――フォトンを通じて響く声。
独り言のようにブツブツと呟いており、此方と意思疎通を取るつもりは無い。
『よし、……うん、これはいい……』
44番艦、研究室の中。
【敗者】は人工子宮の前に立ち、ディスプレイを眺めながらレヴィの声を聞いていた。
「いい進捗なのか?」
『うん。武器のデザインも増やせたし、何個かは資料に乗っていた武器を再現する、みたいな感じで行こうかなって』
「ふむ……」
レヴィはアクセサリーの進捗はあまり進んでいないようで、ダーカー因子に関する研究の為に【敗者】から眷属を借りたり、【敗者】自身に色々と聞いて知識を得たりしているもののこれといっていい答えは見つかっていない。
ただ、彼女は【敗者】とバディであるがゆえのなにか繋がりのあるアクセサリーを作ろうとしていた。
それこそ、今【敗者】が左手の薬指につけている婚約指輪のような。
「……」
【敗者】は手を翳すとL字に開き、宙を眺める。
ごく最近、【敗者】はワームホールを生成し別空間へと干渉するテクニックを扱った。
通常、ワームホールというものは時空構造が不安定で常に重力によって閉じようとする力が働くため、使用には値しない。
ワームホールを使用可能な状態にするには、負の質量を持つ俗にエキゾチック物質と呼ばれるものを使うか、宇宙ひもを使って負のエネルギーを与えることで安定させなければならない。
しかし、【敗者】には別のやり方が可能だ。
アルマのマジックの模倣……時間支配の能力によって二点の時間を停止させ、そこにブラックホールを生成し、無重力状態でワームホールのみを繋げて物質を動かせばいい。
対象物の絶対座標さえ分かればどんな壁があっても関係なく干渉し、物質を持ち出すことが出来る。
が、それでも足りないのだ。
【敗者】が模倣したかったレヴィの手品のようなマジックはそういう事ではない。
レヴィのそれは時間や状況関係なく、ワームホールの生成も必要とせず、場所すら不明瞭な物を持ち込んでいた。
言うなればルールに合わせてチェスの駒を動かしている中で、一人だけルールを無視しポーン一個で盤面の端から端まで動かしているようなもの。
宇宙の物理法則や理論などが完全にない。無茶苦茶だ。
しかし、物理法則や計算理論を完全に無視して逸脱した存在など本当に有り得るのだろうか?
その存在が現在宇宙に存在する素粒子の並びとは別の並び方で構成されているとするならば、観測不可能とされている別の物理法則や特性を持っている泡宇宙から現宇宙へ干渉してきた、という事になるのかもしれない。
しかし別の物理法則を持つ存在が現宇宙で存在を維持することは難しいはず。
仮にこの宇宙と真逆の性質を持つ反物質泡宇宙(仮称)にいる自分がこの世にやってきたとして、正の物質で構成された自分が目の前にいたらその反物質と打ち消し合うはずだ。
反物質でなくとも、形が違えば生物という概念すらまること違うのが当然だろう。
その泡宇宙では生物という概念には遺伝子が存在しないとか、素粒子の集合体ではなく何か別の形で作られたとか。
そして寸分変わりない泡宇宙などは理論上あるとはされているがあまりにも遠いし、現状の宇宙に限りなく近い泡宇宙があったとしても、その少しのズレは宇宙単位で見ても大きなもので、ヒトの視点から見れば尚更全く違う物になるだろう。
ホログラフィック宇宙論を元にして、別の次元のブラックホールの情報によって作られた幻影を現在の宇宙に重ねて照らしたなら、などと考えてみるも、この宇宙がブラックホールの表面にある情報を投影しているだけに過ぎないというのなら、フォトンが全知存在に記録しているものは投影された幻影ということになるからそれもあまり考えられない……
現状は全く掴めないが、ここまでくるとインテリジェンスデザイン論によってレヴィが意図的に他者と「違う」物として作られた、という真理を放棄したような物しか思いつかなくなる。
「いや、そもそも根底を解明できないからこそのマジックか……」
『んぅ?』
「ただの独り言だ」
【敗者】はそんな事を言いながらディスプレイを開き、通販を眺め始めた。
【敗者】が思うに、レヴィのアレはアルマの得意技である時間支配に該当するほどのものでは無い。
副次的産物と言っても過言ではないだろう。
たとえば、根底にあるものが高次元からの支配、だと仮定する。
そうしたらレヴィが普段から使用し、ある程度制御を行える「得意技」は物理法則の超越ではなくもっと大きな物だ。
少し非科学的な視点を含めて推測するならば、レヴィは「祈り」をトリガーに何らかのエネルギーを用いて波を起こし、空間から空間へ歪みを作って、宇宙全体までその波を広げていく。
波は恐らく彼女の精神的な祈りとそれによる宇宙への影響力、エネルギーによって大きさは変化する。逆に言えば、大きな波を引き起こすためのエネルギーが足りなければいくら祈っても無駄。
そして発生した波が当たり歪んだ部分は物理や基本的な概念を無視したバグのようなものが発生し、それが波となって宇宙の端から端まで広がっていくことで最適化が行われる。
波が全知存在以外の全ての場所に広がることで、歴史の修正作用やバタフライエフェクトの類も発生せず、そして彼女の反フォトン体質とフォトンによって支えられる全知存在の間で"段差"が発生し、全知存在の記録に残らない。
問題はそこで発生した波による歪みと全知存在という歴史の壁の"段差"が世界にどのような影響をもたらしているか、だが……
【敗者】にとっての全知存在である惑星シオンが亡き今、それを知る手段はない。
確認しに行くとすれば絶対座標0.0.0の宇宙の始まりと言われる場所を観測しなければならない。
それは今現状の設備ではとても足りないほどの高度な演算装置が必要になり、それを扱うための莫大なフォトンや権限も必要になる。
惑星ウォパルを占拠して演算装置に改造出来れば万々歳なのだが……【敗者】が指名手配されている以上、それは自殺行為にしかならない。
シオンが今でも生きていて、レヴィの前にいたとすればその段差が何になるかを観測できたかもしれないというのに……
(ブラックホールか?段差を構成するエネルギーの大きさと段差の高さによっては原始星が誕生しているかもしれない……)
「……おっと」
考え事をしながら買うものを選んでいたら、いつの間にか会計が750万メセタになっていた。
プレゼントなら兎も角、周りの装飾や軽いアクセサリー程度でこんなに使っていては流石に金が勿体無い。
今日は11月の8日。
そういう準備が必要だ。
ここ数日のレヴィはまた目覚めたら一日中工房に籠りきりになり、夜中になって帰ってきたかと思えば戦闘訓練を行い、軽い仮眠を取って今度は任務に行き、更には移動中でプログラミングや楽器の練習というハードすぎるスケジュールに身を任せており、このままではもう一度強制休暇を入れなければならなくなる。
しかし運がいい事に数日後のイベント日は丁度前に休日と設定した日だ。
前日にレヴィを一日中寝かせた後で次の日にヒトの癒しになるようなアクティビティを行い、今後のモチベーションアップに繋がればいい物だろう。
にしても10時間ほど寝ていた頃と比較したら一日の睡眠時間が45分は短すぎるが。
レヴィは【敗者】が注意したところで睡眠時間を増やすつもりもなく、説教すればそれを睡眠に当てる予定だった無駄な時間だと解釈し、短い時間の睡眠すら取ってくれなくなるので、【敗者】は諦めて彼女が落ち着くか耐えられなくなって倒れるかを待っていた。
通販の決済を終えると、荷物が倉庫に届いているのを確認し足を組み替える。
そして彼は監視カメラを開き、工房の中で作業するレヴィを眺めていた。
【敗者】の血よりも紅い瞳が、ディスプレイの先を見つめる。
太古の絶望を抱えた涙が形となって今も頬をなぞり、器を変えてもなお付きまとう。
眉目秀麗の化身で美を売れば生きるのに困らないであろう【敗者】だが、彼の頭脳は絶え間なく濁流のような知識に埋め尽くされており、己の容姿に興味はないのはもちろんのこと、他人の容姿にも興味がなかった。
しかしレヴィの見た目は嫌に気になって仕方ない……
それはレヴィにあれやこれやと言われて服を着せられる事が不愉快として処理できないほどだ。
彼女が言うなら、彼女に利益があるのであれば……などという思想で貢ぐのが良くないことくらい分かっているが、レヴィと居ると常に少しだけ正常が削られているように感じるのだ。
【敗者】はぼんやりとした視界で監視映像のディスプレイをなぞり、彼女の体のラインを撫でて頭に触れる。
このまま撫でられたらいい、と考えはするものの、【敗者】がそんなことを考えたところで意味は無い。
たった数日だ。
たった数日の事だと言うのに、触れられない事が苦しい。
レヴィが眠っていた12日間の間、【敗者】は毎日暇さえあれば彼女の隣で座り込み、彼女の頬を撫で、彼女の唇にキスをして手を握りしめた。
それでも彼女は目を開けて微笑むことも、どんな所を触っても嫌がるような事もしなかった。
起きてからは直ぐに触れ合う機会を失い、キャンプシップで無理やり襲った以外にはハグすら貴重なものになった。
自業自得、だろう。
それほど【敗者】がレヴィに課せた罰は重かった。
まともな人間ならわかると思うが、武器制作の経験もない人間に、武器の最高峰である創世器と同等のレベルの武器や、この世に存在しない新たな武器を何個も作れと言っているのだ。しかも半年で。
「これは全知の為の試練というには粗末過ぎるか……」
【敗者】は立ち上がると人工子宮に入れられた胎児のデータを眺め、ディスプレイに表示された顔に目を向ける。
"調整"を何度も加えたそれは【敗者】にとって文句ない仕上がりとなっており、これから【敗者】とレヴィの器を作るにあたってその前身となる素晴らしい出来となっていた。
遺伝子から計算して表示された表情。
薄く暗い金髪に血よりも赤い瞳。
つり目で美しい顔立ちの少女の上には、シャーロットという文字が載っていた。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる