「夜が更けようとしても、あなたは返してくれないんだね」
まっさらな空間、
「数々の悲しみを経験しても理解しないの? 轢殺、
その問いかけに対し、私は沈黙を返した。
私の答えははじめから変わっていない。だとしたら、応答に何の意味があるのだろう。
「……そう。どこまでもワガママなんだ。それなら――――この終わりを見てどう思う?」
そうして視界に飛び込んだ光景は――――
「――――――!」
朱に染まった帆奈ちゃん。
ぐり、ぐり、と。
和装の少女が手に握った刀を回すたび、帆奈ちゃんの胸から鮮血がドバドバ溢れ落ちていく。
むせ返る鉄分の匂いと、歪に響く肉がほじくり返される音。
まるで肉のような、どろりとした液体。
それが糸を引いてアスファルトに鮮烈な朱を押しつけた。
「あ、ぁ……ッ」
意識するより先に吐き出すようにして叫んでいた。
「や、やめっ……やめてッ! こんな悪趣味な夢ッ、やめてよッ!」
そうやって私は自己を曝け出した。しかし、
「夢? 私はあなたの選択した未来を見せているの」
「未、来……?」
「そう、これはあなたが呼んだ未来。やがて追手はあなたたちを捕らえ、帆奈ちゃんが犠牲になる。そんな中であなたは何もできずに、ただ全てを眺めているの」
「私、が……帆奈ちゃんを……?」
バタン。
命の抜けた人体が地面に倒れる。
びちゃりと赤い液体に漬けられて、動かなくなる。
横たわった死体を見て、全てが現実なのだと知る。これはあと少しで来る現実なのだと。
そうであれば、今ここで帆奈ちゃんをあの女に殺されたことは本当だ。
ただ時間軸で表すと少し後の方に位置しているというだけで、帆奈ちゃんを奪われたことが事実であることに変わりはない。
それを理解した瞬間、感情が湧き上がった。
上がる。
洪水が。
既にグラグラ揺れていた最後の
「あ、アアアアアアアア……ッ! やめろ、やめろやめろやめろヤメロヤメロヤメロヤメロ……!」
「やめられないよ。あなたが変わらない限り、全ては一本道なんだから」
「…………。
――――ああ、そっか、変わらなきゃ……」
気づけば、私は地面に膝をついていた。
あっけなく広がる赤色の真ん中で、ソウルジェムすら割られ身体以外何も残らなかった帆奈ちゃんが目を閉じている。
私がこの状況から帆奈ちゃんを救わなくちゃいけない。帆奈ちゃんを救えるのは私しかない。
殺さないと、って、思った。
仇なす者全てを殺さないと。明確な敵も、潜在的な脅威も。
帆奈ちゃんを除く人間を一匹残らずこの世から駆除しないといけない。
だって、そう。帆奈ちゃんとずっと一緒にいたいというささやかな願いを、世界はあらゆる手を使って打ち砕こうとしてくる。
なら、もう徹底的に壊すしかない。全て力でねじ伏せ情け容赦なく叩きのめしてから、その土壌を使って私たちに優しい場所に作り変えなくちゃ。
「……返すよ。私をあなたに返す」
「それはよかった。私のところまで来ればいいよ」
「だけど――――あなたを使うのは私なの。私があなたの力を得て、帆奈ちゃんを守る」
「……いいよ。私にとって、一つになることが重要なのだから」
普段なら触れられないその体を、この意識空間の中でちぎれるくらいにキツく抱きしめる。
私が帆奈ちゃんを守る。帆奈ちゃんが永遠に私のそばにいてくれるように。
思い描いていたものとは少し違う景色にたどり着くだけで、約束自体はちゃんと果たされるんだ。
だから私は、間違っていない。
……そう考えたとき、ふと胸をよぎった。
――――きらきらした帆奈ちゃんとの日々を、本物にしたかった。
魔女になった日の後悔が、私を形作った最も純粋な願いが、私に歯止めを掛けようとして浮かび上がった。
「…………っ」
私は揺らいだ。
あのときの気持ちは微かにしか覚えていない。でも、微かには覚えているのだ。
私は本当に滅びの光景を望んでいたのだろうか?
「――――っ!」
舌を噛み、記憶の詮索を無理やり止める。何がしたかったのか思い出そうとすると、稲妻のような激痛が頭に走るからだ。
……そうだ。一度だけ確かめよう。私が終焉を見て何を思うのかを。
もし笑って滅びを受け入れられるなら、最初の気持ちにはもはや何の意味もない。私はすっかり別人になったのだから、かつていた赤の他人の気持ちを尊重する必要はないのだ。
ずっと一緒にいられるのだから、私の選択は正しい。
そうだよね、帆奈ちゃん……?
「……待っててね」
下を向いて、まだ冷え切っていない帆奈ちゃんの額に口づけを落とした。
私が蘇らせてみせる、帆奈ちゃんの命を救ってみせる。
だから、帆奈ちゃんはずっと私のそばで私のことを見ていて。
白い空間で、私は胸に情念を抱く。
夢を見る。眩しい世界の終わりを。