慮して修復可能な部分だけ壊すことにした。ギターは弦を切り、ドラムはヘッドだけ潰した。
ちなみに、ドラムを壊すときはリズムに乗って潰れるまでマンキャッチャーで叩いてみたが、
「……帆奈ちゃん、音楽の授業は得意じゃなかったりする?」
瀬奈には渾身のビートを駄目出しされてしまった。
ついでに置いてあった楽譜を破り、エフェクターのとなりにしまってあったケーブルを切る。
そうして瀬奈と一緒に散々になった音楽室を眺めて、あたしたちの青い反駁の成果を味わった。
「んふふ、もう楽器を使った授業はできないね……強いて言うなら、歌うくらいかな?」
「歌かー、部屋自体使えなくする必要があるね」
「なら、ここにある机と椅子でドアを封鎖しようよ! 不審者に入られないようにするときみたいに」
「お、いいね~!」
瀬奈が自分から提案してくれたので、要望通り机をドアの前に並べ、椅子をその上に倒した。
きっちりドアを塞ぐようにしてから、来たとき扉にやったみたいに、
バン!
と窓を開けて部屋から脱出する。
「あっはは~!」
「ふふふ……!」
小走りで犯行現場から逃げながら、ふたりで大きな笑い声を上げた。
「そうだ、帆奈ちゃん! さっきので思ったんだけど、迷路を作ろうよ! 学校全体を封鎖して、一つだけ屋上まで行ける道を作るの!」
「迷路……うん、やろうやろう! 明日来たとき、教師のやつらは絶対ぽかーんって変な顔してからすっごい怒るよ! そんであたしらみたいなやつらがすっごい喜ぶの!」
「確かに……んふふっ!」
1階の教室まで走ると、あたしと瀬奈は机を並べ始めた。
廊下にくねくねした通路を作って、行き止まりのトラップも入れつつ屋上に繋げていく。
トラップというのは、黒板消しを落としたり、セロハンテープを貼って挑戦者を転ばせたりする面白いやつ。
ダンジョンのデザイン画を思い描きながら、大急ぎで机を抱きかかえて運んでいると、
「ねーねー、次はあっちに机並べようよ!」
あたしの腕をちょんちょん突っついて、瀬奈は楽しそうに案を出してくれた。
大掛かりな作業ではあったけど、遊び感覚での共同作業だったから完成まで一瞬だった。
あたしたちも確認の意味合いも込めて一回遊んでみる。
そうして屋上までたどり着くと、
「――――な、なにこれ!」
突然、下の方から慌てふためく声がした。おそらく数少ない部活帰りの生徒によるものだろう。
「帆奈ちゃん、人が来るよ……!」
「うん、逃げよう――――とっ、その前に」
廊下を駆け下りて、最上階の端っこの教室に入る。黒板の
「ここまで来たやつにご褒美のメッセージを残そうよ! 瀬奈、なんか書きたいことある?」
「書きたいこと……」
言葉を繰り返して、瀬奈は考え込んだ。
そうしているうちに、階段から足音が近づいてくる。
「あ、もう人が来ちゃう! 言いたいことは色々あるけど、まとまらなくて……帆奈ちゃんが決めていいよ!」
「あっは……そしたら、一番大切なことにしよっか」
瀬奈の言いたいこととあたしの言いたいこと、それはきっとこれに凝縮されるのだろうという文字列。
それを黒板にデカデカと書いてやった。
――――「帆奈」と「瀬奈」。
あたしたちがここに存在していること、それさえ示せればよかった。
「瀬奈」だけにしようかとも考えたけど、ずっと一緒の生活を送るんだからあたしもいないと、って思った。
そうして教室の窓から飛び降りる。
映画のような着地に成功すると、さっきの生徒が連絡したのか、何台か車が正門の前に来ているのが目に飛び込んだ。
サッと身を翻して裏口に向かう。
やってきた人たちに見つからないように、思い切り足を動かして道路を駆けていった。
「んふふ……! やっちゃったねー!」
「あっは、やっちゃったね~!」
爽やかな風が吹く。
握り合わせることのできない手を重ねながら、あたしと瀬奈は西日を背に走る。
横の瀬奈を見ると、その笑顔は太陽より光り輝いていて、目が眩んだ。
またこの顔が見られるなんて夢みたいだ。
このまま突き進もう。まだ希望が、約束を果たす可能性が残されている。
あたしはまだ瀬奈を守ってあげられる。
そう思わせてくれる温かい表情に、胸がいっぱいになった。