――人の価値とはなんなのだろう。
レヴィは目覚めるとマザーシップの中枢ではなくキャンプシップの貨物に紛れており、どこかに運び込まれていた。
行き先を確認すると44番艦。
誰がここまで自分を運び込んだのか知らないが、つくづく不自然な程自分にとって都合がいい。
本来キャンプシップが捌けてしまえばレヴィは旧マザーシップに閉じ込められていたのだから。
「……」
それでも任務は達成した。
本当に今日は酷い日だった。
レヴィは寝ても醒めてもまだ疲れていたが、家に帰って【敗者】に触れればそれもきっと無くなるんじゃないかと思った。
彼の体温が恋しい。
彼の硬い体が恋しい。
レヴィは慣れたように貨物の荷運びに紛れてこっそり降りると、帰路を歩む。
今日の帰路は随分と遠く、耳に入る陰口もよく頭の中に響く。
ルビィの妹。陰気で醜い。不細工。呪いが伝染る。弱くて無能でみっともない。気持ち悪い。
(わたしってなんで生きてるんだろうなぁ……)
そんな事を考えながら家に着き、レヴィは縋るように扉を開いた。
「レヴィ……一体何のつもりだ」
広い玄関の中央には【敗者】がいて、殺意の籠った瞳でレヴィをキツく睨み付けている。
「……」
「貴様がこれほどの痴態を犯して尚逃げ回ったら地の果てまで追い詰めて殺してやるつもりだったが……反省の欠片も無い顔で帰って来れるとは驚きだ!」
【敗者】から課せられた任務自体は成功したはずなのだが、【敗者】にとってはその後のリスクの方が大きく、レヴィにはありがとうどころか憎たらしいとしか言えなかった。
レヴィは【敗者】から向けられる軽蔑や失望の目線が不思議と退屈に感じ、ため息をついたあとボソボソと呟いた。
「……この世界にいる奴ら全員わたしが大嫌いな事くらい知ってるよ」
「貴様は何を言っているんだ……貴様の行ったことがどれ程無謀で恐ろしいことなのか分からないのか!」
「……」
「僕の命が無くなるかもしれないんだぞ!貴様は僕の計画を全て壊すつもりか?!」
「……ごめんなさい」
――【敗者】の中で、自分の価値が失われた。
レヴィはそう察し、無駄だとわかっていながらも謝罪の言葉を呟いた。
両親から始まり人類は皆レヴィの謝罪をまともに聞いたことなどなかったからだ。
謝れと言われて謝っても意味が無い。
謝ろうが蹴られるし、謝ろうが石が飛ぶし、謝ろうがどうせ死刑の大罪だ。
だからレヴィは謝るのが嫌いだった。
ただ自分から己の尊厳を殺すだけだから。
それでも謝るのは、相手が【敗者】だから。
「僕は貴様に過ぎた期待をしていたようだ……」
「言ったでしょ……期待をした所で無駄だって」
「それは僕の要求した力量をこなせるかどうかの話だろうが!貴様のしたことは明確な離反、我が命を危機に晒す唯の裏切りだッ!!」
【敗者】はレヴィの頬を平手で打ち、よろめいた所に更にもう一発、さらにもう一発と三発往復ビンタをする。
「……っ」
レヴィが力を失ったままヘロヘロと倒れ込むと、【敗者】は足を持ち上げてレヴィの肩を踏みグリグリと動かした。
「今から僕への具体的な損害を確認する……今すぐ管制をハッキングしろ!もしダークファルス【敗者】の存在を確認したなどという文字列を見かけたら分かっているだろうな……!!」
レヴィはその言葉を聞き、震えた手で懐から端末を取り出した。
俯いて顔も見せないまま打ち間違えないように慎重にハッキングをして旧マザーシップ中枢部の観測データを開くと、【敗者】がそれを強引に奪う。
「さっさと渡せ!……フォトンの感知には引っかかっていない。侵入はどのオペレーターの報告も目撃者もいない、あらゆる監視でも発見されていないか……相変わらず運だけは強いようだな」
「なら……」
レヴィは期待に顔を上げたが、【敗者】は氷のように冷たくレヴィを見下ろしていた。
「許す、など言うとでも思ったか?これから見つかったらどうする?貴様のようなアークス如きが責任を取れるとでも?」
それを聞いてレヴィはよろよろと立ち上がり、【敗者】の方に近付きながら震えた声で謝罪する。
「……ご、ごめんなさい、本当に、……ごめんなさい……」
「チッ……貴様のような命令無視をする愚かな駒は不要だ!」
「っ……るー……!」
【敗者】が伸ばしてくるレヴィの手をバチンと払うと、それでもレヴィは彼に手を伸ばし服にしがみつく。
それが【敗者】の最後のストレスの引き金となった。
「レヴィ、これほどまでに奉仕してやったというのに……!貴様まで僕を裏切るとはな……!!」
【敗者】は腕を突き出したかと思えばヒトとは比べ物にならない程の強い力でレヴィの腹を突く。
ドスッ、と音がして、レヴィは恐る恐る【敗者】の腕から手の先を目で追った。
「ぅあ……」
己の腹が鈍く痛み、【敗者】の手は鮮血で真っ赤に染まっている。
殺意を持って、【敗者】に攻撃されたのだ。
「ちが、……ちが、う、うらぎ、っ、……なんて……」
【敗者】の腕はレヴィの腹を貫通し穴を開けており、彼が腕を抜くと血液が噴き出して【敗者】の服を汚し、そしてレヴィの体が傾く。
ドサ、と呆気ない音を立ててレヴィは倒れ込むと、光のない目で【敗者】を見上げていた。
その目は最初に会った時のようで、【敗者】はレヴィが瀕死にあることを分かっていながらもさらに苛立つ。
「不愉快だ……!!」
【敗者】はレヴィに跨り、彼女の腹を踏みつけながらレヴィの細い首に手をかける。
レヴィはボソボソと何かを呟いており、彼が耳を傾けると何度も何度も同じ言葉を吐いていた。
そのまま力を強め、彼女の首の骨を折り殺そうとしたその時、近くに投げ捨てたレヴィの端末から更新された内容が自動音声で響きわたる。
《マザーシップ中枢にて異常値を観測。内部フォトンが著しく減少し、ダーカー因子による浸食値が上昇、旧マザーシップ区域の危険度が上昇。
それにより浄化してデータを保護する予定だったダーカー因子の浄化に関する研究や、新兵器などの図案などアークスにおける超重要文献の恒久的な消失を確認……》
その音声に思わず【敗者】は手を緩めると、直ぐにレヴィは咳き込み血を吐く。
「ゲホッゲホッ、はぁはぁっ……ごめんなさい、わ、……わ、ら、し、るぅと、……喧嘩してから、モヤモヤ、してて……言うこと、ちゃんと聞こうって、気持ちになれなくて、……めいわく、かけて、それで、るーさが、……死んじゃう、……かもしれない、のに、わたし……なんて、事……し、て……」
レヴィは何度も血を吐きながらも言葉を紡ぎ、段々声が掠れ弱くなっていく。
もう自分は死ぬのだろう、と薄ら予感していた。
だってもう生きている意味が無いからだ。
「役たたずで、……ごめ、なさ……」
レヴィは生きるのを諦めようと脱力し、目を閉じようとしたその時、不思議な音が響き渡る。
「………、はは、……はははッ、はははははッ!」
「ぁ……ぅ……」
【敗者】が笑っている。
理由も分からず意味不明で、レヴィはそのまま彼を無視して短い間の甘い思い出に浸ろうとしたが、頬に硬い感触が当たり柔らかく撫でられた。
「貴様は本当に仕方の無い女だな。そんな幼稚な思考で僕を振り回して、死に誘うとは」
「……?」
レヴィはぼやけた視界の中で【敗者】の表情はもう見えず、顔が青白くなり冷たくなっていく中、【敗者】の手が自分の頬を愛おしそうに撫でて、彼の髪が自分の耳を擽る感触を感じる度に走馬灯から現実に引き戻される。
「しかし長期的に見ればこの功績は大きいもの……いいだろう。これ程の不義理、死刑に値するが一度だけなら許してやる」
「るぅ……、さ……」
レヴィは手を伸ばそうとピクリと僅かに動かすと、【敗者】はその手を取って包み込む。
暖かい。
「それにしても……つついただけなのにそれほど損傷するとは、脆弱にも程があるじゃないか……、治すのにも半月は時間がかかりそうだ」
先程とは打って変わって、【敗者】の声はずっと優しくて動きは甘ったるい。
いつもの【敗者】に戻ったみたいで、レヴィは思わず声を紡ぐ。
「……ぁ、生き……い…?」
【敗者】はレヴィにダーカー因子を注ぎ、ゆっくりと彼女を侵食していくことで死の淵から生へ引き戻していく。
レヴィの声は言葉になっていなかったが、【敗者】は彼女が何を言ったのかを理解して微笑んだ。
「あぁ、……しかし貴様を許すのはこれまでだ」
レヴィは返事をしたいが出来ず脱力していたが、全身がぽかぽかと暖かくなり、まだ生きてていいと理解するとゆっくり生気を取り戻していった。
口端から血を流し、まだ顔色は青ざめているがレヴィは少し顔を傾けて口の中に溜まった血をダラダラと零すと【敗者】に向けて目を細め、笑う。
「良かった、……わたし、まだ【敗者】の傍にいられるんだね……」
レヴィの言葉に、【敗者】は眉を顰めた。
ここまで手を加えて、本気で殺そうと手を出して、今も死ぬ寸前だと言うのに、レヴィはなぜ殺そうとした相手に笑えるのか。
どうして、こんな状況で、あれほどまで暴言を吐いておきながらも、まだ信頼して忠誠を誓えるというのか。
「……?なぜそれほどまでして僕を……」
理解できない。【敗者】が使役したどの駒もこんな様子を見せたことは無かった。
ここまで酷いことをしても命乞いをせず笑っていたのはレヴィだけだ。
レヴィの中に、【敗者】を裏切ろうという考えも選択肢も全くなかったのではないか。
レヴィは【敗者】の望む、絶対に裏切らない駒なのではないか。
【敗者】がそれに気づいた瞬間、レヴィは恐る恐る手を伸ばし、【敗者】の顎を撫でる。
「【敗者】のこと、好きだから、もっと……もっと【敗者】の役に立ちたい……」
「もっと……【敗者】の……為に……」
レヴィはそう言って脱力し、意識を失った。
「……」
【敗者】は彼女を包み込み、抱き上げると、血まみれの地面も己の体も気にせずレヴィの小さな呼吸の音を聞きながらゆっくりと歩き出す。
それからレヴィの端末には通報を受け、難易度詐称の罪でアークスからの一週間の謹慎と罰金1300万メセタ、謹慎解除後1番艦の艦橋へ向かい"再教育"を受ける事、という内容の通告が届いていたが……謹慎期間が終わっても彼女が目覚めることは無かった。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる