二人は船に戻ったあと、各々行動を始めた。
【敗者】はソファに座ったまま色々と思考を巡らせており、レヴィは精密機器用の倉庫からバイオリンを取り出して少しずつ音を出していた。
遺跡にいた時はあれほど静かだったというのに、船に戻るとまたレヴィからの音のような波のような感情が伝わってきて、【敗者】は目も合わせていないのにレヴィが大層喜んでいることを心から確信できた。
奇妙な現象だが、レヴィにも無自覚なようで【敗者】は彼女のこれを制御出来る気はしなかった。
それに、好意はありえないほど伝わってくるが敵意や殺意はこのような形で伝わることは無い。
(これは現実の物なのだろうか……)
オラクル船団として長い時間航行している中で、様々な惑星を調査し、そこにある現地文明や土着神との交流を行ってきた。
様々な原生生物や人造存在と交流する中で、【敗者】はレヴィがその中のどれとも一致しないような、異質な雰囲気を放っている気がした。
最初は他と代わりないアークスのように思えたが、しかし受け入れ難いような、気味悪さがあった。
その違和感はレヴィと過ごしていくうちにどんどんと強くなっていき、今はその違和感や気味の悪さは彼女の個性のひとつなんだと受け入れられるようになった。
それの原因がフォトンアレルギーなのか、彼女の気狂いな性格からなのかは分からないが……アークスが彼女を気持ち悪いと言って差別するのも正直、理屈だけは理解出来るのだ。
この有能な駒を差別出来るバカの心理プロセスだけは、だが。
レヴィが弾くバイオリンの音は途切れ途切れで、音程を合わせているだけであり曲にはなっていない。
しかし、揺れる体と手の僅かな動きでレヴィは自分の機嫌の良さを露呈させていた。
「こっちに指置いて……でこーーう……こーー……う、よし」
【敗者】が計画を話してくれたという些細な事で、レヴィは大層喜んでいた。
自宅や船の中で様々な勉強や稽古をしているレヴィだが、今日は随分精神的な余裕があるようだ。
「僕には知るべき事がある……だが、しかし、……ふむ……」
ここまで情報を開示したのだから【敗者】はあまり彼女の機嫌を損ねることはしたくなかったのだが、しかしそのリスクは知識の前では容易にひれ伏せる。
【敗者】は暫くあれやこれやと考え込んだ後、手を翳した。
マジックを模倣したテクニックは【敗者】にとっての大きな力だが、そのうちのひとつは最近習得したものだ。
【敗者】はある物体の座標や形、数などを計算すると空を掴むように引き寄せる動きをした。
本物は時間も空間も関係なく、恐らく計算も無関係で物体を自分の元に引き寄せるもののため科学技術で寄せただけの別物ではあるが……時間支配も同じようなものだ。
そういう理屈じゃ説明出来ない超常現象をどうにかして再現したのが【敗者】のテクニックなのだから。
「……」
小さなモニターと指の置くところが付いただけの非常に簡素な端末が手に握られる。
【敗者】はその端末の裏や表を眺めてから、レヴィに視線を移した。
「んー?」
【敗者】からの熱い視線を察知したレヴィはバイオリンをゆっくりと置き、【敗者】に目を向けた。
【敗者】はサッと立ち上がり、レヴィに近付くと手のひらに掴んだ端末を見せつけた。
「なにこれ?」
レヴィは訝しげに端末を覗き込み、【敗者】の手には小さすぎるそれを手に取ると首を傾げた。
「貴様が持ち帰ってきたガラクタだ」
「え?あ、……虚空機関の奴か。えーっと……」
端末の裏に小さくクラス測定器、という文字が刻み込まれている。
あのコンテナに入ってたものということは、これももれなく試作品だろう。
「フォトンの波長を読む計測器ではなく、全知存在の記録を使ってアークスのクラスを判定する試作型のクラス計測器だ。実用には値しない」
【敗者】は慣れたようにすらすら説明すると、レヴィの手を包むように端末に触れ、電源を入れた。
「どうして実用できないの?」
「フォトンを用いて全知存在から記録を引き出す都合上、正確性は100%だが、代わりに過去にあって失われたクラスが適合する場合もある。試したところで今存在しないクラスに適合しても無意味だろう?」
フォトンという言葉を聞いた瞬間、レヴィは顔を顰めた。
このクラス測定器とやらを【敗者】が自分で使うとは思えない。間違いなくレヴィの為に持ち込んだものだろう。
しかし、レヴィはフォトンアレルギーだ。
具体的にどういう仕組みなのかはわからないが、体内のフォトンを利用するものならばレヴィにその測定器は機能しない。
「でも……わたしが使ったらエラーになるよね?」
「その為、これを侵食してダーカー因子を使って動かす事でレヴィでも使えるようにしたいのだが……上手くいくかどうかは分からないな」
現在、レヴィの体はかなり【敗者】のダーカー因子に侵食されている。
【敗者】は侵食されたダーカー因子を身体の接触で自身に移動させたり、浄化腺を利用して浄化・排出させているがそれでも追いつかない。
その代わり、クラス測定器をフォトン参照ではなくダーカー因子参照なら何か変わるかもしれない、と考えたのだ。
レヴィのグラン類似エネルギーが反応すれば万々歳だが、上手くいく可能性はかなり低い。
「ま、99%クラス無しかエラーかってことね。ままごと代わりにやったら?」
「あぁ……」
【敗者】は手のひらを包んだまま、ゆっくりとクラス測定器を侵食していく。
電源を入れても無反応だったクラス測定器は赤黒く染まると起動し、【敗者】とレヴィの二つのエネルギー反応を示した。
「一応、……在るという判定はされているようだ」
【敗者】はデューマン、女と書かれた方を選択し、手を離す。
レヴィはそれをギュッと握ったまま、一分ほど待つと画面が表示され、クラスが表示されるのだが……
「え?……なにこれ?昔のクラス…?」
レヴィが首を傾げた所で【敗者】が急いで彼女の背に回り、画面を覗くと……【敗者】は、その端末を奪い取りジッと凝視した。
対象者:パターンA
適合クラス:マジックユーザー
「……」
ダーカー因子から反応したのだろうか、それともレヴィ独自の力が反応したのだろうか、それともエラーなのだろうか。
【敗者】はそんなことを考えつつも、この結果に間違いは一切ない、と断言出来た。
彼女は間違いなく、かの有名なテクニックマスターである初代クラリスクレイス、アルマ以来の……恐らく二人目、……いや、"三人目"のマジックに適性を持つものだ。
前例二つと比較すると他に適合クラスが無いことからか、ある意味純粋なマジックユーザーと言えるかもしれない。
「マジックユーザーって……手品師のこと?手品師なんてクラスアークスにあったの?ねぇ……【敗者】?」
レヴィはマジックユーザーという文字を見ても上手く理解出来ず、【敗者】の端末に目を向けながら隙あらば奪おうとしていた。
「マジックユーザーとは……一言で言えば、オラクルいちのテクニックマスターであり、同時に唯一のマジックユーザーである初代クラリスクレイス、アルマの称号に近い物だ」
【敗者】はクラス測定器を仕舞い、代わりに端末を取り出してアルマのデータを見せる。
他の重要人物よりも数倍詳細なデータが載せられたそれを、レヴィはじっと見つめた。
獣の耳のように見える片目の隠れた髪型にふんわりと煌めく金色の瞳。
パーソナルデータのひとつでも分かる異質な雰囲気はテクニックマスターでありマジックユーザーであるアルマがどれほど特別なものかを一目で証明していた。
「その……マジックってのは何?テクニックやフォトンアーツと何か違うの?」
「テクニックはフォトンを用いて全知存在の記録から万象を再現する物だが……マジックは違う。
先天的な才能を持った物にしか使えない物理の外にある埒外な能力と超常現象……言わば魔法だ。
初代クラリスクレイスの一番ポピュラーなマジックは時間の操作だが……」
「え?……時間の操作って……」
レヴィにとって時間操作と言われてぱっと思い浮かぶものは【敗者】の力だ。レヴィは出会い頭でも戦闘訓練でも操作されていると分からない程その高度な力を何度も浴びせられ、密かに対策しようと考えるほどだ。
「……僕の使っている物はそれを再現したテクニックだ」
【敗者】にとっては劣化コピーに過ぎない、と自覚しており、そう口にするのは少し憚られた。
再現というにはお粗末だというのは分かっている。しかしルーサーの頭脳と虚空機関の技術力をもってしても、そこまでしか解明できなかったのがマジックだ。
だからこそ【敗者】にとってマジックは特別な物なのである。
「ふーん……で?誤判定じゃないって思うのはなんで?仮にあるとするなら、わたしに知覚出来ないのはなんで?」
レヴィにとって奇妙なのは、自分がマジックを使っているという自覚が一切なかったことだ。
前のクランシーの件もあり、テクニックが一切使えないのは知っていた。
しかし、普段のレヴィの戦闘は武器を用いた物理戦闘でありそのマジックとやらで何か超常現象を起こした覚えはない。
それほど、レヴィのそれは自然過ぎた。
「マジックは再現も苦労する程非常に奥深く難解な能力だ。その力は自覚して操ることすら困難だろう……」
「【敗者】にも分からないって事……?」
「確信は、出来ない」
しかし、レヴィにはひとつ悩ましいところがあった。
「ふーん……まあでもさ。わたしが仮にマジック?ってのが使えて、マジックユーザーだったとする。でもその場合……フォトンが使えないのにマジックが使えるって言えるわけ?もしフォトンが使えなくて、それでマジックとやらを使うのなら……マジックじゃなくて別の何かなんじゃないの?」
【敗者】の使う技は明確に法撃のテクニックに類似するような物があった。
しかし、彼が使うエネルギーはダーカーが使う物であり、【敗者】の技をテクニックと呼ぶことは無い。
テクニックの定義とはフォトンを使って引き起こす自然現象の事だ。
となれば、マジックも恐らくフォトンを使って引き起こす超常現象。
つまり、これらの定義にフォトンが関係するのなら、レヴィが使用するテクニックもマジックもその定義にあてはまらないことになる……という訳だ。
「それはただの御託だ。使えるならマジックでもいいだろう。それをアークスが認可するとは別として……」
【敗者】の意見は全く別だった。
周知の概念のように語っているマジックにはある事実が存在するからだ。
「……というのは?」
「初代クラリスクレイスのそれは公式にはマジックとは認められておらず、アークスカードに登録されていたクラスはフォースだった。初代クラリスクレイスの使っていたそれがテクニックという物理現象とは全く違う埒外な力である事は事実だが、テクニックと主張していた者や感知すら出来なかった者も多く、その時代マジックを使えたアークスもアルマのみ。再現性の面でも僕以外には不可能。
……つまり、本質がマジックであろうがなかろうが、そもそもマジック自体の定義が曖昧かつ不鮮明あることから、僕からすればマジックとしか言いようがないという話だ」
「じゃあ……わたしの何がマジックなの?」
「それは……完璧には分からないが、恐らく時間と空間が関係するだろう」
【敗者】の中で思いつく埒外な超能力は全て時間と空間に関連しているものだったからだ。
時間支配、運命改変、時間遡行……
もちろん特異性はそれだけに限った話ではないが、マジックユーザーと呼べるべき存在たちの主となる得意技には皆時間と空間が関係している。
【敗者】はこう解釈した。
マジックはテクニックに不可能な事が出来る。それは、次元の突破だ。彼らは高次元を見据える存在なのである。
「時間と空間……、アルマのマジックが時間の操作だって言うなら、たしかに共通概念ってことになるのかな?でも時間と空間と言われても全然ピンと来ない……」
レヴィの物体を引き寄せるというマジックは時空間に関係するがそれはレヴィの一番主となる技でもなければ得意技という訳でもない。それに、レヴィの得意技も時空間が関係しているが物体を引き寄せるマジックよりもずっと自覚することが難しい物だ。
【敗者】は"自覚"がレヴィに悪影響を及ぼす可能性があると考え慎重に言葉を選びながら、ゆっくりとその話題から離れた。
「貴様とアルマには類似点もある……」
「え?ほんと?オラクルいちのテクニックマスターとわたしのどこに……?」
【敗者】はため息をついた後、一息で言い切った。
「恋愛脳で何を考えているのかよく分からない所だ」
レヴィは何度か瞬きをしてから、首を傾げた。
「……それって能力じゃなくて性格的な共通点だよね?」
「そうではあるが……高次元を解するものは感性が人とは違う、と考えてもいいだろう」
だからといってそれが恋愛脳になるのかと言われたら甚だ疑問だが、レヴィは【敗者】が言いたいことをだいたい理解した。
「二次元から見た三次元のベクトルは線ではなく点で見えるように……三次元から見た四次元も点、だもんね。
高次元に居ないとその線がどこに伸びているのか分からない。平面の世界で生きている奴らは、立体がどの方向にどうやって伸びているのかを認知出来ないから平面を超越出来ない」
高次元の存在は、現状この世界に存在しうる全ての知的生命体でも完全な理解に値しないだろう。
それを垣間見えることが出来る異端者も、高次元の理屈に足を踏み入れている者たちだ。
それらの考えることが理解できないから、共通していると言ったのだとレヴィは解釈した。恋愛脳に関しては一切理解出来ないが。
「僕がシオンとひとつになった時、僕にはその"線"が見えた。この歴史がどこから始まり、そしてどこで終わるのか。宇宙の全ての情報が濁流のように流れ込んできて、僕は森羅万象を識るどころか己の死すらも理解して、一つ上の次元に引き込まれた。
僕は彼女を理解出来たんだ。
……あの瞬間は、間違いなくそうだった」
レヴィの言葉を聞いて思い出したのか、【敗者】はまたシオンのことを語り出した。
露っぽい声はまだ未練を捨てきれていないどころか膨らむばかりであるという彼の状態を示しており、人に共感出来ないレヴィですら【敗者】の心情はすぐに分かったし、同時に不愉快だった。
「……その」
「どうした?」
「……あんたのいうシオンって……全知存在、なんだよね」
「そうだ。彼女は全知存在でありオラクルを構成するマザーシップの核。演算する海、惑星シオン以外にない」
「女なの?」
「……?」
【敗者】は一瞬戸惑った。【敗者】にとってシオンとは全知存在そのものであり、知識なきシオンに価値は無い。
しかし、ルビィやマトイはシオンを人のように扱い、彼女の中にある知識を軽視していた。
レヴィもまた、シオンの"性別"を聞いたのだ。
「全知存在は知識の集合体でしょ?なのにあんたはシオンを彼女って呼んで、……あんたがシオンの話をしてる時は、失恋した男みたいな顔してるじゃん……」
レヴィの声は段々か細くなっていき、最終的には【敗者】から目を逸らして縮こまった。
【敗者】はその様子を見て、レヴィが何を考えているのか理解した。
女性であるかどうかを聞いたということは、女として意識しているというわけで、レヴィのようなそういう気がない女が同性を意識するタイミングと言えば「そういうこと」しかないだろう。
「あぁ……シオンは、……女型を象っていた。声も顔つきも、外から見える生殖器までもが女性だったよ」
「その、……女の形を象って人と交流していた……惑星シオンってのを、【敗者】はずっと求めていたんだよね?」
レヴィは糸を手繰り寄せるように慎重に【敗者】に話を振り、【敗者】はそれに淡々と、感情抜きで事実のみを返す。
「フォトナーの時代から今に至るまで、数百年もの長い長い時を……」
【敗者】は今なぜこんなことを言っているのか自分でも分からなかった。
言わなくてもいいことだ。
この目の前の恋愛脳女に自分の求めていたものが女型だと言ったら、嫉妬するなんてことは火を見るより明らかだった。
しかし、今の【敗者】はまるでレヴィに他の女の可能性を伝え嫉妬させたがっているようだった。
「それで、惑星シオンは全知存在だから……【敗者】は、今もそれを求めてる……」
「厳密に言えば、惑星シオンは喪われた。その時点で、僕の求める本来の全知は失われた。だからこそ、僕は今その代案を方針としている」
「じゃあ、仮にシオンがまだ生きていたとしたら?」
「当然シオンだろう。宇宙の全てを呑み込むよりもずっと容易だ」
(シオンを求めてたら……"女"を求めてたら、【敗者】は……)
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる