「……」
レヴィは禁書庫から出た後、迷わず端末を取り出した。
ワンコールも終わらない内に【敗者】との通話が繋がると、彼はいつものように声を掛ける。
「レヴィ。どうした」
「……今、忙しい?」
いつものレヴィとは違う言葉の掛け方に妙に重苦しい雰囲気。
【敗者】は禁書庫で何かあったのではないかと察し、直ぐにその場から立ち上がった。
「今すぐ向かう」
「船で待ってる」
レヴィはそのまま通話を切ろうとしたが、【敗者】はそれを許さず彼女の端末から終了ボタンを消すとそのまま繋ぎ続けた。
しばらくの静寂が間を繋いだ後、レヴィは小さく声を上げる。
「あんたってさ……」
「……」
「一瞬……一瞬くらいだけ、全知存在と一体化した……みたいな話してたよね?」
レヴィはもう船の中に乗り込んでおり、【敗者】のことを待ちながらぼんやりと宇宙を眺めていた。
「それがどうした?」
「それってさぁ、何が見えたの?宇宙の始まりとか、終わりとか?」
「そうだな……あの知識の奔流の中で、具体的に何が見えたかを羅列するのは困難だろう。しかし、宇宙の始まりや終わりは確かに見えた事だろう」
【敗者】は過去の感覚に思いを馳せてみるが、やはり森羅万象を知るにしてはあの時間はあまりにも刹那の物で、整理するのにも実に困難である。
【敗者】は早足で歩きながらレヴィからの問いの意味を考えていたが、彼がその答えを見つける前にさらに迷いが投下された。
「じゃあ、自分の死は?宇宙の終わりが見えるというのなら、【敗者】の終わりはそこにあった?森羅万象を司る全知存在になったっていうなら、あんたは宇宙の終わりに居た?」
「……」
【敗者】は正直その言葉の答えを言いたくなかった。
率直に言えば、そこに自分の姿は無かった。そこにあったのは仄暗き闇の真空崩壊と繰り返される歴史のみ。あの常闇の中で全てが始まり、そして全てが終わっていく。
あそこにあったのは紛れもなく深遠なる闇そのものであり、自分がそれに至ったのか、それともその前に尽きたのか、いや……居なかった。紛れもなく居なかった。自分はあの時には既に死んでいた。
なら、どのタイミングで死んだのかは……
「少なくとも……僕はレヴィに生かされた、とは言えるな」
「……そう」
レヴィの嫌な意味で納得したような声を聞いた後、【敗者】はレヴィの待つ船の扉を開けた。
レヴィは入ってきた【敗者】を無言でじっと凝視している。
「禁書庫で何があった?」
レヴィは【敗者】の死に関する部分だけを隠して他にあったことを【敗者】に説明した。
アリスティアという存在は謎めいており、レヴィは彼女の言葉をそのまま引用したり、様子を詳細に語りながらも、彼女が不安がっていた原因である【敗者】の死の運命は完全に隠した。
「……どう思う?」
「並行宇宙への干渉、偶発事象の明示化……マターボードを使用しない極端な歴史改変と時間遡行……それが出来るという事は……」
「ということは…?」
「外宇宙からの干渉と見て間違いないだろう」
「……つまり?」
「そうだな……お前でも分かるように、ある程度基礎的な事から話そうか」
【敗者】は足を組み替えるとレヴィの方をじっと見下ろした。
「まず、大前提としてシオンは宇宙の森羅万象を理解する全知存在だ。シオンはその高い演算能力と知識を生かし、歴史の観測を行い、事象改変のためのマターボードという物を用意した」
厳密にはシオンは
宇宙の全てを記録する形のない機構と違い、シオンは惑星という形を持ち知性を持ち人にコミュニケーションをすることが可能な上、オラクル船団を航行させる為の高度な演算が出来るからだ。
受動的でぼんやりとした記録装置よりも能動的で知性を持つ存在を全知全能として崇めた方が都合がいいのである。
「事象改変と……マターボード……?」
レヴィはアリスティアの素性と共通する単語を聞いたが、その中身はまだ理解に達しない。
「ようは、高い知能を持って選択の結果を見る事が出来るという事だ。
例えば、コインを投げて表が出るかどうかというゲームを行ったとして、シオンはどちらの結果が出るのかも勿論理解しているし、その結果どのような未来になって、どうやって破滅するのかも見る事が出来る」
「ふむふむ……」
「そして、この力においてはひとつ重要なことがある。コインが裏になるか表になるかを理解し、どちらを選択すればどういう歴史になるのかを理解していたとしても、コインの動きを変えることは出来ない。シオンが出来ることはあくまで観測と演算であり、行動を起こすことは出来ない」
しかし、レヴィはそこまで聞いても全く納得いかなかった。
アリスティアとシオンで共通する単語が出たと言うのに、何故【敗者】はアリスティアがシオンの関連人物やシオンと同類とは言わずに最初から外宇宙の存在だと決めつけるのだろうか。
「……でも、アリスティアは改変が出来たんだよね?」
「そうだ。そしてそれはシオンにも同じ事が言える。シオンは歴史改変を行う為にある特別な力を持った別の人間を用意して、改変の為の分かりやすい物質を用意していた」
「別の人間?」
「ルビィだ」
「……!」
レヴィは硬直したまま【敗者】をぼうっと見つめる。
あの天才秀才無敵の英雄ルビィ様に神の御加護があったなんて、もう妬ましい以外無いだろう。
【敗者】が喉から手が出るほど欲しがっているシオンと協力して、しかも歴史改変などというある意味恐ろしい所業をしているなど、レヴィには信じたくなかった。
「ルビィには、時間遡行という力があるらしい。
しかし力を持っていたとて、何処で何をすればいいのか把握していないと意味が無い。
その時に必要なのが"マターボード"。シオンが演算した歴史改変に必要な行動を全て明示化し、ルビィを使ってその行動を満たす。すると、改変する事が出来る……という仕組みになっているようだ」
「時間遡行と歴史改変……ルビィがそんなことしやがってたなんて……」
レヴィはギリギリと歯ぎしりしてキツく外を睨み付けていたが、【敗者】はそれよりも自分のことを気にしていた。
「歴史改変の力があったのなら対処は出来ただろう、なんて責めてくれるなよ。
シオン達がなにかしているという事自体は分かっていたが……その影響力の大きさや具体的な内容はここまで蹴落とされてから知った事なんだ」
【敗者】がそんな力を知ったのだって最近なのだ、だから過去改変をされて負けるとわかっていたら最初から処分していた……なんて結果論を言ったところで、成果の有無しか物差しを持っていないような馬鹿な相手には無意味なのだが、レヴィはそれ以前に全く気にしていなかった。指摘されて始めてそんな事があるのか、と思ったほどだ。
「え?別に責めることじゃないでしょ?あんたは巻き込まれてる側なんだから。そんな無法出来る方が普通に考えておかしいよ」
「……そうか?」
レヴィの言葉は馬鹿なんだか優しいんだかよく分からないが、【敗者】はそんな言葉でも何となく心地よく感じられた。
「でも、知れる機会なんてあったの?」
「あぁ。僕はシオンとひとつになり、そして全てを失い、アークスから追われる身となった。それまでは彼女を理解し、彼女と一つになる為に尽力していたが、それ以後はアークスへの復讐の意思と共に全知に至る為のやり方も変わった。
そして、貴様の持っていたハッキングツールを使って出来る限り調べあげた結果、シオンとルビィがマターボードを使い歴史改変を起こし、現在の演算機構であるシャオもそれに協力して大規模な歴史の改変が行われていた事を知ったんだ」
「ハッキングで……っていうことは記録に残したのか。ふぅーん……」
「記録じゃない。記憶だ」
「記憶?」
「マザーシップシャオにハッキングを仕掛け、その記録領域のうち人格を形成する部分を確認した。そこに奴の記憶が残されていた訳だ」
いくらアークスといえど、ルビィの時間遡行の能力や歴史改変に関する話をデータベース上に残す訳にはいかない。
アークスにも体裁や建前という物がある。そこにおとぎ話のような摩訶不思議な超常現象を含めてられない訳で、それに関する情報はシャオの脳内からしか取れなかったのだ。
「へぇ……超危険な事やってたんだ」
「あぁ……少なくとも、虚空機関の総長としてやりたい事では到底ないな。とはいえ、今の演算機構の弱点を見抜いた故の行動だ」
「弱点?」
「そうだ。シャオには明確な弱点がある。それはシオンと違って他人を理解する為の感情が強く備わっており、アークスへの干渉を行うためルビィ以外のアークス中枢部の人間と交渉を行っている事だ。
つまり、相手の行動を理解するのが容易という事になる」
少なくともシオンはルビィやマトイのような見初められた縁者にしか見えず、会話も出来なかった。【敗者】はそこに選ばれなかったからこそ必死に居場所を演算して探したり、ルビィの発言や行動からシオンの言動を解析したりしていたのだ。
しかしシャオは縁者以外からも見る事が出来る。理解されることを拒んでいない。それが【敗者】にとっては実に愉快なものだった。
「そこにハッキングを仕掛けたから記憶が丸わかり、ってことね」
「そうだ。しかし、貴様のハッキングツールがそこまで出来るとは、正直意外だ。
僕が虚空機関に居た頃のマザーシップの実権を握っていた時代でさえ、同じ事が出来たかと言われれば怪しい。全管制を実質的に握っていた時でも、シオンの理解は困難を極めたからだ」
ただし、いくらシャオであれど脳内を覗くなどというのはまともな事じゃない。
【敗者】はレヴィのハッキングツールから感じられるシステムへの超常的な力のような、摩訶不思議で神秘的なそれを偶然でも気の所為でもないように思っていた。
「それって褒めてるって事でいい?ふふふっ」
「ツールは優秀だな。ツールは」
「うっさい!はぁ……ちょっと一旦呑み込む時間ちょうだい」
それから、レヴィは【敗者】に言われたことを何度も脳内で反芻する。
そして少し時間が経った後、レヴィは顔を上げて【敗者】にちらりと目を向けた。
「あのさ、質問いい?」
「どうした?」
「なんでわざわざマターボードなんて使う意味あったの?やること分かってるなら別に口頭で指示したり、時間もなんかカレンダーとかで渡せばよかったじゃん。マターボードを介して改変する意味って何?」
「ふむ、いい質問だ。歴史改変というのはそう簡単な事じゃない。シオンは選択の結果が見えるといったが、単に行動を変えただけでは先の歴史を大きく変え、歴史改変に至ることは不可能に等しい。なぜなら、歴史には修正作用のような物が働くからだ」
「つまり、普通に行動を変えるだけじゃ直ぐに元の歴史に戻っていっちゃうから、マターボードが必要だったってことね」
「あぁ。マターボードは歴史改変に必要な行動を示す表であり、そこに書かれた行動を行いマターを回収する事で少しずつ改変を行う。例えば、何かの武器を拾うとか、誰かに話しかけるとか……一見するとなんて事ない事象であっても、それを繰り返すことで歴史が改変され、その歴史改変を繰り返すとまた大きな歴史改変となる……といった事の繰り返しで、修正作用が発生しないように改変していたというわけだ」
「塵も積もれば山となる……ってことね。でもさ、なんでアリスティアが歴史改変を行うことが出来るって話をしたのにあんたは外宇宙の存在って断言したの?普通、シオンとかシャオの同類って判断しない?」
「言っただろう?シオンは観測と演算を行いマターボードを用意する事しか出来ない。時間遡行の能力を持ち実行する事が出来るのがルビィ。つまり、この宇宙において歴史改変を行うには二人必要というわけだ。それに対してアリスティアと名乗った奴はどうだ?」
レヴィは静かに答えた。「アリスティアは一人でやっている」。それがかの存在が異常であるという証拠だ。
「そうだ。マターボードを用いないということはそれと違う方式で行っているという事であり、歴史改変や時間遡行を一人でこなしている人材なのにシオンがその女を利用しないということは、全知存在の管轄の外にいる訳だ。となれば、外宇宙からの干渉と考えて間違いないだろう。
現に、貴様の言う大いなる陰や菌は別次元からの来訪者がした話だ。違う次元へ干渉し、運命を変化させるという事は並大抵の人間が出来ることでは無い。明らかに高い技術や能力を持った人間の所業だが……」
「ふむふむ……」
「ん……?何か可笑しくないか?」
「え?」
「レヴィ。一つ確認してもいいか」
「うん、……なんでもいいよ?大体答える」
【敗者】はレヴィから聞いたことを元に色々と考えてみたが、そこでふとある違和感に気付いた。
アリスティアは歪すぎるという事だ。
元々不思議な存在ではあるが、そういうことでは無い。
明らかに異常で危険で弱点にもなりうる自分の能力についてそこまで話しているというのに、何故どこから来てなんのために行動しているのかという簡単な事は説明しなかったのだろうか、という事だ。
歴史の狂いを自覚させ咎めるためならそこまでの説明をした上で何をする為に行動しているのか言わないとレヴィのような人間は全く納得しないだろうし、忠告だけが目的なら逆に自分の素性や行動を一切悟られるべきではなく、そのような説明は不必要だ。
なぜ自分の目的は説明せずに、自分の能力をベラベラと説明したのだろうか……
歴史の狂いという言葉をレヴィに言い聞かせるため?それとも、何故別次元に干渉出来るかを解説するため?いや、どちらにせよそんな詳細すぎる説明は要らない。運命に干渉できるの一言で済む。
明らかに人にベラベラ喋っていいようなものでは無い情報は透けているのに、何故かとても基本的なことは分からない。
この歪さは、普段のレヴィからもなんとなく感じられる……
いや、レヴィだけではない。
"今の【敗者】"もそうだ。
「……
【敗者】はアリスティアの言葉を聞くと同時に自分の開示する情報や言動に対して強く違和感を覚えた。
何故基本的な数日数ヶ月後の予定も話せないのだろう。その癖、なぜこのような重要な話は迷わず出来るのだろう。
「え?どういうこと?わたしはなるべく聞いた通りに話したけど……」
「よく思い出してみろ。よく、頭の中でな」
(超常的な物によって必要な情報を選択されているとでもいうのか?それとも、この言葉の選択もまたマターのように選択された後の歴史という事か?
いや、もしくは……レヴィの知りたいという感情に引っ張られていて、話さないのは僕の理性で……という事か?)
レヴィは【敗者】の言葉を聞いて首を傾げ、こちらを見た。
「"
そういうことらしい。アリスティアが何を話していたのか、記憶を覗いて思い出してみよう。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる