12月24日。一般的にクリスマスイヴと呼ばれる日。
アークスシップは祝日のムードに包まれており、どこの市街地もザワザワと騒がしい……
44番艦のゴーストタウンを除いては、だが。
刀匠ジグは初めて44番艦に降り立った。
キャンプシップから降り、レッグパーツの底を地面に触れさせて、ロビーを眺めてみる。
128番艦と比べて明らかに人が少ない。
数百あるアークスシップの中で128番艦も人が多い方だとは言えないが、この場所は明らかに人が少なすぎる。
言っちゃなんだが不気味だ。
おまけにレヴィが住所として提示した場所はそんな44番艦の中でもぶっちぎりに人が少ないゴーストタウン。自殺の名所。
テレパイプに乗って市街地まで転送したあと、タクシーを呼んで乗り込んではみるものの……幽霊が出たらどうしよう、などとジグは年でも無いことを考えてしまう。
もう夜が周り、19時を過ぎている。
夜の真っ暗な景色を雪が明るく照らし、クリスマスイヴともあってか独自にライトアップされた家もあった。
「……この辺になると……本当にゴーストタウン、じゃな」
ひゅうと冷えた風の音が聞こえ、遠くを眺める。
自殺スポットらしい高い建物や動物すらいない閑散とした住宅街を通り過ぎた後、遂に森の手前でタクシーが止まる。
建物の姿は一切見えない。
ジグは改めて端末からのメールを確認した。
貼られた座標からはほんの少しだけ離れており、森の中を真っ直ぐ進めば見つかる、と文字が書かれている。
ジグは家に行く程度で迷うことはないだろうと考えてレヴィからの迎えを断ったのだが、それが間違いだったのかもしれないとこの木々を見て想起した。
意を決して一歩足を踏み入れ、森の中に入る。
森の木々が自らの足元まで至るとその壮大さや威圧感を見せつけ始め、木の先も見えないほど埋め尽くされている。
カシャン、カシャン、と硬いパーツを噛み合わせながら森の中の舗装されているんだかいないんだか分からない一応硬い地面を進む。
道路の延長にあるような道だが、土との境界は曖昧。
そんな地面を道なりに進むと、突然目の前から木々が消え建物が姿を現した。
「うぉっ、……お、……おぉ?!」
その場所こそまさに、レヴィの自宅だ。
右を見ても左を見ても途方もないくらい壁が続く。
黒塗りの怪しい大邸宅と重圧な扉。市街地の分かりやすい建物と比較すると段違いなほど古臭く、そして怪しい。
屋敷は誰も居ないのかと思うほどしんと静まり返っていたが、ジグがその敷地に足を踏み入れた瞬間目の前に人影が現れた。
「ッ!」
ぞわりと身の毛のよだつような恐ろしい気配を纏い、現れたのはダーカーか何かと一瞬錯覚する。
しかし目の前に居たのはジグの知る"ルオン"……つまり、【敗者】だった。
「おっ、おお……ルオンか!ビックリしたぞ……」
【敗者】は観察するようにジグを見つめていたが、足先から頭頂まで見渡すと何かを掴んだのかニッコリと笑ってゆっくりと腕を広げエスコートするような紳士的な挙動を取った。
彼は相変わらず整った高級そうな生地の服を纏っており、雪景色の割には少し寒そうにも感じるような服装である。
「よく来たね。僕のレヴィも待ち望んでいた事だろう」
「此方こそ、招待してくれて感謝しておる。レヴィにもちゃんと、感謝を伝えなければいけないのう」
社交辞令のような軽い会話をこなしたあと、ジグは【敗者】に連れられ屋敷をぐるりと周り庭の方に向かった。
【敗者】はフォトンにより隔離された結界を解除し、ジグを招き入れる。
すると外だというのに室内のような温かさと柔らかな空気が辺りを包み、スモークウッドの芳しい香りが擬似鼻腔を刺激した。
白いフリルが連なるミニスカートのロリィタ服、金色のツインテール、楽しげな笑顔、いつもより数段綺麗に飾られたレヴィがそこにはおり、ジグの姿を見るとぱあと顔を明るくして直ぐに近寄ってくる。
「ジグさん!」
レヴィはそのままジグに触れようとしたが、そこに手がすっと入り込んだかと思えば【敗者】の手が彼女の腰を包み込んでいた。
「わっ、ルオン!」
「迎えくらい自分で行ったらどうだ?」
「だってこれ焼くのに忙しかったんだもん。しょうがないでしょ?ねージグさん、家広いでしょ?すっごくすっごくねー?」
「おぉ、そうじゃな……こんな場所にあるとは思えんくらいじゃ」
【敗者】とレヴィは直ぐにいつものようなイチャイチャ空間を形成し、仲睦まじく体を触れ合わせ話し始める。
ジグは最早この光景に慣れた。
二人に誘われるように食事の置いてある場所に向かうと、閉じたグリルからは僅かな煙と共に肉の焼ける匂いが漏れ出し、火の焚かれた網の上にはトレーの上でバターの乗ったコーンがじわじわと焼かれていた。
他の肉や野菜、海鮮の類も切られた状態で串に刺され準備されており、何時でも始められると言わんばかりの状況。
レヴィは耐えきれなかったのか近くの串入れらしき場所には根元の焼けた何も刺さってない串が何本か刺さっている。
「ふふふっ!今日ってクリスマスだし、クリスマスでルオンと一緒に居られるし、そこにジグさんもいるし、すっごいワクワクするよね?よねー?」
「呆れるほど呑気だな」
と言いつつ【敗者】は微笑ましそうにレヴィを見下ろしており、レヴィの頭をポンポンと撫でてご機嫌に口角を上げた。
「ふふふ〜♡こんなに準備してくれたのに呑気なんてどの口が言うの?」
「僕は貴様の為に付き合ってやってるだけだ」
「わたしのために付き合ってくれたんだ?」
「……」
レヴィのあざとい微笑みに【敗者】は顔を歪め、ふいと顔を逸らして代わりにジグを見る。
見た目は普段ジグがつけているアングリフシリーズのままであり、パッと見たところ外見に変化はないように見える。
「……」
「ジグさん、ご飯食べられるの?」
「うむ、ヘッドパーツとボディパーツを換装して消化器官と経口摂取機能を付けておいたんじゃ」
よく見ると腹の辺りに排液ノズルの蓋が着いており、アングリフヘッドの口元には普通のパーツでは入っていないオプションパーツとの境界線が見える。
ジグは黒を基調としたキャストのためパーツの境界線が見にくいだけのようだ。
「ふぅーん……」
「消化したものを排液として排出する……と言えば、貴様もそこの刀匠もそう変わらないな」
「まあね。わたしの人工臓器はそういう時用に使うキャストパーツを改造したやつだし」
「器を変えるまでの話だな……」
生身の臓器を手に入れたら何もかも上手くいかなくなるのは【敗者】もレヴィも分かっているが、それはそれとして非常に個人的で低俗な理由があってレヴィの排泄周りだけは"人のもの"を否定しなければいけない。
「器?」
「キャストだってパーツを変えるだろう。それと同じことだ」
「同じ?ううむ……しかし、レヴィとなるとそういう例外もありうるか……」
ジグはレヴィのイレギュラーっぷりに慣れたのか麻痺したのか明らかに不振な発言を受け入れており、レヴィの身体を見て考えこんでいた。
「もし、そうやって体が変わったら今までのレヴィは居なくなってしまうのか?」
「いや?外はまんまだと思うけど」
しかしレヴィとは違い【敗者】はジグを細く見つめてから意味もなくうんうんと相槌を打っていた。
「それよりも、いい加減食事に手を付けたらどうだ。このまま話し込んで終わるつもりか?」
「あっ、そうだった」
レヴィはぱっと直り、串に手をかけ焼き始める。
近くに置かれた四面冷蔵ケースには酒や炭酸、コーヒーなど様々なボトルや缶が入っており、レヴィはりんごジュースを飲みながらじっと食材が焼ける様を見守っていた。
「そういえば、そろそろロビーが改装されるようじゃのう」
「なんかパレードみたいなのしてたよね」
「うむ。市街地強襲の起きたアークスシップには慰霊も込めて訪れるようでな。テミスにも来たわい」
「ふぅーん、ここにはさすがに来ないけど74番艦はきてたよ」
とはいってもジグの感情とレヴィの感情は真逆だ。
レヴィはアークスの革命を良く思っているジグ相手にパレードの喧騒を鬱陶しく感じて【敗者】とひたすらセックス三昧だったとはとても言えない。
「んふふ、焼けた焼けた〜」
奇妙な歯車の噛み合いでパーティなんてものが出来ているが、本来【敗者】とジグなど仲良く出来る訳が無い。
この噛み合いの中心に居るのがレヴィであり、【敗者】はなんとなく自分が彼女の望むように調整されているような感覚を覚えた。
「はい、ジグさんどーぞ」
「おお、じゃあありがたく頂かせて貰うとするか」
キャストの大きな手でも掴めるようにレヴィは串を渡してきゅっと包ませ、ジグに受け渡す。
ジグは野菜や肉の挟まれた串を少し眺めた後、経口摂取用のパーツを開いてひと口で食べ尽くした。
ハーブソルトのシンプルな味付けで、香りのよく涼しいハーブ達と岩塩のまろやかさが脂の滲む肉やジューシーな野菜達を上手くまとめている。
「うむ……数十年ぶりの食事で不安だったんじゃが、味覚も上手く働いておる。焼き物だというのにあっさりしてていくらでも食べられそうじゃ」
レヴィもぱくりと一口齧り、その美味に舌を震わせた。
ジャンキーな物は好まないレヴィでも納得の味付けだ。
「良かったぁ〜!ほら美味しいから!ルオンも食べて!ね!」
「はいはい、そう急かすんじゃない」
【敗者】は与えられたものを食べてうんうんと頷き、すぐに離れた。
彼はレヴィの残したものの処理や渡されたものだけ食べて、後は見守る係に徹するつもりである。
食事の必要などないのでできるなら食べずに済みたいとまで思っている程だ。
「ほら、これもそろそろ出来上がる頃合だろう」
【敗者】は閉ざされていたグリルの蓋を開いた。
瞬間溢れ出る肉の香りとスモークチップの香りが煙と共に辺りを埋め尽くす。
半日ほどグリルに入れてローストしていた赤身肉は見た目はきゅっと引き締まっているというのに中身は解けるほどに柔らかく、絞ったオレンジを使って作ったソースは肉の脂を上手く調和させている。
「わぁあ……!すっごい美味しそう……おっきぃ〜!」
レヴィはフォークで肉をさらさらと割いて生野菜と共にサンドに挟み、思い切りかぶりついて爽やかなジュースで流し込む。
「んむ……っ、ん〜〜〜!!……っ美味しすぎ!」
レヴィがニコニコと笑顔を絶やさず食べる様子を見るとジグも肉に手を掛け、一口また一口も食べ進める。
「それにしても意外じゃな……クリスマスにバーベキューとは初めて聞いたものじゃ」
「パーティで出されるようなコース料理の類なら普段から食べている。催し事にわざわざ普段の食事を持ち出しても意味は無い……そう考えただけだ」
裏仕事や不労所得で稼ぐ二人に食費などを考える必要はなく、普段の食事は高級な食材も簡単に使える。外出も個室で食べられる高級料理ばかりで、逆にバーベキューのような大衆向けのパーティーメニューの方が特別感がある訳だ。
「何と言うか……、相変わらずリッチじゃな。こんなに広い家も初めてじゃ……」
ジグは背後にある建物に目を向け、身体を震わせた。使用人が数十人居ると言っても信じてしまうほど大きいが、二人の口から他の居住者が出てきたことは無い。本当の本当に二人きりでとてつもない大きさの家を保有しているのだ。
とても隠れ家とは思えない堂々さだが、寧ろこれほど大きいからこそ「こんな家に住んでいる人間がまさか潜伏目的で住んでいる訳が無い」という先入観が働いて上手くいくのだろう。
「家は流石に持て余してるけどね」
「でも、前に見せて貰ったお主の部屋もとんでもない物じゃったわい。後で調べたらアンプの値段など……」
「え?アンプの値段?」
「部屋で一番目立っていたアンプ、300万以上しとったぞ……」
レヴィはそれを聞いても特に顔色を変えることはなく、あっけらかんとした様子で淡々と返した。
「あぁ、300ね。まあそんなもんでしょ。バイオリンは500万してるから」
「ごひゃく……」
ジグが見せられた写真には無数の物品があり、映らない場所にも相当私物があるはず。
それから考えると写真一枚だけの範囲でも恐ろしい値段の物が置かれており……
そんな事を考えるとジグは自分の見ている景色の方がおかしいのではと思ってしまうほどだった。
「ほら、ジグさん喜ぶかもって思ってキャビアも持ってきたから」
狼狽えるジグにレヴィは首を傾げ、串を渡すと一緒にキャビアの瓶を開封しスプーンを刺した。
「うぉおお……誰か助けてくれい……!!このままでは金持ちに焼かれてしまうぅ……!!」
「え?意味わかんない」
悶えつつもレヴィから貰った串を食べて異次元の味にまた揺れる。
「一応言うけど、そんな金持ちじゃないからね。入ってくる分だけ出ていく量も多いワケ。だから貯金しないとって思ってるんだけど貯金すると誰かさんが使いまくってさ」
はぁ、とレヴィがため息を着くと直ぐに【敗者】が声を上げる。
「一体誰の事だ?」
しかしそれを聞いた瞬間レヴィはすぐに吹き上がり【敗者】に向けて指でビシッと叩いた。
「あんたしか居ないんだけど?!」
「必要な物があるのなら必要なだけ金も時間も使って当然だ。それに、僕は貯金を崩す程の無駄遣いなどした覚えは無い」
「あんたが財布だって思って使ってる金が貯金なんだっつーの!わざわざ口座変えてるのにそれまで使ってぇええ……!!」
「期を逃し後悔するよりかは幾分マシだろうよ」
「うるさいうるさーい!食いっぱぐれたらどうするわけ!わたしは野宿でも草食べてでもいいけどあんたが生きていけるだけのお金は必要なんだから!!」
「そんな事は金輪際有り得ないんじゃないか?」
「むぅうう……!!」
声色だけは喧嘩していそうな感じがするというのに、ジグの目から見ても二人はただ仲良さそうに口論しているようにしか見えない。
「全く……こうなったら宝石とかにして貯めてやるんだから」
「ん?なんだ?ジュエリーが欲しいのか?丁度僕ももっと必要だと考えていたんだ」
「そういう意味じゃない!」
「ふははははっ!」
そうして三人は楽しく歓談をしながらパーティーとして食事を行う。
レヴィが端末を持ってきてゲームを始めたり、武器制作に関しての話し合いなど行いながらデザートを食べ三時間ほど経っていた。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
-
続編として作品を分ける
-
分けないで一つの作品でまとめる