「おっ、……お、お待たせジグさん……」
ジグが背を向けていることに気づきレヴィが近付こうとすると、【敗者】が彼女を引っ張って引き戻す。
代わりにルビィが彼の肩を叩いて合図を行い、ジグは聴覚機能を再びオンにして振り返った。
「おお、レヴィ。……満足?したようじゃな」
「あは、……えへ、うん」
レヴィは汗だくになっていながらもにこにこと上機嫌に笑っており、ガクガクと震える足も【敗者】が何回か彼女の尻を叩くと無理やり治してピンと立った。
「全くもう……あんたほんとどこでも節操無しなんだから」
「貴様の方がよっぽどじゃないか?」
「なんですってぇー!」
レヴィはむすっと頬を膨らませ反抗の様子を見せるが、それを見ても【敗者】はくすくすと笑って彼女の頭を撫でるだけだった。
【敗者】がフードの中で美しいグラデーションの髪を纏って目を細め、タトゥーを長く伸ばして軽やかに笑う姿は眉目秀麗の極地というに相応しく、レヴィは思わず反抗する気も無くなり彼をぼんやりと眺めていた。
詩的な言葉が頭に思い浮かぶと、レヴィは衝動的にそれを声に出す。
「るぅ……雪の日でもルーはいっぱいかっこよくてきらきらで、イルミネーションみたい……」
ポエマーのような言葉遣いに【敗者】はいっそう楽しげに笑い、彼女の頬を撫でた。
「ヴィーはこの世のものでは例え難いくらい美しい……」
「こら!そういうのずるいでしょっ!」
「ふはははっ!慣れない言葉遊びなどするからだ」
二人はあっという間に自分の世界に逆戻りし、互いに顔を向き合わせると至極幸せそうに笑みを浮かべ体を近付ける。
「だったらあんたは慣れてるっていうワケ?そういう言葉で何人女口説いてきたのかしらね!」
「残念ながら貴様だけだ……」
【敗者】が彼女の腰に手を回し引き寄せると、またいやらしいムードが二人を包み引き込まれそうになるが、レヴィはそれに気付くと慌てて手を払った。
「きゃっ!こら!二人きりじゃないんだからメッ!めーーっ♡」
「そんな可愛い言葉を使って……誘ってるのか?」
【敗者】の手は更にいやらしく腰をなぞって胸の方に滑らせるが、レヴィがそこを掴んでギュッと抑え込む。
「このバカ!誘ってないってば……!もうだめ……!」
「お主ら本当に仲がいいのう……そんなにアツいカップル本でも見た事がないぞ」
上手く抑え込めると確信したジグは後押しするようにレヴィの方に声をかけると、彼女は嬉しそうにウインクして返した。
「現実はなんとかよりなんとかって言うでしょ?」
「何一つ言えていないが」
「うるさい!分かればいいの分かれば!」
「知性の欠片もない言葉だな……貴様の馬鹿さと知識への無欲さは賞をとってもいいくらいだ」
「あんたこそ人に小言グチグチいう量で宇宙記録取れるんじゃない?試してみたら?」
「貴様が居なければそんな物を取る必要がないのは分かっているか?」
「クソゴミ野郎の分際でよくもこのわたしに"貴様が居なければ"なんて言えたね?わたしの財布から勝手に金取って家具買ったりしたくせに!このレヴィ様におんぶにだっこで恥ずかしくないワケ?」
「過ぎたことを掘り返して人を責めた気になっているのか?全く救いようがないバカだな。そういう態度を繰り返しても得はない。ただ心象を悪化させるだけだが……あぁ、貴様のような幼児には少し難しすぎたか?」
【敗者】の煽りでレヴィは頬を膨らませて怒り出し、【敗者】から離れて地団駄を踏み苛立ちを露わにする。
「なんですってぇーー?!殺す殺す殺すっ!!ぶっ殺してやる!!」
「その力で誰が誰を殺すって言うんだ、ははははっ!」
「だったら本気で殴ってやるけど?!」
「殴ればどうだ?僕には効かない。無駄な足掻きだろう」
「むぎゃぁあああーーっ!!!」
レヴィがポカポカと叩いても殴っても蹴っても【敗者】はただ笑うだけで腕を組んで平然と受け止めていた。
「無駄だ。力の差は幾らでも見せてやっただろう。貴様が蹴ろうが叩こうが斬ろうが僕には無意味。無駄。無駄なんだよレヴィ」
「うっさいうっさい!酔ってる時は殴って倒れてくれたでしょ?!」
「貴様を満足させるためだ。それ以上の意図はない。調子に乗らないことだな」
「わたしよりあんたの方が何億倍も調子に乗ってますけど?!あぁ自覚ないか!だってあんたは人を足で使って蹴り倒す事しか脳の無い統治者様ですものね!」
ルビィが侮辱だと感じるような煽りでも【敗者】は一切動揺せず、彼らしい堂々とした様子でそれをいなす。
レヴィの言葉遣いは元々最悪なものだが、他者から優しい言葉ばかりを浴びて生きてきたルビィと罵詈雑言も当然のように浴びせられてきた【敗者】とでは完全に彼女の言葉の受け取り方が違うのだ。
「統治者が自分の地位や力を誇示しなくてどうする?気弱で謙虚な統治者など従う者に不安を与え、愚者の付け入る隙を作るだけだ。人の上に立つものだからこそ、己の力に絶対的な自信を持ち、反逆の隙もない完全な存在として振る舞わなければならない」
【敗者】にとって脆弱でかわいい女がどれだけ汚い言葉で自分を罵ろうが、子犬が吠えているようにしか見えないのである。
「そーやって隙を作らないとか言ってやることが底辺を突き落としてそこに蓋をすることなワケ?這い上がる権利すら与えずに死んでいく人間なんか星の数ほどいる!わたしは運がいいだけでしかないって分からないの?」
しかしレヴィの言葉はシリアスで、二人の会話は互いの人生の背景を濃く匂わせる意味深な言葉も交えていた。
「だったら今なぜ貴様はここにいる?立場と力の差を見せ、貴様がどれほど脆弱で愚かで無力かなど腐るほど味合わせたはずだ。しかし貴様が今僕の婚約者になっているのは、紛れもなくこの僕が慈悲を与えたからだろう?」
"慈悲を与えたから"という【敗者】の言葉にレヴィは強く反応して苛立ちを見せ、顔を歪ませると彼女は突然ルビィの方を指さした。
「わたしは人侍らせて英雄気取ってるあの女と違ってあんたの腰巾着になるつもりなんて微塵もない!」
「ッ」
「いい?クソ野郎はね自分の周りの人間をいいように扱って全部自分に従うだけの都合のいいコマに作り上げるの!救うなんて言って恩を着せて自分の意見にはいというだけの駒を作る。わたしはあんたとそうなりたい訳じゃない!」
レヴィの声は嘘偽りのない真っ直ぐで堂々とした物であり、言葉も同じように裏も暗喩もない物だった。
「……」
ルビィは突然指を指された上意味不明な角度から侮辱されたことに驚きつつも、【敗者】とレヴィの会話に耳を傾ける。
この会話はルビィにとってはかなり重要そうな気がしたからだ。
「わたしはね、あんたが気に入らなきゃ嫌だって言うしあんたに従う命令だってない!
あんたが慈悲を与えたからわたしがいる?
勘違いしないでよ!わたしがあんたを匿って生かしてやってるんでしょ?!なに一人だけ偉くなったつもりなワケ?!わたし達は最初からずっと平等でしょ?!」
「平等……」
駒と主人、従う側と従わせる側、そういう関係性はルーサーとその被害者の間でよく見てきた物で、今婚約者などと浮ついたような言葉を謳っている二人の間でも当然あるものなのだろう。
しかし、レヴィは他の人間とは【敗者】との関わり方も従う様子もどこか違うのだ。
ルビィはその答えが知りたかった。
そして得た答えが、そんな簡単な言葉なのだろうか。
「おや……なんだ、分かってたんじゃないか」
【敗者】は彼女の吠える声を聞いても怒ることはなく、むしろニッコリと微笑む。
「は……?」
「いやいや、最近のレヴィときたら"役に立ちたい"だの"追いつきたい"だのばかりで自分をネジかなにかと勘違いしているんじゃないかとずっと思っていたが……僕と同等に値する、という自覚があったようだな。あれはただの嫌がらせか?」
「同等って……言う程じゃないけども……その……」
「僕は貴様を認めた。どれほど無力で無価値で無能であろうが、そこにいるだけで構わないと考えた。僕にとっては貴様が傍に居るというだけで隣に立つ条件を満たしていると考えられた。それに対して最近の貴様は少々不義理が過ぎたようだな」
「むぅ……」
【敗者】の気遣うような言葉にレヴィは思わずたじろぎ、頬を膨らませ不貞腐れたような様子を見せた。
「いいか?僕と違って貴様は脆弱だ。休息を取り、栄養を取り、己の欲は適度に発散しろ。僕からの頼みが肉体的・精神的な負荷になるのであれば無理をしてまで達成する必要は無い。きちんと相談するんだ」
特に冬の間のレヴィは酷かった、と【敗者】は思い返す。
彼女は病気や怪我や疲労で何度も倒れ、その度に【敗者】が介抱して、目覚めたらまた無茶をしての繰り返し。
元々レヴィにはフォトンがなく普通のアークスや市民よりもずっと脆弱な事は分かっていたが、まさか人工臓器に全てを任せて体調管理すらろくに出来ないほど馬鹿だとは【敗者】も思っていなかったのだ。
「でも……だって……」
レヴィにとっては人工臓器に全てを委ねるのが当然の生活だったが【敗者】からするとそうさせたくなかった。
そのすれ違いを埋めるのには長い時間がかかり、最近ようやくレヴィも諦めて体調管理という概念を覚え始めた所だ。
「貴様の口癖も終わりが来たようだな……もう何を言っても無駄だ」
しかし、【敗者】がレヴィを心配する気持ちと同じくらいレヴィは【敗者】が心配だった。
信頼してくれていないのは分かっているし話したくないというのも分かっているが、それでも、己の秘密の計画や野望は話してくれなくたっていいから、せめて彼の一番のバディでありたかったのだ。それはレヴィから【敗者】に何度も何度も伝えている。
「だったらその……貴方だってちゃんと相談してくれるの?自分の苦しいとか悲しいって気持ち、我慢してもっと苦しくなってない?」
この言葉だってレヴィにとってはただの繰り返しだが、【敗者】からすると甘い毒のようなものを口に押し付けられている気がしてならなかった。
「貴様ごときに僕の感情が受け止められると思っているのか?」
ふい、と【敗者】は顔を逸らし小さく呟いたが、レヴィは諦めず【敗者】にずいと顔を寄せた。
「大きすぎたら背負っちゃダメなの?!あんたの力になりたいって気持ちはその重荷よりずっとずっと大きいのに!」
「……レヴィ」
胸元のパールで出来たボタンがてらてらと光り、レヴィは韓紅の瞳を輝かせ彼を照らすようにまっすぐ見上げた。
「わたしはあんたのことが好き!本当に心の底からあんたの事を本当の仲間だと思ってるし、死ぬまであんたがわたしのパートナーであって欲しいって思ってる!だから隣にいたいし役に立ちたい、価値を示したいし力になりたい!そう思うことはそんなに悪いワケ?!」
【敗者】は胸がじんわりと熱くなり、そこを手で抑えるとゆっくり深呼吸した。
自分があの結末に至らないために必要な物はなんだったのか、【敗者】はレヴィと共にいるときにいつもそれを分からされてる気がする。
「……そんな事は無い。嬉しいよ、レヴィ」
浴びても余るほどの知識を得て、多くの物を作り出してきた【敗者】だが、今彼が最も必要だと感じているのは真正面から彼と向き合い、彼を理解して手を伸ばしてくれる同志だった。
怖いとも感じてしまうほど全てを許してくれると分かっている、甘い甘い蜜のような毒。
「こんなにいっぱい好きなの分かってよ……」
「分かってる」
レヴィの震えた声にも【敗者】はできるだけ優しく返し、彼女を抱擁した。
この振る舞いはレヴィにとって優しいものになっているのだろうか。ちゃんと自分らしくあれているのだろうか。
依代となった人の意思が無くなると、自分の行動も不安になった。
ルーサーと混じっていた頃はアイデンティティが曖昧になるほど溶け込んでいたが、それでもレールから外れれば互いの意思で修正することができた。
しかし今はそうではない。【敗者】はルーサーであり、ダークファルスとして、しかしひとつの魂とひとつの人格を持つ独立した存在としてここにあるのだ。
だからこそ、仮に誤った道であったとしても、今のこの考えは【敗者】そのものの素直な気持ちである。
「僕を大事に扱ってくれるのはお前だけだと分かっているんだ、レヴィ。
僕はヒトから憎まれて当然の存在だ。そう扱っていることを自覚している。僕とヒトには相容れない差がある事をよく分かっている」
「……」
「それでも、お前は手を伸ばしてくれたじゃないか。それが僕にとってどれほど大きな事で、嬉しかったことか……この気持ちは僕達がどんな風に語ってどんな風に表現しても足りえないほど大きなものだろう」
「るー……」
「僕の為に頑張っていることはわかっている。それは嬉しい事だし、無意味なことでは無い。しかしその結果体や心を壊してしまってはなんの意味も無いだろう、レヴィ?」
【敗者】の声色はいつもより数倍優しく、二人は柔らかく甘く温もっており、二人がもしフォトンを持つものならばこの互いを思う強い感情でダーカー因子くらい容易に浄化できてしまいそうだ。
「うん……」
「お前の努力は好きだがお前の無理は嫌いだ。自分を責めるんじゃない」
「……、るー、ごめんなさい」
「何があっても僕はお前の仲間であり、絶対に捨てないと誓おう。約束だ」
「うん……やくそくだよ」
「あぁ……」
レヴィは抱きしめたまま思考に浸った。嘘を話している気はしなかったが、今【敗者】は何を思っているのだろうか。
二人きりならともかく、他にも人がいて、一番知られてはいけないような相手がいる場所なのだ。
そんな所にいては言葉をいくらでも偽って、いいように言った方が得になるのだろう。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる