74番艦市街地。
地下には人知れず巨大な地下空間が作られており、そこには現状レヴィのもうひとつの命とも言える人工臓器の管理装置や、トレーニングルームがある。
二人はトレーニングルームに入っていくと直ぐに各々準備を始めた。
レヴィはストレッチを行い、体を隅々まで解してから訓練用に刃の付いていない剣で軽く素振りを行う。
【敗者】の方は計測用プログラムの準備を行い、グラフの揺れるモニターをいくつも表示して、それから己と静かに向き合った。
この器の核の奥底までダーカー因子を抑え込むのにはもう慣れたが、その状態での因子の放出は非常に危険かつ完璧なコントロールが必要になるため、【敗者】も神経質になる。
一歩間違えばルビィがすっ飛んでくる状況だ。44番艦でのじゃれ合いとは違って面倒な方向で難易度が上がっている。
「よし、準備オッケーだよ!」
レヴィは普段着でブラックローズを持ち、ゆらゆらと動く。
【敗者】はそんな彼女の全身をじろじろと見つめた後、彼女の方に向き合って一歩下がった。
「では、見せてもらおうか」
レヴィはその言葉にうんうんと楽しそうに目を輝かせながら頷き、それからブラックローズを構える。
「黒き薔薇よ、闇を纏いてこの手に全てを変える力を!ローズウェポン01、"ブラックローズ"!」
傘鞘から引き抜かれる直刀の剣。黒光りする刃からは異様なオーラが漂っているが、同時に美しさもある。
「ふむ……いいじゃないか」
【敗者】はその整った剣を見て目を細め笑みを浮かべると、すぐに手をかざし剣を生み出す。
「ならば耐久テストといこうじゃないか。この程度で折れる物なら今のうちに折っておいた方が良いだろう?」
「そう簡単に壊せると思ったら大間違いなんだから!」
レヴィは直ぐに分離させた傘鞘のボタンを握る。鞘から柔らかく波打つように畝りながら傘が開いていき、開くと硬い傘地になって固まる。
降り注ぐ剣は傘によって跳ね返され、剣を構えると【敗者】に向かって飛び込んでいく。
【敗者】は直ぐに指を動かし、レヴィの前に障壁を出して剣を受け止める。
レヴィは口角を上げ端末を操作すると背後に落とされていた傘の内側が淡く光り出し、骨の四本が色を失っていく。
『
端末から音が鳴り響いたと思えば【敗者】の背後から魔法陣のようなものが現れ、弾が【敗者】の方に向けて発射される。
「四本と言えば……傘で蓄積したダメージを反射する技か」
【敗者】は呑気にそう言いながら背後からの攻撃も障壁で受け止め、ゆったりと歩き出す。
レヴィはすぐに動いて飛び上がったり、背後に回ったり、足を狙ったりと何度も攻撃を仕掛けるが全て障壁によってガードされた。
「レヴィ。アイゼンハートの転換能力は強大だ。アイゼンハートならばこの障壁に容易に干渉出来るだろう。しかし今の貴様はそのブラックローズ一本でこの障壁に対応しなくてはならない。その場合、この障壁を破れるほどの出力をその武器で発揮するか、もしくは別の手段で障壁を乗り越えるかだ」
「……ダークファルスの強固な盾を破るためには30秒ほど連続攻撃が必要になる……」
「それは無駄な攻撃だ。僕の方からすればこんな物いくらでも生み出せる。真っ向から破壊出来るほど試作型ブラックローズの火力は高くない……さて、どうする?」
【敗者】は後方から大量の剣やテクニックなどの攻撃を仕掛けてきた。
レヴィは慌てて傘鞘を閉じて回収し物陰に隠れると、剣を仕舞い少し考える。
障壁を真っ向から破壊するのは無理だと遠回しに言われたのだ。
ショーテルのように盾を超えることの出来る構造ならともかく、ブラックローズにはそのような機能が搭載されていない。長さが変化する機能も剣同士での交戦ならば効果を発揮するが、盾の前では特に意味はない。
「そもそもアークスの武器カテゴリの中に盾がないから障壁に対する対処を考えたことがなかったんだけど……」
「障壁は人体ではなく建造物向けに展開されることが多いからだな。しかし、ダーカーに盾を持つ種類がいるように今後アークスの研究によってはこのような障壁、盾、バリアのような類の物が開発される可能性は十二分にある。
これが実戦であれば、想定されていない使い方だから対処出来ないでは到底済まされないだろう?」
「それは分かってるけども……むむむ……」
レヴィは顔を顰めブラックローズを見つめ続けるが、この武器の必殺技の中に障壁を容易に破れる手段はひとつしかない。しかし、それを使いたくないのだ。
「骨を8本消費するブラックローズ・インフィニティかブラックローズ・インパクトでなら対処自体は出来る……できるけども……今4本しか残ってないし……むむむ……」
「どちらにせよ、8本使えば武器内部のエネルギーが消滅し、エネルギーが集まるまでガラクタ同然の性能になる。たかが障壁を破る程度で武器一本を消費するのは愚策だな」
「だったら障壁突破の為だけにアイゼンハートを使っちゃダメなの?」
「実戦ならば使ってもいいだろう。だが、今の戦闘訓練は実戦そのままという訳ではなくブラックローズ一本のみを使用しての戦闘を想定している。アイゼンハートが破壊・没収されたとしても戦闘を継続できるように、この程度のハードルは超えてもらわなければ困るな」
「ちょっとどころじゃないくらい考えさせて……」
レヴィは本気で悩み物陰で頭を捻り続ける。
この場だからなにか本を持ってこれるわけでもなく、端末を開いて戦術を調べたりアークスの兵器なども軽く閲覧しながら頭の中で想像してみるがこれが全く思いつかない。
「……」
【敗者】はそんなレヴィの様子を少しの間見守っていたが、彼女が何処にも行き着かない事を察するとため息をついた。
想定外の答えが出ることを考えてアドバイスは最小限に、なるべく教えないようにしていたのだがここまでの情報量だとさすがに彼女でも何も出てこないようだ。
「貴様はどういうアプローチで障壁を突破しようとしている?」
「それがまだ全然わかんないんだってば!」
「いいや、分かるはずだ。ブラックローズに搭載された技を活用するのか、それとも傘や大きさの変化など本体の性質を生かすのか、ブラックローズ以外でも再現可能な別の戦術を考案するのか。そこも分からなければ思考していないも同然だ」
「現状は……、……この武器の技の組み合わせでどうにか出来ないか考えてるけど……出てこない」
「なら、少し考えを変えてみろ。貴様が使えるものは二つあるが、今の状態だとその内一つしか選択肢に入れていない」
「二つ……?ブラックローズと……何?」
「貴様自身だ。ブラックローズ本体で何かしようと固着するのではなく、自分の幸運や思考回路、端末でのハッキングや科学現象を使用した干渉など色々あるだろう?貴様は自分の体の異常性にもっと気付くべきだ」
【敗者】にそう言われて、レヴィはようやくブラックローズから目を離す。
自分の肉体にある異常といえばフォトンアレルギーだが、ダーカー因子に対して働く訳では無い。つまりそれ以外の何かになる訳だが……
「特に……うーん、思いつかない」
レヴィはそう呟くと、【敗者】はため息をついた。
ストレスを与えるべきか、それとも多くのアドバイスを与えて楽にしてやるべきか。
その選択肢は真逆のもので、もし誤れば思考の海から浮かび上がって来れなくなるだろう。
「あまり現実的な理論や方式に囚われなくてもいい。理想やお粗末な妄想でも構わないから答えてみろ」
「え?ほんとになんでもいい?」
【敗者】は簡単な肯定の返事だけすると、レヴィはぼんやりとホールの天井を見つめながら考えた。
「障壁の構成要素がフォトンとは限らないからフォトンの分解みたいな方向性は取り除いて考えると……」
レヴィにとっては現実的な理論に基づいて考えるよりは非現実的な物で考える方が楽である。
「まあその……ぐぐってなって、ぱーんって感じで壊れたら良くない?」
「……空間を圧縮させて、自壊させるということか?」
「そうそう、まあ、ようはひとりでに壊れてくれたら良くない?って」
「確かに、自滅という考え方は悪くないな。しかし、貴様のアイデアを実用に持っていくためにはその空間の圧縮をどちらがどのように、どうやって行うかが必要になる」
「特定座標で発動する空間の圧縮か……」
レヴィはまた深く考え込もうとしたが、あれやこれやと知っている理論を展開していくほど思考がどんどん停止してしまう。
「いや!あんま難しく考えすぎちゃダメだ……ようは結果の過程を作らなきゃいけなくて、その過程が難しいってことで……」
過程が思いつかない。難しい。
普通ならどうやって既存の理論から似たような物を持ってくるかとか、どうやって実現するかとか、そんな事を考える。
レヴィも【敗者】のような知的で研究に長けた"先生"のような人から聞かれれば彼にレベルを合わせてロジカルな回答をしないといけないと考えてしまう。
しかし、実際一人の時のレヴィの考え方はもっと"テキトー"だ。
合理的に話さないと【敗者】から実現不可能だとか文句を言われるのがわかってるからロジカルに答えるだけであって、彼からそうしなくてもいいという許しが出て、自分の好きなように考えられるのなら、レヴィはもっとありえない考え方をする。
――過程を考えなきゃいけないけど難しい?いや、そもそもなんでそんな難しいって分かってるものに向き合ってわざわざ考えないといけないの?
再現性とかなんとか、そんなの実現した後に考えればいい。過程が難しいのなら、過程なんて要らない。
「過程を無くす……結果だけ作る、つまりデジタルじゃなくてアナログに処理するってこと?」
「……離散的にプロセスを作るのではなく連続的に構成する……、……と言いたいのか?正しい言い方ではないが……レヴィの語彙力の問題か」
「ビットデータでも大きくて、表現するにはそれこそ粘土のように練らないといけない。でも、デジタルに作るとエネルギー量が膨大になるから、必要な場所を空間という大規模な演算対象領域から切り離して事象改変から因果律操作に変化させる」
「……」
「きた!」
レヴィは物陰から飛び出すと【敗者】の周辺に展開された障壁を見つめ、頭の中でイメージをふくらませる。
――物理法則や計算の外に世界を切り抜いて、その上から筆で塗り替える……!
そしてくい、と指をねじ曲げると、障壁周辺の空間が歪んで吸い込まれるように障壁が消えた。
「ほら!どう?!」
【敗者】は目を見開いて驚いていたが、直ぐに瞬きをしてしかめっ面をするとレヴィに向けて淡々と呟いた。
「"どう?"じゃなくて、障壁がないならさっさと攻撃してこい」
「あっ!……忘れてたぁああ!!」
レヴィはブラックローズを構えて一気に【敗者】の元へ突っ込むと、杖術を使い軽く早く強い攻撃を繰り返すが、【敗者】は容易に防御する。
「……確認だが、お前がやった事は何かを参考にしていたり、現在提唱されている何かしらの仮説や理論を利用した物なのか?」
「え?そういうのは見てないけど……強いて言うなら、粘土を練ってた……あっ!」
【敗者】が手を払うとレヴィはブラックローズを落としそうになり慌てて掴んで抜刀し、そのまま振り上げて切りかかった。
傘鞘の方は地面に着いた後に蹴り上げて彼の股間目掛けて打ってみるが【敗者】に対してダメージが無いことはもう知っている。
「粘土……」
「3Dソフトでモデリングするときは……リトポロジーしたり、UV展開してラスターデータの画像をテクスチャとして貼り付けたり……しててっ!うわわっ!」
レヴィは背後から降ってきた剣に傘鞘を使ってギリギリで防ぎ、剣筋に沿って体の向きを変えると石突きという名の銃口を向けて【敗者】の目に向かって撃つが素手で止められた。
「でも粘土の時は、スパチュラを使って角を作っても普遍的で完全な直角を作る事は出来ない。データと違って、数値でそれを表現することが不可能だから……でっ、今の世界って、フォトンエネルギーを主として、数式で表現出来る物理法則を元に、演算式を使った事象改変をッ、色んな機械にある中央演算処理装置を用いて実行してて……」
【敗者】からの攻撃が止むことはなく、レヴィは自分に向けて降り掛かってくる剣やレーザーやテクニックを避けたり傘を開いて受け止めたりしながら何度も気を伺って斬りかかり、項や眉間、心臓などを狙ってみるものの攻撃は成功しない。
「つまり、フィジカル空間にデジタルが侵食し、この世界も第二のサイバー空間と化している……と言いたい訳か?」
「そう、だから、……うわっ!」
レヴィは技を発動させようと端末を取りだした瞬間直ぐに跳ね飛ばされ、どうしようも無くなりそのまま切りかかる。
「だ、だから、わたしはデジタルを切り離した……真理から神秘を隔離して、神秘に風説を取り付けたって感じ……?」
【敗者】はレヴィの刃を受け止めたまま離さず、彼女を見つめて顔を歪めた後言葉を放った。
「……理解し難いな」
「わたしだって説明が上手くないし……」
「説明は概ね理解出来たが、理論として表現する事が出来ないと言っているんだ。ようは、あらゆる物理法則や計算式を受け付けないと言う事だろう?それをどうやって科学技術で再現しろと言うんだ?」
「別に再現しろなんて言ってなくない?」
「僕がそれを使えないと意味が無いだろうが!!」
「意味分かんな……えぇええ〜ッ?!」
【敗者】の怒号が響いたかと思えばレヴィの体はブラックローズごと吹き飛ばされ宙に舞う。
ブラックローズの破壊は逃れたものの、地面に叩きつけられたあとのそれは傘骨が何本か輝きを失っており分かりやすく損傷していた。
「り、理不尽すぎる……」
「理不尽?力不足の間違いだろう。自分が何をしているのか理解出来ていない、説明が下手、基本の形すら出来ていないのに応用も曖昧な戦術……、この状況でどうやって六芒均衡やあのアークスを倒すと?」
「説明が下手は余計でしょ?!」
「僕は別に貴様を解体して遺伝子レベルまで解析してやってもいいんだぞ?貴様は二人目で、前回より比較的説明が理解出来るから生かしてやっているというのが分からないのか?」
「いやごめん、全く何も、最初から最後まで理解出来ない」
レヴィの言葉に【敗者】はため息をつき、どこか遠くを眺めていた。
レヴィはブラックローズを持つとため息で返した後、瞬発的に立ち上がり【敗者】に向かって剣を振り翳す。
しかし、攻撃が当たると思ったその瞬間彼の姿勢が変わり受け止められていた。
「不意打ちするならもう少し上手くやるんだな。呼吸を止めただろう?その時点で体に力を入れたのがバレている」
「むぅう……」
「訓練は終了だ」
その言葉はレヴィにこれ以上の攻撃を許さないという意味である。
【敗者】は顎をすりすりと擦りながら深く考え始めたが、レヴィはそれをぼんやりと見つめた後ゆらゆらと【敗者】に近付く。
「るーさー?何考えてるのぉ〜?」
レヴィは笑顔でニコニコと笑いながらブラックローズを揺らし、至近距離まで来た瞬間にアイゼンハートをナイフに変えて【敗者】の背を刺す。
「ッ、……」
フォトンを纏った刃は肌を貫通して突き刺さり、【敗者】はレヴィの方を振り向いた。
あれだけ怪我を気にしていたというのにレヴィの顔は不安ではなく寧ろ輝いており、彼女は顔を赤らめて溢れ出る血を眺めながら恍惚とした表情を浮かべていた。
「ふふ……♡」
「レヴィ……ブラックローズの訓練だった筈だが」
「実戦は戦闘開始ーって言わないと始まらないとでも思ってるワケ?」
【敗者】は直ぐにナイフを引き抜いて投げ捨てる。
レヴィの方に向き合うと自分の怪我は何も気にせずレヴィの頭に手を置きくしゃくしゃと撫でた。
「不愉快だな。不愉快だが、悪くない。アークス相手ならば、幾らでもこうするがいい」
「ほんとっ?!」
レヴィはどさくさに紛れて【敗者】の刺し傷に手を入れ触り始める。
彼女の息は荒く指が肉や臓器を撫でるほどレヴィは目が血走り口からは唾液が垂れるほどだった。
しかし、レヴィは手首をがしりと掴まれる。
「バレないとでも思っていたのか?」
「……わたし悪くないよ?」
「その言い訳は大分無茶があるだろう」
レヴィは【敗者】から手を離そうとする事は全くなく、【敗者】が無理やり引き抜くとレヴィは血にまみれた手を顔に寄せて深呼吸していた。
「……」
「はぁあ……いい匂い……」
「嗅ぐな」
「美味しい……」
「舐めるな」
アイゼンハートのフォトンによって傷付けられたものだが、【敗者】は抑え込んでいたダーカー因子を少しだけ使って治癒を行うと直ぐに治る。
所詮この程度の傷だ。
この程度の物だが、レヴィにとっては良かったものらしい。
「やばい……いきそう」
「……何処に?」
「天国……」
「冗談も大概にしろ」
レヴィは【敗者】の血を顔に押し付けるとふるふると体を震わせ、"軽く満足"する。
【敗者】はその様子を見て呆れブツブツと文句を呟いたあとレヴィを担ぎあげ、歩き出した。
「こんな場所で貴様の道楽に付き合ってやるつもりはない」
「ふふ、こんな場所じゃなきゃ付き合ってくれるの?」
「加虐欲求を僕で晴らそうとするのは拒否するが……周りの奴らに当たる分には好きにするがいい」
「えー……、……まあ、いっか」
「しかし、どちらにせよ74番艦でやるのは難しいな。別のアークスシップまで移動してやるか」
レヴィはもっと、と頭の中では考えていたものの仕方なく納得し、顔の血を拭って溜息をつく。
「なんであんたの方がノリノリなわけ……?」
「勘違いするな。僕は貴様の手伝いをしてやるだけだ」
(ようは自分も人を虐めたい気分って事ね……)
レヴィは【敗者】の回りくどい言葉を聞いて上手く納得する。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる