「おはよ……」
長い睡眠の後ジグの工房には昼過ぎに向かってしまうことになった。
「おお、おはよう。体調はどうじゃ?大丈夫か?」
「起きてないことを心配しても意味無いでしょ」
レヴィはぶっきらぼうにそう呟くと直ぐに三日前まで作業していたデスクへと向き合った。
「昨日新しい素材のサンプルが届いての。そこにまとめて置いておる」
「ん、ありがと……」
急かすように箱を開くと、中からは等間隔に仕切られた透明のケースの中に様々な素材のブロックが入っていた。
一緒に入っていた紙束には素材の説明や仕様が書かれており、また検討を繰り返さなければいけないようである。
「あのさ……ジグさん」
「ん?」
彼は修理ポッドの前でアイゼンハートに向き合っていたが、耳だけはレヴィに向けていた。
「わたし、武器制作にとにかく本気なの。このブラックローズもそうだし、ライデンシャフトもそう。自分に合う武器を作りたい」
「おおぉ……お主がそれほど武器に夢中になってくれてわしは嬉しいぞ」
「うん、だから隣買い取ったから」
「隣……え?」
「隣の工房買い取って、わたしの個人スペースにするの。明日に機材も搬入されることになってるから、整ったら隣に移る」
レヴィの発言に思わずジグは手が止まり、彼女の方を恐る恐る見つめた。
レヴィはジグの方を見てもおらずサンプルに向き合いながら淡々と言葉を続けた。
「わたし金だけはいくらでもあるから。それに、工程が進んでいくにつれこの工房を圧迫することになってたしさ」
「いや……、それはそうなんじゃが、本当に急で……そして早いな」
「まあね。隣人もちゃんと納得して引っ越していったよ」
もちろん、隣人には反対する口もなく、要らない荷物は全て廃棄し、必要な未使用の資材だけかき集めて引越しておいた。
それらは一時的に倉庫に送られたあとレヴィの新たな個人スペースに再び戻されることになっている。所有者が居ないのだからレヴィが有効活用して当然だろう。
「もちろん必要な時には顔出すし、進捗報告もする。このボタンを使えばワンタッチで連絡出来るようになってるから」
レヴィはジグに音声通話用の小さなインターホンを渡す。壁に貼り付けたり机に置いたりも出来るかなりシンプルな構造だ。
そしてレヴィ側からはカメラで常にジグの様子を見る事も出来る。
「お、おぉ……ありがとう、レヴィ。
なんだか休んでる間に話が大分進んだようじゃな。同居人とも上手く埋め合わせ出来てよかったのう」
「埋め合わせ?」
今日のレヴィはいつもより色気付いた雰囲気に包まれていた。
それに、いつもとは違って指輪のついたネックレスを付けている。
その宝石で溢れた指輪は単なるファッションには見えない。
「まだまだ若いが無理は禁物。わしの声が届かないのであれば、お主の同居人がいたく心配していたという事実を思い出すといいぞい」
ジグは送られてきたメールの文章を見て思ったが、レヴィのバックにいる同居人というのは隙だらけのレヴィと違ってかなり手強そうな相手に見えた。
メールはかなりシンプルな内容ではあったが、何故か節々に政治手腕に優れた老人を相手しているような雰囲気を感じる。当然探りを入れたメールに返信もなく、彼本人から情報を得るというのはどう足掻いても無理そうだった。
「そういえばなんじゃが……」
二人は会話を終えて作業に戻った後、ジグは思い出したかのように声を上げる。
彼はこういう手合いの駆け引きは得意じゃない。だが、彼から見たレヴィは純粋無垢で生真面目な子のように見えた。レヴィがそう演出してるから。
「お主の同居人は、随分武器に詳しいようじゃのう」
「アイツは休みを取らせたがってるだけだよ」
「戦い慣れたアークスというよりかは、研究者のような、そんな雰囲気じゃな」
「言う事やること胡散臭く見えるってのは……まあそう」
レヴィは落ち着いてジグの話を聞き、ひとつずつ返答する。
レヴィは【敗者】とジグへの交渉で具体的なすり合わせをしたつもりはないが、少なくともあの【敗者】がそのような情報を漏らすようには思えない。
「あんたにメールを送ったわたしの同居人はね、とにかくおしゃべりで、口煩くて、人にあれやこれや指摘しないと気が済まない性格悪い奴だよ」
「じゃが、頭は良いであろう?」
「頭がいいっていうより、議論に勝つのが上手いだけ」
「そうか……」
意外なことにレヴィもしっかりはぐらかして来たが、ジグは二人の様子を見てゆっくりと考え込む。
己の仮定が間違っている可能性が半分、何かの事情でレヴィのバックに才能に優れた人物が一人だけいることを知られたくないのが半分。
だがもし完全にレヴィの背後の力を隠したいのなら修繕に時間が掛かることになってでもアイゼンハートの資料は作ってこなかっただろうし、通話やメールのほんの少しの情報しか知らないから極悪人かどうかは分からないが、少なくとも今は悪くないように見える。
なら、逆に言えばなぜ一人では都合が悪いのかということだ。
彼女が最初に語った武器に詳しい親戚とやらはアイゼンハートの特異性を正しく理解している上にそれを持つことの危険性も知っている研究者のようなもので、同居人というのは彼女をサポートしている懇ろな関係にある相手というだけだ。
そこが繋がって困ることなど何も無いだろう。
もしくは、通話として聞こえた同居人の声が実は二人にとって絶対開示してはいけない情報だったとか……?
ただの一般人ならともかく、研究者であの声を持つ人物が限られており、その人物の特定に大きなリスクを伴うからこそ別人にしようとしている?
確かに普通の人の物ではなかった。通話の音声の都合かもしれないが、その声はキャストに近いが完全に別物で、低くエコーがかった独特の声をしており、一般的なヒューマンなどの生体を持ったアークスの種族から出る声ではない。
だが何故?そこまで恐ろしい研究者など居ただろうか?一介の武器職人にすら正体を隠さないといけないほど独特な声質をした研究者など?
(いや、……流石にこれは邪推じゃな)
二人であそこまで否定するなら本当に違うのかもしれないし、そこをわざわざ疑ってありもしないようなことを考えるのは違うだろうとジグは考えた。
レヴィは度々ジグの様子を見ながら彼の思考を推測し、彼が納得して作業を再開したのを見ると心の中でため息を着く。
自分の協力者が【敗者】であることは必ずバレてはいけない。
リスクを選んでまで早く修繕する道を選び、資料を作って架空の人物を仕立てあげたもののもしジグにそれが勘づかれてはあっという間にアークスの中枢まで情報が筒抜けだ。
「置き配の荷物が届いてるだろうから、ちょっと取ってくる」
レヴィはサンプルを全て眺め終わったあと、思考の整理のためにそんなことを言いながらジグの工房を出た。
隣の工房は本当に人がおらず、【敗者】もしっかり処理してくれたのだろうと安堵して宅配ボックスを開き、小さめの機材の箱を工房の中に取り込んで設置し始めた。
【敗者】の言う通りベッドは置かず、テーブルや椅子、そして【敗者】がくつろぎに来るためのソファと【敗者】がやってくるためのテレパイプ、それからキッチンにはポットやレンジなどの簡易的な調理器具と倉庫から取り出した紅茶。
あとは武器制作の為の端末や工具などで、制作用のポッドや術式搭載用の器具などは明日届く事になっている。
あとはジグと連絡を取れるように一番動きやすい位置にインターホンを置き、レヴィはため息をついた。
ジグの工房から持ってくる荷物は現状素材のサンプルとデザインの紙、プログラムのデータくらいだ。あとは必要になったら適宜ジグから借りるし、使用頻度が高ければ自分の分を調達する。
レヴィは他の武器のデザインの紙も鍵の付いた引き出しに入れておき、改めてブラックローズのパーツの候補素材をリストアップしてこちらの住所の方に取り寄せておく。
虱潰しになるかもしれないから大量に買ってもいい。カジノや裏任務で金は全然大丈夫。
あとは【敗者】が婚約指輪みたいに馬鹿みたいな買い物しなければいいだけで……
「レヴィ」
「うわぁっ?!」
突然耳元で声が聞こえ、振り向くと【敗者】が置いたばかりのテレパイプを使って移動してきたようでレヴィの真後ろに立っていた。
【敗者】はレヴィというよりかは彼女の視線の先にあるリストアップされた素材を見ているようで、ディスプレイに勝手に触れてブラックローズの設計図を見始める。
「全く……来るなら来るって言ってよ」
「どうせ見ないからいいだろう」
「まあ見ないけどさぁ」
【敗者】は後ろからレヴィを抱きしめて脱力し、体を寄せる。
「何?研究材料が云々……ってのは、上手く行きそうなの?」
「あぁ。そっちの方は時間が解決するだろう」
「そんな意地でも教えたくないことなの?」
「器を作るために必要な事だ、と言っても納得しないんだろう?これ以上の事など何言っても蛇足なんだが」
「器作るのにどんだけ時間かかってる訳?器作るのってそんなに難しいの?」
「貴様の体を完璧に再現するのに時間がかかっているんだが?」
【敗者】はレヴィを引っ張ってソファに座らせ、ベタベタと露骨にくっつきながらぼんやり考えていた。
「そういえばだが、貴様に頼み事がひとつある」
「頼み事……?」
「僕ではどうしても行くことが出来ない場所なんだが、手に入れたい物があるんだ。それを出来るのは貴様しかいない」
「分かった」
どうせまた連日忙しなく働くことになるのだろうし、一日くらい任務で潰れようが関係ない。休暇を削ればいいだけだ……と反省の色なしでレヴィは考えていると、それが嫌そうな顔に見えたのか、【敗者】は言葉を付け足した。
「安心しろ。貴様の喜ぶような前報酬も用意している」
「前報酬……?」
「前に言った模造創世器を保管している倉庫の事だが調査が終わり、安全に取り出せる事が確認出来た」
「あっ!……ほんと?!」
「この場に置いておくのは危険だから家で管理するように。分かったな?」
「うん!めちゃくちゃ欲しかった情報……嬉しい!」
アイゼンハート以外の創世器に触れられる機会が来るなんて嬉しくてたまらない。
レヴィは思わず【敗者】に抱きつき、によによと笑いながら触れ合っていると時計に目が入った。
もう16時か……と思った時、【敗者】はレヴィの後頭部を撫で、そして額にキスしていた。
「もう……今別に休憩とかじゃないんだからね」
「僕にとっては休憩の時間だった」
と言いつつ【敗者】はレヴィから離れ、テレパイプの方に歩きながら彼女に声を掛ける。
「明日以降は通話しながらの作業もしようじゃないか、レヴィ。しかし僕からの任務をこなす日は、工房には出向かないように。いいな?」
「はあーい……」
彼が去っていった後、レヴィは改めてジグの工房に戻っていくのだった……
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる