一日を終わらせ、宿のベッドで横になる。
瀬奈はニコニコしながら、毎日そうしているように毛布の中に入ってきた。
あたしはぼんやりと、単なる惰性で瀬奈を中に入れていた。
……かつてないほどの疲弊感。
昔は希望があったから、正当化されていたから、人を不幸にすることに躊躇がなかった。
仕組みを壊せば瀬奈の幸せに繋がると信じて、この手を汚してきた。
だけど、今日のは単なる殺戮だ。
あたしは何の見返りも得られずに、ただ殺しただけ。
仕組みを壊しても瀬奈は解放されない……それが痛いほど分かっただけだ。
「楽しかったねっ、んふふ」
声を弾ませて瀬奈は言う。
あたしは暗い表情を隠すことすらやめた。瀬奈にはどうせ見えていないから。
「帆奈ちゃん、私ね、今日の町を見て確信したの。私はやり遂げられるって」
「…………」
「ねえ聞いて、私には夢があるの。きっとこれが希望なんだと思う――――私がこの世界から帆奈ちゃんを守るの。私が世界を滅ぼしてあげる。みんなを殺して、ふたりだけの世界にするよ」
「え……」
初めて聞く破天荒の
そんなこと、一度も瀬奈の口から聞いたことがなかった。
突然すぎる告白に固まってしまったあたしに構わず、瀬奈は続ける。
「帆奈ちゃん、実はこのままだと帆奈ちゃんは死んでしまうの。でも大丈夫……私を魔女に戻してくれればいい。そうすれば、私が魔女の力を使って全部滅ぼすから」
「なに……滅ぼす、って」
「んふふ。鏡の魔女はね、人格を保ったまま行動できるくらいに魔力を蓄積したんだ。だから、私が魔女をコントロールして結界外に出る。追手たちなんて、蚊を叩くようにパシッて殺せるんだから!」
「違う、そうじゃなくて……。あたしとずっと一緒にいたいだけなんじゃなかったの? なんで滅ぼす必要があるの?」
当たり前の質問を投げかけると、瀬奈は素朴な笑顔を咲かせて答える。
「帆奈ちゃん、この世界は私たちの邪魔ばかりするの。なんでこそこそ生きなくちゃいけないの? なんで帆奈ちゃんが私と話してるとき、変な目で見られなくちゃいけないの? なんで常盤ななかなんかに帆奈ちゃんを奪われなくちゃいけないの? 全部おかしいよね? だから、帆奈ちゃんに優しい世界に作り替えるんだよ」
「あたしはそんなの気にしていない。細々と瀬奈と生きていければそれで……」
「よくないよ! 私、帆奈ちゃんがぞんざいに扱われているのを見るだけで殺したくて殺したくて……!
そもそもね、帆奈ちゃん。私がこの憎しみを抑えようとしたら、今度こそ人格が魔女に適合しなくなって完全に消えてしまうの」
瀬奈が無理して魔女に抵抗すると、今度はこうして会話することすらできなくなってしまうということだろう。
瀬奈を生かすためには魔女の気持ちに従わなければならない。だけど、その望みは滅び――――人類を皆殺しにするなんていうものだった。
冗談じゃない。
あたしが夢見ていたのは、瀬奈を苦しめていた数々の理不尽が再構築されて、瀬奈が
決して無に帰することではない。
瀬奈はあたしに優しい世界を作りたいと言うけど、その前提は全てがあたしに優しくなる可能性がないというもの――――要は、絶望だ。
瀬奈はあたしたち以外の全てを否定している。
これからよくなるという可能性を否定して、全てを敵に回している。
「瀬奈、それは……」
「ねえ、帆奈ちゃんはずっと私と一緒の生活を送ってくれるんだよね? だから賛成してくれるよね? 私たちはやっと幸せになれるんだよ」
そう言って、ずい、と。
瀬奈は唇をあたしの口に押しつけてきた。
「――――――」
その温度に伴って、愛おしさと恐ろしさをくたくたに煮詰めたようなドロドロした感情が、あたしの中に流れ込んでくる。
この口づけの味わいで知る。
あたしは瀬奈みことを殺せない。あたしは憎しみに染まった瀬奈を――――鏡の魔女をも、愛しているから。
だけど、あたしは同じ夢を見てあげられない。
そう……あたしだって、ずっと一緒にいられればそれでいいわけではなかった。あたしが望んでいるのは、光や希望のような暖かいものに包まれていっぱいに満たされた瀬奈の笑顔だった。
絶望してほしいわけじゃなかったんだ。
「…………」
口を離して、瀬奈を見る。
瀬奈はとろんとした表情であたしを見つめている。あたしだけが憎しみの対象から除外されているのは、瀬奈の魂に刻まれるほどの影響力を生前持っていたからだろう。
反応を確かめたくて、手でその頬に触れてみる。
すると、瀬奈は子猫のような仕草で撫でられるのを享受してくれた。半年前と同様に、甘えるように。
……あたしへの気持ちだけは変わっていないようだった。
こんなに普通に振る舞われると、まだ救いはあるんじゃないかと信じたくなってしまう。
瀬奈とずっと一緒にいたい、ずっとこうしていたいという、当たり前の願いをも思い出してしまう。
だけど、その先は地獄だ。全人類の命を、全ての悪をこの肩に乗せて生きる地獄。
「――――うっ」
今日の光景が脳裏をよぎって、吐き気を催した。
この規模のなんちゃって滅びごっこでもこれほど気持ち悪いのに、世界を破壊し尽くされた暁には、あたしの精神は持たない。絶対に、あたしの心が先に壊れてしまう。
そして死にたくても瀬奈はきっとあたしを無理やりにでも止める。あたしはこの世の終わりで、罪を増やされ続け、生かされ続けるのだ。
――――ずっと帆奈ちゃんと一緒の生活を送らせてほしい。
約束が鳴り止まない。
大事にしまい込んだ思い出の一つ一つが走馬灯のように蘇る。
約束した日の瀬奈の笑顔が、あたしの知っている全ての瀬奈が、あたしを責める。
今まで見てきた景色が、想っていた時間が。
あたしの愛したものが、みんな、あたしを責める。
戻りたかった。
戻って、約束を拒むべきだった。
間違えた。
そんな弱音たちが湧き上がる。
でも……もう遅い。
今は弱さを押しのけて決断するしかない。
ふたりの約束を破るかを……瀬奈を裏切るかを決断する時が来た。
「…………」
相応のものを捧げることでしか願いは叶わないというのなら、あたしは捧げよう。
罪深き奇跡のために、あたしは――――
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