あたしは、瀬奈を裏切らない。
瀬奈が何よりも大切にしているその願いを、踏みにじることがどうしてもできないから。
たとえ約束の日とはもはや違うあたしたちであって、純粋だった想いが歪んでしまったとしても、あたしはあたしの唯一の希望を守り抜く。
その成し遂げ方が絶望そのものでも、約束の陽だまりが瀬奈の人格を保ち続けてくれるなら……瀬奈を生かしてくれるなら、あたしはそれに縋る。
他の全てを捨てても、瀬奈の命だけは譲れない。
だからあたしは、ずっと一緒の生活を送る――――この罪深い約束のために、
世界を捧げよう。
「んふふ、そう、手で触れて……。私を与えるような気持ちで……」
意識体の瀬奈を鏡の魔女に返した。
するすると、瀬奈はあたしの中から抜けていく。本来あるべき容器の中……魔女の中へ。
これで鏡の魔女は完全になった。
他の魔女と違って人格を後から受容したこの魔女は、今から人格の部分を消滅させるようなことはせず、魔力のコントロールを自らに適合した意識体に委ねた。
だから、瀬奈の人格は膨大な魔力の塊の手綱を握った。
瀬奈の意識体は相変わらずあたしに見えるけど、その拠り所はあたしのソウルジェムではなく、魔女に戻っている。
あたしはもう、瀬奈を止める術を持たなくなった。
◇ ◆ ◇
きらきらと、光がこぼれる。
柔らかな布地に頭を乗せて、真上の彼女をぼんやりと眺めた。
永遠に沈まない太陽と、永遠に優しい思い人の笑顔。
なのに、どうして何も感じないのだろう?
いや、あたしは何を見ているんだろう?
あたしは……誰?
「んふふ……今日も一緒にいられたね」
「……?」
「でも、もう私の名前を呼んでくれないんだね……。人間の心って、脆いなぁ」
……?
意味が分からないけど、彼女が寂しそうにつぶやくので、手を伸ばして頬に触れる。
すると、彼女は目を閉じて、撫でるあたしの動きに身を委ねた。
「こうしてくれるところは変わっていない……何も変わっていない。心はちょっと壊れちゃったけど……何も変わっていないならいいや」
「……?」
「んふふ、キスしよう、帆奈ちゃん」
彼女はあたしをそう呼んで、身を屈めた。
唇が触れるが、その意味合いがよく分からない。
ただ……彼女が幸せそうにしてくれるなら、それでいいと思った。
あたしは一体どこにいるんだろう?
何をしているんだろう?
この世界は暖かい。
なんで暖かいんだろう?
忘れてはならないことを忘れた気がする。
でも、そうすべきだから忘れたのだろう。
目を閉じていよう。このゆりかごの中で。
明日も同じように、停滞した時の中で、ずっとずっと。
END:約束の果て