寒空の下、隙間もなく木々が埋め尽くす森の景色の中でレヴィはぼんやりとタバコを吸っていた。
「はぁ……」
激動のクリスマスも終わり、ここ二日は疲れを取るためにずっと家でダラダラしている。
ベランダの柵に体を預け、完全な休みと言える期間をぼんやりと過ごしていたが……体がやっぱりムズムズする。
動かないと気が済まない。どこでもいいから外に出たい。
そんな衝動に駆られてレヴィはタバコを灰皿に押し付け部屋の中に戻る。
【敗者】の膝の上には長毛の白猫が座っており、彼がモニターを開いてなにかの作業をしている間たまに頭を撫でられていた。
「平均と比較して喫煙時間が4分50秒ほど短いじゃないか。どうした?」
「あー、いや……なんか外に出たいかもって気になってさ」
「貴様は相変わらず忙しないな……」
アルペジオ(オラクル最高級の生地マーチャント)の中でも一部の高級ブランド相手にしか取引しないというリッチな"キャットマーシャル"に白い猫毛がびっしりついている姿は色んな意味で面白い。
レヴィは猫に手を伸ばし、さらさらと頭を撫でてみる。
白猫がごろごろと喉を鳴らしてレヴィの手に頬を擦り付けてくる様を見ると、【敗者】は猫に似ているかもしれない……なんて変なことを考えた。
「どこに行くつもりだ?」
「え?んー……禁書庫」
「禁書庫……か?」
デジタルデータが基本となっているオラクル船団だが、当然情報検閲や危険な思想を推奨するような本には規制が掛かる。
それは個人制作の紙で出来た本や一部の論文などにも適用され、それらのデータは特定のアークスシップに存在する倉庫で厳重に保管されている。
「色々調べたいことがあってさ。武器のこととか……ね」
禁書庫は市街地強襲などの被害に備えて距離の離れたいくつかのシップに存在しており、44番艦から一番近いのは3番艦の禁書庫だ。
「ふむ……」
「表から消えたもののうちどんだけ残ってるかは分からないけど、吸い取れるだけ吸い取ってやろうかなって」
「禁書指定された本は後年に解除される事がある……。削除せず残しているだけ慈悲を与えてやっているとは思わないか?」
「まあ、そうだね。あんたが消したデータなんて星の数あるだろうし……そのおこぼれを貰いに行くってワケ」
ルーサーが直接禁書と指定したフォトナーに関する記述のある本や都合の悪い情報の含まれる資料達も、現在は禁書庫から解放する動きになっている。
「しかし、禁書庫の閲覧権限を得るものは少ない。虚空機関の総長だった僕や、僕の完全支配下にあった一部の研究者……それくらいだ。三英雄ですら権限を与えていなかったそこへ、ハッキングだけで押し入るというのは少々危険なんじゃないか?」
「あんた、わたしを誰だと思ってんの?泣く子もさらに大泣きする稀代のハッカー、レヴィ様なんだけど?」
「はぁ……誰かしらの権限を借りて侵入するのか?」
【敗者】のため息と呆れた視線を浴びながらもレヴィは動揺せず、猫を撫でるように彼の頭を撫でると鼻をつんつんとつついた。
「そんな少ない人数しか居ないなら権限借りた方が怪しまれるでしょ?だから禁書庫の隔離領域の方に干渉して解除、フリー入場状態にしちゃうって訳。データ上ではずっとロックかかってるけど、実際来たら入り放題みたいな感じ」
「権限付与の履歴や中枢人物の予定確認は行ったか?」
「今からやる。もし目的の場所に誰か入る予定なら変更するってだけ」
「あぁ……残念だ。僕の権限を借りると言っていたらまた監禁するつもりだったんだが……」
「じょっ……冗談じゃない!」
レヴィは慌てて【敗者】から離れ、彼をチラチラ見ながら部屋を飛び出す。
「はぁあ……アイツが言うと全然冗談に聞こえない……」
レヴィは【敗者】が浮かべていた悲しそうな表情を見て背筋が震えると、逃げるようにその場を離れた。
「監禁するのはあと5年くらい待ってくれなきゃダメなんだからっ!!」
そう吐き捨てた言葉が【敗者】にちゃんと届いているかどうかは分からない。
しかし、己の計画のことを理解しているはずだと心を直しレヴィは身支度を始めた。
最初と比べて【敗者】は変だ。
確かに自分に好意を向けて、優しくしてくれるのは嬉しいが、だからといってあそこまで奉仕的だと自分たちがなんのために活動をしているのか分からなくなる。
全知存在の為では無いのか。アークスへの復讐の為では無いのか。
こんなおままごとをして、休んで道楽のような日々を過ごすためにレヴィは【敗者】のそばに居る事を選んだ訳では無い。
もちろん休みもなく馬車馬のように働きたい訳でもないが、やるべき事を放棄してまで休みたい訳でもない。
自分の存在は本当に【敗者】にとっていいものになっているのだろうか。
そんな事を悩みつつ、パックをしながらスチーマーを当て、美顔器を押し付ける。
「美顔器だけでアイケアリフトケアイオン導入の風呂後就寝前メイク前特別な日用って……こんなの使い切れるわけないでしょーが……!」
クリスマスプレゼントで貰ったのは服に足して大量のメイク用品や美容器具、プライベートサウナのVIP会員証、サロンで使われている業務用のマッサージやヘッドスパなどのマシナリー、ヘアスタイリングマシンまで……
「一体あいつはわたしにどうなって欲しいワケ?全く……」
レヴィにとっては観劇チケットや映画のディスクの方が嬉しかったのだがそっちはおまけ程度。
その上美容器具に埋もれると分かっていたからか化粧室がまるまる一部屋増えていた。
ポジティブに考えれば【敗者】がレヴィの身支度を整えることなどおかしいに決まっているため、機械頼りで効率を取ったと受け取れるが……それにしても量が異常だろう。
美容に対する知識が少ないからとにかく良さそうなもの全部買ったとかが一番しっくりくるかもしれない。
研究者ならばまあそうする。
とにかく虱潰しにあれもこれもと試してデータを収集するのが彼らのやり方だからだ。
「何かを知るためなら時間もお金も人材も必要な分だけ消費する……まあ、アイツらしいやり方……なのかな?うん……そう思っておこう」
こんなに押し付けられてもレヴィの顔面工事は単純だ。
眉を整えてリップを付けて終わり。
変装の時はいくらでも頑張るが普段は【敗者】にレヴィらしくないとかなんとか文句を言われるため、この程度にしている。
香水もタバコの匂いと混じると半分悪臭なので喫煙日には付けず、本気の準備と言えば髪くらい。
レヴィは立ち上がるとヘアスタイリングマシンの方に向かい、表示されている液晶端末に向き合った。
マシンはバイタルデータから顔つきや髪色、髪質などを読み取り、それに合わせてヘアスタイルを提示してくれる他、こちら側で理想のヘアスタイルを読み込ませれば最適な温度や巻き方でそれを再現してくれるらしい。
このマシンは特に高いものでアクセサリーも用意すれば勝手に付けてくれるし、スタイリング剤などの準備や固定スプレーのような仕上げも行ってくれる他エクステの装着やパーマ、ブリーチなどの染色まで網羅しているようだ。
欠点を指摘するとすればシャンプーの類は別の機械でやらないといけないくらいである。
(まあこの普通に座ってるだけの姿勢で髪びちゃびちゃにされても困るか……)
いつも通りな先の巻かれたツインテールを指定し、レヴィはぼーっと遠くを見ながら待つ。
普段なら【敗者】が後ろに居て、彼にしつこく髪を触られたり、一緒に談笑してあっという間に時間が過ぎていくのだろう。
しかし、機械の音だけが響くこの孤独の時間はレヴィにとっては退屈で、そのまま寝てしまいそうだった。
【敗者】にしつこく絡まれると自分の使命をなんのと言うのに実際放置されるとこうなんだからレヴィという女は面倒臭い。
レヴィはため息を付き機械が完了の音を響かせるその瞬間まで貧乏揺すりして考え込んでいた。
「よし、さっさと行こ」
機械の終了を察するとレヴィはさっさと電源を落として立ち上がり、化粧室から出る。
自分も猫になれば【敗者】の膝の上で愛でられるのだろうか……なんて小動物に大人気ない嫉妬をしながらレヴィは彼のいる部屋の扉をチラチラ横目に見ながら通り過ぎる。
(バディなんだからこう……もうちょっとちょうどよく出来ないのかなアイツは!自分の計画とか……そういう色んなやつを色々!こう!……もっとちょうどよく!)
そんなツッコミが【敗者】に届くことはなく、無意味なことを考えていただけでレヴィが目的の3番艦に着いてしまった。
レヴィが禁書庫などというリスクのある場所で見たいものは二つ。
これまで【敗者】が一体何をしてきたのかという政治的な影響力や実験以外の記録や、彼本人の経歴に関するデータ。
それと、レヴィが求めてやまない"大いなる陰"と"菌"についての情報だった。
禁書庫は娯楽地区……正式名称情報地区に存在する。
研究所などの情報が多く集まる場所は学園地区だが、あそこは人の出入りが多く禁書庫を設置するには値しないと考えたようだ。
娯楽地区はネットワークの情報中継基地、テレビ番組のスタジオ、一部の娯楽施設など様々な役割を持っているが、少なくとも学園地区よりは人が少ないと管制か【敗者】は考えたようだ。
それにしても。
(3番艦ってやっぱ視線が……)
人が多く照準ミスを恐れるからか石を投げて来ることは無いが、その代わりにさっと人が避けひそひそと陰口を叩く声が聞こえる。
ここに居るのは市民層やバークスがほとんどだというのに、理由も意味も無いだろう。
【敗者】はそうじゃない。【敗者】がすることには意味がある。
それは自分の野望の為だったり、相手に対する侮蔑の感情だったりするが、無関係で無価値で無益な相手を暇潰しのように嬲り殺して遊ぶような男ではない。
それに対して人類共は、暇を持て余した貧相な精神を持つ奴しか居ないのだ。
レヴィはそんなことを考えながらため息をついた。
こうも視線を変に集めては禁書庫に行くのも一苦労。
さてどうしようか、と悩んだ視線の先に、見覚えのある姿を見つけレヴィは真っ直ぐ近づいていく。
火の中にある鉄屑だって、必要ならば手を焼いてでも拾い上げるべきである。
その程度のリスクは何度だって支払ってきた。
二十数年の年月で千を超える死線を乗り越えた後では、この程度の刺激でレヴィを退かせることなど出来ない。
「あは、人気者サマじゃん」
「……」
マネージャーも居ないのか一人で彷徨いていたクーナに、レヴィは声を掛けた。
クーナはゆっくりと振り返ると、話しかけてきた相手が誰だったかを思い出す。
周囲から妙に敵対的な視線を集める割に様子はヘラヘラとしている。
「今日はなんかの番宣でも撮りにきたワケ?」
「そうだったとしても未発表の物を無関係の相手に話すのは機密事項違反、いわゆる情報漏洩になりますので」
「ふぅーん、さすがアークスの紅一点なアイドルサマらしいコンプラ意識じゃん」
クーナはレヴィを避けるように少し離れ言葉も淡々としていたが、レヴィは気にしていなかった。
クーナがそんな態度だから周囲も特に違和感を覚えることは無く二人は群衆に紛れ込んでいく。
「ここに来たのは……オーディションか何か、ですか」
「わたしみたいなやつなのにそう簡単にオーディションが通ると思う?スタジオとか見学しに来ただけだよ」
レヴィはクスクスと笑いながら本気なのか冗談なのかよく分からない怪しい雰囲気を纏い、クーナにピッタリついて行く。
そんな中レヴィの髪が無理やり引っ張られ、転びそうになるがくるくると足が踊ると上手く立ち上がり、何事も無かったかのように微笑んだ。
「痛ッ、……とまあこんな風に?あんまりどころじゃないくらい嫌われてまして」
「……」
クーナはその後もつらつらとどうでもいいことを話し続けるレヴィを無視し、周囲の声に耳を傾けた。
周りから聞こえてくる忌み子や穀潰しという言葉に、クーナは最近カスラから聞いたような気がする言葉を思い出す。
ルーサーの目論見が失敗し、ダークファルスに変異して失踪してから、アークスは現状の戦力を確認した。
ルーサーが居なくなっても尚彼が帰ってくると信じているようなルーサー陣営の老獪な士官はいる。
そういう腐敗したアークスで美味しい思いをしていたオラクルの人間を敵とし、アークスの改革の為務める者達を味方として、情報を整理していたのだ。
その中で、マリアが鍛え上げたアークスの中にサラが居る。
彼女はルーサーの人体実験によってアークスなら当たり前にあるフォトンをエネルギーに変える機構に重篤なダメージを負い、フォトンが使えなくなったアークスだ。
サラのようなアークスは医学的にはフォトン放出障害と呼ばれており、変換機構が脆弱な一般市民アークスとは違いなんらかの理由によって変換機構が機能しなくなった人間を指す。
その多くはダーカー因子の侵食による物だが、最近はポツポツとサラのような人体実験が理由の人間も出てきた。
そして、近親相姦の自然交配や病気などによる遺伝子欠陥が影響し先天的に障害を持つ人間も存在するが、それもアークスシップ一つにつき50人いればいい所だろう。
だが、カスラはこう言った。
この世にはフォトンの恩恵を完全に受けられない唯一の症例が存在する。
それがフォトン吸収障害、通称フォトンアレルギーであると。
その存在はフォトンを外部から吸収出来ないどころかそもそも体内にフォトンが存在せず、フォトンエネルギーを利用する様々な装置が使用できない。
フォトンを無理やり流せば拒絶反応を起こすレベルだというのに遺伝子的な欠陥も身体の異常も見つからない。
これ程までにフォトンを扱えない存在は歴史上ただ一人と言われているが、実際のところその存在は賄賂を使ってアークスに入隊し、最弱のアークスと呼ばれているという。
「クーナちゃんみたいな子でもそういう趣味持ってるのかな?」
レヴィの声でパッと前を見ると、クーナは始末屋の時の癖で路地裏に入り込んでいた。
レヴィは当然のようにクーナに着いてきて、彼女を見上げると目を細める。
クーナはレヴィが自分を見上げているはずなのに、逆に見下ろされているように感じた。
「趣味、とは」
「そりゃあ、こういう所に人連れ込んでボッコボコにしちゃう趣味だよ」
レヴィの言葉にクーナは首を横に振るが、彼女はそれが面白くなかったのか真顔で振り返った。
「ま、アイドル様はパパラッチに怯えるものか。それよりさぁ、いたいけな美少女が二人でいると、危なーい奴らが来ちゃったりするけどいいワケ?」
「アークスたるもの、身を守る術を持つのは当然です」
「エネミーは当然そうだけど……果たして人はそうなのかねぇ?」
レヴィが意味深な事を呟いた瞬間、路地裏の奥から足音が聞こえた。
クーナは音の方向に目線を向けると、そこには如何にもな乱れた金髪とギラギラと小汚いアクセを付けたチンピラのような男が数人立っていた。
「あれ?もしかして知らなかったの?ここは市民向けの芸能業界で幅聞かせてる反社シンジケートの地下拠点に繋がる道、だよ?こんな道でわたしをボコボコにして捨ておいたらタダじゃ済まないからアイドル様もやるぅ〜?って思ってたのにさぁ」
レヴィは芝居がかったような楽しそうな言葉を並べながら、自分の懐を探り何かを取り出す。
何か、と言っても凶器の様なものではなく、先が結ばれた布の一部だった。
「……戯言と受け取る事は出来ないようですね」
5人程度ではあるが、手には刃物が握られており、視線はレヴィに向いていた。
それもそのはず。クーナは正体が気付かれておらず市民に溶け込んでいるが、レヴィは明らかに目立っている。
服装は煌びやかで高いジュエリーの着いたスカーフやイヤリングを付けており、布の断片を見ても普通のアークスの様式とは違う特別製の高級な生地が使われている。
おまけに見た目は小さく弱そうで、今のレヴィは都合の良すぎるお嬢様カモそのものだろう。
「うん、こうでなくっちゃね」
レヴィが手に取った布を引くと、ふんわりとしたスカートの布量がみるみるうちに減っていき、白い真っ直ぐとした布が3メートル程を超えたところで先がようやく見える。
レヴィはその先を手に取って固く結ぶと、クーナの横を悠々と通り過ぎて路地裏の奥に一歩踏み出した。
「待っ……」
「待つのはそっちの方だよ、アイドル様」
レヴィは端末を取り出し、軽く操作すると隣に何かが現れた。
彼女の膝程まである水の入ったケースだ。
硬い箱に入ったそれは災害時等の緊急用に想定された貯水タンクだが、彼女は何故かその蓋を開くと中に布を浸し始めた。
レヴィは鼻歌を歌いながらびちゃびちゃになった布を取り出して絞っていたが、チンピラの男たちはもうすぐまでレヴィに近付いていた。
「お嬢さァん?ここが何処だかお分かりかね?」
「知ってるかもしれないし知らないかもしれないなぁ」
レヴィはそんなことを言いながら何歩か引くと、クーナの方をちらりと見て淡々と呟く。
「顔に傷付けたくなければ直線上に立たない方がいいよ。上にでも居たら?」
「……?」
「冗談じゃなくて、マジの方面でね」
レヴィが布を絡め腕に巻くと、クーナは何となく嫌な悪寒を感じ彼女の言葉に従ってさっと上に退いた。
「なんだあっちはアークスか?高給取りが揃ってお出ましとは運が良いな」
「まあね。結構わたしも幸運かも」
妙に冷めた声でレヴィはまた一歩下がるが、チンピラは彼女が逃げようとしているのではないかと考え振り上げた。
「動くんじゃねえ!」
刃物を見せつけ、恫喝するように声を上げるがレヴィは顔色も変えず足を軽く引くと濡れた布を伸ばして床に叩き付ける。
「あ、安心して。これはね布だから。ただの濡れた布だからね」
バチン、と大きな音が立ち床が少し揺れると、レヴィは突然体を武術のように構え棒のように細長くなりながらも大きくしなる布を振り上げて動かし始める。
「ッ?!」
「うん。安心してね〜布だからね〜平気平気〜」
レヴィの言葉はまるで安心しろと言えば何をしてもいいと考えている化け物のようで、彼女は狭い建物の隙間でブンブンと自分の体の二倍以上もある布棍を振り回し床や壁に叩き付けた。
速度はどんどんと上がっていき、重く早い末端が床や壁に当たると亀裂が入る。
ブンブンと振られる大きな音と建物が破壊される衝撃にチンピラ達はレヴィのしていることを察しナイフを向かって切り込もうとするが、右に左にと壁を作るように振られる高速の布棍に入り込むことは出来ずレヴィが一歩一歩進む代わりにチンピラ達は寧ろ後退するだけである。
チンピラの一人はズボンをまさぐって銃を取り出し、引き金を引くがレヴィがそちらに向かって軽く布棍を振ると銃弾があっという間に跳ね返り壁にめり込んだ。
「あんたたち知ってる?ナイフも銃も、当たらなきゃただの玩具なワケ。代わりに、ペンだって布だって当たれば何でも殺傷道具。もちろん、自分の体もね?そういうのをよく理解しておかないと、そっちの社会では生きていけないと思うよ?いつだって自分の必要な時に必要な物が揃ってるとは限らないんだから。まあ、わたしは揃えてるけど」
レヴィは淡々と喋って追い込んだ後、進む足を止め、布棍を落としサッと両手で構えた。アークスのナックル使いでは扱われないような武術で、手を握ることはなく特有の形に開いたまま構える、所謂カンフーのような形だった。
「そして栄華を極めた物でさえ最後は案外情けないものだったりする……っていうのを映画で見るよね?」
ようやく隙が出来たと考えチンピラ達はナイフを手に取り向かっていくが、サッと目の前に足が飛んできたかと思えば、ジャキンと音が聞こえた。
レヴィの厚いヒールの裏側に鋭利なスパイクが現れ、無数に隆起した棘が男の手首に直撃する。
男はその痛みでナイフから手を離してしまうが、レヴィは落としたナイフに目をくれることも無く飛びかかった勢いで男を押し倒し、手首を潰すようにもう一度踵を落としてスパイクで肌を貫き重いヒールで骨を折ると直ぐに構えて振り返る。
「安心して。この武術は練習始めてから3ヶ月くらいだから。初心者だよ」
レヴィは相変わらず淡々と呟きながら振り上げられたナイフを避け、男の内側に入り込むと腕の内側を打って姿勢を崩し、よろけた隙を見て首の横へ思い切り手刀を入れ込む。
男が壁にぶつかるとレヴィは雁首を掴んで男の内側に隠れ、もう一人の男のナイフを肉盾で受け止めると地面に落ちていた鉄パイプを手に取り直ぐに肉盾にした男の腹を突き上げて吹き飛ばした。
先程までは足を開いたカンフーの構えだったというのに今度は足をきゅっと閉じ、片手を後ろに回して鉄パイプを緩く持つ西洋杖術の構えに変化し、直ぐに鉄パイプが伸びると男が取り出した銃を叩き落とし一歩踏み出してしなやかに顔面を打つ。
クーナはそんな様子をじっと見守っていた。
全くと言っていいほどアークスの戦闘技術ではない。
武器を持ってフォトンアーツやテクニックを使い高く効率的な技術で戦闘を行うアークスに対し、レヴィはその場にあるものならなんでも使い場当たり的に対処して殺人を行うスタイル。
つまり兵士と言うよりかは殺し屋で、男たちよりよっぽどチンピラじみていた。
「でも武術ってさぁ、体づくりが出来ていたらあとはどこ使ってどこ狙うのって話でさぁ。一定の技量までは簡単に習得出来るんだよね。本見た所だと塩を塗りこんだりして皮膚を強くするらしいけど、わたし達は人造人間だからステータスを調整すれば簡単に鋼の皮膚が出来るワケ。アークスって便利な作られ方してるよねぇ〜」
レヴィは自分の目の前に倒れ込み虫の息になった男達に向かって軽く一礼し、銃を取り出した。
「待って下さい」
「ん?」
クーナは降りてレヴィの方に近付くと、サッと手を広げ男達を守るように立った。
「対処は出来ました。それ以上は過剰防衛です」
「えー、ひっどいなぁ。楽にしようとしてあげてるだけなのに?」
死を持って楽にする、という気持ちは始末屋であったクーナにも通ずる考えだ。しかし、レヴィがしていることは命を悪戯に消費する真似であり平穏を与える物には全く見えない。
「生きたくても生きられなかった者達だっているんです……!」
しかし、レヴィからすればそんな他人の事情は全部どうでもよかった。聞いたとしても「それで?」以上の感想などない。この女は人には共感を押し付けるくせに他人に共感出来ない人間だ。
「はぁ」
レヴィは迷わずクーナの方に銃口を向けると、つまらなさそうな顔でそのまま引き金を引いた。
「ッ?!」
クーナは慌ててフォトンを使い銃弾を防御したが、レヴィはそれを見ても首を傾げるだけ。誤射ではなく故意である、とクーナは察した。
「貴方は一体何を考えて……!!」
「え?顔に穴が空くのは嫌だろうけど腹だったら隠せるでしょ?」
妙に噛み合わない会話。レヴィはまだ引き金に手をかけたままであり、彼女は話しながらまた突然クーナの腹に向けて発砲し、クーナは直ぐに防御した。
「わたしが何して欲しいか分かる?そこどいて、クルッと回って、さっさと消えて欲しいの。守ってあげたでしょ?」
「今さっきその恩は消えた所ですがね」
「ま、キミだってよく考えてみなよ。ボコボコにされてる〜っていったでしょ?つまるところはね、護身術もちゃんと身につけないといけないし、人に背は向けられないし、報復される前にちゃんと始末は付けておかないといけないわけ。楽しむのは単なるエッセンスって事だよ」
レヴィは一切反省していないのか腹がダメと悟ったと思えばすぐに足や腕を狙い話しながら三発も発砲する。
クーナは彼女から一切の殺意を感じないのにも関わらず異常なほど高い暴力性に危機感を感じ、武器に手をかけた。
ダーカー因子汚染を受けた時の特有の匂いや雰囲気はない。素だ。素の状態でこの暴力性である。
「これ以上の敵意を示すのであれば、市街地保安局に通報します」
「なんかさぁ。股間蹴っても首絞めてもビクともしない奴と一緒にいるせいでわたしの体って実は結構弱いのかな?って思ってたの。でも、まともに動くからやっぱ勘違いだったかもね。カンフーは悪くないから続けたいなぁ〜」
そしてクーナが何より異常だと考えたのは、先程までと何も変わらない声色だと言うのに話が一切通じない事だ。いや、もしかしたら最初から一切会話していなかったのかもしれない。
「警告はしました」
「いやぁーん!わたし酷いことしたつもりないよぉ〜」
レヴィはわざとらしく怖がる様子を見せた後に銃を仕舞い、あざとく見上げた。
「ま、通報しても意味ないんだけどね〜?わたし名義は虚偽通報が多すぎてまともに扱われないよん♡」
レヴィは非常に大胆かつ狡猾だ。
彼女はDDOSや虚偽通報などであえて自分の名前を出すという自体を数千数万と繰り返した結果ある意味で言えば"ブラックリスト"のようなものに追加されており、大体の警察や保安管理組織相手では通報してもシステムが勝手に無視リストに振り分けて処理するようになっているのだ。
そういう意味で言えば、まともに対応してくれるのは虚偽通報でも呼び出して殴り掛かるアークスの管制くらいかもしれない。
「……」
「キミを殺すつもりはないって言ってるでしょ?あのね、一応言うけどこの世界って生かしておくと何倍にも膨らんで報復されるワケ。そこの豚共の親玉が怒ったらアイドル活動が維持できるか分からなくなる……ようは、あんたの為でもあるんだよ?」
はぁ、とクーナはため息をついた。
彼女のしていることは到底看過出来ないが、彼女のしたいことは分かる。
しかしあのチンピラたちとてこれ程痛めつければ報復しようという気にはとてもならないだろう。
それと、会話をしながら迷わず発砲し続けるその異常の塊をこのまま放しておくのも怖かった。
しかしレヴィの方は相変わらず殺意も敵意も醸し出さないままゆらゆらと体を揺らしており、クーナを眺めていた。
「わたしがそんなに怖い?わたしは別に怖くないけどね」
「凡そ、まともな人間では無いでしょう」
「そりゃあアークス様からすれば人未満、だからね」
レヴィはゆっくりクーナの横を通り過ぎると懐からなにか細い物を取り出し、それを飛ばした。
呻くようにもがいていた男たちはまるで眠ったように静かになる。
「……」
彼女は異常だが、彼女にとってのオラクルはそうなってしまうだけの環境ではある、とクーナは考えた。卵が先か鶏が先かと考えるまでもなく、最初に彼女を迫害したのはオラクルであり、歪んだ環境で育った人間はより極端で悲観的かつ暴力的になる。
多分、レヴィは幼少期からの過酷な環境下で過ごす内にどこかで致命的に精神が崩壊し、こんな風になってしまったのだろうとクーナは簡単な推測をしていた。
「そんな怖い目しないでよ。報復出来ないように灸を据えただけだから」
クーナは陽気に去ろうとするレヴィの腕を掴もうとしたが、その瞬間バチンと音が立ったと思えば物凄い力でレヴィに手を払われていた。
レヴィは言葉も出さずクーナをじっと凝視する。
レヴィからはどこかで感じたような独特の雰囲気を纏っており、クーナは根源的な恐怖と共に憎悪のような何かが湧いてきた。まるでルーサーに感じている物のようだ。
しかしレヴィはクーナに返事をすることも無く踵を返し、路地裏から一人さっさと出ていった。
クーナはそんな後ろ姿を訝しげな目で見送った。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる