無人島試験4日目 夕食時
『はい綾小路君。今日の夕食だよ』
櫛田から固形の栄養食とペットボトル1本を渡された。朝と晩こればっかりだ。池が果物や魚をとってきても、大体は女子に献上していた。男子に回ってくる分は少なく、そして俺まで回ってくることはほとんどなかった。そもそも一日2食は無理があるんじゃないだろうか。古代ローマでは一日3食だったし、日本でも17世紀半ばには一日3食が定着している。2食で十分足りるとか、朝飯を抜いている人は、結局のところ夕食をガッツリ食べたり、2食の間に間食をしているだけだ。つまりこんなブロック栄養食では全く足りない。ああっ山菜定食が恋しい。温かいご飯とオカズが食べたい。
そんなガッカリしている俺を見て櫛田が励ましてくれる。
【あと三日だよ。元気出して、……私に任せて。一緒に頑張ろうね♡】
囁いた櫛田はすぐに俺から離れて、他の男子にも栄養食と水を配っていった。
女子は我慢できるのだろうか。……もしかしたら女子はこっそり栄養食以外の、Cクラスが食べていたようなスナック菓子とかチョコレートなんかを交換しているのかもしれない。……いやあの蒸し暑さと背中が痛くなる硬い地面、しかも男子より最大二人も多いテントで――高円寺がリタイアしているため男子は9人と10人、女子は10人と伊吹を入れた11人――それを文句も言わず我慢していることがおかしい。たしかポイントで扇風機やマットレスなんかも交換できたはず。……そういうことだな。……女子には節約生活は無理か。……平田、……男子が知ったら荒れるぞ。
一抹の不安を覚えながらの就寝となった。
無人島試験5日目 早朝
空腹と不安から浅い眠りだった俺は、テントの外からの不機嫌な女子の声で目覚めた。
「早く起きろ。出てこい」
四方から女子の荒ぶった声が聞こえてきた。
やばいな。一人二人ではなく大人数の女子が男子テントを囲んでいるようだ。
「糞眠い、なんだってんだよ」
苛立つ須藤を制止し、真っ先に俺がテントの外に出た。
テントの目の前で、仁王立ちの篠原が俺を睨みつけてきた。
「悪いけど男子全員叩き起こして」
有無を言わせぬ圧力に俺はそそくさとテントの中に逃げ帰る。
「やばい全員起きてくれ。今すぐだ。殺されるぞ!」
男子が眠そうに一人また一人ゆっくりとテントの外に出てくる。そこは異様な雰囲気が立ち込めていた。俺たち男子を囲んでいる女子の目が怖い。
少し離れた場所では平田と篠原がこそこそと話している。どうやら平田以外の男子には聞かせたくない話のようだ。
周囲の女子から向けられる目線と雰囲気には少しだけ覚えがある。プールの授業だ。プールを見学していた長谷部が、ああっ巨乳巨乳が見たい、と嘆いていた池に「キモ」と呟いたあの時の心底侮蔑した目だ。あの時俺たちを救ってくれた櫛田はここにはいない。まるでプールの授業で女子全員が見学になってしまったかのようだ。
一瞬で察する。これは男子の誰かが――平田を除く――やらかした。この慣れない共同生活も五日目だ。ここでは夜な夜な一人で出来ることもできない。池や山内でなくても性欲が我慢できなくなったのだろう。
男女共同のキャンプ生活だ。普段見ることができないシャワーで火照った女子の素顔や、濡れてストレートになった髪型など、本来は親密な関係でしか見れないものが見れてしまう。それに日常の学校生活より遥かに男女間の接触が多く、川で泳いでる女子は大胆なビキニ姿を披露していた。(櫛田可愛い)
この状況では男子が間違いを起こしてしまう可能性は無数に考えられる。
まずこういった修学旅行のような場所でよくあるのがシャワーやトイレなどの覗きや盗撮だ。ただ今回の場合はおそらく違う。シャワー室や仮設トイレは、実際の災害時に使われる品物であり、女性のプライバシーに配慮した作りだ。覗ける隙間などは見当たらない。電子機器を持ち込めないので盗撮もできない。
他には夜這いなんかも可能性は低いがあり得る。女子の一人キャンプなんかでは見知らぬ男がテント内に侵入してきたなんて話もある。
流石に大人数の女子テントに侵入するなんて事は山内でもあり得ない。だが例えばテント内の狭さと蒸し暑さで夜明け前に目覚めてしまい、そこからなかなか寝付けなくなった女子が、一人でトイレに行って、そのまま広くてひんやりとした場所――大きな岩場や水辺付近など――でうたた寝してしまうなんてこともあるだろう。その女子と同じような動きをしていた男子が目の前に無防備で寝ている女子がいたらどうだ。自然の環境は人間が抑え込んでいる本能を開放させる。……目の前におっぱいがあって、誰にもばれない状況なら手が出てしまうのは仕方ない。男のさがだ。罠だとしても飛び込まずにはいられない。胸を触らなくて一生後悔するか、胸を触って退学になって後悔する。どちらでも後悔するなら、触った方がお得だ。ばれない可能性もある。
ただし今回はその女子がおぼろげながらも触られた感触や自分の服装の乱れに気付き、他の女子に相談して今の状況に至った……十分にあり得る話だ。
そして一番可能性が高いのは下着泥棒だろう。いや下着じゃなくても女子の身に着けていたものなら問題ない。……目的は下着や水着、体操服などを使った自慰行為だ。当然ながら俺たちは無人島に来てから洗濯をしていない。酷い汚れが付いてしまい川で水洗いしていた何人かはいるが、ほとんどが替えの下着、替えの体操服で5日目の今日まで過ごしてきた。ここには洗剤の香りがする清潔な衣服よりも、女子の匂いが染みついた使用済みの衣服が多数ある。
自然界の生物はメスがフェロモンでオスを引き付ける(逆の場合もある)。それは人間にも当てはまる。すなわち女子特有の匂いは男子を発情させる。俺はそれをよく知っている。
意外に思うかもしれないが、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感の中で、最も記憶に結びやすい感覚は嗅覚だ。嗅覚以外の感覚――視覚・聴覚・触覚・味覚――は、大脳新皮質と呼ばれる部分を通ってから前頭葉へと運ばるが、嗅覚だけはダイレクトに前頭葉へ運ばる。つまり匂いは、脳に直接焼き付く。
嗅覚を伴った記憶は、長期間残るように進化している。過酷な自然界で生き残るには匂いは忘れてはいけない。天敵の姿を目で捉えた時には捕食される寸前だ。鳴き声を聞いた時でもすでに手遅れだ。匂いで危険な生物を接近する前に回避して、匂いで獲物を探さなければ生き残れない。食べる時も、餌か毒か味覚で判断してたら死んでしまう。
そういうわけで匂いはとても大事だ。何も持たないでする自慰行為と、櫛田の匂いに包まれてする自慰行為は気持ちよさが断然違う。もしも日中、水着姿の櫛田と一緒に泳いで、手や肩、背中などが直接触れるぐらいの接触があり、胸やお腹、お尻や太ももを鮮明に記憶している状態で、櫛田の使用済み下着を舐めて、匂いを嗅ぎながら自慰行為が出来たらどれほど興奮するだろうか。
……この状況は下着泥棒で確定だな。さて誰が誰の下着を盗んだか。いや盗んで使って戻したのがバレたか。
意識を周囲の状況観察に向ける。
ちんたら欠伸をしながらテントから出て来る男子。女子には一触即発の空気が漂っている。……おかしい、こういったトラブル時にはいつも率先して間に入って仲裁してくれる櫛田が、何故かいない。
そして昨日の夜遅くに池はトイレに行った。それも相当な時間がかかっていた。
……池、もしも櫛田が泣いていたら貴様は無人島で事故死だ。
しばらくすると平田と篠原の話し合いが終わったようだ。こちらに歩いてくる。いつも冷静な平田が動揺した様子を見せている。また平田と話したことで少し落ち着いたように見えた篠原の顔は、未だにテントから出てこない男子がいることで恐ろしい形相に戻ってしまった。
それから1、2分してようやく男子全員がテントの外に集合した。
普段とはまるで違う、重い重い平田の口調が異常事態の深刻さを物語っていた。
「今朝、女子の下着がなくなった。……男子のみんなには悪いけど荷物検査を受けて欲しい。当然僕も最初に受けるよ」
「はあ? なんで俺たちがそんなことしなきゃならねえんだ」
須藤の恫喝のような大声にも一切動じず篠原が反論する。
「そんなの決まってるでしょ!! 夜中にこの中の誰かが鞄を漁って盗んだ。荷物は外に置いてあったんだから盗ろうと思えば取れたわけだしね!」
眠気に支配されていた男子たちが、一斉に顔を見合わせる。
「いやいやいや⁉ 盗んだとかないだろ⁉」
山内は大慌てで篠原に反論していた。その様子を見た男子が冷静な声で呟く。
「そういや山内、おまえ昨日遅くに隣のテントに行って暫く戻ってこなかったよな?」
「いやいやいやホントに隣にいたから、なあみんな、そうだよな?」
何故か隣のテントにいた男子は沈黙を保っていた。山内は池や須藤以外にも多数の男子と仲がいい。実際に隣のテントで伊集院や外村、本堂、宮本、と山内は盛り上がっていた。そう女子の水着(ビキニ)について語り合っていたのだ。特に櫛田については、見れなかった男子のために山内が見た全身のありとあらゆる箇所を語っていた。そのテント内にいた男子全員がギンギンに勃起していた。そしてもし明日も女子(メインターゲットは櫛田)が水着になりそうなら外村がカメラで草むらから盗撮する手はずになっていた。そんなやりとりがあったのだが、当然誰も火中の栗を拾うものはいない。
「俺じゃねえ。そもそも盗まれたの誰の下着だよ!」
「被害者の名前、教えるなんてありえないから! あんたそれセカンドレイプだから!」
「うっ……とにかく俺には関係ねえ」
全力で否定する山内。それが逆にあいつならやりかねないという空気になっていた。
だが篠原の怒りは傍観者になっていた俺たちの方にも向けられる。
「なんなの! 俺たちには関係ないみたいな空気だしてんの! 盗まれた下着以外も女子の鞄漁られた形跡かなりあって被害にあったの一人二人じゃないから! 複数犯の可能性もあるからあんたらも全員持ち物検査だから」
ぶちギレしている篠原は指を鳴らしながら宣告する。
「もし拒否した男子は3年間下着泥棒として扱う」
誰も否定する声を上げることができない。平田でさえこの空気には耐えられなかった。
「男子の中には犯人はいないと思う。僕はそう信じてる。だから身の潔白を証明するためにも、荷物検査に応じるよ。篠原さん僕の鞄を確認して」
女子だけではなく男子も含め、平田が犯人だと思っている奴は一人もいないだろう。
そもそも誰の下着が盗まれたのだろうか?
この場で男子を逃がさないように囲っている女子はおそらく被害者ではない。男子に対する嫌悪感はあっても恐怖心のようなものがあまり感じられない。つまりこの場にいない女子、…櫛田、堀北、軽井沢、佐倉、長谷部、松下、佐藤、その中に被害女性がいる。またはその全員が被害にあっているのかも。もしそうだとしたら篠原の怒りもわかる。無差別に漁ったわけではなく人気のある女子を狙っている。夜の暗闇で、女子の鞄をしっかりと判別しているとしたら、突発的な犯行ではなく、計画的犯行であり、単独犯ではない可能性も高い。誰かを火あぶりにするまで女子の怒りは収まらないだろうな。
当然のように平田の鞄からは何も出てこなかった。ただ、こうして最初の一人が荷物も開示してしまっては、後に続かざるを得ない。というより中身を見せない男子は確実に下着泥棒の汚名を着せられるのだ。
我先に、次々と男子がテント前から荷物を引っ張り出して、許しを請うように篠原の前に差し出していた。(実際の検分は平田が行っているが、その平田に不正がないかを篠原が監視している)
池や山内はずっと嫌がっていたが、それでも流れに逆らう事は出来ない。仕方なく俺を含めて3人で少し離れた場所にある鞄を取りに向かった。
「くっそ、ムカつくよな。まあ男子が疑われるのは当然だが、理不尽だぜ」
「まっこうなったら堂々と身の潔白を証明するしかないな」
池が鞄を掴み立ち上がろうとしたところで、山内が急に振り返る。
「春樹どうした?」
青ざめた顔で山内は硬直し、作り笑いが顔に張り付いていた。
「どうした腹でも壊したか? …もしかして、お前が…」
「寛治! やべえ蛇いるぞ」
「うおっ、はっ、やべえ…って全然遠くじゃねえか」
確かに蛇が少し離れた場所で俺たちを警戒しているような様子で首を上げていた。
「ったく、春樹ビビりすぎだろ、…………嘘だろ」
「寛治?」
今度は池が青ざめた顔で硬直し、金縛りにあったように動かなくなった。
「さっさといこうぜ、……どうした下着でも出てきたか?」
すばやく池の鞄の中を覗き込む山内。するとそこには男子が絶対に穿くことの無い白い下着が丸まって隠されていた。
「お、俺じゃねえんだって! なんか鞄に勝手に入ってたんだよ!」
「おまえさ、その言い訳は無いわ……」
池の慌てふためく姿に哀れみの視線を向ける山内。
女子の下着と思われるものが池の鞄から出てきた。
だが、そんなことは正直どうでもいい。俺は、山内をこの学校における最大の脅威とみなすことにした。
さきほど池が視線を蛇に移した瞬間に、山内は自分の鞄から、池の鞄の中になにかを移していた。
≪おそろしく速い手さばき オレでなきゃ見逃しちゃうね≫
博士から借りた漫画の影響だろう。脳内の口調がバグった。それほどに俺は山内に衝撃を受けていた。俺と同等の速さだ……俺が平凡を装っているように、山内は道化を演じているのかもしれない。今もまるで自分には関係ないように平然と池を責め立てていた。
「見苦しいぞ。とにかく平田たちに説明しようぜ」
「そんなことしたら俺が犯人にされるじゃん!」
「いや犯人も何も…なあ綾小路?」
山内は同意を求めてきたが、どういうことだ、俺を試しているのか。
状況から考えて、最初は山内の鞄の中に女子の下着があった。だが山内の反応を見るにそれは山内にとっても想定外だったのだろう。少しの間、思考が止まっていたように見えた。だが素早く切り替え、そこから蛇にビビったようにして俺と池の視線を逸らし、池に下着を押し付けた。……山内の行動は下着があると最初から知っていたような動きではない。
そもそもいつどうやって下着を盗んだかはともかくとして、盗んだ犯人が自分の鞄に下着を隠すなんてことは普通はしないんじゃないだろうか。他に犯人がいて山内の鞄に下着を隠した、そんなところだろう。そして隠した人間は山内の鞄を判別できて、かつ山内の行動を把握できているような親しい仲の可能性が高い。……つまり池の自業自得の線が
「綾小路、おまえは信じてくれるよな?」
「状況から総合的に考えると、池が犯人の可能性が高いな」
「綾小路ぃぃぃ!」
「池、お前昨日遅くにトイレに行ったよな。なにをしていた」
「いやいやいや! あれは、その、暗かったから苦労したんだよ」
「山内、池が白状したぞ。どうやらお目当てのパンツを探すのに苦労したそうだ」
「うっ……ほんとに俺じゃないんだ勝手にパンツが入ってたんだ」
まあ昨日池がトイレでオナニーしていたかはともかく、池が盗んだ犯人で山内の鞄に隠していたとしたら、荷物検査になった時点で慌てていたはずだ。池にはそんな様子は微塵も見られなかった。さすがに……犯人ではないと思う。実際勝手にパンツが入ってきたのは本当だしな。……だが俺にはどうすることもできない、運が良ければなんとなるさ、強く生きろ池。
「とにかく隠すしかないな」
「隠すって、どこに⁉ どこにも隠すとこなんてねえし!」
「自分のパンツの中にでも忍ばせればいけるさ。池だけに。お前ならできる、じゃあな」
「そんなところに隠してるのが見つかったらガチ犯罪者じゃねえか、俺嘘とかつけねえし絶対パニックになって……ってまってくれ」
このままここにいると池が俺に下着を押し付けてきそうだ。
俺は、絶望している池を後目に、この場から早く立ち去ろうした。だが俺の身体はまるで鉛になってしまったかのように重く、汗が全身から噴き出していた。こんな感覚は人生で初めてだった。
俺はホワイトルーム時代に合気道を習っていた。そして一度だけ、たった一度だけだが本物の達人の指導を受けたことがある。
渋川を名乗る達人曰く
≪真に護身を身に付けた者であれば、そもそも危機に近づくことすらできない≫
合気道は相手を倒すためではなく、自分の身を護る護身のための武術であり、真の護身を身につけたとき、初めから危機が及ぶ場所にすら到達することができない。それが合気道の真髄だと。
その達人が言っていた事の意味が今、初めて理解できた。俺はどうやら人生最大の危機に直面しているようだ。この先には俺を屠る者が存在する。
俺は足元から生えてきた蔓に全身を絡まれ、目の前には溶岩が広がっている。こんなことはあり得ない。幻覚だ。だが俺は幻覚に惑わされ、何もない場所で転倒していた。いや実際は池が俺の両足に縋りついていたようだ。
「おいおい大丈夫か綾小路。……はあ、寛治、流石にそれはないぜ見苦…………マジかよ……」
山内がドミノ倒しになっている俺と池を見て絶句する。
倒れた拍子に俺の鞄と、池の鞄も横倒しなっていた。
(ああっ、やってくれたな桔梗。桔梗ーーーーーーーーー)
池の鞄からは白の下着――小さなピンクのリボン付き――が、俺の鞄からは、上下お揃いの下着――黒のブラジャーとパンツ――が飛び出していた。
見間違えるはずはない。この黒い下着は櫛田のお気に入りの下着であり、俺のお気に入りの下着だ。
この下着を櫛田が着ているのを何度も見ている。それを櫛田が目の前で脱いで俺のチンコに被せて手コキ、いやパンコキをしたことも。さらにはHの練習で大変お世話になっている。Hの練習では基本、俺は全裸で、櫛田は上半身裸で下半身はこの黒いパンツだけを穿いていることが多い。その櫛田を、ベッドに正常位の体勢で足を広げさせ上から覆い被さり、胸を揉みしだきながらキスをして、櫛田の股(この黒パンツ)に俺のチンコを擦り付けたり、騎乗位で両手をつなぎながら櫛田が俺のチンコに下着を擦り付けたりしていた(いわゆる騎乗位素股)
櫛田は俺のために、こっそりと俺の大好物のオカズを鞄に仕込んでいたようだ。そして俺の下着も無くなっている気がする。いや確実に昨日はいていたパンツが無くなっている。
(桔梗ーーーーーーーーーこの泥棒猫が!!)
(『あはは、清隆君ゴメンね』)
脳内にクスクスと笑いながら両手を合わせて謝る櫛田が浮かぶ。そんな姿も最高に可愛い。……ダメだ脳内の桔梗にお仕置きしている場合ではない。
俺のエクスカリバーの侵入を阻んできた
僅かな時間の中で、必死に現況を打開しうる手段を探す。だが俺の脳内は櫛田とのエロい事で埋め尽くされていた。これはパブロフの犬の実験に近い。
櫛田は俺とのHな行為のとき、この黒い下着を着けていることが多かった。何度も何度も繰り返された事で、ほんの僅かでも黒い下着を見るとチンコがフル勃起してしまうようになっていた。……俺は立ち上がることができない。
「おい早くしろよ」
平田たちのほうからそんな男子の声が飛んできた。
「今行く!」
山内は、お前ら下着泥棒に巻き込まるのはごめんだ、と急いで離れていく。
あいつには人の心がないのか⁉
「流石だぜ綾小路、これも一緒に隠してくれよな」
そう言って池は丸まった白い下着を、すばやく俺の鞄に入れてきた。
「……は?」
「隠し通せる自信があったんだろ。頼むぜ。一つも二つも変わらないだろ。な?」
「いやそんなこと言って――――」
「おいお前らいい加減にしろ!」
「すぐ行く」
後は頼んだ、そう言って池も飛び出していった。
(マジかよ……)
俺は、冷や汗が滝のように流れていた。
この状況で動かないでいたら最悪の結末を迎えてしまう。これ以上時間をかけるわけにはいかない。
パンツ2枚。俺はそれを
まずは気持ちを落ち着かせなければ。冷や汗でダラダラの顔を肌触りが良いシルクの
やはりシルクはいい。吸水性、放湿性に優れ、汗を吸ってもベタベタにならない。それに華の香りか? ものすごく心地よい香りが鼻孔をくすぐる。この
そのまま後ろの右ポケットに丁寧に折りたたんで仕舞った。白い
あとはこのブラジャーを隠せば…………いや無理だろ。
櫛田の胸のサイズはEカップだ。(最近ⅮからEに成長したらしい)
Eカップは果物に例えると大きめの梨ぐらいある。ブラジャーはその梨二つを包み込む大きさがあり、人体で一番やわらかい部分を保護するため結構硬い。
そんなでかくて硬いものをポケットなんかに隠せるはずがない。
……もはやここしかない。
俺は覚悟を決め、パンツの中にブラジャーを突っ込んで平田たちのもとへ急いだ。
「悪い悪い、綾小路が蛇にビビッて躓いて巻き込まれて転んじまったぜ」
言い訳して、池は鞄を放る。
蛇に驚いた――驚いたふりだが――のは山内であり、巻き込まれたのは俺だ。嘘はつけないんじゃなかったのか池。
「調べたきゃ調べろよ。俺は無実だからさ。なあ春樹?」
「お、おう」
山内も堂々と篠原の前に鞄を並べた。それを平田が軽く断りを入れた後、中を調べだした。
篠原は仁王立ちでその様子を監視している。
俺もそっと鞄を置きその場を離れる。
そして男子全員分の荷物も調べ終えた平田が、篠原に声をかけた。
「男子の荷物には女子の下着はなかったよ」
「まだ終わってない」
篠原はこちらに近づいてくると、テントの中を確認しだした。
どこかに隠してるんじゃないかと疑っているようだ。だが当然出てこない。
二つのテントを調べ終わった後、篠原はさらなる要求をしてきた。
「平田君。もしかしたらポケットとかにも隠しているかもしれないよね? さっき池君と山内君、それから綾小路君がなにかしていたし」
当然と言えば当然だが、俺たちは時間をかけ過ぎていたようだ。
「いい加減にしろって!」
反論する池に対し、篠原を含めた女子が一斉に攻撃を始めた。
「池怪しくない?」「どうする処する?」「もしかして本当に隠してるの?」
「池君、隠してるもの出して」
「はあ⁉ か、隠してるわけないだろ! ほら何もないって!」
自らポケットを裏返したり、シャツをめくったりする池。
池なりになんとか身体検査だけは避けるように誘導しようとしていたが、それは女子の目には何かを隠しているようにしか見えなかった。
「き、基本的人権の侵害だぞ、もし何もなかったらどう責任とるんだ。精神的苦痛で訴えてやる」
山内も覚えたての言葉を使って――普通は小学生で覚えるが――池を援護する。
「はっキモっ」「あいつらグルじゃね」「3人とも黒でしょ」
「もし何もなかったら私が責任とるから。平田君、3人とも調べて」
有無を言わせない篠原の圧力に俺たち3人だけでなく、平田すらも屈する。
「……わかった。それで女子が納得するなら。だけどこれで見つからなかったら、もうこれ以上男子を調べ上げる真似はやめてほしい」
最悪の流れになった。女子監視の元、俺と池、山内の3人の身体検査が始まってしまった。
当然、池と山内から下着など出てくるはずも無い。そして俺の番が来てしまった。
もはや言い逃れできない状況だ。せめて自分から出した方が幾ばくかマシだろうか。
……いや、そんなことはないだろう。もはやどうにもならない。それなら1%でも平田が見逃してくれる可能性に賭けたほうがいい。
俺は死んだ魚のように動かず、平田の検査を受けることにした。
「ごめんね。すぐ終わらせるから」
どうやら平田は俺のことを全く疑っていないようだ。1%の可能性がほんの僅かに上昇する。
――1%あれば(白タイトル、白文字、白カットイン)――
上半身からゆっくりとチェックしていく平田。そして、コットン生地の
まだ大丈夫だ、男子でも
平田の手が間違いなく
だがその一秒にも満たない時間、視線が交錯した後、何事もなかったかのように検査を続ける。
そして後ろの右ポケットの中にも手を入れてきた。
大丈夫だ。こちらはシルク製の
(『どうかな? サプライズ成功かな?』)
(ああ人生で一番驚愕したぞ桔梗、だから……助けてくれ)
脳内の櫛田に土下座で懇願する。だが現実は無常だ。ドッキリ大成功の看板を持った櫛田はいない。
さきほどは全く動揺していなかった平田だが、2枚目の
(どうして綾小路君がこんなことを)と嘆いているような顔の平田。違う、俺は
全く悪びれることもない、自信たっぷりの俺の顔を見て、平田も自分の勘違いに気付いたようだ。平田は
「綾小路君も持ってないね」
そう言ってこれからの事について篠原と話し始めた。池と山内が驚いて顔を見合わせる。……おい、まだ油断するな。
「そんな事………でも、平田君が言うなら」
平田の事は篠原も信用している。このままこれで終わるかと思ったところに――
「おい篠原、どう責任とるんだ。俺たちは無実の罪を着せられて、身体を弄られたんだぞ」
池の言葉に続けて山内も、篠原を責め立てる。……おい。そんな風に逃げ道を封鎖したら……。
「平田君ごめんなさい。これで最後だから許して」
平田の制止も振り切り、池の前に立って睨みつける篠原。
「私が直接調べる。池君、靴を脱いで」
「はあ⁉ ふざけんなよブス!」
男子にも女子にも、流石に篠原はやりすぎだ、という空気があったが、池の不用意な一言が空気を変えてしまった。
平田は俺たちの身体検査をしたが、あくまで常識の範囲内での検査だ。まだ確認していない場所はある。靴の中や、靴下の中、そしてパンツの内側だ。パンツの中にいれるか、女子の下着を直接穿いて、その上から普通の男子下着を穿いていれば平田の軽く服の上から触る程度の検査では見つけることができない。だから篠原の要求は正しい。だがクラスメイト相手にそこまでするのは常識から外れる行為だ。
篠原は常識のラインを超える決心をしてしまった。もはや平田にも止めることはできない。
本日2回目の最悪の流れだ。いや平田が身体検査することは最悪でも何でもなかったようだ。1%も可能性があったのだから。こんなことなら小細工しないで鞄から見つかっていれば、まだましだったか。いや悔やんでも仕方ない、切り替えろ。…あと3分ほどで俺の評価は地に落ち、俺を見逃した平田までも信用を失う。……だが
シェイクスピア曰く
The worst is not, So long as we can say, This is the worst.
「これが最悪だ」などと言えるうちは、まだ最悪ではない。
平田の身体検査は確かに最悪ではなかったし、これから篠原の身体検査もまだ最悪には至っていない。この場でパンツを脱がされ、櫛田のブラジャーが俺のパンツの中から出て来る事、その最悪に至る可能性は、99.9999% シックスナインだ。シックスナインとは、アポロ計画でのミッションの安全性を形容したものだが、俺はその逆、100万分の1を引き当てなければならない。
池は篠原の圧力から逃れようと後ろに下がるが、他の女子がそれを許さない。俺たち3人は完全に包囲されてしまった。
そんな状況では、山内が俺は関係ないとばかりに自発的に靴を脱いで篠原に確認してもらっていた。
篠原は平田が検査していない場所、靴の中を確認して、靴下を触って確認して、Tシャツの中に手を入れて直接上半身を触って確認していた。そして……ジャージのズボンを下げて、パンツ内に隠しているものがないかを目視で調べていた。あくまでパンツの外側から。
山内はそれで開放された。
池も涙目になりながら篠原の検査に耐えていた。
もし同じことを男子が女子にやったら逮捕されるだろう。それほどの事だ。
逃げれないように周囲を囲み、嫌がる相手に無理やり身体検査だ。足元からねっとり触り、上半身を弄り、ズボンを脱がしてパンツを衆目にさらし、至近距離で確認する。あまりにも酷い。……だが甘い、パンツの中に手を突っ込まないなど温すぎる。全裸にして、ケツの穴まで確認するのが軍隊だ。
池の検査が終わり、俺の番になった。俺は地獄に垂れ下がった蜘蛛の糸を手繰り寄せる。
「篠原、テントの中で俺の検査をしてくれ」
「はあ⁉ ふざけてんの、なにそれ」
女子からの目線が痛い。だが引くわけにはいかない。
「俺は下着を盗んでいない。篠原の身体検査は受ける。だがこの場所では拒否する。平田頼む、……助けてくれ」
俺が頭を下げて懇願した時、平田は見たこともないほど狼狽した。だがほんの少しの沈黙の後、平田はいつものようなリーダーシップを発揮してくれた。
「っ……僕は…………わかったよ綾小路君。……篠原さん。これは譲れないよ。一緒に来て」
俺を囲んでいた女子も平田の一言で道を開ける。
そのまま3人で一番遠くの男子のテントに向かって行く。
平田はテントの前で誰も聞いたことがないほど強い口調でクラスのみんなに警告した。
「誰も近づくことは許さない。これは男子も、もちろん女子も」