白銀の景色の中に無骨な建物の外装が映る。
「わー!ここ、……ふふっ、来てみたかったんだ〜♡」
このゴーストタウンが自殺の名所となる前に建てられたデパート。この不相応なほど大きなデパートの入口には誰も居ない。
あまりにも人が少ない為、在庫は中央倉庫管理、ロボットオンリーの無人営業だ。
広さの割に中はシャッターまみれで、物も少ないが置かれていたとしても店頭に並ぶものは全てディスプレイサンプルとなっている……というのが、二人の知っている知識だ。
「どうせ想定を下回る結果になるだろうがね……」
「あ、でもさ。結構前市街地の保安管理とかでここら辺なんか見学に来てたよね?確かアークス改革の会議で一桁番の人口過密も問題に挙げられてたし……人集める為に変わったかもしれないよ?」
「気になるなら施設の管理ログを見て見たらどうだ?」
「え、やだ。こういうのはライブ感ってやつが大事なんだもーん」
二人はデパートの入口に立った。
中は見えないが人気はない。
デパート特有の回転扉が特別感を演出しており、本当に外装だけは立派だ。
そしてレヴィは迷わず進み、デパートの中に入る。
すると、彼女が思っていたよりも中は明るくシャッターが空いている店も多かった。
「ほら!結構良さそう!」
しかし、人気は全くと言っていいほどない。
【敗者】はそれを確認すると少し考え込み、ゆっくりと口を開いた。
「……監視カメラをハッキングしろ」
「え?あ、うん。分かった」
レヴィは慣れたように端末を操作して監視カメラを掌握し、映像を調整する。
「うん、これでおっけー」
「そうか……」
その言葉に【敗者】はフードを外し、顔を晒すとゆっくりと呼吸した。フードでは視界が狭く活動しにくいということに変わりは無い。
「あ、128番艦に行った時空き巣してなんか色々物とか増やそうかな?工房の周りは店少ないけどちょっと周りとか行けば色々増えるし」
「良いんじゃないか?宝飾店なんかどうだ。僕も付き合ってや……、……ん?」
【敗者】は彼女の乞食精神を咎めようとしたはずなのに何故かノリノリで便乗する形になっていた。
しかし、レヴィが楽しそうにニコニコと笑い歩いているその馬鹿らしい姿を見るとなんだか心が柔らかくなり、その愚考を許せる気がした。
「……」
「わー、全部サンプル品」
「まあ、当然の事だな。雰囲気から変えようとしたのか……、客引きはこれから、といった感じだろう」
空いてる店に並んでるものは全て試供品やホログラム。
バーコードをスキャンして実物は倉庫から所定の場所に転送される形のようだ。
それを自宅に設定してもいいし、デパート内部にある受け取り場所に設定してもいい。
有人店舗特有の活気が感じられずサポートも少ないことから市民から評判は良くないが、人の少ない場所でもローコストで運営できて空き巣対策にもなるのはいいところだろう。
代わりに、監視カメラさえどうにかすれば犯罪者が堂々と入り込めるのだが。
「ま、でも物がいっぱいあるなら色々見れるね!【敗者】と二人きりで見て回れるなんて幸せ♡」
「愚昧だな。ダークファルスと共にいることに幸福を感じるなど馬鹿らしい……」
ダーカーの成り立ちや生態からして考えれば当然のことだ。【敗者】は間違いなく正しいことを言ったつもりだったが、しかし彼女がそれを肯定する事はない気がした。
「なら馬鹿でもいいよ。馬鹿だったら【敗者】と一緒に居られるんでしょ?」
レヴィは己の意思を示すように体をくっつけ、【敗者】にニッコリと微笑んだ。
この柔らかい微笑みにどれだけ脳が溶かされた事か……。
【敗者】はレヴィの方を見るとほんのり耳の先が赤くなる。
デパートの暖房のせいか体が熱い。
もしくは、レヴィの体温が高いせいかもしれない。
「き、……君は、何処まで僕を……」
「どうしたの?」
明らかに動揺した声にレヴィはキョトンと首を傾げ、【敗者】の顔を覗いた。
【敗者】は顔をふいと逸らし、レヴィの手首を掴んで急かすように引っ張った。
「いや、……自分から馬鹿でいいなんて言うんじゃない。賢くあろうとするべきだ」
「少なくともあんたの決めた馬鹿の定義には入るかもしれないけど一般的な馬鹿の定義には入らないと思うよ?」
「煩い、黙れ」
【敗者】はブツブツと文句を言いながらレヴィを引っ張って周りを眺めながら歩き、食料品店に入っていく。
「もー……仕方ないやつなんだから」
レヴィはそのまま連れられてあげていると、色々な食材が景色が目に入り楽しくなってきた。
「バーベキュー?っていうけど、どういう物作るの?」
「時間を掛けて作る物と直ぐに焼いて食べられる物……両方作ろうと考えている」
「ふぅーん、デザートって、チュロス食べる?」
「冷蔵庫から直ぐに取り出せる状況だ。ケーキとかでもいいんじゃないか?」
「じゃあケーキもチュロスも食べたいな〜」
【敗者】は色々と野菜を眺めながら玉ねぎやじゃがいも、トマトなどポピュラーな物を迷いもせずポンポンと読み込んでいく。
「お肉?」
「長く焼くものは赤身で、直ぐに食べるものは脂の多い物を選ぶ。ブリスケットを選びたい所だが……二人、いや……三人でそこまで必要になるだろうか?サイズを考える必要があるか……」
「ふぅーん、……よくわかんないから任せるね」
燻製か何かするようでスモークウッドを買ったり肉とは言いつつ海鮮も買ったりとあれこれうろついた後、【敗者】は肉屋の前で悩んでいた。
「そんなに難しく考えるものなの?」
「貴様の事情を考えているのが分からないのか?」
「へー」
レヴィの舌はかなり繊細だ。
ジャンクフードは避けるし、味の濃い物や極端にしょっぱかったり辛かったりするものも嫌がり、発酵食品も嫌い、熟成された物より新鮮な物を好むという、中途半端に面倒なオーガニック愛好者である。
ステーキも岩塩だけで食べてる彼女に対してバーベキューの濃くジャンキーな味はそう多く食べられるものでは無い。
「果物系のソースを使えばいいか……?一緒にサラダでも用意すれば楽に食べられるか……ふむ、そうすると野菜にも追加が……」
【敗者】は考え込んでその場に立ち止まり、レヴィの方に一切目を向けない。
レヴィはふらふらと彼から遠ざかり、冷凍食品を眺め勝手にアイスクリームを買う。
「あ、あれ美味しそう」
今度はお菓子のコーナーに行ってゼリーを選んだり、調味料をあれこれと入れて一万メセタを超えても止まる様子はなく、ドレッシングを眺めると端から端まで欲しくなってきた。
オーブン焼きに使ってもいいだろう。
(同じフレンチドレッシングでも原材料を見ると全然違う……こっちはノンオイルでこっちはスパイスが入ってる……すっごく良い……すっごく良い〜〜!!)
目の前に見えるコードを手当り次第読み込んでいき、カートの数字が忙しなく増えていく。【敗者】の方の買い物と分かれているから怒られる事は無いと完全勝利の姿勢で入れ続けた後、ドレッシングだけで150個も増えたカートを見て笑みを浮かべまた歩き出す。
「シチューのルーとか買っちゃおっかな〜?スープもいっぱいあるだろうし……ふふふっ……へへへ……」
レヴィはまたふらふらとどこかに行こうとするが、大きく硬い手に肩を掴まれビクリと体を跳ねさせた。
「うっ!ま、……まさか……」
「ここで何をしている?……なんて、聞くまでもないな」
ドレッシング売り場の目の前。レヴィの手に握られた物は端末。【敗者】からすればその画面を見なくていい。
「どれだけ買った?」
「……三つくらい?」
「いや、最低10倍はあるだろう。最高は50倍。……この棚にある物全て入れた数だ」
「ぎくっ!」
レヴィは分かりやすく肩が跳ね上がり、目が驚いて丸くなった。
【敗者】はその姿を見て目を細め、淡々と声を紡ぐ。
「使い切れないことくらい分かってるんじゃないのか?」
「いっ、一応できるだけ小さいサイズを買うくらいの配慮は……」
「"配慮"。配慮だと?貴様がそんな言葉を知っていたとは驚きだ。自己中心的で自分勝手な貴様に、まさか人を気遣うなどという概念があるとは……冗談も程々にしておくんだな」
「ひっどーい!わたしが常日頃からどれだけあんたに配慮してやってると思ってんの?!」
「貴様がしていることは配慮じゃなくて杞憂だろう?そして本当に配慮すべき所は一切出来ない。本当に逸脱した精神の持ち主だな。褒められたくてやってるのか?」
「はぁああー?!」
相も変わらずポカポカと胸を叩く可愛いだけの抵抗。
人を相手にすれば肋骨が折れるほどの強さだがそれが【敗者】に効くわけもなく、【敗者】はくすくすと笑いながらそれを見守ると飽きた頃合で頭を掴んで剥がした。
「もう満足しただろう?何時までここにいるつもりだ」
「あんたが変に喧嘩売ってこなきゃもうとーっくに移動してたと思うけど?」
二人は住所を入力して購入した品を自宅へ転送し、店から出てまたデパートの中を歩き出す。
デパートのオリジナルマスコットキャラクターらしい灰色の猫のイラストのパネルを見ると、レヴィはふらふらと吸い寄せられ近づいていく。
「……気になるのか?」
「うん、可愛い。猫」
レヴィがキョロキョロと辺りを見渡した後、直ぐに決まった方へ動き出した。
案の定グッズショップだ。置いてある品はもちろんマスコットの猫。
「はぁ……貴様の年齢は幾つだ?3歳か?」
「るーさ、みて!ぬいぐるみ!」
【敗者】のため息も知らずにレヴィは80センチ程の大きな猫のぬいぐるみを持ってくると顔を隠しちょいちょいと前足を動かす。
「にゃー」
「……」
可愛い。
【敗者】の頭にそんな言葉が過ぎるが抑えた。
――落ち着くんだ。相手はオラクルトップレベルの大犯罪者。猟奇殺人鬼。スリに強盗拷問殺人違法行為を愛し楽しむ倫理観皆無のキチガイ。おまけに連絡も返さないし人の話もろくに聞かない。
だから、そんな女の型にはめ込んだだけの悪意で出来た俗物が可愛い訳は……
「んーにゃー、るー聞こえてないかにゃあ?にゃんにゃん、ふわわ〜にゃー?」
「ンッ、……コホン、……」
可愛い。可愛い。可愛い。バクバクと胸が熱くなる。やっぱりレヴィとのデートは最高だ!
……なんて心の中では忙しなく叫んでいるものの見た目ではそんな様子はなく、咳払いをして彼は冷静さを演出していた。
クールぶった振る舞いをしておきながら内面超激情家だ。怒りも喜びも感じる。強く強く、しかしバレないように。
精神の水が入ったコップが激しく揺れ続け、溢れ出た水が感情として表に現れそうになるところをギリギリで受け止める。
(可愛い、可愛いかわいいかわいい……クソッ、……)
【敗者】が理性を保とうとするほど目の前の女の可愛さが目立つ。
愛嬌や可愛さなどというのは知識の前には不要な概念だ。それは分かりきったことなのだが、しかし不要で無駄だと意識するほど魅力的に感じてしまう。
「んーぅ?るぅー、るぅはにゃーのぬいぐるみ欲しくないかにゃあ?」
レヴィはへにゃへにゃと柔らかい声にふわふわとした挙動で【敗者】に声を掛け、返事を求め笑っていた。
「……1000個くらいなら買っていいぞ」
「じゃあこれからこの店ぜーんぶわたしのものね〜♡」
レヴィはぬいぐるみを抱いてくるくると楽しげに回ると、そのまま元にあった場所に置いて【敗者】の元に帰る。
商品を買わなかった訳ではなく、倉庫から直接盗んでくるために一旦置いたのだ。
「ふふっ、【敗者】も猫欲しくなった?」
「……家に野良猫が入ってくるくらいだ。わざわざ買わなくていいんじゃないか?」
「そのまま飼っちゃえば?」
レヴィの言葉に【敗者】は少し考えた後、声を放つ。
「……庭に糞尿撒かれるよりはマシか」
「今はどこいるの?」
「屋敷にいるが……リビングや寝室からは遠い部屋に居た筈だ。中々見かけないだろう」
「確かに、最近仕事ばっかで家に全然居なかったからなぁ……寒くなってきたからあの家に居るって感じなんだね」
「あぁ」
【敗者】は把握していることをまたレヴィが知らない。
レヴィはそんな些細な事くらい教えて欲しいと考えてしまうが、彼が自分から言い出すタイミングをゆっくり待っている。
計画の事も、これから行きたいどこかの事も、受精卵を使って作ろうとしている何かのことも、器のことも……レヴィは全然把握出来ていない。
「教えてくれてありがとね、【敗者】」
「……」
バディとして、パートナーとして、互いが互いの唯一絶対無二の存在であるはずだ。
しかしどうも埋まらないこの距離感は……レヴィが【敗者】にしている隠し事も原因の一つかもしれない。
レヴィはルビィとの間に何があってこうなったのか、【敗者】に話してない。
いや、ルビィだけじゃない。
生まれてからアークスになるまでの、無力で無価値だった頃の事を何も言ってない。
なんで人工臓器を使うようになったのか、なんで片目が義眼なのか、なんで拒食症になったのか、【敗者】はその原因を察する事は出来るだろう。
しかし、レヴィがそれを己の苦しみとして吐露したことは無い。
アークスや管制から受ける苦しみは苦しみとして言うことが出来ても、本当の無力であった頃の……子供の頃の苦しみは、とても言えなかった。
「話したいと考えてはいるんだ」
「?」
「これからの事やこれまでの事。僕がやってきたことがそろそろ形になって現れて来る頃だ。だが……どうしてだろうか。僕は心の中でお前を認められていない」
「……そっか」
「嫌いだからとか、無価値だからとか、そういうものじゃないんだ。僕は、自分が変わる事を恐れているのかもしれない。今、僕がレヴィに惑わされているように感じてならないんだ。僕の頭の中に、レヴィの気持ちが響いてくるように」
ポエムのような言葉だが、嘘ではなかった。
今手を繋いでいるこの瞬間も、【敗者】の体は彼女が何を思って何を求めているのか理解出来た。
彼女は繋がりたいと思っていて、少し不安で、しかし暖かい気持ちである。
言葉ではなくテレパシーのような物でずっと【敗者】に聞こえてきている。
彼にとってはその感覚がまるでレヴィに支配されているようで、奥底を見透かされているようでならないのだ。
その電波で洗脳されている。惑わされている。塗り潰されている。
今この時、全知存在の価値を忘れてしまっているように。
「……すぐに納得できる物じゃないと思う。今の貴方は傷付いてるし、心の整理も出来てない。数百年の事を数ヶ月でどうにかできる訳が無い」
「全知存在の事も話して、アークスの事も話したというのに、こんなつまらない進捗の一つ話せない事が仕方ない事だと言うのか?今の僕は何かが可笑しいとわかっている。しかしなぜこうなったのか……原因は貴様しかないんだ、貴様と会ってからこうなったんだ」
「……」
「だが、僕はレヴィと離れたくないんだ。心の底からそう思っている。思っているが……」
レヴィは手を離し、【敗者】から一歩距離を置いた。
「わたし、【敗者】の事が好きだよ」
「……」
「でも、考える時間が必要なら、わたしとあなたは一回離れた方がいいのかもしれない。冷静に考えられるように、互いに何を求めて、何を話したいのか、"契約"を満たせるように」
【敗者】は首を横に振って、レヴィを抱き締めた。
「離れる必要は無い。一つ。……一つだ、話そう。確定している物をたった一つ先に言うことに何を恐れる必要がある」
「……」
自分に言い聞かせるような言葉。焦燥に駆られたような瞳。肌に食い込む程強く立てられた指先。
レヴィは彼の事を見ると不安でならなかった。
確かに【敗者】は元々情緒不安定で怒りやすい印象があるが、今の彼はらしくもない病的さがあった。
どうしたら冷静になれるのか。そんなの離れるしかないとレヴィは思ったが、彼が仕事の迎えに一々くるくらい離れたくないと思っているのなら、レヴィは【敗者】の選択に身を委ねるしかなかった。
一緒にいたいのは当たり前だし優しくされるのだって嬉しいが、それで【敗者】が不安に囚われる事が嬉しいとは感じられない。
「戦闘服を……作っている」
「え?」
「僕が何をやっているのか何も分からない、と言っていただろう。だから、……制作している物の内、一つは言う事にした」
「……ありがと、教えてくれて」
「物自体はほとんど完成している。後は貴様が試用すればいいだけだ」
たかがこんなもの、と思ったのはレヴィも【敗者】も同じだ。
たったこんなもの一つが言えなかったのだ。
これは信頼しているかどうかではない。
明確な恐怖や不安……【敗者】の言った、"惑わされている"という思考に彼が囚われて居るからだろう。
(わたしは【敗者】を惑わせているつもりなんかない。洗脳とか、そんなことなんもしてない。……でも、【敗者】がそれを理解できないと意味が無い……彼自身の手でそれを振り切らないと、解決出来ないよね)
レヴィは落ち着いて深呼吸した。
彼をこのまま不安定な状態に置いておくのはよくないと思ったからだ。
ダークファルスは人とは明確に違う。不安に駆られた彼がダーカーとしての本能で破壊衝動に駆られたり変な行動を始めたりしたら止められる自信は全くない。
「うん、……満足!満足したよ、【敗者】!わたしの心もすーっきりした!」
レヴィはそう言って笑った。
「いいんだよ。一個で。わたしに一個教えてくれたら、それだけで満足しちゃう安い女なんだから。ね?」
「……あぁ」
【敗者】も彼女を見てゆっくり深呼吸をし、抱擁を剥がした。
己の核たる物を見失っている状況は確かに危機的な物だ。
しかし、かといって、この原因もよく分からない状況の中レヴィを巻き込んで解決出来るものは無い。
今はまだこの快楽に溺れていたっていい。
【敗者】はそう考えて、彼女ともう一度手を繋いだ。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる