「ふぅー…」
死体の処理と清掃を終えた後、レヴィは競技場の端末からバトンを動かし完成したVR投影装置を取り付けていく。
「わたしを化け物にしたのはアークス共だ……」
レヴィは未だに鼻に残る死の匂いを感じながらそう呟いた。
レヴィにとって本当の化け物とはダーカーの事だが、アークスという種族から見れば「人未満」もまた醜悪な化け物なのだろう。
そして、彼女にとっての本当の化け物であるダーカーこそ、正しく彼女を本当に人間としてくれた存在なのだ。
レヴィは工事が終わると直ぐに競技場の方に向かい、端末を操作して投影装置を起動する。
プログラムは自作であり、アークスのデータベースに登録されたエリアやエネミーを参照して投影させ、そこに任意のステータスやレベルを反映させて戦闘を行うという一般的なエクストリームクエストに使われているプログラムを使用している。
他にも、普通の投影装置よりも高度な計算機を搭載し莫大なフォトンエネルギーを消費することで絶対静止座標に存在するフォトンの情報量を演算しそれに近い形の物を投影するという、とても量産は出来ない一点物特有の特別モードまで搭載していた。
ようは、全知存在とその周辺に存在するフォトンを鏡に映し(そのように演算し)、そこに映った鏡像をデータとして収集し反映できるということだ。このモードの利点はアークスのデータベースに囚われることがないため、アークスが観測していない動きや言葉を発することが出来る。
が、エネルギー消費量が多いためあまり軽率には使えない物だ。
「とりあえず……テストは……」
レヴィは登録されたエネミーやアークスを色々と眺めている中に【敗者】の文字を発見し、反射的に選択する。
それは【双子】によって造られた【敗者】模倣体だ。
(うわぁあ……【敗者】模倣体って……もしかしてわたしにとってはめちゃくちゃレアモノ?本物いっつも見てるから変な気分……)
レヴィは心の中で小躍りしながらレベルを最高に設定するとさっそく呼び出してみる。
「くっくっく……ふはははははっ……」
「うわあぁあああ〜!!超カッコイ〜!!」
挙動は本人よりも乱雑でよく見ると顔も少し違うが、背丈や体格は【敗者】そのままだ。
模倣体は【敗者】と同じ歩幅と早さでゆったりと歩くと手を上げる。
「死ね……殺す!」
瞬間、レヴィの元に赤黒い陣が現れたかと思えば重力が降り掛かり、体が動かなくなる。
「わっ!な、何するの?」
しかし模倣体はそのままゆっくり距離を離していくだけで、攻撃を行わない。
「……え?なんもしないの?」
直ぐにレヴィは拘束が解かれ、近付いていくが一定の距離を取って避けるように模倣体は動く。
「ちょっと〜、ねーえー、なんで逃げるのー?」
そしてまた手を上げると、レヴィの体は動かなくなって、また模倣体が避けていく。
「わっ……こうやって足止めしてくるだけなのなんで〜?」
それだけなのだ。【敗者】模倣体に攻撃の意思は一切見当たらない。言葉は立派だが殺意の欠片も感じられない。
本来は眷属に命令を出して支援するだけなのかもしれないと考えながらも、避けるだけを繰り返す模倣体にレヴィは気分が良くなりどんどん近付いていく。
「……」
そして、彼女は模倣体に抱きつくと見上げて意地悪に微笑んだ。
「?!」
「捕まえたー♡」
模倣体は突然の事に暴れて離れようとするが、レヴィは蹴られても動揺することは無く足を絡めて完全にしがみつく。
「匂いは全然違うけど案外悪くないね……ふふ、逃がさないんだからっ!」
レヴィは模倣体の頬を無理やり掴むと引き寄せ、じっと顔を眺めた。
本人とは違い生気を失ったかのような白い瞳をしている。人形みたいだがこれはこれで悪くない。
「ちゅー爆撃くらえ〜♡」
レヴィはそのまま模倣体の唇に接吻し、何度か吸い付くだけのキスをすると今度は無理やり舌を捩じ込んで絡め始める。
「ンう゛?!ッ〜〜!!」
「んっ、ぅ、っ、やなのぉ?わたしは全然イヤじゃないよ〜、ちゅっ♡」
アークスのデータベースに模倣体のキスのデータなどのっているわけもなく、想定外の行動に対応しきれないのか模倣体は完全に静止してしまい、そこを見てレヴィはもっと嬉しくなり模倣体の首に掴まりながら降りると更にしつこくキスをする。
「えへ、じゃあせっかくだし脱がせるのかの確認も……」
レヴィが模倣体の服に手をかけた瞬間、遠くから僅かに物が動くような音が聞こえレヴィは動きを止めた。
「ッ!!」
直ぐにレヴィは模倣体から離れて端末を取り、投影装置を停止させる。
そして物音が大きくなると、レヴィは直ぐにそちらへ体を向けた。
空気に僅かな揺らぎが見えたかと思えば、レヴィが凝視するとフォトンが逃げるように景色が割れ、透明な膜が剥がされる。
そこに居るのはグラデーションの掛かった濃い青の髪に仏頂面の少女。
顔立ちは整っており、ピッチリとした黄色のボディスーツに腕には鋭利な爪のようなものが着いていた。
あの顔は資料で見覚えがある。
来たのは六芒均衡の零、クーナだ。
レヴィがドームを設置した場所の近くには虚空機関が根城にしていた研究所があり、彼女はそこのデータを取りに来ていたのだ。
静寂の中、レヴィはクーナをじっと見つめると、何か意味深に「なるほどね」と呟いた。
そして懐からシンパシー(試作品)を取り出してウインクする。
「?」
「あんた、……アイドルのクーナでしょ」
「……!!」
クーナは驚いた。己の創世器による隠蔽が破られるのは非常に珍しいことだが、何より始末屋としての姿をしているのにアイドルであると見抜かれたのは初めての事だったからだ。
レヴィはさして特別でもなさそうにもじもじと体を動かすと、クーナの方を照れ臭そうに見て髪を整える。
「えへへ、わたしもアイドルっていうか……パフォーマー志望なんだよね。こういう大きなステージの前で舞うのって……楽しいでしょ?」
シンパシーを握り締めると、そこから音が鳴り始める。
シンパシーとは、使用者の心情を歌として出力する装置。
シオンの思考を理解する目的で虚空機関が作り出した物だが、自分の気持ちを歌に乗せて声に出すということの愉快さゆえに今は改良がされており市販化も検討しているのだとか。
そんな装置の試作品は人の深層を完全に反映することは出来ず、ある程度意志によるコントロールが可能で「こういう歌が歌いたい」という気持ちに出力される歌が釣られる他、デュエットなどは出来ないという。
「みんな!心を撃ち抜かれる覚悟は出来た?わたしの歌で宇宙の端までぜーんぶ奮い立たせてあげる☆」
そんな試作品を使ったレヴィの歌ももちろん彼女の今の心情を表すような物とはかけ離れており、クーナに当て付ける為に明るく激しく鮮烈に、といった感じのテーマでアウトプットした。
「?!」
――軽快な電気音とポップなソング。
レヴィはリズムを合わせるとすぐに踊り始め、くるりと回って飛び上がる。
イントロが終わって曲の始まり……
クーナはポカンと惚けた顔で彼女を見た。
「Hey!なんてことない毎日 退屈ばっかでツマンナイ
わおわお!だから君の隣で いつもはっちゃけたいんだCrazy Reboot☆」
レヴィは鋭い声や切れ目のキツイ言葉の割に歌声はやっぱりよく通っていて、可愛いけど美声でもある。
「Hey you?あんたちょっとさ 傲慢な癖にショゲてる?
任せて!わたしがいつでも 最高の味方でバディでしょ?」
しかしクーナが惚けているのはレヴィの歌や振り付けが割と上手い方だとかそういうのではなく、この状況で突然歌い出すレヴィの精神の方だった。
「恋してる……あなた神様わたし人未満ていうか虫未満
だけどいつも隣にいてぎゅってちゅってして励ましてくれるから期待しちゃう!」
クーナが出してるタイプの曲とは少し離れている……明るい曲調でちょっと"バカっぽい"歌詞。アークスの皆に、というよりかは小さくグラマーな容姿も相まって若い男性向けな感じだ。
「ラブラブパワーってなんなのさ!世の中金だしフォトンだし!
でもでもパワーで伝えたい!このあったか♡ラブリー♡ユニバース☆」
ウインクをしながらポーズをとり、くるりと回ってから手で銃を作ってバンと撃ち抜く。
アイドルらしい気取ったパフォーマンスもしっかりと決めてから常に観客と想定した場所に目を向けてキレキレの動きで踊る。
「ラブラブパワーをくらえバカ!効かないうるさいありえない!
でもでもあなたの好きなとこ 数えて挙げたら一億個☆」
二番に繋がる伴奏が響く中、レヴィは動きを止めると耳を真っ赤にしてもじもじと体を動かし、クーナに伏し目を向ける。
「……って、……感じ?」
「……」
「ほら、あんたのアイドルって……皆に元気を与える、みたいな感じでしょ。そういう大衆に合わせた感じの音とか言葉選びにしたんだけど……ちょっとわたしには似合わないな」
クーナは人に元気を与えるアイドルだが、レヴィはそうではない。
ただ自分の好きなように舞い踊りたいだけで、簡単な言葉に分かりやすいメロディなど陳腐な子供騙しでしかなかった。
「いえ、……そうではなく……」
クーナは彼女が使用している装置の入手手段や彼女の正体に関心を強く持ち、問いただそうとするがレヴィは自分の世界から抜け出さずコミュニケーションを取っているようで独りよがりだ。
「わたしはもっと!こういう感じがいいの!そう……怪盗参上!貴方のマネー、今宵は金庫ごと頂きます☆的な!あとはそうだな……あんたのセンスホント足りない、俺の体内、始めちゃった配牌……とか?」
決め台詞にウインク、おまけにラップまでしてから、レヴィはまた表情をコロッと変えて動き出す。
「ああロミオ……貴方はどうしてロミオなの……?」
細い声の美しい女性の声が聞こえたかと思えば、次に中性的な男の声が聞こえる。
「それはねジュリエット……君の財産が国一個分くらいあるからだよ!」
レヴィは大振りな動作で天に向けて手を差し出すが、当然ロミオとジュリエットのストーリーとは全く違う返答のためクーナは即座にツッコミを入れた。
「違います」
「きゃははっ、バレちゃった」
「……」
レヴィはまた気恥しそうにクーナをチラチラ見るとゆっくりと距離を離していく。
明らかな気まずいオーラが漏れており、あの会話拒否のような言動はどうやら遠回しに追い払いたいだけだったようで。
「……で、ちょっとアレなんだけど……一人で練習してるところ見られるの恥ずかしいからわたしが居なくなるかあんたが居なくなるかしたいかなぁー……って……」
「……分かりました」
クーナはため息をついて返事すると、レヴィの体をつま先から頭頂まで眺める。
彼女からはフォトンが一切感じられない。
アークスの類ではない事は分かるが、体内のフォトンに関しては市民程度すらもない。
戦えなさそうな柔らかい体の割に手はボロボロで、切り傷やまめが無数に出来ており、表情は分かりやすく喜怒哀楽がコロコロと変化するが余りにも幼稚である。
「あんたここによく来るわけ?せっかく人いないとこだから選んでたんだけど……あんたが来るなら場所変えなきゃ。有名アイドルにデビュー前のパフォーマンス見られるとか嫌すぎるし……」
「いえ、わたしはこれ以降来ることはないでしょう」
「あっそうなの?だったらわたしここ存分に使ってもいい?」
「アイドル志望だと言うのであれば、オーディションに合格すれば娯楽地区にあるレッスン施設が使えますよ。貴方はそれだけの能力が既にある」
クーナは当たり障りのない真実だけを話しながら、レヴィへの観察をやめない。
シンパシーの所持以外違和感はないように見えるが、逆に何も違和感がないのが恐ろしい。
計算された愛嬌というのはアイドルであるクーナも使っている物だが、レヴィに関してはその振り幅が大きすぎて彼女が意図的にそうしているのかそれとも無意識下でやっているのかすら見抜けない。
「え?……そ、そうっ、……えへ、えへへ……喜んでくれるかな、ふふふ……」
初々しく照れる姿も抜けている部分すら計算しているようで最早不自然であり、疑いを持ってみれば全てが不自然に見えて、真実だと思えば全て自然に見える。
「寂れた市街地のドームに拘るのもいいですが……適切な支援を得て、デビューした方が良いでしょう。それと」
しかし、これ以上の会話をしようがレヴィ本人から得られるものは何も無いだろうと思いクーナは手を出すとレヴィが握っていたシンパシーを取り上げた。
「……あっ!」
型番などを探すため見渡してみるが、最近造られている改良品ではなく本来は倉庫の中にあるはずの初期の試作品だ。
クーナは目を細め訝しげにそれを眺めると直ぐに懐にしまう。
「これは、製品番号が書かれていない試作品。一個人が持ち出していいものではありません。どこから手に入れたのかは知りませんが、見つけたからには没収させていただきます」
「うっ……、バレた。せっかくオークションで落としたのに……」
「……闇市の類ですか。虚空機関の解体の裏でどさくさに紛れて試作品が高値で取引されているようですね。これもそのひとつ、と」
虚空機関解体の話はアークスや研究員の中では非常に有名であり、その中で荒くれ者が盗みに入ったり、自分の研究成果を破棄され無いために回収して行方を眩ませたりといった事態は珍しくない。
だが、盗んできたというよりも購入したと言う方が圧倒的に心象は良いのだ。
レヴィのような小娘がした事なら子供のわがままで処理されるから。
「……ごめんなさい」
レヴィはウブな顔をしながらそういうことを"選択"している。
「先程も言った通り、真っ当にやっていても十分な実力はあります。こんなものに頼らなくても貴方は構わない。以後、気をつけるように」
クーナは念を押すようにレヴィを凝視するが、彼女は怒られた子供のようにしょげてクーナを見上げていた。
「はーい……」
クーナの去る後ろ姿を見送った後、レヴィはすぐに振り返り、溶けた笑みを解いて真顔になった。
「ふぅ……」
(わたしったらリスク管理が完璧すぎ。コイツをすぐに移動できるように作っておいてよかった……)
レヴィはクーナの顔を見てすぐに分かった。
彼女が六芒均衡の権限である絶対令を使ったことは知られていても、裏の容姿はほとんど知られていないが、レヴィは【敗者】からリストを見せてもらっていたことで把握していたのだ。
「君が好きだから〜……たまには意地悪したくなる〜……黒い首輪は君の為〜……キラキラメセタも君の為……」
レヴィは小さな声で歌いながら、暫くステージの上で舞い踊る。
30分ほど経過したところで動き出し、ドームの内部に着けたアタッチメントを全て回収し、核となるVR装置も鞄にしまって、端末を開いた。
(さて……どこの市街地なら安全か……設置し直してから【敗者】にお披露目しよう)
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる