「アイゼンハートの能力は物質の転換能力と、他の武器に変化する能力であっているか?」
レヴィは無言のままレギアスを睨んでいた。
「武器以外に変化することは?」
「ない」
レヴィのその言葉に、レギアスは彼女の無言が肯定であることを察する。レヴィからすればその言葉は嘘に過ぎないが、彼女は多く語ることをしたくなかった。
「その力で、ダーカーを滅することは出来るか」
「……」
「物質の転換能力でフォトンに変換し、ダーカーに対して有効打を与えているということだな」
レヴィはため息を付くとアイゼンハートを銃に変え、引き金に指を置いてレギアスに向ける。
「変化のトリガーは何だ?ジェスチャーか、言葉か、スイッチか」
「考える事」
「……思考してから変化が適用されるまで、どれくらいの時間差がある?」
「一瞬だよ。考えた瞬間に変わる」
レヴィは銃を二丁に分け、合わせてソードにし、ウォンドに変えたり、ダブルセイバーに変化させたりと言った変化を行う。全て一瞬であり、何かのギミックが動いているような様子はなく目の前からパッと消えてまたパッと現れるような、手品のような動きだった。
「……戦闘中にはどれくらいの頻度で、どれほどの変化を行っている?」
「ジグさん」
「お、おぉ?」
レヴィは突然ジグに目を向ける。もちろん刃の先はレギアスのままであり、暗にジグに敵意はないと表明しているようだった。
「返事がめんどい」
「あっ……成程な。そうじゃな、レヴィはこのような瞬間的な変化を戦闘で多く活用している。変化の回数も多く、同時に物質転換も行っており、動きに関してはガードやカウンターの回数は少なくほとんどが回避じゃ」
ジグは先程まで取っていたレヴィの戦闘データを見せる。
そこにはアイゼンハートだけではなく脳波や視線、肉体負荷などレヴィの体に関するデータも載っていた。
「……異常だな」
「じゃろう?まるで頭の中でレヴィが何人もいるみたいじゃ」
【敗者】も訓練した瞬間にレヴィのこの異常性には気づいていた。
恐らくだが対峙した【巨躯】も気づいたはずだ。
レヴィの思考回路は人間のそれを逸脱している。
知能指数は多少頭がいい程度でしかないはずだが、IQなどという単純な物では示せない脳の異常がレヴィには存在していた。
「お主は戦闘する時にどう頭を使ってるんじゃ?」
「どうって……分けてるだけだよ」
「分けてると言っても……ううむ、もっと具体的に言えんかのう?」
漠然としたイメージを言語化しろという質問に感覚派のレヴィは悩んだが、迷った末にツギハギに言葉を並べてみる。
「脳ってさ……こう、色んな命令をするけど、最終的には脳の一個から始まるわけじゃん、で、その一個のやつもパーツとパーツが噛み合ってて、それが量子もつれで同期されて繋がる……みたいな……えーっと」
「ふむ……?」
「で、思考する部分ってのはこう、結構根元に居て、それがこう色々繋がって体が動くわけだけどさ……分けて、こう……選択してるんだよ」
「選択……とは」
「えーっと……一個の大きな箱に仕切りを入れて、分けたところそれぞれに穴を開けて、パイプを繋げる。それが絡み合ってひとつのパイプになることもあるけど、そうしたらもうひとつ箱に入れて、二つが噛み合った時の形をまた作って、穴を開けてパイプを繋ぐ……で、箱の中でそれぞれ違うものを作って送り出す……みたいな?」
「ふむ……?」
ジグもレギアスもレヴィの説明では上手く分からず、首を傾げた。
彼女はアドリブで説明しろと言われてうまく説明出来るほど説明上手ではない。
彼らからすればレヴィは脳を何個も持って使っているように感じていたが、レヴィはそういう考え方ではなかった。
「えーーっと、脳を、演算装置みたいに使うの、コンピュータってシングルタスクのツールじゃないでしょ?で、まあ、コンピュータは別々の動作ができるけど、脳には量子もつれがあって迅速且つ簡単に繋がっちゃうから普通は上手くマルチタスク出来ない、だからこう、頭の中で信号を制御するの」
「……どうやって?機械か何かか?」
「え?考えるの。頭の中でスパーン!分かれろ!って感じで分けると、分かれるから。こっちはこっちでこっちはこっち、みたいな感じで……そうすると、信号がぶつかり合わずにそれぞれ別のものとして使えるようになる。で、もし集中したい時はギュッてひとまとめ、みたいな」
「……まあ、多分分かったわい」
分かったことは、普通の人には分からないということだけだ。
一応基とする物があって、何か理論付けてやっているというのは分かるが、説明下手と感覚派故のズレで恐らく【敗者】も理解するには難解だろう。
「脳って無意識じゃないよ。意識すれば制御できる。プラシーボ効果って知ってる?認識によって脳は変化して、脳によって主観的な世界の形が変わるの。精神病だってそういうものだから」
レヴィは脳を自分の意思で意識的に制御する、という行為が異常である事には気づかず、基礎もわかっていない子供に説明するように言葉を並べているが全くそういうことでは無い。説明が下手すぎて理解されていないのだ。
「例えば、意識的に脳を制御すると左手と右手で全く別の動きが出来る。でも、身体構造的に目を別々の動きにするのは難しい。だから、その場合だと聴覚や触覚などの別の五感を利用してもうひとつ目を作り出すと、視界ではひとつしか映らない景色が脳内では二個になる。認識できる世界がひとつ増えるってワケ」
試しにと、レヴィは二台端末を取り出してそれぞれ別のゲームを開く。と言っても、開くものは端末に標準搭載された非常にシンプルなトランプゲームとリバーシだが。
「脳を分けようが別に思考能力は100倍になることなんて言われたらそんなことはなくて、それぞれ1と1になるだけ。だけど、普通にマルチタスクをする時とは違って0.5と0.5にはならない」
レヴィは左右で全く別の動きをしてコンピュータとゲームをする。
レヴィはどちらの画面も見ておらずレギアスやジグを見ており、彼女はゲームから出ている効果音と手の位置だけで処理していた。
「ピアノを弾く時だって、左右は別の動きをするでしょ?見る必要ないの。寧ろ、見ると少し邪魔というか……片目が義眼だから、フレーム単位で動きがズレちゃうワケ」
「義眼だったのか……、全く知らなかったわい」
「別に、不必要な情報だから知らなくてもいいでしょ?」
両方の画面からクリアの文字が出るとレヴィは仕舞い、足をプラプラと揺らす。
「座らせてくれたら足でもゲームしたけど、そこまでやるのはめんどくさいから。仮に視線誘導だけでできるゲームがあるなら、目でそれをやってもいい。声で出来るゲームもあったはずだから……まあ、結果的に脳の使用領域を分けたら四肢五感を使って別々にできるってワケ」
「……これ程の相手でないとアイゼンハートを使いこなすに値しないと」
「そもそも、アイゼンハートの武器変化はその相手にあった武器に変化する力であり、一人が様々な武器を使うというやり方は想定されていないものじゃ。本来は一つの武器を使い、高い継戦能力として転換があったと考えられる」
「そうだね、……周辺環境を利用してエネルギーを補填する継戦能力がずば抜けて高いと思う」
レヴィはジグの前で転換の"より効率的な"使い方を伏せていた。
相手の出血を対象として血液を転換し失血死させたり、酸素を転換して窒息させたり、果ては肉体を守るフォトンを消して宇宙空間に放り出すことで即死が可能な訳だが……そのような使い方をしたら過度に危険視されるのは分かっている。
それに、フォトンやダーカー因子を対象とした転換には時間がかかりエネルギーも多く必要とする為ダークファルスやフォトン適正の高いアークスには向かない。
「最も重要なのは……」
レギアスはレヴィの方をじっと見つめた。
「アークスの使命である、ダーカーを滅し原生する生態系や環境を守れる力がそれにあるのかどうかだ。仮にフォトンが使えないアークスであっても、創世器の力でその役目を果たせるのならどう扱おうが構わない」
「ようは、"あんたの守りたい物"を守れればいいってだけでしょ?その為ならアークスの……いや、人未満なわたしの命や尊厳がどうなろうと知ったこっちゃないと」
「そうではなく……」
レヴィはアイゼンハートをナイフに変え、くるくると回しながらゆっくりと移動装置の方に進んでいく。
「あんたがそれを望んでいるっていうなら、スーパーハードでも戦える力を持つ存在をノーマルに押し込めるなんて馬鹿なことはやめたらどう?」
「……フォトンがないということは、ダーカー因子に対する耐性が皆無であるということ。難易度制限解除試験が合格しないのは力の有無ではなく健康上の問題だ」
「人の体に毒入れてウン千万請求する奴が健康の為って?バカ言わないでよ。健康上じゃなくて粗が少なくなって都合が悪いから、でしょ?」
レヴィは移動装置に乗り、フィールドへ移動すると怪しく微笑む。
レギアスの前にウィンドウが現れると、その画面には仮想空間に出現させるエネミーの表とその数、レベルが載っていた。
「う〜ん、アイツならこう言うんじゃないかなぁ?"百聞は一見にしかず"ってね」
レヴィはアイゼンハートを片手剣にして構え、レギアスを指すように突きつける。
「でもさぁ、わたしならこう言うよ。ざまーみろ!ってね」
レヴィはディスプレイを操作すると目の前に十数体のダーカーが出現し、直ぐに攻撃を始める。
一歩足を踏み出せばクルリと体を回し、ダーカーコアを狙って逆刃で突き刺すと目の前のダーカーを蹴り上げてから突き刺した剣を使ってそのまま逆上がりするように体を一回転させる。
着地したかと思えばアイゼンハートはレヴィの手の中でブーメランの形に変化しており、自分の周囲を回すように投げてから手を翳す。
転換能力が発動すると霧散していくダーカー因子が消え、フォトンの雨となって降り注ぐ。
ダーカーには有効なその雨もレヴィに当たる前には消えていき、レヴィはブーメランが一周して戻ってくる前に銃に変化させ真後ろに向かって撃つ。
フォトンの障壁によってガードされるが、弾道は間違いなくレギアスの頭を狙った物であり、レヴィは挑発的に笑った。
「ほらほらッ!そんなにわたしの事をバカにしたいならもっと強い奴を出してみなよ!この臆病者!」
「……」
レギアスはログを確認した。平均を狙ってかベリーハード帯のダーカーが使われているようだった。
レギアスは軽くディスプレイを操作すると中型や小型、魚介有翼蟲関係なく様々な種類のダーカーが出現する。
レヴィは有翼型ダーカーを見ても反応することはなく他のダーカーと同等に扱い、直ぐに倒し始める。
「……特別、ダーカー種に対する感情は無いか。エネミーの一つという認識のようだな」
レギアスは彼女を見定めている。
わざと怒らせるような言葉を言ったり、突き放したり、無視をしたりして彼女の動揺を誘い、彼女が何か怪しい物に関与していないか調べようとしている。
全てはアークスの為だ。
その為ならどれほど罵倒されようが、血も涙もないと言われようがレギアスにとっては構わなかった。
自分の意思で、誰の傀儡でもなく、自分にとって正しいと思ったことを本当に守るべき物の為にやっているのだから。
「レギアスはレヴィの何がそこまで気に入らないんじゃ……?」
「気に入らないという事や、嫌悪しているという訳では無い。私はただ、シルンの関連人物にろくな奴が居ないことを知っているだけだ」
「シルンの……あぁ」
シルンはアークスシップ一番艦の元艦隊指揮者であり、非常に優れた能力を持つ士官だが同時にかつてのアークスの暗部にも深く関わりがある。
そして、裏社会の中では彼がとてつもない"守銭奴"である事も有名だった。
「あのシルンが、最底辺に位置するアークスを理由もなく擁護する理由などない。彼女自身にあの地位でありながらシルンを動かせるだけの金を稼ぐ方法があるか、もしくは彼女を懐柔しておきながら、不当な社会的地位の回復を敢えて行わない第三者の存在がいるかのどちらかになるわけだ」
「懐柔という言い方は悪意があるように感じるが……社会的地位の回復を行うというのは一個人には難しい事じゃろう?市民層まで根付いた噂や偏見はそう簡単に取り消すことは出来ない。レヴィはそれがわかっている上で、せめてアークス公式では自分の人権を認めて欲しいとお主に求めておったはずじゃ」
「そうだ。アークス公式で彼女のアークスやオラクルに住まう人類としての権利を回復させることは可能だ。私ではなく、シルンでもだ」
「……わしはそのように思えんがな」
俯き呟くジグの言葉に、レギアスは問う。
「"ルオン"とは、何者だ?」
ジグの体は震えた。ジグはレギアスの事情をうっすらと理解している。彼がかつて虚空機関総長であるルーサーに支配されていたことも、虚空機関の解体にカスラとクーナの次くらいに熱心であることも。
予測が正しければルオンは虚空機関の元研究員だ。もし、暴露された人体実験の中にルオンが関与していて、その行いに耐えられず逃げて虚空機関からの粛清に怯えながら隠居している身だと言うのなら……
レギアスにそれを話すことは非常に大きなリスクになる。
「ルオンは……レヴィの婚約者じゃ。彼女にソロでの活動を助言した張本人でもある」
「……会ったことはあるか?」
「うむ。何度も会っておる。その度に思うのは……レギアスと考えている事とは逆、じゃな」
「逆?」
「奴は相当な堅物じゃ。レヴィを見てみぃ。彼女は愛想良いように見えて敵対する相手には喧嘩っ早いじゃろう。ルオンのような頭が良くて唯我独尊な性格じゃとあういう短気でメッセージも電話も返さない気性の荒い性格はついていかん。しかし、実際のルオンはレヴィにメロメロじゃ。じゃから、わしはレヴィがどうやってあのルオンを懐柔したのか気になるわい」
ジグの話す言葉に嘘は感じられず、レギアスはジグから聞いたその男の像を考えてみるが誰とも一致しない。
「ルオンが悪意を持ってレヴィの社会的地位を回復させていない、とは思えんのう。
もしかしたらじゃが……ルオンの最終目的はレヴィにアークスを辞めてもらうことなのかもしれぬ。
籍を入れ、子を作る事になれば生きて帰ってくるかも分からないリスクのある職業に妻を就かせるというのは怖い事じゃろう。しかしアークスとしての地位を得れば、レヴィはアークスを辞めるという選択肢が出来るわけなどない。"ここまでやっても無駄なのだから、アークスに拘る必要はない"と……そんな感じの意図を持っているのかもしれないな」
レギアスはジグの言葉を聞いてよく考え込む。
ジグの視点はレギアスの想像の中だと新しいものだった。
レギアスにとってレヴィはずっとアークスの一人であり、市民でもなければ彼女が扱われている人でなしのゴミのようなものでもない。
だから、彼女を一市民として考え穏便に死のリスクから遠ざけようとしているという考え方は意外でありながらもすんなりと頭の中に入った。
「しかし、そうであれば何故シルンが協力する?」
「あぁ、それに対してもわしには目処がついておる。シルンとレヴィは思ったよりプライベートでの仲がいいんじゃ。レヴィと賭博をすると大儲けするからとシルンの方から誘ってくると……利益を得られるから、結果的にレヴィの事を友人であり金を産む存在としても見てるんじゃないかとわしは考えた」
「友人か……」
ジグから聞いてレギアスはようやく自分の中で納得する理論が結び付けられる。
シルンとレヴィは友人であり、金に値する価値が彼女に存在し、ルオンとやらは彼女を人間として肯定し擁護しつつも彼女の肉体的には危険極まりないアークスを辞めさせようとしている。
納得はするが、どこか違和感が残る。
「どうかのう……?レヴィにそんな悪意のようなものは感じないんじゃが。不当な扱いを受けて怒ることはあっても、やって得られるものは少ないと彼女も言っておった。創世器を持っていても、優れた脳を持っていても、それがオラクルを転覆させることも出来なければ、自分の人権という些細なものすら得られないと……」
ジグはレヴィが他のアークスやレギアスに対して怯えていた所を思い出して心が痛む。
怒っても言い返しても表面上では敵意を剥き出しにしているが、あれは自分が傷付けられたくないからと必死に威嚇している小動物のようにしか思えない。
「あまり彼女に厳しく当たらないで応対する……というのは出来んかのう?彼女はああ見えても凄く傷ついているんじゃ。多くの人からの理解は得られなかったとしても、せめて彼女の事情を知っているものだけでも彼女の尊厳を尊重してあげたいとわしは思うんじゃ」
ジグの優しさは理解出来るし、レギアス自身アークスに対して酷い態度を取っていることは相手の心も自分の心も傷付けるだけであり、得られる利益以上に失う物の方がずっと大きい。
「……そうだな。多くの物は与えられないが、少なくとも危険性はないように見える」
あくまで見えるだけだ。レギアスは何となく彼女に対してまだ違和感が残っていた。
ジグがいなければ彼女の事を無知のまま罪人のように取り扱ってしまっていただろうが、逆にジグが居ることで根本的な何かを見逃しているようにも感じる。
「だからこそ……紛れもなくアークスの一員であることを示す必要がある」
レギアスはディスプレイの前に立つとダーカーが討伐されつくしフィールドが空くまで少し待った。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる