――レヴィは機械によって髪を結われながら、何度も深呼吸していた。
今日はVR投影装置のお披露目日。
それと、【敗者】の言っていた"従者"とやらを起動する日だというのだ。
VR訓練装置の試用に合わせて試作型戦闘服の試着も行うということで寝間着のキャミソール姿で髪だけ立派に整えたあと、レヴィはドレスルームへ向かった。
「ダーカー因子の侵食抑制機構……だったっけ」
そんなことを呟きながら扉を開けると、そこには【敗者】が戦闘服らしいものをある程度着込んだ状態で立っていた。
赤く宝石が光るネクタイを付け、明度の低い落ち着いた色合いのベストや硬いブーツを付着け、ホログラムカラーのベルトが薄く光りを放っていた。
「それが……えっと、戦闘服?」
【敗者】は頷くと、ゆっくりとレヴィの傍に寄った。
「レヴィの戦闘服も既に用意している。素材含め、特殊な作りをしているんだ。着用は通常マイファッション等に登録して一括変換することを想定しているが……まあ、コツを掴めばそう難しくないだろう」
「うん……」
レヴィはぼんやりと立っていると、【敗者】が彼女にサッと手を伸ばす。
そして胸をモミモミと触り始めた。
「……?どうしたの?」
「いや、……感触を今のうちに味わっておこうと……」
「え?いや……まあいいけど」
レヴィは数時間は耐えるつもりでいたが、そんな訳もなく一分もしない内に手が離れるとインナーウェアを渡される。
普通のブラジャーではなく張り付けるレオタードのような下着で、まずは首にチョーカーのような形で巻き付けて後ろで接着し、薄暗いシースルーの生地を貼り付けながらてらつきのない黒い生地を胸に当てるとぴっちりと布が肌にくっつき、多少の違和感はありつつも背の方まで回して尻の上でしっかりとホールドした。
「これ、何の素材?」
「強化型マクシンだ。衝撃吸収及び柔軟性に長けており、体型変化にも対応出来る。触感を失せた訳では無いが、打撲や圧縮などの遮断には非常に優れており、人工臓器でなくてもダメージを最大限抑えることが出来る」
【敗者】はそう言ってレヴィの胸をつつき、乳首をくり、と捻った。
「きゃっ!」
レヴィは一瞬硬直するも、迸るような快感がないことに驚く。それほどまでに外部からの衝撃を抑え込むことが出来ているという証だ。
「すご……」
「一応言うが、このインナーは二層構造になっている。黒い生地の部分が遮断であり、透けた生地の部分は体内のエネルギーの循環を助け後に着る装甲によってダーカー因子は排出し、内部エネルギーの純度を高められるようになっているんだ」
【敗者】が黒い生地をペラりと捲り、透けた布で僅かに暗くなった胸を露出させると再び胸をつついた。
「っひゃああっ!」
「このように、内部生地には防御性能がほとんどないんだ。自分から捲らないように」
「わ、分かったけどわざわざ乳首触るのやめてよ!」
「わかりやすいだろう?」
「分かりやすくないし!」
レヴィは胸を隠してむぅ、と唸り【敗者】を睨む。
【敗者】はため息を着くとさらに同じ生地で出来たアームカバーやガーターベルトを渡し、ニーソックスを履かせる。
「関節部が守られてるのはいいけど……指にガードがないってのはちょっとナンセンスじゃない?」
「そう急かすな。手甲は後だ」
「へー……あるんだ」
レヴィはインナーを着ると【敗者】からシャツを渡され、それも着込む。
【敗者】が自分と会った直後辺りに着ていたシャツと同じ生地だ、とレヴィは気付き、シャツの袖をさらさらと撫でた。
「こういう生地って……どうしてアークスの方で流通しないのかな?」
「そのシャツか?フォトナーの頃にあったいわゆるロストテクノロジーの類だが……性能は良いがコストが高いんだ。それをアークスの為に使ってやるなんて勿体ないだろう?」
「まあ、確かにね……」
「それに、アークスに長生きされると面倒なんだ。作ろうと思えば過去の高性能な迎撃機や武器はもちろんのこと、アークスだってもっと進化させられただろうが……今の状態が丁度いい。死んでくれた方が丁度いいんだよ」
「技術が発展したら情報統制や暗殺が難しくなるから?」
「よく分かってるじゃないか」
【敗者】の今の服と似た意匠のベストやスカート、ブーツを着け、ホログラムカラーのパーツを付ける。
もこもことしたファーのついたコートを着込むとリボンやヘッドギアなどのアクセを装着し、戦闘服が完成した。コートの背には戦略OSが着いており、ディスクは既に挿入済みだ。
着用のためのパーツも多くギリギリ一人で着れる程度の構造で、【敗者】がマイファッションを使った方がいいと言っていたのも納得できた。
「わぁ……結構重めなんだね」
コートはドレスのようにふんわりと膨らんでおり、レヴィはくるくると回るとしなやかな布がゆったりと広がる。
「あぁ、僕も貴様も、防御に重きを置いた服になっている。このままのデザインで採用するとも限らない」
「ふぅーん」
【敗者】とレヴィが初めて会った時、彼はダークファルスの戦闘服を纏っていた。
レヴィはそれを思い出すと【敗者】に声をかける。
「【敗者】が最初に着てた服は、攻撃特化って感じなの?」
「あれはダークファルスとして最も効率的に力を引き出せる戦闘衣装だ。攻撃特化と言うよりかはバランスと言った方が近いが……どちらにせよ、この戦闘服とは別の用途になる。この服はあくまで、ダークファルスとしてではなく潜伏している状況下で自分の身を守るための装備だ。レヴィの分もダーカー因子の濃い極限環境下での滞在を前提としている」
「ふーーん……」
レヴィは【敗者】のことをぼんやりと眺め続ける。
レヴィは何も言わなかったが【敗者】は察したらしく、レヴィに向かってニヤリと笑った。
「心配はいらない。強化のための戦闘服は現状機構を考え素材を選定する段階にある。それと……折角だから、貴様にも少し協力してもらおうと考えているんだ」
「へ?わたしが協力?」
「自分がどういう部分を補助したいか、どういうデザインにしたいか……そういう要望は聞いておく必要があるだろう?」
「確かに……防御用の戦闘服はそんなに改善案思いつかないけど、攻撃用の戦闘服だと色々思いつくかも」
運だけで回避している猪だと【敗者】に罵られるくらいにはとにかく攻撃してさっさと倒すというスタイルがレヴィの中に根付いているため、もちろん戦闘服のアイデアも防御より攻撃、それも隠し機能の類ばかりが思いつく。
「あと……」
レヴィは長いコートの内側を覆う極彩色の生地を見て、緩く口端を下げた。
「この服ポケットが少ないから、最低10個は欲しいかも」
「5個は付けてやっただろう?貴様に荷物を減らすという考えは出来ないのか?」
「えー、でもみんな使うかもしれないから……後で増やさないと……あとデザインする服もどうにかしてポケットいっぱい増やさないと……」
「はぁ……まずは亜空間収納を搭載することか」
【敗者】はため息をついた後、レヴィの準備が完了していると判断すると己も上着を着用しさっとマントを羽織る。
「わぁ……わたしと同じモコモコ……あとこのピカピカしたやつ……」
レヴィは【敗者】の上着についたホログラムカラーのパーツに目を向けると、興味深そうにそれを凝視した。
「僕のこれはただの飾りだが……貴様のそれこそがダーカー因子抑制機構だ。上手く働くことが確認出来次第汎用パーツとして他の服にも着用出来るようにする」
「なるほどね……」
レヴィは他人事のように簡単な返事を返した後、【敗者】の顔を眺めた。
血よりも紅い瞳、美しいグラデーションの髪、そして人間離れした眉目秀麗の極みと言っても過言ではないほど整った顔つき……
そこに物騒ながら美麗な硬いシルエットの戦闘服が映えて、戦闘用の服というよりかは儀式用の礼装に見えた。
「おっと……こんな所で話し込んでも無駄だな。今日の予定を進めようじゃないか」
「あっ、うん」
次の予定と言えば、従者とやらの事だ。
レヴィは【敗者】に連れられて研究室まで向かう。
扉の前まで辿り着くと【敗者】は止まり、レヴィに振り返った。
「起動自体は既に行っている。貴様が着替えている間に簡単な健康診断と会話能力の確認、知能レベルの検査を完了させ、稼働を開始できる状態にあると判断した」
「つまり?」
「この扉を開いたら直ぐにご対面、という事だ」
【敗者】はそう言い放つと扉を開いた。
実験ポッドの中は空。人影は一つのみ。
整った静かなクリーンルームに、少女が一人立っていた。
「"シャーロット"。レヴィに挨拶するんだ」
シャーロットと呼ばれた少女は振り返り、レヴィと目が合った。
【敗者】と似た紅い瞳に、レヴィよりも薄い、白に近い金髪。
レヴィよりも背は高くある意味目付きが悪いようにも見えるつり目で、仏頂面の可愛らしいと言うより美人なニューマンの少女がレヴィに向けて頭を下げた。
「お嬢様、初めまして。私はシャーロット。お嬢様の身の回りの世話とこの家の管理をご主人様から命じられております」
【敗者】の言い方からして完全に機械だと思っていたレヴィは、目の前に居る明らかに人間の少女を直ぐに受け入れられなかった。
目つきの悪さに反して声は琴のように優しげで、レヴィにゆったりと近付くとレヴィの手を取った。
「っ、……」
シャーロットの生温い手……普通の人間としての手がレヴィの手を包む。ブニブニと柔らかく、クリームの塗られ潤った皮と、内側の肉に包み込まれ、指が思うように動かせない。
レヴィは硬直し、顔が青ざめ、鳥肌が立った。
「レヴィ?」
「い、……嫌、えっと、……その……」
レヴィは体を引くとシャーロットの手が離れていき、サッと手を後ろに回すと背筋を丸める。
「よ、……よよ、よろし……く……」
顔を見ても特に不愉快ではない。シャーロットに悪意は感じられず、穢らわしい善の匂いもなく、ただ普通の人だと言うのに、レヴィの手に残るその"女"の感触が染み付いて不快感として離れない。
【敗者】はレヴィに近付くと彼女に体をくっつけ、ゆっくりと見下ろした。
「……どうした?フィードバックのためだ。シャーロットに改善点があるのならこの場で言ってくれて構わない」
「ちっ、……違う、なんかされたとかそういうのじゃなくて……」
しかし、レヴィは後ろに回した手をしきりに擦り、服に押し付けるように布を握って、とにかくその不快な感覚を忘れようと動かしていた。
【敗者】はレヴィの焦燥に染まった顔を見て、声をかけた。
「もしや……」
「う、……あの、【敗者】、あの……」
レヴィはサッと【敗者】に向けて両手を出すと、【敗者】は彼女の手を包みゆっくりと撫でる。
【敗者】の硬い指の感触と僅かに冷たい体温が優しく、触れ合わせるとゴツゴツとした骨がレヴィの手の甲にぶつかる。
その感触は心地よく、レヴィは不快感が晴れ寧ろうっとりとした表情を浮かべていた。
「レヴィ……シャーロットに触れられたのが、嫌だったのか?」
「あ……」
レヴィはゆっくりと頷くと、【敗者】はレヴィとしっかり目を合わせた。
何故か、と問われているように感じたレヴィは、自分の内側と向き合ってゆっくりと返す。
「シャーロットのことは嫌いじゃないし、なんか悪い気もしない。しないんだけど……、……なんというか、……"女"って、感じがして」
「女性嫌悪か?」
「いや、好きか嫌いかでいったら別に、特別女が嫌いな訳でもないし、男だって嫌いだし……人間嫌いって言った方が正しいと思うけど、でも……その、女にこう、……好意的な感じで触られるのは、嫌いかも」
レヴィは自分に対して好意的に接する人間が少なすぎて気付いていなかったが、どうやら自分は女に触れたり触れられたりするような行為が苦手だった。
別に男からのスキンシップが好きという訳では無いが、特別女からのスキンシップは無理……という価値観を持っていることにレヴィは気づくと、シャーロットに目を向けて「ごめん」、と言った。
「主人が従者に謝るな。その程度、シャーロットの仕事に支障が出るわけではない」
「……」
「シャーロット。レヴィへのスキンシップは控えるように。彼女はどうやら同性から触られるのが嫌いらしい」
「分かりました」
シャーロットは眉ひとつ動かさず淡々と言葉を紡ぐと、ぺこりとお辞儀をした。
「レヴィ。奴は僕たちの子でもなければ奴隷でもない。従者としての業務はあくまで仕事だ」
しかし、レヴィの目から見てシャーロットの容姿はあまりにも【敗者】と自分に似すぎている。
彼女は間違いなくレヴィが前に孕まされた時の受精卵が形になったものだ。
とはいえシャーロットが自分の子供という感覚は全くなく、【敗者】が思うように仕事での従者という第一印象が強くレヴィの中に染み付いていた。
「……家の管理って、何をするの?」
レヴィはシャーロットに近付くとゆっくりと彼女に声を掛けた。
「現状は入室が許可された部屋の整備と清掃となっています。ご主人様はセキュリティの都合上この家の完全な部屋の構成や通路等の構造は秘匿されており、設置されている情報端末も私では操作出来ない状態です。また、お嬢様の部屋の入室は許可されておりませんので、お茶汲みのご要望があれば部屋前にワゴンを置く取り決めとなっております」
「なるほどね……万が一謀反してもダメージが少ないように最低限の家の監視と管理だけやらせるって感じか。どうせカメラは着いてるだろうし遠隔操作できる手足を作ったって感じね。仕事ってことは給料貰ってんの?」
「はい。ご主人様からは衣食住の保証と共に賃金も貰っているため、離反行為を行う理由はありません」
シャーロットは表情の変化にも乏しく声色も一定で、一見するとロボットのようにも見えるがよく凝視してみると視線があちらこちらに動いたり合わせた手がすりすりと擦れたりと僅かに緊張しているのが伝わってきた。
パッと見た時は【敗者】に似ていると思ったが、このように人並みな緊張を感じると間違いなく化け物ではなく人であり、レヴィは自分の血が入っていると確信できた。
「あんた……自分の遺伝子がどこに繋がってるか……分かってる?」
レヴィは目を細め、シャーロットを凝視する。
「……」
そこでシャーロットはようやく表情が変化した。
驚きや喜び、悲しみ、怒りなどというものではなく、呆れに近い表情だった。
「血の繋がりとは、そこまで執着するべき物なんですか?」
シャーロットはくだらないといわんばかりに吐き捨てると、ため息をついた。
従者の態度としては粗雑だが、レヴィは驚いて一瞬惚けたあと、直ぐに顔が緩んだ。
「ふふ、……あんたいいね、気に入った」
レヴィはシャーロットに向けて微笑むと、くるりと振り返り背を向ける。
「シャル。家の事頼んだよ」
「はい、お嬢様」
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる