――この言葉がほんとは指輪みたいに嘘だったら……
「わっ!」
急に体が離れたかと思えばレヴィは【敗者】に持ち上げられており、彼のフードが脱げそうになったところを慌ててレヴィが直して被せる。
「嘘は付いていない」
「え……?」
【敗者】はレヴィと至近距離でじっと顔を合わせて声を上げ、微笑んだ。
「僕にとっての未知とはそう簡単に誤魔化せるほど小さいものじゃない……大丈夫だ、レヴィ」
「もう……」
しかしレヴィは顔を逸らしてそっぽを向き、ボソボソと呟く。
「あんたはほんとに優しすぎるんだってば……」
そっぽを向くレヴィの火照った顔に溶けそうなくらいニヤついた顔。
【敗者】は彼女を動かして無理やり目を合わせると、意地悪に微笑む。
傍から見れば悪人面だが、レヴィにとっては何にも変え難い美しい笑顔だ。
「もっとキスしたいか?」
「いっ……今はいい!」
「なら、その甘い唇は僕のデザートにしておくよ」
「〜〜ッ!!キザな
こと言って……!」
「
「自覚があるならこういう場所ではやめてってば……!」
「貴様のその手の方がよっぽど公衆に晒せないものなんだが?」
「うっさい!」
レヴィは公衆と言われてようやくここが二人きりでは無いことを思い出し、慌てて端末を取り出して時間を確認するとありえないほど長い時間が経っていた。もう24時を回っている。
「……こほん!二人で話し込みすぎちゃった!」
レヴィは【敗者】から離してもらい降りていくとジグに向かって弁解しにいく。
「おお!二人の世界に入っているという自覚があったのか?!」
「ちょっとジグさん失礼なこと言わないでよ!時間見ればわかるでしょ普通?!」
「普通は時間を見なくても分かるものじゃ」
ジグのその言葉にレヴィは目をぱちくりと動かした後、不満げに頬をぷっくり膨らませる。
「おかしい……」
「?」
「あんたの中でわたし弄っていい人に変わってない?ねぇ!最初そんなんじゃなかったでしょ?!」
「お主こそ最初はもっと淑やかで涼やかな子じゃったが……今では別人のようじゃ」
「むぅうう……!!」
レヴィの怒りに反してジグは逆に嬉しそうにカラカラと笑い、大振りに頷いた。
「信頼されたという事なのじゃから、嬉しいに決まっておる。わしもここまで遊べるような友人が出来て嬉しいわい」
「あっ!……そう?わたしのこと友達って思ってるの?」
突然レヴィの顔がぱっと明るくなり、嬉しそうにジグを見上げた。
ジグにとってはレヴィを友人と思うのは当然のことだが、友達のいないレヴィにとってそれは驚くべき事である。
「ん?まあ弟子のようにも思っておるが……お主にとってはなんだったのじゃ?」
「えっと……良い人で、仲のいい知り合いみたいには思ってたけど……その、……えへ、友達とか出来たことないし」
「そうか……じゃあわしは貴重な友人の一人と言うことじゃな!誇らしいわい」
「そんなことで誇んなってば!あはははっ!」
幸せそうに笑っているレヴィを見つめ、ルビィは思わず顔を綻ばせていると同じように目を細めて微笑んでいる【敗者】と思わず目があい、直ぐにそらす。
「ッ!」
流石にシオンの仇同士だ。
その憎しみを互いに忘れることは出来ないだろう。
【敗者】はルビィを見つめる時は酷く冷酷に睨みつけており、ルビィもまた彼には鋭い目を向けていた。
そして、ルビィに鋭い目を向けるのは【敗者】だけじゃない。
「で、アンタはいつまで居座る訳」
レヴィはルビィに対し憮然とした表情で見つめていた。
まだいたのか、という心の声が丸聞こえであり、レヴィはため息をついて一歩後ろに下がる。
心の底から近付きたくないのだ。
視界に入るかもしれないだけでアークス共から命を狙うとか呪いが移るとか言い訳を付けてリンチされ、実際近付いたら本人から人生も人格も尊厳も全て否定される。
それがわかっていて、なおかつ殺せないような相手に近付ける程レヴィは落ち着いていない。
「あぁ、その……」
「人の楽しい催し事にわざわざ首突っ込んで台無しにするのが趣味なの?お生憎、わたしはあんたの事を見てルビィ様が来てくださったわ!なんて事言うつもりは無いから」
「わ、……分かっている……」
レヴィのそれは明らかに【敗者】やジグとは桁違いに冷たい反応で、ルビィにとってはこれが普通な事は分かっていたものの、目の前で好意的に接している様子を見た後だとどうも狼狽えてしまう。
「分かってる?それが分かってるやつの行動には微塵も見えないけど?さっさと失せろよ」
再び二人の間に広がる一触即発の空気に慌ててジグが介入し止める。
「こっ、こら!まあまあ、レヴィ、……わしも客人じゃから邪魔してることには変わりない……」
しかしレヴィはジグの言葉を聞いて頭に要注意人物、という言葉が思い浮かび歯を食いしばってルビィをキツく睨みつけた。
「あんたはわたしが招いた人。コイツは邪魔なのに居座ってる障害物。老人のくせにそんな違いも分からない訳?ルビィ様の舗装係の知能は揃って虫以下……むぐぐっ!」
そこを抑えたのが【敗者】であり、彼はレヴィを後ろから包み込み口を抑えると耳元でゆっくりと囁く。
「恩人に対して口が過ぎるぞ、レヴィ。あのアークスは好きに罵っていいが刀匠が貴様に敵意を向けた事はないだろう?落ち着け」
「るーさむぐぐっ……、なら仕方ないなぁ……ごめんねジグさん」
「いや、わしはいいんじゃ。中立者が敵に見えてしまうのも分かっておるが、……ルビィは理由もなく人を虐げるような悪い子じゃない、というのだけは分かって欲しいんじゃ」
「アイツが人として扱う奴にはね。ヒト未満に対しては虫より厳しいよ」
「ルビィがまだ何か……?」
ジグはルビィからある程度の事情を聞いていたが、それにしてもレヴィの嫌悪感は異常な程だ。レヴィがここまで怒りを露わにし敵対するのはルビィの話したこと以上の何かがあるはずなのだ。
「語ると長いよ?あの最悪女に関してはね」
「その!違うんだ、前の事に関しては……」
ルビィが慌てて言葉を挟み、ジグの前に出た瞬間レヴィはカッと怒りが爆発し鬼のような形相を向ける。
「お前はこのわたしの言葉を遮って発言する権利があると思ってるワケ?!ほんとに英雄気取りならプロフェッショナルだこと!あぁ、英雄気取り以外にも人心掌握運動座学芸術何でもかんでも一級の完璧超人ルビィ様からしたら造作もありませんって?!」
「その……」
「レヴィ、……もういい。下がっていろ」
「あっこら!るー……、ルオン!」
レヴィの悲鳴にも近いような怒号を聞いて【敗者】は彼女の肩を押して前に出た。
「失せろ」
【敗者】はルビィを見下ろすと鋭い瞳を向けて淡々と言葉を発する。
フードの隙間から見える紅い目は苛立ちと警戒に光っており彼はレヴィを庇うように立ち塞がっていた。
「私はあの子に話が……」
「失せろと言ったのが聞こえないのか?泣いて縋る子を切り捨てておきながらこれ以上何を宣うつもりだ。彼女は十分に苦しんで傷付いただろう。貴様は目の前で彼女を傷つけるさまを見ても僕が何もしないと思っているのか」
ルビィはとっくに分かっている。
あの時にムルヒャを庇うことを選択した時、彼女はあれが最善だと確信した。
しかし、本当にムルヒャだけを守って、レヴィを捨てる事が最善なのだろうかと、彼女がすがりついてきたあの瞬間を思い出すとずっと胸が痛むのだ。
本当はムルヒャを守ってレヴィも助けられる手段があったかもしれない。
あの時レヴィの手を取っていれば、それだけしていれば、今このような後悔はしていなかったかもしれないというのに。
ルビィが【敗者】の後ろへ視線を向けると、レヴィは困惑したように【敗者】をぼんやりと見つめており、ルビィの視線に気づいた瞬間一瞬酷く恐怖した後にキッと強く睨みつけた。
「……ッ」
「レヴィが貴様の顔を見た時、異常な表情をしていた。彼女は貴様を見て心の底から恐怖に怯えていた。
それを見て僕はこう考えたんだ。僕では彼女のあの顔を作れないだろう、と。随分といい特権をもらったようじゃないか。誇ったらどうだ?」
【敗者】は得意げに笑みを浮かべ、足を上げるとルビィの腹をグイと押した。
その大きな足の裏が触れた瞬間、ルビィの頭に彼女の今まで辿ってきた道が蘇る。
――どの口が。
沢山の人を傷付けて、自分の計画の為に犠牲にして、人を実験生物のように扱い、計画の成就と共にオラクルにいる全人類を滅ぼそうとした悪魔という言葉でも生ぬるいこの男が、どの口で私を……!!
「ッ!!お前は何人にトラウマを植え付けて恐怖に陥れたと思っている……!!その自覚が無いのか!」
ルビィは【敗者】を睨みつけ、今にも武器を取り出しても可笑しくない様子で【敗者】に怒鳴りかかる。あの時は寡黙に黙って様子を伺って、代わりにマトイが声を上げてくれていたが、この怒りの意思はずっとルビィの心の中に湧き上がっているものだった。
しかし【敗者】はそれを聞いてもわざとらしく首を傾げたあと、ため息をついた。
「
「それはお前がルーサー……!」
「もうやめて!!」
【敗者】の体が揺らいだかと思えば、レヴィが彼の前に立っていた。
レヴィの押し込みでは動くはずのない体だ。【敗者】は自分からこの体を動かしたのか、と考える他なかった。
「レヴィ……」
レヴィは【敗者】に向き合い、彼の服の裾を掴んで泣きそうな顔で見上げる。
「こんな奴に構わなくたっていいでしょ?!何話しても無駄なんだから話す必要ないよ!わたし達もう十分傷付いたでしょ?!」
「……あぁ、そうだな」
【敗者】はそう言うと、膝を着いて屈みレヴィの手を受け入れ、頭をゆっくりと撫でられた。
「どうして僕は、全知より未知を求めてしまうのか……」
「きっとあなたが知らない事を解き明かしたいからだよ」
「そうか……お前の方が僕を理解しているのかもしれないな」
「だったらいいな……」
レヴィは【敗者】の頬に口付け、彼を立たせた後そのままその場を離れようとした。
「待……」
ルビィが手を伸ばすと瞬間レヴィが振り返り、鬼のような形相でルビィを睨みつける。
「これ以上彼に何の侮辱をするつもり?」
「……ごめん」
ルビィはレヴィに向かってその言葉を呟いたあと、振り返ってゆっくりとその場を去っていった。
「……」
レヴィはそれをじっと見たあと、視界にジグが入ると思い返したようにぱっと彼に駆け寄ってぺこぺこと頭を下げる。
「ご、……ごめんねジグさん!その……わたしアイツとめちゃくちゃ仲悪くて!その、えっと……空気悪くしちゃった!」
「……あ、あぁいや、わしは平気じゃ。嫌いな人と会話するというのは誰しも辛いことじゃろう。レヴィは大丈夫か?」
「……っ!!わ、わたしは大丈夫だよ、ジグさん。心配してくれてありがとね」
【敗者】がレヴィの元まで近寄るとすぐにレヴィは振り返り、彼をじっと見上げた。
「【敗者】は大丈夫?平気?」
「僕は心配する事などな……」
言葉が終わる前に【敗者】は固まり、レヴィとジグを交互に何度か見た。
「やっぱりダメだった……?」
レヴィの不安げな瞳に【敗者】は深呼吸をした後、彼女の頭をぽんぽんと撫でながらジグの方へ振り返る。
「……いや、僕は全然大丈夫なんだが、彼女はやはり疲弊しているようだ。この場はお開きにしよう」
「確かに、もう夜も深けておる。ここは人通りも少ないし早めに帰った方がよさそうじゃ」
【敗者】は何事も無かったかのように端末を軽く操作すると、すぐに閉じて仕舞った。
「……迎えのタクシーを呼んだ。それで帰るといい」
「おお、気が利くのう、ルオンも今日は邪魔したな」
「レヴィは貴様が来ると聞いて随分喜んでいた。それで十分だ」
「あっ、ジグさん帰るの?」
「うむ。今日は楽しかったぞ。お主さえ良ければ、またわしを誘っとくれ。今度は三人だけで、といけたらいいのう」
さすがにルビィが介入してからはギスギスが多すぎた。
いくらジグといえどあれほどの険悪ムードを前にして楽しいと言えるほど心無しという訳にはいかない。
レヴィはルビィやレギアスとは相性最悪である……とジグは心に刻み込んだ後、うんうんと頷いた。
「うん!仕事以外の話いっぱい出来てすっごく楽しかった!また工房で会おうね!」
「またの、レヴィ」
「またねージグさーん!ばいばーい!」
ジグはレヴィが手をぶんぶんと振って見送る様子を見た後、踵を返し庭から出る。
真冬の深夜は酷く冷え込み、家の玄関に到着していたタクシーにいそいそと乗り込んで腰を下ろすとはぁ、と大きなため息を着いた。
「ルビィも真っ直ぐで素直で、正義感の強いいい子のはずなんじゃが……ううむ……」
「……楽しかったか?」
ジグとルビィが消えた後、二人は片付けをしながら歓談していた。
「あー、クソ女が来たのは最悪だったけど【敗者】とジグと一緒にいれたのは嬉しかったよ!」
【敗者】からしてもルビィが家まで押しかけてくることは未知の事象だった為、それでレヴィがクリスマスに何か嫌な思い出が残るのではないかとずっと気にしていたのだ。
しかし、レヴィにとっては今まで過ごしてきたどのクリスマスよりも楽しかった、と不愉快な存在があったとしても言い切れるほど幸せな一日だったのである。
「次の年は、もっといい形で出来るはずだ」
「……うん!来年のクリスマスも一緒に、【敗者】と過ごしたい!」
「あぁ……」
準備も片付けも二人でやって、この子供だましのようにも思える低俗なパーティを二人で笑って過ごせる。
それがあと何年続くかは分からないが、少なくとも来年は一緒にやりたい、と二人は思った。
「家に戻ったら、プレゼントを用意している」
「えっ?なんでも言う事聞かせられる権利じゃないの?」
「それだけだとつまらないだろう。色々と此方も用意させてもらった」
「へー!楽しみー!」
「300個位用意したんだが……その様子なら、眠気は大丈夫だろう」
「……え?」
12月25日。
二人の聖なる夜はまだまだこれからだ。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる