※この作品はR-18です。

MIDNIGHT   作:Libby博士

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32話(1)

 

双眸を開くと、レヴィの視界には【敗者】の胸元があり空気は彼の匂いでいっぱいだった。

 

「んん……」

 

ここはフローリングに敷かれた狭い布団の中。寝返りも窮屈なこの空間で恐らく何度か身を返した後、邪魔だと抱き寄せられてこうなったのだろうと予測してみる。

 

【敗者】はレヴィの起床を観測すると図ったように目を開き、じろりと見下ろした。

 

「あ、【敗者】おはよー」

 

「……おはよう」

 

「ぎゅーしてたの?」

 

その言葉を聞いて【敗者】はゆっくりと抱擁を解くと、代わりにレヴィが抱きついた。

 

「何だ、……嫌じゃなかったのか?」

 

「嫌?なんで嫌になるの?」

 

「苦しいとか、起きるから退いてとかあるだろう?」

 

「あー、でも急ぐことないからギュッてしてたいなぁ〜って思って。逆に、ちょっと寒いから……」

 

暖房器具もない部屋は太陽が昇ってから数時間経っても暖まることはなく、カタカタと悪い意味で風通し良く揺れる窓と外から覗く雪景色で更に寒さを倍増させていた。

それゆえ、レヴィは布団を被ったまま【敗者】に抱きつき体を寄せることでしか温もりを得られなかったのだ。

 

「ストーブくらい買っておけばよかったか」

 

「えー、どうせこの家ほとんどこないし買っても無駄でしょ。この布団も無駄な買い物なんだから」

 

「貴様は金の使い方が下手だな。毎日風呂の湯に溶かしても余る量の茶葉を毎月買っておきながら、生活必需品を買おうとしない。心まで貧乏な貴様らしいやり方だ」

 

「むぅう……だったら昨日買えば良かったじゃん」

 

「昨日は付けていたら暑いと文句を言われそうで辞めたんだ。実際、寒さなんて感じなかっただろう?」

 

「まあそうだけども……ぐぬぬ」

 

レヴィは昨日のねっとりとした長く深い情事を思い出し、ほんのりと顔を赤らめて【敗者】の胸元に顔を寄せた。

 

「今日は我慢しろ」

 

「分かってるってば……」

 

レヴィは顔を離して起き上がり、【敗者】をジロジロ見つめると自然に目が蕩けていき、ぼーっと眺めるだけになった。

彼の眉目秀麗な顔つきはレヴィの目を掴んで離さず、彼女は思わず独り言のように声を漏らす。

 

「【敗者】かっこいい……」

 

レヴィのいつもの面食いに【敗者】は大きなため息をついて体を起こした。

 

「僕には名誉も技術も恵まれた血もあるというのに、貴様が見るところは外見か。本当につくづく面食いだな。そうやって外見に囚われる事こそ、物事の本質に興味がなく表面上の物でしか評価できない愚者らしいものだ……」

 

(ただカッコイイって褒めただけなのに……)

 

【敗者】に自分の好意を悪意で返されて腹立ち、ぷっくりと頬をふくらませて不満の意を表明してからブツブツと呟いて返す。

 

「外見っていっても、普遍的な物じゃないから……脳の認識によって景色は変化するし、三色型色覚を世界の当然の風景だと考えるのも所詮人間の傲慢だよ。自分の世界を定義しておくのは別に悪いことじゃないと思うけど……」

 

「それとこれとは別の話だ。貴様は僕の内面にどれほど向き合い、どれほど思考し、どれほど認識している?それを怠っていなければ貴様はここにいる訳がないだろう」

 

本質を見ればアークスがダークファルスに懐柔され共に行動することなどおかしい、と【敗者】は言ったのだが、レヴィはその言葉を聞くと【敗者】を睨みつけた。

 

「だって【敗者】が全然教えてくれないからじゃん!研究のことだって、【敗者】の事だって、今何考えて、何してるのかも、全然教えてくれない……だからわかんないもん!」

 

「……」

 

レヴィに与える情報を制御している自覚はある。しかし、信頼という面でそうせざるを得ない、と【敗者】は考えているのだ。

レヴィは今、その【敗者】の考えがたまったもんじゃないと抗議している。

 

「なんも教えてくれないしなんもわかんないから見た目しか見ることが出来ないの!あんたがちゃんと教えてくれたら中身も考えるもん!」

 

「……レヴィは」

 

【敗者】は、彼女を見下ろした。

今付き添ってくれているのが【敗者】という存在の本質に向き合っていないからであって、知れば他の相手のように遠ざかるというのなら、教えない方がやはりいいんじゃないかと考えた。

レヴィがヒューナル体に変化した【敗者】を見ても真っ直ぐ受け入れてくれた時の思い出もしっかり覚えているのに。

 

分かっている。これは単純な恐れだ。

【敗者】は今、心を開き自分を見せることでレヴィに嫌われるのを恐れている。

 

「【敗者】?」

 

「……」

 

【敗者】は言葉の続きを言わないままレヴィに寄り、彼女を持ち上げて脇の下に顔を埋め呼吸をした。

濃いフェロモンの匂いがグラグラと【敗者】の脳を揺らす。

 

「ッ、ちょっと……中途半端に話振って萎えさせといて今更……っ」

 

「はぁ……」

 

【敗者】は深く呼吸した。

 

「レヴィは、僕の事を嫌いになるだろうか?」

 

「え?」

 

感情に確約などという概念は存在しない。

利益や条約を結ぶ為の"契約"であれば揺るがない確実なものだが、愛や恋、好きや嫌いといったものは不安定で、個人の主観に基づいただけの曖昧な物である。

だからこそ、【敗者】とレヴィは"契約"したのだ。

そのような不安定な感情は持たず、確実な利害のみで互いを繋ぐ。

それこそが二人にとっての正解だと分かっているのに、この体たらくはなんなのだろうか。

【敗者】は理性と本能が剥がれ別れていく自己嫌悪に蝕まれつつも、自分の言葉を撤回しなかった。

 

「……自分の事話すと嫌われるって思って怖くなっちゃったの?」

 

「僕に恐れなどない」

 

「だったらそんな声しないでしょ」

 

レヴィは【敗者】の頬をつんとつついてから胸で彼の顔を包み込み、足を絡めてハグする。

 

「わたしはね、【敗者】の誕生日とか、どんな食べ物が好きかとか、今どんな研究をしているのかとかはなーんにも知らないけど、一番酷い部分なら知ってるつもりだよ」

 

レヴィはニコニコと笑った。

 

「わたしと会ったばかりの時のあんたが間違いなく一番最悪だったね。態度も言葉も目も、やること全部サイアクで早くぶっ殺してやる、ってずぅっと思ってたもん。

そこがわたしの一番嫌いな【敗者】の部分」

 

「……」

 

「だから、これからたとえあんたがわたしに最初に会った時みたいな酷い態度を取ったり、それよりももっと酷いことをしたり、わたしを捨てたりしてももう嫌いにならないと思う。わたしが【敗者】から貰った優しさと、楽しい時間と、暖かい感情は、そういう酷い事じゃ到底塗りつぶせないくらい大きいものだから。

例え、その優しさが全部嘘だとしてもね」

 

レヴィは【敗者】への抱擁を解いたかと思えば腹筋から胸元を撫でる。

 

「あと、……体もすごく気に入ったから」

 

「ふん……貴様は本当に悪趣味だな」

 

そう言いつつ、【敗者】は嬉しそうな様子でレヴィを抱きしめる。

 

「えへへ……」

 

二人は甘い時間から離れることはなく寄り添ったまま手を繋いでいた。

 

「かっこいいって言われてグチグチなんか言ってたのも照れたからなの?」

 

「僕が照れるとでも?」

 

「嫌なら嫌って言えばいいし嬉しいなら素直に当然だ、って言えばいいじゃん。そういう事しないでごちゃごちゃ言って誤魔化そうとしてるのって照れてる以外なくない?」

 

そう言われると、【敗者】は顔を顰めて目を逸らした。

暗に照れているというのを認めた訳だ。

 

「んふふ、カッコイイものはカッコイイんだから、ふんぞり返ればいいだけでしょ?」

 

「僕は自分の価値が容姿にあるとは思わないだけだ……」

 

そんなことを言っておきながら、本音は全く違うところにあるという自覚は出来ている。

好意を持つ相手から自分を持て囃されて嫌な訳がないのだ。

シオンへ数百年の一方通行の感情を抱えた末真っ向から否定され玉砕した【敗者】からしたら尚更。

 

「じゃあ、これからあんたの武器は一個増えたってコト!ほんと恨めしいくらい見てくれいいんだから……」

 

裏切らない絶対的な味方であり知識欲を擽る所もあり努力家だし創世器への適正もあってマジックも使えてハッキングも出来て戦闘にも積極的で【敗者】の事が大好きで大好きで小さくて可愛くて体の相性が良くて甘えんぼで泣き虫で怒っても可愛い女の子なんて最高だ。種族に差があったとしても結婚して当然まである。……それはアークス同士ならばの話だが。

 

「……」

 

「ほら、かっこいいんだからニコッてした方がウケ良いよ?」

 

レヴィは指で【敗者】の口端を無理やりあげようとするが、そうするほど寧ろ不機嫌そうにムスッとした表情に変化した。

 

「やめろ。意識して笑うだけなら貴様に言われずとも出来るだろう」

 

「でも、あんたイライラした顔ばっかしてない?」

 

「貴様が苛立たせることをするからだろうが……」

 

「だーかーらー、イラついた時にイラついたーって顔に出しちゃうと隙になるから良くないって言ってんの」

 

「それくらいわかっている」

 

【敗者】はふいと顔を背けた。虚空機関の総長だった時代は思惑を隠し、感情を隠し、ただひたすら愛想笑いを浮かべる事の方が多かった。

だからこそ、ここぞという土壇場で自分の勝利を揺るがされた瞬間に感情を露わにし、【敗者】として変異した瞬間は強い怒りと苦しみにのたうち回り悲鳴を上げるように怒号を叫んだのだ。

 

「愛想を良くしているのも疲れるんだ。分かるだろう?」

 

今はあの時のように"楽しむ"ほど余裕はない。

指名手配をされアークスからコソコソ逃げ回り、設備もないのに復讐の計画を立てなければならず、アークスが体勢を建て直している間に襲撃したいのに時間も力も全く足りない。

数百年前、ルーサーに憑依したての頃はこれくらい焦って必死に計画を立てていた気がする。彼の自我が強かった為【敗者】本人ですら自分の意思とは考えられないが。

 

それからアークスが造られ、フォトナー達が消え、ルーサーが虚空機関を創設し研究所を取りまとめてマザーシップの管理権限を掌握し、表向きでは単なる研究機関として偽っておきながらオラクルの管制や技術レベル、情報などを自分の思うがままに出来る影の支配者になった。

 

段々と、ゆっくりと、ルーサーも【敗者】も自覚が無いくらい人格は静かに混ざりあっていった。互いが互いに影響され、思考や思想を己の物とし、何時しかルーサーは正気のままダークファルスの力のみを利用しているのだと錯覚し、【敗者】は怪物になりきれず長い生の中で発狂しないように過程を楽しむ事を行うようになった。

その影響は今ルーサーから体を離しても変化はなく、【敗者】は自分を「ルーサーの成れの果て」だと思い込んでいる。

 

「……」

 

だからこそ、レヴィの前で取り繕わず、不機嫌な態度を取るのは彼女へのわかりやすい信頼と愛情の形だった。

褒める時はパフォーマンスの為に過剰に表現したり嘘を混ぜているが、こういうマイナスな感情を持った時にポジティブな嘘をついたり笑顔で応対するような嘘はついていなかった。

 

「あ、確かに……じゃあ笑わなくていいや」

 

レヴィはパッと手を離し、それから【敗者】をじっと見つめた。

レヴィからすれば、「逆に言えば」という話になる。

 

「ふふ、……じゃあ、わたしといる時に嬉しそうにしてる時はホントに嬉しいんだ」

 

「そうとは限らないが……」

 

「じゃあ、いつ取り繕ってるの?」

 

「……周りの目がある状況で貴様がふざけた態度を取っていても耐えなければいけない時だ」

 

決してそれだけでは無いが、レヴィはそれを聞くと嬉しそうに微笑んだ。

【敗者】もそう応対すれば彼女が勘違いすると分かっていたから、敢えてこういう言葉を選んだ。

しかし、レヴィの回答は【敗者】の予想外だった。

 

「それって、我慢してるだけで全然嬉しい訳じゃないよね?」

 

「……あぁ」

 

「じゃあやっぱり、【敗者】が嬉しそうにしてる時はホントに嬉しいんだ!ふふふっ!」

 

【敗者】はレヴィが自分の見えていない何かを見透かしているような気がして思わず顔を顰めた。

 

レヴィにとっての嬉しそうの基準と【敗者】にとっての嬉しい基準は完全に違ったのだ。

 

「嬉しいフリ全然できないとこも好き♡」

 

「は?それくらい出来るが……」

 

「あんな楽しそうにしてるのがフリならあんた普通じゃないよ?あんな風にしてる人あんたしか見た事ないもん」

 

「……」

 

お喋りが盛り上がってうっかり自分の正体を口にしようとしたり、独り言を呟きながら一人で意気揚々としているような、レヴィにとっての"嬉しそうな【敗者】"を思い出し、レヴィはにこにこと微笑んだ。

 

「【敗者】から嬉しいとか楽しいって気持ちいっぱい伝わってくるもん。"邪魔したらゆるさないぞっ!"って感じのオーラしてるし」

 

確かにそういう時の【敗者】は機嫌がいい時だが、そういう浸り方は別にレヴィがいる時だけに限った話じゃない。

微妙に噛み合わない会話に【敗者】はイライラして彼女をわざわざ悲しませるような事を口にする。

 

「そんなことは誰の前でも出来る。貴様の特権では決してない」

 

「そっか……」

 

案の定しょんぼりとしょげており、【敗者】はそんなレヴィを見て心を落ち着かせた。

想定外から想定内に戻ってきた。

 

「わたしといる時は嬉しくない?」

 

「他の奴と居る時よりはずっと心地よく居られるだろう」

 

彼女の精神を落ち着かせるために簡単な言葉を呟くと、レヴィはそれを聞いて落ち着く。

 

「同棲してて、一緒にいるのが苦痛ってイヤだから……心地いいって思ってくれてるならそれでいいよ」

 

「……」

 

しかし【敗者】の欠落感が晴れることはなかった。自分とレヴィの精神を落ち着かせるための嘘をついてばかりだからだ。

 

(この気持ちは一体なんだ……?)

 

【敗者】が今まで抱えていた虚無や欠落の感覚とは違うが、しかし間違いなく心に穴が空いたかのような切なさがある。

こんな風になるのはレヴィと体や心の距離を離している時だけだ。

 

「【敗者】と居るとわたしもすごく心地よくて、落ち着くの」

 

しかし、そんな風に焦燥している【敗者】とは違いレヴィはリラックスした様子で【敗者】に寄った。

 

「今は慣れたけど、最初はみんな怖かったし泣いた事だってあった。キャンプシップが使えないかと思ったら死亡した事にされてデータが全部消されてたり、行き先を変えられて別の惑星に着いたらその後艦橋に呼び出されていっぱい殴られたり……さ。

慣れたけど、……慣れたけど、嫌なものは嫌。【敗者】はそういう理不尽で嫌な事してこないから安心する」

 

「単なる嫌がらせで非合理的だろう」

 

「非合理的が理由でもいいの。そういう意味でいじめない、ってことだから」

 

レヴィが【敗者】に微笑むと、彼は少しだけ心の痛みが減ったように感じる。

 

「僕はそうすることはない。虐げていい存在がそこにあったとしても、僕には何時だってそうする為の理由がある。それはルビィの為、アークスの正常化の為、呪いを排除する為……そんな浅ましい理由では無い」

 

「分かってる。知識のため、アークスを支配するため、全知存在のため……そうやって、貴方は野望を叶える為の手段として利用している」

 

理由があっても手段は選ばないといけない、理由があるなら生物の尊厳を奪い、他者の精神を欲望の為に痛めつけ拷問し、凄惨な人生を歩ませていいわけが無い……などという正しい事を言う人間はこの空間には居らず。

二人の歪んだ価値観に互いが同意して話が進んでいく。

 

「アークスのため、なんて言うやつは……そう言い訳すればなんでもしていいって思ってる奴だよ。アークスの為なら、貧困層や裏社会じゃないと生きられない人達、わたしのような被差別者を必要以上に虐めて殺すのは当然だって思ってる。それが、アイツらの言う"アークス"の為だから。新生とか自分達で考えるとかホントくだらない……馬鹿どもが組織の盾を使って人を虐げる理由を作ってるだけじゃん」

 

レヴィの意見はひねくれすぎだが、確かに今までレヴィを虐げてきたアークス達がその理由を使ってレヴィを虐げるかと言われれば当然そうだ。

今までは三英雄や六芒均衡のようなトップが指揮していたアークスだからこそ、レヴィのような存在も賄賂や何かのツテで許容されていたのだろうと受け入れていた彼らだが、「自分達で作り上げるアークス」などという名目を手にすればレヴィのような出来損ないで被差別者の忌み子など「自分達が気に入らないから」という至極単純で感情的な理由で殺す事が出来る。

 

「これからは……殴られるだけじゃ済まないと思う。わたしはアークスから本気で命を狙われる事になる……」

 

「……そうかもしれないな。しかし、その為の戦闘訓練でもある」

 

「うん、……行こ!」

 

そうして二人は準備を整え、レヴィの用意した地下空間へ向かった。

 

二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。

  • 続編として作品を分ける
  • 分けないで一つの作品でまとめる
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