旧マザーシップの一区画。
目の前にあるのはダーカー因子の隔離壁。目の前にダーカーは見えない。
「そもそも、なんで近道のここが通れないわけ?」
『ここはアークス共が遊んでいるマップ内の領域より何倍も危険で、勢力を削ってからでないと解放されないエリアだからだ』
「へえ」
隔離壁が開かれるとレヴィは早足で歩く。
ダーカーが現れるとアークスのデータベースと照合してエネミーのレベルが表示された。
レベル96。そりゃ危険だと言われるのも当然だ。
最高難易度であるスーパーハードのレベルが70で、ハードのレベルは40なのだから。
「さーて……」
目の前には種類問わずダーカーが歩いているが、誰もレヴィの方には目を向けない。
レヴィは反フォトン体質なので、アイゼンハートを起動しない限りダーカーからは攻撃されないからだ。それに今はアイゼンハートすらないので、レヴィがダーカーからヘイトを向ける手段は攻撃を当てるしかない。
『クランシーから武器を取り出せ。そうだな……出すのはスライサーだ』
レヴィは命令通りにクランシーの内側にある力を束ねると、アイゼンハートのスライサー形態と似たようなスライサーを生み出す。
実体はなくエネルギーだけで紡がれた武器であり、それを握るとさらに【敗者】の命令に従って一振りした。
『スライサーから飛ばされる刃をダーカー因子で侵食し、そこからダーカーへ命令を出す……』
刃が当たるとダーカー達は瞬間レヴィの方を向く。
有翼型のダーカーは羽を動かして霧散していき、他のダーカーはレヴィの方に向かってきた。
「で?これからのプランは?」
『クランシーを使って討伐しろ』
「あはっ、……エネミーのレベルが96の?ルビィ様でも苦労するような奴を?」
レヴィは少し冷や汗をかきながら【敗者】の言う事を聞いた自分に後悔した。
いや、こちらのエリアから進もうといった自分もだいぶ悪いかもしれない。
『当然だ。行け』
そして【敗者】からの返事はもちろんレヴィの想定内かつ最悪の物で。
「あんたほんとにクソ野郎なんだからッ!」
レヴィは手に片手剣を握るとそのままダガンに振りかぶり、一発当てた瞬間大きく引いて対比して銃を生み出し一発当てる。
『僕も当然支援するが……昨日からの怒りようでは聞く気もないだろうな』
クランシーは非常に不安定で一撃当てる毎に武器は砕けてエネルギーに戻っていくが、手数が多く武器をよく変えるレヴィにはむしろメリットのようにも感じていた。
「殴っても殴っても倒れない……このバカッ!」
こんなんじゃどうやって早く、とレヴィが嘆いていると、瞬間空間侵食が発生しブリュー・リンガーダが現れダーカーに立ち向かっていく。
「はぁ……さっきの奴ら霧散させる意味あった?」
『僕もまだ全快じゃない。いくら貴様やマザーシップの状態を僕が完全に把握出来ているとは言え、距離や力を考えれば操る数は少ない方が良い』
「あっそ」
ブリュー・リンガーダがダーカーを蹴散らしている内に【敗者】はひとつひとつ隔離壁を解除していく。
レヴィはクランシーでとどめの一撃を加えていきながら次の区画に走った。
ダーカーが現れるともう一度スライサーを使い有翼型ダーカーを霧散させ、後ろから来たブリュー・リンガーダと共にエネミーを倒す。
「またレベル96……」
『次は80だ。その後D3に合流出来る』
「全く……ハード区画の近くにこんな奴らがいるなんてたまったもんじゃないでしょ」
『僕のマザーシップにケチを付けると言うのか?』
いつもより数倍気が短い今のレヴィにはこの程度の【敗者】の言葉も苛立ちになり、ダーカーを倒しながら思い切り叫ぶ。
「……そういうところが大っ嫌い!」
『は……?』
ブリュー・リンガーダからとどめの一撃を奪いダーカーを倒すとまた次の区画に走り、ダーカーを倒すという動きを繰り返す。
「いちいちいちいち前の所有物の自慢ばかりしやがって……ッ!!ムカつくむかつくむかつく……ッ!!わたしが出来損ないだって言うのにそんなに単語が必要なワケッ?!」
『……』
レヴィは深い苛立ちと共にクランシーの力は弱まっていき、ダーカーが刃を受け止めるとレヴィは思い切り吹き飛ばされる。
「ッ!!」
激しく壁にぶつかり、倒れ込むとダーカーの爪が降り掛かってくるが、レヴィは手を出して思い切り掴んだ。
「ふざけんなッ……わたしがどんな思いでここにいるのか……なんも分かってないっ!!」
そして拳の内側に力が宿ると、レヴィは体が自然に何かを発したがっていることに気付く。
具体的な何かはよく分からないが、少なくともプログラムや数式では言い表せない感覚だ。
「価値がないと……生きていけない……!」
レヴィは思うがままにその力を発揮する。
空間が圧縮されてダーカーが切り取られ、真っ二つに割れると霧散していった。
「はぁはぁ……わたしは……価値を……」
『レヴィ、……待て。貴様は大分勘違いをしている』
「力が欲しい……」
レヴィの言葉に反してクランシーはさらに不安定になり、力が減っていく。
段々と光を失い、消えそうになるそれを見て【敗者】は思わず声をかけた。
『レヴィ、命令だ。僕の言葉を聞け』
「何……?」
『僕は貴様の事を出来損ないとも価値が無いとも思っていない』
「だったらいちいち当てつけのように他のやつを出して……」
『それは貴様の中の劣等感が勝手に悲観的な捉え方に変えているだけだ。僕にとって一番の駒は貴様しかいない』
「……」
レヴィは元のルートにまで合流すると、歩きながらブツブツと呟く。
「なんで、……ふざけないでよ……」
『レヴィ、これは作戦に支障をきたすだけの無駄な誤解だ。意固地になってないで建設的に話し合い解決するべきなんじゃないか』
「あんたはわたしをどうしたいの?!優しくしたり厳しくしたりして……壊したい訳?!」
『そんなに高尚でよく出来た言葉が欲しいのか?そう扱われたいのならなぜ僕を相手にする』
「わたしはあんたに言われなきゃいやなの!あんたがいいの!わたしはね、あんたの事が……」
好き、という言葉は言えずにレヴィはクランシーから響く声を無視して武器を紡いだ。
最奥に居たのは……ファルス・アンゲルだ。
模倣体であれど、ファルス・アンゲルはレヴィを攻撃してこない。
レヴィがそれの正面に立っても、ただ佇んでいるだけである。
「あんたの事が……」
力になりたい。価値を示したい。【敗者】の為に頑張りたい。
いつかこうやって頑張って頑張って頑張り続けたら、【敗者】が自分を認めてくれるかもしれない。
そうしたら、恋人になることを許してくれる日が来るかもしれない。
パフォーマンスや偽りではなくて、本心で【敗者】の事を好きだと言える日が来るかもしれない。
例え一生、【敗者】が自分のことを好きにならなかったとしても……
『……』
クランシーが安定し、光を取り戻した事で【敗者】はこれ以上言葉を付け足すことをやめた。
クランシーの原動力が"そう"であるのなら、これはあまりに残酷だ。
守りたいと思うほどそれは力を発揮する。
そして彼女が力を発揮するということは、【敗者】は彼女が傷付くことを容認することしか出来ない。
知識か、女か。
【敗者】はレヴィを簡単に切り捨てられるほど彼女に情がない訳ではなかったが、しかし知識をどうでもいいと言えるわけでもない。
「〜〜ッ、……や、るよ。殺るよ!いい?!」
レヴィはファルス・アンゲルに声をかけるが、当然返事はかかってこない。
レヴィは何度か深呼吸して荒れた呼吸を整えるとクランシーを構える。
【敗者】を傷付けたくない。
レヴィは自分の目の前にいる物が模倣体で偽物だとわかっているが、それでも心が痛む。
しかし、ルビィや他のアークスによって【敗者】が苦しめられるくらいなら、そんなところを見るくらいなら、自分がこの手で殺した方がまだマシ。
ルビィによって苦しめられ、今も傷を抱えている【敗者】が、偽物であれどまたその傷を負って苦しめられるなどあまりにも可哀想だ。
「わたしがエスコートしてあげる」
レヴィは微笑むと、模倣体であるアンゲルに刃を向けた。
愛を刻み込む。
一撃一撃に想いが篭もる。
晴らされることのなかったサディスティックな暴力性が、偽物を相手にぶつけられる。
刃がのめり込み、肉に入り込む感覚。
自分が撃った銃弾で歪む装甲。
羽が散っていき、傷が増えていく。
触れるととても暖かく、いい匂いがする。
(【敗者】を傷付けてる……わたしが……)
レヴィはじわりと下半身が熱くなり、クランシーにエネルギーが蓄積されていく。
「ダンスみたい……ふふっ、なんか……踊ってるね、わたし達。そう思うでしょ?」
『此奴……』
【敗者】本人が傍にいるというのに偽物を傷付け欲情するさまは流石の【敗者】も引いており、同時に心の中に小さな嫉妬のような物を覚えた。
(僕にはあれほど冷たくあしらうくせに偽物にはこんなに甘いのか?僕の事を傷付けられるから?)
レヴィは弱ったアンゲルの方に近付き、スカートをたくしあげて腰を押し付けようとする。
しかし【敗者】はすぐさま声を掛けた。
『レヴィ、やめろ。アークスの監視範囲内だ。帰ったら僕が相手してやる』
「はぁ?……あんたはこう出来ないでしょ」
『……』
流石に嘘でも自分から腹を切り裂いて傷付けてもいいなんて言うことは出来ず【敗者】は返事代わりにクランシーを介してテクニックを行使し、レヴィが手を出す前にアンゲルを倒す。
この女にその手の嘘をつくのは不味いことくらい分かっている。
「はーぁ……」
レヴィはため息を着くと、多くの足音が聞こえてくる。
ルビィ含む他のアークス達だ。
ルビィ達はアンゲルが霧散していく中、退屈そうにそれを見つめるレヴィの姿を目撃した。
「もう倒されてる……?」
ムルヒャの呟きの直後、帰還用のテレパイプが現れる。
レヴィはドロップ品に興味は無く、ブーツを脱いだかと思えば端末で音楽を鳴らしながら柔らかくステップを踏んでいた。
「ふんふん……ふーん……♪」
レヴィはくるくると回ってポーズを取り、黒鳥のヴァリエーションを流しながら音楽に合わせてクルクルとバレエを踊る。
アークス達がそんなレヴィを怪訝に見つめながらテレパイプに乗って帰還していく中、ルビィとムルヒャは動かない。
幼げな可愛らしい顔つきをしておきながら妖艶さを感じさせるメイク、漆黒の服に身を包み独りよがりでサディスティックな表情を浮かべ舞い踊るレヴィの姿はさながら悪魔の娘だ。
数分かしてレヴィは動きを止めると、まだ残っているルビィとムルヒャを見て目を細めた。
レヴィはクランシーを撫でながら口笛を吹く。
カチッ
その合図で時間が止まり、レヴィは止まった時間の中でブーツを履いて素知らぬ顔でルビィの横を通り過ぎる。
そのまま消えようとするが、【敗者】の効果範囲の限界が訪れ解除せざるを得なくなり、時間は再び動き出す。
レヴィは効果範囲という制約を完全に忘れており「彼は遠隔での時間停止を繰り返して疲れたのだろう」なんて呑気に考えていた。
「えッ?!」
ムルヒャは視界からレヴィが居なくなり慌てて周りを見渡すと、靴を履いて背を向けているレヴィの姿が映った。
ルビィはレヴィを睨み付けた。
予兆を感じさせず、完全に追跡も出来ず、空間が切り取られたように感じるこの雰囲気には覚えがある。
「これが分かっていたから独りを選んだのか?」
「馴れ合いは嫌いなの」
「……優れたアークスなのに、こんな難易度を選ぶんだな」
その言葉にレヴィは足を止め、くるりと体を回しルビィの方を向いた。
「……わたしは最弱のアークスだよ、ルビィ様」
そして髪を払うと本来の人耳が見え、振り向き韓紅の瞳をルビィに向けると目を細めた。
「ニューマンじゃない?……えっ??」
「こんな所で呑気に読書して踊ってられる暇くらいはあるようだな」
「あぁ、そうだね……」
レヴィはまだ淑やかな自分に浸っており、繊細な手つきで髪をすくって払い、胸に手を当て目を細める。
紳士淑女のようだが、気品は感じられず、乞食上がりの卑しい貴族のようなあくどさが彼女を付き纏っていた。
その物腰柔らかく声を紡ぐ演技もルビィからすると怪しくてたまらない。
「でもまだ練習中なの。ルビィ様と違ってわたしは100回やっても上手くいかないから、あと900回は同じことをしなくちゃいけない」
レヴィの動きは素人からすれば練習中とは思えないほど仕上がっていたが、黒鳥としての魅力を引き出しているのは技術の高さではなく、レヴィの雰囲気や様子があまりにも黒鳥のそれに相応しかっただけだ。
「帰らないのか。揃わないとキャンプシップも出られない」
「あぁ、この位置だとわたしはアレに乗れないから。散歩して帰る」
レヴィはテレパイプの方を見てくすりと笑うが、ルビィは至極理解出来ず首を傾げる。
テレパイプに乗れないとか、キャンプシップに乗れないとか、普通のアークスでは思いつかない発想だ。
そんな理由はどこにも無い。それらの概念は、地面があれば立てるのは当然ということと同じくらい普通の概念だからだ。
「どういうことだ?乗れないって、キャンプシップか?そんなことなんて……」
しかしその普通はレヴィにとっては普通ではない。
地面があろうが足がなければ立つことは出来ない。足が付いていても神経が通っておらず動かなければ立つことは出来ない。
何より、死んでいたら立つことは出来ないのだ。
レヴィにとっての普通とは、そのような屁理屈にも近い"異常"である。
「ふふ、流石ルビィ様だ……」
レヴィは被っていた淑女のヴェールを脱ぐと、殺意の籠った瞳でルビィを睨み付け、瞬間近寄るとルビィの胸ぐらを掴む。
「
「っがッ!!」
そして腕を思い切り振るい、ルビィを倒す。
ルビィと同じ髪色に似た面立ち。
ルビィを睨み付ける目つきの悪さに小さな背丈。なにより武器を使わずフォトンを忌み嫌うそのさまは、まさに「噂通り」。
ムルヒャはルビィに暴力を振るう女がフォトンアレルギーであり忌み子と言われる"ルビィの妹"であることに気付いた。
「お前は生まれた瞬間からわたしの全てを奪った……!人としての尊厳も、力も、地位も権利も、金も才能も人徳もッ!!何もかも奪っていった!」
噂と違うところは一つだけ。
彼女はノーマル区域にしか行けないのに、ハードのクエストを受注していること。
それがもしアークスから隠れて行ったのならば、立派な規則違反だ。
「わたしからもアイツからも全部奪って何が楽しいワケ?!」
レヴィは倒れ込んだルビィに向けて足を上げながら叫ぶ。ガチャンと音がすると靴裏から鋭いスパイクがむき出しになり、鋭利な金属が煌めいた。
「お前さえ居なければアイツは……ッ!!」
確かに朝は不愉快だった。
クランシーを通して【敗者】と会話している時も腹が立って仕方なかった。
それでも、それはただ一時的なもので、レヴィは目の前の女のように足りない人が必死にかき集めて手に入れた幸福を奪って嗤うようなことなんて出来なかった。
あんなに優しい人を。あんなに頑張ってる人を。毎日毎日寝た後にずっと作業して、起きる頃に横に寝そべって、寝たフリをしているような人を……
そんな人を愚弄することなんて、わたしには出来ない――!!
「ダメです……ッ!!」
レヴィが足を振り下ろそうとした瞬間、レヴィの腰が掴まれて無理やり後ろに引っ張られる。
「ッぐッ!!お前……ッ!!」
ムルヒャだ。マメの出来た手でレヴィの腰を抱えて必死に押さえつけ、ルビィに目を向ける。
「ムルヒャ!」
「ルビィさん、……ルビィさんは早く戻って!ぼくは大丈夫です、だから……」
ムルヒャは自分より小さな体でありながら暴力的な力を持つレヴィの体を必死に抑え、苦しそうな表情をルビィに向ける。
「私の方がお前より強いから大丈夫だ!離していい!」
「でもぼくはっ……みんなを守りたいって誓ったんです!確かにルビィさんはぼくより強くて、勇気があってすごい人で……でも!ぼくが守りたいみんなにルビィさんもいるんですっ!だからっ!」
「離せクソガキッ……!ノコノコお守りされてる風情でなにが守るッ?!バカ言わないで!」
レヴィはムルヒャの手首を掴むと無理やり剥がし、彼に振り向くことも無く足で腹を蹴って倒した。
「はぁッはぁッ……、やっぱりあんたらはしょうもないままごとで正義ヅラして人から奪うだけ。英雄気取りのバカ集団ってワケね……」
レヴィは声が僅かに漏れるクランシーを無理やり閉じ、仕舞い込むとルビィを睨みつける。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる