昨日は休日だった。
睡眠時間の不足からか、一回寝ると止まらなくなり結果的に19時間も睡眠してしまってさすがに頭が痛い。
レヴィは起き上がると直ぐに準備を始め、外に出ていく。
今日も本来は休日の予定だがそうはいかない。
制作していたVR投影装置の完成が目前にあり、設置場所を探しに行かなければ行けないのだ。
しかし人の少ない場所を狙うとはいえ真昼間から不法占拠する場所を探す訳にもいかないので、いつもの通り工房に入り浸り武器制作を進めてから帰る時に探しに行く予定だ。
武器制作の進捗自体は悪くない。
前の会話の後突然閃き、【敗者】の為のアクセサリーのもう片方の効能も決められたのだ。
技術を上昇させるものと決めたそれは内部に演算装置を仕込み、特定のプログラムを実行したり、新しくプログラムを追加することでその能力を入れ替えたりするもの。
現状予定では特定範囲の時間操作を数秒以内に何度も切り替えるなどといったような能力の細かい制御と、アークス用のクラススキルの何かしらを搭載しようとしている。
ライデンシャフトに関してはアイゼンハートの解析が進み、ようやく武器変化や先天能力再現の検証に入っている。
ブラックローズの方も試作品の制作一歩手前で、ライデンシャフトの武器変化機構に関する研究の中で生成した万能合金のお陰で取り込むことにしていた大きさの変化や傘布の構造も決めることが出来、【敗者】からの支援によって傘骨も試作品レベルには完成しているためあとは組み立てた時に競合や異常がないかチェックするだけだ。
「やっぱり転換や武器変化に関しては万能物質の生成が必要になるか……」
現状オラクルでも万能物質に近い類のものは存在している。
フォトンの戦闘利用によって稀に生成される超希少な結晶"ピュアフォトン"と、人工的な化合物である"フォトニウム"と呼ばれるものだ。
元々フォトンの固形化は稀なものであり、フォトンクリスタルのような結晶は高級なジュエリーとしても取り扱われたり、メセタの代わりに取引されることもある。
そんな中で特に高純度で希少なピュアフォトンは、綺麗なものであれば現オラクルでウン億単位で販売される最高級の宝石である他、加工で様々な性質を付与することが出来るのだ。
ピュアフォトンの性質はかなり理想的な為ブラックマーケットから取り寄せ済みであり、【敗者】のアクセサリーに使うことが決まっている程である。
ただし、ピュアフォトンはその性質により希少な宝石でありながらも研究材料として虚空機関が回収しており、ジュエリーとして流通している物を持っている存在はないに等しい。
それこそ、一般的に流通することが出来たとしても3000万メセタの婚約指輪と同等の価値になるだろう。
レヴィと【敗者】がつけているレッドダイヤモンドは現マザーシップから9600光年も離れている惑星シトリーに存在していた文明との取引によって手に入れた宝石の内の一つだが、行き来に片道一年かかる星の超希少で流通も少ない宝石と、確率は低いが一般人でも手に入る可能性のあるピュアフォトンの価値がだいたい同じなのだ。
ピュアフォトンの研究素材としての価値の高さやポテンシャルが伺えるだろう。
それに対し、フォトニウムは合成化合物であるため入手難易度は低い。
粒子であるフォトンを他の素材と結合させ、固形化させることで武器の刃やコアなどに加工出来るようにしているのだ。
フォトニウムは熱や圧力によって液体化させたりすることも出来るため、使い方としては金属のそれが近いだろう。
――しかし、結論からいえばピュアフォトンもフォトニウムもライデンシャフトの機構には使用できない。
理由はレヴィがフォトンアレルギーだからだ。
となればフォトンを使わない万能物質の生成が必要になる訳だが、それが非常に難しい。
ようは脳波を読み取って形を変化させる粘土のようなものが必要だ。
剣だけではなく銃にも変わらないといけない。
それからアイゼンハートの転換機構に使うものはまた別で、空気中にばらまいて使うようなちょうどフォトンのような、しかし違う何かが必要になる。
やはり先天能力の模倣は不可能なのか。
いっそ、アイゼンハート自体をカートリッジにしてしまうとか……
(ライデンシャフトに関しては【敗者】の助けがないとクオリティが低くなるかもしれない……)
工房の自分用スペースに着いてもレヴィは色々な物質や元素に触れては考え込んでおり、数時間かずっと小型のボールミルや遠心分離機と向き合いながら悩んでいると、扉が空いてジグが驚いた声を上げていた。
「お主……」
「あ、……おはよう」
「なぜ今日もここに来ている?休みではなかったのか?」
「あぁ、でもやることあるから。ついでに作業してるだけ」
ジグはカレンダーを見て唸り声を上げる。
男性キャストだから表情の変化は感じられないが、代わりに挙動や声からジグが戸惑っていることが感じられた。
「その……悪い事は言わん。今日は帰った方がいい」
「馬鹿なこと言わないで。わたしはブレイン・マシン・インタフェースと連動出来るような万能物質の生成に忙しいワケ。フォトンが使えないんだからこのオラクルでの常識はわたしに通用しない。時間が必要なの」
「しかし……今日はお主の」
ジグが言葉を言い終わる前に、扉が開きハァハァと荒い呼吸が聞こえた。
「……レヴィッッ!!」
「え……?」
全身漆黒の服に身を包む長身の男。
深く被ったフードがずれ、紅く光る瞳が覗く。
彼はレヴィに近づくと肩を掴み、彼女をテーブルから引き剥がしてゆさゆさと揺さぶった。
「なぜこんな所にいる?!」
「えっ、時間がないッ、からッ……」
「埋め合わせをわざわざ今日やったのか?!貴様はッ?!どれほど愚かな姿を見せたら気が済む!!」
「出迎え……じゃな」
ジグは彼の声とレヴィへの行動を見て相手が誰かを理解した。
レヴィの同居人だろう。
しかし、怒りとは違うひりつく異様な危機感とどこかで見たかのような既視感がジグの中から湧き出る。
その男はキャストのジグと比べても小さく感じない随分と長身の男で、服の上から見ても筋肉質な体格は一般市民や研究員ではなくアークスのように見えた。
「なんでよぉーー!!別にいつだっていいでしょ?!そもそも前に仕事の日を使って任務に出て無駄にしてるんだから埋め合わせくらい……」
しかしレヴィとその男は通話越しでも対面でも変わらず本当に仲が良さそうで、今も体にしつこく触れては抱き寄せ、恋人か夫婦のような距離感だ。
こんな風に恋人に対して熱をあげるような男が、果たしてジグが肌で感じるほど危険な男なのだろうか。
この感覚に一番近いのはダーカーと対峙した時のソレだが、目の前の男はとてもそんな風には見えない。
「アークスという生物は365日ごとに己の生誕を祝うのが普通なんじゃないのか?!」
「え……?」
【敗者】の言葉にレヴィは心の底から彼が何を言っているのか分からず、首を傾げていると、【敗者】は彼女のふざけのない本気で困惑した様子にゆっくりと冷静になっていき、静かに声を掛けた。
「……今日は貴様の誕生日、だろう?」
「え、そうだったの?」
レヴィは自分の端末を開き、パーソナルデータを確認した。
確かに生誕日は11月の12日だった。
書類にも誕生日は記入しなかったりめちゃくちゃな日を書いたりしているからこの欄に注視したのは生まれて初めてかもしれない。
「ほんとだ……ごめん、その……自分の誕生日なんて気にしたこと無かった」
「……祝われたことがないのか?」
「え?あんたはわたしの過去の人生で一人でも誕生日を祝ってくれるような人がいるとでも思ったの?」
「……」
レヴィが人間とまともな交流が出来ていない、というのは分かっていた。だからこそ人でありながら獣のように人格が歪んでいるのだから。
しかし、生まれた瞬間から今まで、このようにどんな人間からも忌み嫌われ、生を疎ましく思われている人間は【敗者】の数百年、数千年にも及ぶ長い人生の中で初めてだ。
あの被検体であるクーナでさえ、ハドレッドという愚弟がいた。
レヴィにはその選択肢がないのだ。
人間も見捨て、動物にも触れず、怪物さえ彼女に寄り添わなかった。
彼女には口も効かないし視線も向けない死体しか寄り添ってくれなかったのだ。
しかし、今は違う。
「だったら、……僕は貴様の存在を祝福してやる。貴様が出会ってきた他のどの人間がそうしなくても、僕だけはすると誓おう」
今は【敗者】がその選択肢にある。
【敗者】は珍しく真っ直ぐに彼女に向かって言葉を紡ぐが、レヴィは顔をしかめるだけだった。
「そんなことしなくたって……あんただって誕生日教えてくれないくせに……」
「僕は覚えていないし記録もないだけだ。仮に、その機会を得たとすれば退屈なくらい祝われることになっただろう。
しかし貴様は違う。まともな人間のように祝われてもたかが22回、貴様であれば初めの一回だろう?」
「……」
初めの一回というのがどれほど自分にとって重要か、レヴィには自覚があった。
人を殺す時だってそうだった。
最初は絶対的な弱者である自分が圧倒的な強者に逆らう事など逆上の恐怖しかなかった。
しかし一回殺した瞬間から、自分の世界と自分の人生は全て変わった。
迫り来る抑圧に解放という選択肢が増えたのだ。
そして、その死から生への流転は娯楽も知らず悦楽のない人生の中で唯一の快楽になった。
それからレヴィはずっとその快楽の虜だった。
同じように、祝福がレヴィにとっての大きな変化になるかもしれないが……
「帰るぞ、レヴィ。こんな日くらい休め。貴様は最近詰めすぎだ」
「そうじゃ!休め休め!」
「全く二人揃って何をのんきなことを……はぁ……」
ジグと【敗者】二人に押されてもなおレヴィは乗り気ではなかった。
そんなものより作業の方が上で、自分は【敗者】の駒だというのに長期的に見て損するような事を果たして肯定していいのだろうか、と思っていたからだ。
「ほら」
しかし【敗者】から手を出されると、レヴィは従わざるを得ない。
レヴィは笑わないまま抱きしめられ、彼の抱擁の中で蹲っていた。
「むぅう……」
「レヴィ」
「ん?」
ジグがそんな様子のレヴィを見て、声を掛けようとした。
帰ることを察したのでお決まりの言葉を言おうとしたのだ。
「誕生日……」
「待った」
「ん?」
しかし、そこを直ぐに【敗者】が制止する。
「なぜ貴様が先に僕のレヴィへ言葉を掛ける?その権利を与えたつもりなどない」
「……あ、……そういうことか。すまんな」
「分かればよろしい。だろう?レヴィ」
「ちょっと、意味わかんないんだけど」
レヴィが困惑していると、【敗者】はフードの隙間から彼女を覗き込む。
彼を見下ろす形になっているジグにその顔は見えないが、レヴィはフードの中の犬に甘えるような彼の顔を見て思わず表情を弛めた。
「……誕生日おめでとう、レヴィ」
「んっ?!」
そしてそんな顔が近づいたかと思えば、レヴィの唇に【敗者】の唇が触れる。
一回の少しならまだしも、【敗者】は何故かしつこくレヴィに何度もキスをして、彼女の唇を甘噛みしていた。
「こらっ、この、……んぅ、ちょっと!こんなにする必要あるっ?!」
「当然お仕置きも兼ねてだ。分かるだろう?」
「わかんないし!」
【敗者】はレヴィを強く抱き寄せ、まだ満足していないのか後頭部を撫でながら頬にキスしている。
「めでたいもんじゃ!ちなみに式には呼んでくれるんか?」
「式って……、……何言って……」
ジグの発言にレヴィは顔を真っ赤にした。
しかし彼は何もおかしいことを言っていない。
【敗者】が左手の薬指に指輪をつけ、レヴィが同じ指輪のかかったネックレスを付けて、二人でこうもイチャついていたら婚約者でもうすぐ結婚すると解釈するのは当たり前だろう。
「考えておこう」
【敗者】の返事にもレヴィは焦り、抱擁を離すとぽかぽかと叩き始める。
「〜〜っばか!ばかばかばか!変なこと言わないでよ!もう!早く行くよるーさ」
「おい……ッ!」
レヴィは思わず【敗者】の名前を呼ぼうとすると直ぐに口が抑えられ、その瞬間自分のミスを察した。
「むぐぐぐぐっ!!ぷはっ……じ、ジグさん!じゃあこいつは人畜無害の普通のお騒がせお馬鹿野郎だから!じゃあね!」
レヴィはそのまま【敗者】に姫抱きされ、工房から出ていく。
ジグは彼のパーソナルデータを開き、出てきたアークスカードを眺めて声を掛けた。
「え?あぁ、あんまり迷惑かけるんじゃないぞ。えーっと……ルオン、か。そう、ルオンに迷惑かけたらダメじゃからな!」
やはりレヴィは異様だ。
アイゼンハートの持ち主というのもあるが、これほどまでに交友関係が狭く、ソロで活動し、誕生日を一度も祝われたことがないなんてありえない。
それに彼女に構う男の方も異様である。
あのおどろおどろしい雰囲気と並外れた能力、その割にレヴィに過保護な様子。
ジグはレヴィが名乗っていた時の事を思い出し、ひょんな好奇心から端末で検索してみた。
「フォトンアレルギー……、……ルビィの妹……?これは匿名掲示板の……、いや、しかし……」
現在この作品のあらすじや時系列、キャラ設定をまとめた個人サイトを製作中です!(キャラ設定などでは特に先の展開のネタバレも含むことになります)
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる