【敗者】の氷のように冷たい目。鋭く冷酷な手がレヴィとの触れ合いを拒み、彼女に背を向け離れていく。
「分かってる……」
レヴィは見たくない景色を何度も何度も見せられる。
ある時は六芒均衡の方へ、ある時はシオンとやらの方へ、ある時は誰も居ない孤独へ、【敗者】が離れて消えていく。
その度に、何度も同じ言葉が聞こえてくる。
『僕はダークファルスだ。僕の中に恋愛感情等というふざけた物は存在しない。貴様がどれほどの好意を持とうが愛情を持とうが、僕は一切それに答えることはない。愛を求めるなど愚かな事は考えるのであれば容赦なく処分する』
『一度や二度体を重ねた程度で恋人や妻などと気取った所で無駄という話だ。たかが体を渡した所で心まで渡したつもりはない……よく心に留めておくんだな』
『僕がセックスする事にはなんの意味もない。貴様が求めているからしてやっているだけのこと……どこまで行っても僕はただ貴様で暇を潰しているだけであり、そこに好意も意思もない』
だからこそ、レヴィは聞こえる度に同じ返事を繰り返す。
「分かってるよ……」
それでも視界に映る自分は【敗者】に愛していると告白し、そして冷たい目を向けられ、何度も何度も捨てられる。
「分かってる、……分かってるってば……」
どうやっても、この悪夢を止める方法がない。
わかってるといっても、謝っても、怒っても否定しても肯定しても嘆いてもなお止まらない。
「……」
「分かってるってばッ!!」
ガバ、とレヴィは黒い布から思い切り起き上がり、頭をぐしゃぐしゃと掻きむしった。
黒いカバーとシーツ、いつものベッドの上。
【敗者】は隣に寝そべり、レヴィの事をじっと凝視していた。
「はーッ……はーッ……やっと逃げられた……」
レヴィは心地の悪い湿った汗の感覚と掻きむしって乱れた髪の醜さにより一層嫌になった。
「レヴィ、……悪い夢でも見ていたのか?」
「……」
【敗者】はすぐに起き上がるとレヴィと目を合わせながら、ゆっくりと目を細める。
心配そうな彼の眼差しを見て、レヴィはふいと顔を逸らした。
「……夢ってより……未来みたいな、……事実、みたいな感じ」
「それは……不吉な未来が見えた、という話になるのか?」
「ううん。馬鹿なことしてわたしだけが不幸になる夢。だから、気にしないで」
彼は未来の事にとても執着している。特に、己の計画の成功と失敗に関してはレヴィを押し退けてでも知りたいものだった。
「しかし、もし万が一があれば……」
「夢にあんたは出てきてない。わたしが過去にした事をやり返されただけ」
レヴィは【敗者】に被せるように素早く返事をした。1から100まで全部嘘だが、流れるように言葉を続ける。
「いい?あんたはね、こんな末端のやつの世迷言なんて気にする暇ないでしょ。記憶の整理如きに血眼で聞いた所でなんの意味があるの?」
レヴィの非常に鋭く苛立った言葉は、寝起きの彼女にはよくある事だ。なんならこれすらまだマシな方。
【敗者】はレヴィのそれを寝起き特有の苛立ちだと受け取りため息で返すが、しかし内心はまだ納得出来ていなかった。
【敗者】はレヴィが過去にどんなことをされてきたのか知らない。両親と仲が悪く、昔から迫害されて生きてきたのはわかってるが、具体的にレヴィがどうしてこんな歪んだ精神状態の人間になったのかというきっかけは分からなかった。
彼女に恐怖と絶望に歪んだ顔をさせる程の過去とは、一体何なのだろうかと思ってしまったのだ。
「……」
しかしレヴィの頭にあるものは【敗者】のみで、彼女は無理やり布団から起き上がるとテーブルにぶつかりながらフラフラと歩き出す。
(今日は……起きたら……えーっとまず戦術学を二時間半やって……それから作法をやってから午後に遠征用の荷造りして……休憩したら夜出発だったっけ……?)
欠伸をしながら椅子に座り、ダイニングテーブルを眺める。
すると、部屋にシャーロットが入ってきて、レヴィに声をかけた。
「お嬢様、おはようございます。朝食は如何なされますか?」
「シャル、おはよ」
レヴィは端末を取り出し動画サイトを開きながら、頭の中でぼんやりと朝食のことを考えた。正直夢見が悪く食欲がない。お茶だけで良かったのだが、紅茶だけ頼んで【敗者】に文句を言われるのも嫌だったので何かしらは付けないといけない。
「えーっと、それで朝か……ホットジャムティー……。えっと、茶葉はローヴァ茶園のジャワの奴で……、あとなんか適当にクッキーとか。三枚くらいでいいよ」
「すぐにお持ちします」
シャーロットが離れたあとレヴィも立ち上がり、乱した髪を軽く解いて顔を洗い、鏡の前でゆっくりと深呼吸をした。
「目は覚めたか?」
「うわっ!」
目の前の大きな鏡に【敗者】の姿が映った瞬間、レヴィは肩を跳ねさせた。
「あんたのせいで目が覚めた。今」
「なら良かったじゃないか」
【敗者】はレヴィの肩に手を置き、ゆっくりと彼女を見下ろす。
レヴィの目は【敗者】を見ると甘く輝いて、自然に表情が崩れた。
「なんか、……あんたといるとしょげてられないんだよね」
「ふふ、それの何が悪いんだ?」
「悪いなんて一言も言ってないけど?」
つんつんと【敗者】の顎をつついたあとレヴィはリビングへ戻り、着席する。
タイミング良くキャスターのカラカラとした音を響かせながらシャーロットがやって来た。
ティーワゴンの上にはレヴィがオーダーした通りの紅茶と茶菓子が載っている。
「お嬢様の好きなマーマレードとアプリコットジャムをご用意致しました」
レヴィは水の代わりに紅茶を飲んでいるようなもので、所持しているティーポットもみんな大きめのサイズで軽く四人分はある。
レヴィはうんうんと頷いた後、シャーロットをじっと見つめた。
「シャルも紅茶飲む?」
「……ご命令であれば」
「じゃあ、あとブルーベリーとイチゴ、……リンゴのジャムも持ってきて。味が混ざらないようにカトラリーも多めに、あと……うーん、紅茶もすぐ淹れられる状態にしといて」
「了解しました」
「前にお茶の話したらさぁ、アイツ話が説明が下手とか話が長いとか文句言ってきやがったの。だからシャルと飲み比べしたいんだよねぇ〜」
「誰が誰に文句を言ったって?」
レヴィの悪口祭りが始まりそうになったところで、ちょうど【敗者】が帰ってきてレヴィの頭を掴む。
「うっ」
「貴様の茶葉の話は長いしあちこち話が飛んで聞き辛いんだ。その上、飽きて中途半端に話を終わらせる」
「だって満足したんだもん」
「だってじゃない」
二人が口論を始めるとシャーロットはぺこりと一度お辞儀をしてすぐに要求された物を取りに部屋から出ていく。
【敗者】はレヴィの横に座り、お下げをかき分け耳に触れた。
「ひゃっ!もう……くすぐったいってば」
「何処を触っても擽ったいって言ってないか?」
「別にくすぐったくないとこもあるし!」
むす、とレヴィが頬をふくらませると【敗者】がそこをつんつんとつつき、ぷす、と萎れる。
「むぅうー!」
「ふははははっ!」
互いにしばらく家を空け、遠征することが分かっているからか高級な柔らかい椅子にカーペットの心地いい感触をじんわりと噛み締めていた。
「テントってさ、わたしの部屋の奴使うの?」
「あれは貴様の趣味用だ。今回のテントに関しては簡易的な物を用意している。もっと簡単に設営出来て、簡単に撤去出来て、簡単に移動出来る物だ」
「ふーん……今日から行くのは継戦訓練だよね?」
「あぁ。次の遠征は大体二週間ほどの予定になるが、その次の惑星遠征に備えて今日中に出来るだけの荷造りは行うつもりだ」
「へぇー……武器制作とか、勿論そこで出来るんだよね?」
「あぁ」
シャーロットが戻り茶を淹れて着席すると、じっと主人達を見守った。
「シャル、お帰り」
「はい、お嬢様」
「好きに飲んでいいよ。気になるヤツからね」
レヴィは端末から音楽を再生したあと、茶に手を付けた。
それを皮切りに各々紅茶を取り、ジャムを入れてクルクルと混ぜる。
「食料とかどれくらい持っていくの?現地調達とかもする想定?」
「現地調達は最悪の場合のみだ。基本的には冷凍やフリーズドライで持ち込んで食事を取る予定になっている。それで満足出来なければ自分で取って食べるといい。勿論野草と茸の毒判定機は忘れないように」
「忘れたらほんと大変だからちゃんと持ってかないと……、既知惑星とはいえ管制からのバックアップも完全になし、となると対策は二重三重でも足りないかも……?」
「レヴィにしてはよく分かってるじゃないか」
「何言ってんの?わたしは思ってるよりずっと慎重だよ」
「雑で適当で飽き性の間違いだろう?」
「はいはい、めんどいめんどい」
レヴィはため息を着いて紅茶を一口飲んだ。
ホットジャムティーは軽い食事にはいい。
愛だ恋だと悩んでいたレヴィの心を落ち着かせてくれる。
【敗者】の事が好きだ。レヴィは同じことをもう何万回も思っている。その何万回もの自覚の度に【敗者】からの言葉を思い出し、何度も葛藤し、そして最終的には抑え込み、性的な行為の瞬間だけ全てをさらけ出して、その後気の迷いだったと言い訳する。
その繰り返しだ。生産性もない。
「まあ……強くなりたいって気持ちはホントだから」
レヴィはそう呟いて、ティーカップに映る自分の顔を眺めた。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる