「私は瀬奈みこと。あなたは?」
…………。
「え? 帆奈っていうの!?」
…………。
「すごい! 響きが似てるね! 帆奈と瀬奈!」
…………。
「よろしく! 『帆奈ちゃん』って呼んでいい?」
…………。
「帆奈ちゃん、大丈夫だった? ケガはない?」
…………。
「それならよかった! はい、グリーフシード!」
…………。
「え、だって……いいの?」
…………。
「――――ありがとう、帆奈ちゃん」
…………。
「帆奈ちゃんとの拠点だもん。秘密基地みたいじゃない?」
…………。
「帆奈ちゃんと魔女退治するの楽しいし、なんなら毎日の方が……」
…………。
「帆奈ちゃんと一緒なら全然平気だよ!」
…………。
「帆奈ちゃんに紹介したから、これからはふたりの秘密基地だね!」
…………。
「じゃあ、ふたりだけの秘密、ねっ!」
…………。
「でもさ、帆奈ちゃん」
「帆奈ちゃんだって嘘をついているじゃない?」
「私を利用しようとしているんでしょ?」
「私に言えないことがあるんでしょ?」
「帆奈ちゃんはもっと汚いんじゃないの?」
「帆奈ちゃんの願い事……」
「人を殺したんだね、帆奈ちゃん」
◇ ◆ ◇
「――――あぁッ!」
飛び上がると、柔らかいものに覆われていることに気がついた。
毛布……?
「はぁ……はぁ……。夢、か……」
ベッドの上、何の変哲もない部屋を見てそう結論づけた。
瀬奈と出会ってから性質の悪い夢ばかり見る。
汗だくで、最悪だ。
まだ激しく飛び跳ねている心臓をどうにか落ち着かせようと、ひとつ深呼吸をする。
しかしかえって息苦しくなっただけで、頭の中は変わらずぐちゃぐちゃに乱れている。
――――人を殺したんだね、帆奈ちゃん。
「さい、あく……」
よりによってこんな台詞を瀬奈に吐かせるなんて、我ながら悪趣味な夢だ。
……でも、これも必然か。あたしが見る夢なんだもん。
瀬奈に近づけば近づくほど今までの生き方から外れていくから、自分自身に枷を掛けようとしてこんな夢を見せているんだ。
瀬奈といると優しい感じがする。あたしが優しくなるのか瀬奈が優しいのかは、よく分からないけど。
なんだかぽかぽかして、このまま続いてほしいと願ってしまう。
たぶんそれが、ダメなのだ。
「……とりあえず起きよう」
掛けていた毛布を畳んで、電波時計のボタンを押してオフにする。
無機質な画面は朝5時を告げていた。
こんな時間に起きたってすることがない。朝っぱらから問題集を解くのは気が引けるし、ご飯だってまだ食べたくはない。でもこれといった趣味がないし……だからといってあんな夢を見た後じゃ二度寝する気分にもなれない。
困った。
「……はぁ」
腰をひねり、水でも入れて喉を潤してこようとベッドから下りる。
すると、机の上に置かれたスマホが目に入った。
「…………」
それを取り上げる。
チャットアプリを開いて、既に何度も読み返している昨晩のメッセージをもう一度見た。
『明日は魔女が見つかるといいね!』
『おやすみ、帆奈ちゃん』
たったこれだけの文章。
瀬奈は毎日飽きもせず、このような送る必要のない文章を送ってくる。
挨拶なんて家族とすれば十分なのに、他人であるあたしにいちいち送りつけてくるのだ。
そんなことをする理由がよく分からない。
そしてもっと分からないのは、なぜ自分がこんなしようもない文章を今読んでいるのか、ということだ。
「バカみたい……」
最初は戸惑って、ネットで返し方を検索したりもした。
途中で距離を置こうと読むだけにしていたけど、待ち合わせの第一声で、
『帆奈ちゃん、私悪いことした……?』
と露骨に落ち込んでいたので、それは瀬奈との関係を保つ上ではよくないと学習した。既読無視、って言うらしい。
だから今は最初から入っているスタンプだけ押して返信している。
どんな文章を打ってもスタンプしか返さない相手にそれでもと律儀にメッセージを送り続けるやる気がすごいし、朝、昼、魔女退治の後と夜の計4回だからなおさら不思議だ。
(いつやめるのかな)
あたしは瀬奈の関心が薄れるそんないつかを待ちながら、毎回仕方なくスタンプを返してあげている。
◇
学園祭の準備期間も終盤に差しかかり、小道具班の仕事は最終確認だけとなった。
和風の装飾や風船で派手に飾りつけられた教室の端っこで、スマホを見ながら黙々と昼食を食べる。
『帆奈ちゃん、お昼だね!
今はたぶん学園祭の準備だよね? 縁日ってどんな感じなのかな? お祭りみたいな感じなのかな?
明日会いに行くの楽しみ!』
「……ふっ」
必死に話題を探している瀬奈の顔がまざまざとまぶたに浮かんで、思わず吹き出してしまった。
どうせ縁日なんかに興味がないのに。
とりあえずスタンプを送ろうと画面に指を滑らせる。しかし、タップする直前に指を引っ込めた。
――――ちゃんと返信したら、またメッセージが来るのかな。
その可能性に気づいたとたん、血液の巡りがよくなったような……指の先が熱くなったような感覚がした。
瀬奈はビックリするかな、とか、喜ぶのかな、とか。
「…………」
そんな自分の思考に呆れて、そっとスマホの画面を消した。
学校のお祭り気分にでもあてられてしまったのだろう。あたしらしくもないことを考えてしまった。
「――――更紗さん?」
このとき、床に横断幕を広げて作業をしていた同級生の一人があたしを呼んだ。
「え……な、何ですか?」
普段は全く会話しない相手だから、ぎこちない返事をしてしまった。
「楽しそうにしてたから。恋人かなって」
「――――っ」
スマホを落としそうになって、慌てて両手でぎゅっと握る。
単に否定すればいいのに、言葉が喉に引っ掛かって出てこない。
あたしをからかって嘲笑うつもりなのだと分かっていながら……嫌な感じより先に恥ずかしさが来てしまった。
「ちょっと! 更紗さんに限ってそれはありえないって」
横で作業していたもう一人が話しかけてきたやつを肘で突っつきながらクスクス笑う。
(あ……よかった)
よかった。あたしが言葉に詰まっている理由を気づかれなくて。
予想通りの反応を見て、そう胸を撫で下ろした。
変な誤解をされるよりはいい。明日は瀬奈がここに来るんだから。
「まあ、そうだよね……だって更紗さん、家族も友だちも、学校に来たことがないんだもんね?」
「もうっ、言い方悪いよ」
「ああ、ごめんね?」
悪巧みをするように声を押し殺すふりをしながら、わざとこちらが聞こえるように話す。
まあ、普段は積極的に関わってこないから、色々言われているのは別にいいとして。
二人の掛け合いを聞いていると、なんとなくこのタイミングで話しかけてきた理由が見えてきた。
「そんな更紗さんにお願いなんだけど……実は私、明日は茶道部の活動で忙しくて。ほら、合同展示会場のイベント、知ってるでしょ?
更紗さんなら予定はないし、代わってもらえる?」
声を掛けてきた同級生は淡々ととんでもない要求をして、あたしの推測に花丸をつけてきた。
当日のシフトを押しつけてきたのだ。
こんなふうに都合よく使われるようになったのは、あたしにも責任があるかもしれない。
暴力を振るわれない分だけマシだと思って、今まで色んな人から色んな要求を飲んできたが、断らないから次から次へといいように使われているのだろう。
……ただ、まあ。
ある意味いい提案だ。
あたしは当日実際暇だし、むしろ瀬奈に嘘をついてしまっている以上何かしらの仕事をしていた方がいい。
「…………」
これはウィン・ウィンの関係なんじゃないか。
相手がニヤニヤしながらあたしの返事を待っている。
ここは――――
❖断る。 (→1-5-1へ)
❖承諾する。 (→1-5-2へ)