乾かしたばかりの体を動かし、シャワー中に洗濯した戦闘服を再び着直し【敗者】とレヴィは変装に取り掛かる。
レヴィは軽くニューマンの耳をつけ、【敗者】はウィッグと耳を付けて人相を変え、いつもより若く、優しげな顔付きになる。
「よし、行こうか。店がある場所まで艦を向かわせるぞ」
「ん?わざわざ移動するの?」
レヴィの問いかけに待ってましたと言わんばかりに【敗者】は口角を上げ、怪しくニヤついた。
「僕たちの好きなものだ」
「?」
「計画の一環、だよ」
【敗者】のドヤ顔にレヴィは湧き上がることはなく、こてんと首を傾げた。
「スイーツ食べることが計画の一環なんて、トコトン物食うのに理由付けるやつなんだねぇ」
「そうじゃない、そこに居る者がこれからの僕たちにとって……」
「とりあえず、スイーツだけじゃ栄養足りないし他にも色々ご飯買うでしょ?仮眠するから着いたら起こして」
レヴィは【敗者】の声を無視してソファに寝転び、目を閉じた。
流石に情事の後だ。相当の疲労も伴っている。
「はぁ……」
【敗者】はため息をつき、窓の外を眺めた。
分かってはいたことだが、レヴィはスイーツと聞いてテンションが上がるような分かりやすい"女の子"ではない。
それよりも、食べ物の話を聞いて真っ先に【敗者】が食べるかどうかが出てくるところは、嬉しいやら面倒臭いやら彼にとっては複雑な気持ちだ。
【敗者】は異様な身体の感覚を覚えながらレヴィの耳を撫でる。
気の所為とは思えないほどに、レヴィの力は出会った時よりもずっと高まっていた。
【敗者】の考えたとおり、レヴィを良い環境に置き、良い刺激を与え精神状態を安定させることはレヴィにとってとても良い影響をもたらしていた。
「それにしても……相変わらず可愛いな」
見てくれもそうだが中身も一層、と【敗者】は独り言を呟いた。
仮眠でありながら思ったよりぐっすり寝込んでいるレヴィにその言葉は届いていないが、【敗者】は己の言葉の愚かさを分かりつつもその思考を断ち切ることは出来なかった。
艦は宇宙を航行し、アークスシップに到着する。
自動音声のアナウンスが鳴り響くと、【敗者】はレヴィの体を揺すった。
「起きろ、レヴィ」
「ん……」
レヴィはゆるゆると目を覚まし、【敗者】の方に顔を向けた。
「あ、思ったより早い……」
「ふん……さっさと準備をしろ。耳がずれているぞ」
「あ、ごめん」
【敗者】がずらしたものだというのにレヴィに責任を押し付け、レヴィはそれに気づかないまま寝相だと思い込んで付け耳を直していた。
やっぱりレヴィは馬鹿で愚かだ。
「はぁ……訓練の前なのにこんないい気分してていいのかな」
レヴィは船から降りながら、小さく呟いた。
時間は割とシビアで、予定の店の閉店まであと40分。
真っ当にタクシーを乗っていても間に合わないため手動操縦の最高速度で爆走予定だ。
もちろん運転はレヴィではない。
「逆に、訓練の前だからこそリラックスした方がいいだろう。今のうちに活力をきちんと蓄え、過酷な訓練に備えておくことだな」
「過酷って……そんなに?継戦と協力の訓練だよね?負担が半分……いや、あんたの能力を考えればそれ以下になるはずだけど」
「ふっふっふ……、そう上手くいく話じゃないぞ。貴様を満足させられるだけの刺激は与えられるだろう。楽しみに待っておくことだな」
「刺激って……どうせ理不尽なやつでしょ」
市街地区画の入口に入り、二人はタクシーに乗った。
軽いハッキングで手動操縦に切り替え、【敗者】が運転席に座るとレヴィは不満げに助手席から【敗者】を眺める。
「なんであんたが運転なの?わたし運転したい」
「貴様に運転させるわけが無いだろうが」
【敗者】は運転しながらも視線はレヴィから逸らさず、そんな彼の様子を見たレヴィは頬を膨らませ抵抗する。
「やだ!あんた前見てないじゃん!危険!」
「貴様はそれ以外の全部が危険だが?」
「わたしは安全運転ですよーだ!」
「無免許が何を言っている」
「車の免許は持ってるし!倉庫借りれないから!」
レヴィは当たり前のようにドヤ顔をしながら高らかに宣言するが、【敗者】にとっては意味が分からなかった。
アークスカードも偽造し戸籍も偽造しているのに、倉庫を借りるための免許を偽造しないというのが一切理解出来なかったわけだ。
「偽造しなかったのか?」
「だって乗り方知らなかったから……勉強した方が早かったんだもん」
「はぁ……変な所で生真面目だな。艦の操縦免許も持っているんだろう?」
「え?艦は無免許だよ?」
「は?車は持っているのに?」
「別に、艦は倉庫とか要らないじゃん」
「しかし、操縦のための勉強はしたんだろう?」
「したよ?」
「だったら、免許を取ればいいじゃないか。車と同じように」
「え?めんどくさくない?」
レヴィの発言に【敗者】は呆れて盛大なため息をついた。
「貴様は本当にやることなすこと支離滅裂だな」
「はぁー、あんたこそ言ってること意味わかんない。まあ、あんたなら別にいいんだけどさ」
そんな相変わらずな仲良いんだか悪いんだかよく分からない会話を繰り広げながら、【敗者】とレヴィの二人はとある場所に車を止める。
夜の市街地はまだ明るいが、レストランやデパートは早い所でもう閉まり始めている所だろう。
ボロくもなく怪しいネオン明かりもないそこは健全な市街地の一区画であり、外に差し込む光も二人には焼き焦げてしまいそうなほど暖かく眩しいものだった。
「……着いたようだ」
「ふぅーん、案外小さい店だね」
タクシーから降り、【敗者】が手を差し出すと彼女はそれを取って車から降りた。
作法の教育は上手くいっているらしい、と【敗者】はレヴィが作法の勉強だけ面倒臭いだの言って嫌がるところを思い出しながら、淡々と呟いた。
「チェーンではなく個人店だ。規模を大きくしてもサービスが悪くなるだけだろう」
「それもそっか」
そうして【敗者】を迎え入れる自動ドアを潜り、二人は店に入った。
「いらっしゃいませ」
白を貴重にした高貴ながら清潔な店内。下品な装飾はなく、床のタイル一枚にも拘りを感じるようなそんな店の内装が広がり、芸術的感性の高いレヴィは思わず感嘆の声を漏らした。
「鏡で広く見せたりみたいな小癪な事してこないところがいいなぁ……」
「それも空間を広く見せるための技術の一つだが……」
「人の目を騙すくらいならテナント広くした方がいいっての」
異様な雰囲気を持つ二人が入ってきた、とその店員であるパティシエールは思った。
おどろおどろしい、怪物のような強大な気迫とカリスマのオーラ、そしてそこに混じる柔らかく生暖かい泥のような異様な気味悪さ。
繊細で敏感な彼女からしてみれば、二人は喜んで歓迎していいのかと思ってしまうほど変な、不審者のような客だった。
「わ……美味しそー……」
レヴィは洋菓子の入ったショーケースをじっと凝視した。
これから戦闘訓練でなければ、と目を惹くものは特に高級なケーキや繊細な技術がされた菓子ばかりだった。
「ここ最近有名になった洋菓子店だ。在庫切れも予測していたが……運良く残っていたようだな」
「へぇ……艦に持ち込んで食べるならプリンとかの方がいいかなぁ?」
「好きに選ぶといい。その棚の全てが欲しいと言っても構わないぞ」
「いやそんなに食えないし!放置してたら美味しくなくなっちゃうでしょうが!」
「ふふ、冗談だ。船の冷蔵施設にもそこまで余裕は無い」
「全くもー……ちょっと悩ませてよね」
「あぁ……」
レヴィがショーケースのスイーツに夢中になっている中、【敗者】は彼女から視線を逸らした。
見つめる先は、ショーケースを挟んだ先にいる店員のパティシエールだった。
薄い茶色の髪におっとりとしたエメラルドグリーンの瞳、長い髪は三つ編みにしぐるりと大きな円を描いて留められている。種族は長耳のニューマンだ。
彼女の名はイズナ。この洋菓子店は姉のナズナと共に経営しているが、その姉の姿は見えなかった。
「……どうかされましたか?」
「いや、……。噂の美人姉妹のパティシエール、と聞いていたが……今日は一人なのかい?」
「あぁ、その……姉は厨房の方におります。明日の仕込み中でして」
イズナは奇妙な感覚に陥った。
その男からは訝しげな目線が当てられるが、美人という話を聞いてやってきた男が向ける性愛的な好意の目線とは違う、まるで研究者が実験対象を眺める時の目線と全く同じだったからだ。
その目はイズナもよく知っている。
彼女がラボで研究者の手伝いをしている時、種族関係なくその視線が万物に降り注いでいたからだ。
「では、君がイズナ君だね?」
「はい、私がイズナ……ですが……」
となれば、なぜ目の前の男がたかが一介のパティシエール相手にそんな目を向けるかだが……
イズナは【敗者】から目を逸らし、レヴィをチラリと見た。
ニコニコと笑いながら楽しそうにスイーツを見る姿は、パティシエールからしたら微笑ましい物だ。
しかし天才と謳われ、鋭い勘を持つイズナからすればレヴィの違和感に直ぐに気づいた。
フォトンを持つアークスからしたら、少し気味悪いとも思えるような、周りから切り取られたような不思議な感覚。
姿形は人と同じなのにどこか自分とは違う人ではない、人でなしのような、人未満もしくは人以上のような何か。
「ね、ね、ルオン。プリン食べる?」
「好きにしろ、と言っただろう?」
「好きにするのはわたしでしょ?あんたのオーダーを聞いてるの」
「それも貴様が好きなように選べ」
「ちぇっ、甘党の癖に」
「僕のどこが甘党だと?」
「だってあんた、甘いって言ってる時が一番喜んでるじゃん。しょっぱいとかすっぱいとかじゃなくて、甘くて美味しいって言うじゃん」
「……それは貴様を舐めてる時の感想だろう?」
「それはホントにキモいけど、甘いからいいって感想が出るってことは甘党なワケ!あまーい香りとあまーい味が大好きな甘党野郎!」
「不服だが、確かに刺激物には鈍感な体だ。味覚ではない辛味は実感しにくい。
苦味や酸味も、特別好む訳では無い。となれば甘味に対して関心を持つということは、甘党なのかもしれないな」
確かに、と【敗者】はレヴィの言うことに納得しつつ、自分がそうであると認めるのは少し恥じらいがあった。
「自覚遅すぎだっての」
「僕はダー……、……コホン。
食事に拘る必要がないんだ。その部分を解析する必要はないだろう。
それに、珈琲や紅茶は無糖だ」
「甘いお菓子と合わせるためでしょ?」
「だったら貴様が僕のデザートだと受け取っていいんだな?」
「は?何言ってんの。このレヴィ様はフルコース、でしょ?」
「はははっ!確かにそうだな」
レヴィの自信ありげな声に【敗者】は何だか気分良くなり、くすくすと笑って返す。
レヴィもつられて笑うと改めてイズナの方を向き、ショーケースを指差した。
「じゃあねーパティシエさん、このプリンふたつと、あとこのシフォンケーキと、あとそこのカゴのクッキー全部ちょーだい」
「全部……」
ショーケースの上に乗った編みかごの中には、クッキーが二十枚ほど入っている。
一枚150メセタの手頃なお菓子だ。
「乾物だから持つでしょ?外でも食べたいの」
「あっいえ!はい、期限は大丈夫です。ありがとうございます、恐縮です!」
イズナは梱包するために箱を取り出し、ショーケースを開けてスイーツを取り出し始めた。
【敗者】はまた、イズナをじっと凝視していた。
「……いや、都合が良いな、レヴィ。そう思うだろう?」
「ん?……あぁ、まあね」
レヴィは【敗者】の言っていることが全く分からなかったが、彼のそういう時特有の怪しげな目と抑揚付いた声に察して合わせ、適当な相槌を打つ。
「して、貴様のフォトンアレルギーについての研究だが……」
「っ!」
わざわざ目の前でフォトンアレルギーの話題を出す【敗者】にレヴィは焦り、菓子を梱包しているイズナの方をちらりと見て目を細めていたが、【敗者】は無言のままいいから合わせろ、という目線を送った。
レヴィは手を合わせ指を擦りつつも従い、深呼吸をして落ち着いた。
「やはり、
「類似ってことは……グラン、ってこと?」
レヴィの言葉に、イズナの耳がピクリと動いた。
「正しくそうだ。通常アークスの肉体内に存在するフォトンをエネルギー化するためのジェネレーターが、数値では見えない何かしらの作用によってそれに変化しているのではないかという推測を行っている。
つまり、吸収したフォトンが無意識に異常フォトンであるそのエネルギーに変換されているという事だ」
「でも、フォトンを吸収すれば拒絶反応が起きるのはどういうことなの?フォトンを変換するはずなのに……」
「体内の非活性エネルギーの蓄積量が多すぎてフォトンを吸収出来ない状態にあるのだろう。その麻痺がいつから起きたのかは知らないが、エネルギー消費量と比較するとその器は規格外に大きいはずだ」
「つまり中にあるエネルギーを排出する仕組みを作れば緩和されるってことか……いや、排出というより、わたし達的には活用、だよね」
二人の話を遮るように、イズナは袋に入った箱を差し出した。
「あの……」
「あぁ、ありがとう」
【敗者】は愛想笑いをしながら端末を押し付け、決済を終えると袋をレヴィに渡し、正面からイズナと目を合わせる。
「……」
イズナの観察するような目に、【敗者】は顔を傾けて軽く微笑む。
「……何か気になった事があったのかな?特殊惑星探査隊オルター、デルタ・ヴァリアントの元クルー。第四十一期春期生首席のイズナよ」
「ッ!!」
イズナは【敗者】の声に肩が跳ね上がった。
同時に、レヴィもイズナに目を向け細める。
デルタ・ヴァリアントと言えば、レヴィのエネルギーの類似物とも言えるグランを発見した特殊惑星探査隊の一隻だ。
そのグランは惑星マキアで見つかったものであり、その星では、フォトンに対抗するため人工的にグランを作る高度な技術が存在していたという……
「そういう事ね……」
「そう気にする事はない。僕は別にインタビューしに来たわけでも、スカウトしに来た訳でもないのさ。しかし、君達が記録に残さなかった部分について興味があるかと言われれば、それは嘘を付けないね」
イズナの前にいるのは元虚空機関の総長。特殊惑星探査隊と研究所は密接につながっており、そのクルーに研究員が多いのはもちろんのこと探索結果や持ち帰った物の解析もまた研究所の行うこと。
そしてその研究所の統括をするのが虚空機関という事は、【敗者】はアークスはもちろん特殊惑星探査隊オルターに対する命令権も持っているのだ。
「……確か、記録がかなり少ないんだっけ?」
「"とても綺麗な星だった"としか記録は残されていない。多くのクルーには情報統制が敷かれているどころか、そもそもほとんどの概要を知らないものや、コールドスリープしたまま帰還した者もいる。しかし、極一部はその実態を深く把握している。
それが艦の中枢部を担うオペレーターや施設管理者及び、新艦長と同パーティーにあった者たちだ」
「……」
イズナは深く黙り込んだ。オルターには守秘義務という奴がかなり多い。
訓練校に通っていた頃は、訓練用の秘匿シップを出ることは許されていなかったくらいだ。
しかし、目の前の男が研究者であり、そしてマキアの報告書を確認する立場にあることをイズナは理解している。
あの惑星で起きたことはなるべく記録に残しておきたくなかった。
たくさんの犠牲と、滅びの歴史、そして未来に繋がれていく絆と約束達。
そして恐らく、過去のフォトナーが起こしたのであろうという滅びの切っ掛け……
あれは記録ではなく記憶であり、イズナはデルタ・ヴァリアントの一部の仲間以外その話を一切口外していなかった。
しかし。
確かに、新艦長の説明ではあまりにも足りなさすぎるとは思っていたのだ。
研究者としてはあんな言葉では満足出来ないだろう。
オラクル船団帰還直後オルターを辞めたイズナからすると詳しくは分からないが、セイル曰くあの後デルタ・ヴァリアント改はありあわせのパーツで改造した機関部の正規品への交換や修復が行われたらしく、同時に船外部分や残留粒子の調査も行われたという。
そこで、グランドライブの機構や船内に残っているかもしれないグラン結晶、船外に残ったグランの残滓の研究がされていてもおかしくないのだ。
現に目の前の男はグランを知っている訳である。
だから、何かあるのに何も言ってくれないということのもどかしさを、イズナはこの場で晴らすべきだと思った。
「私は、あのラボで研究者の方々の補佐としてお手伝いをしておりました。なので、貴方のような探究心を深く持つお方の気持ちもよく分かります」
「それで?」
「しかし、貴方が思っている程面白いものはあそこにはありません。あの星は既に崩壊しました。まだ日数も経っていないでしょうし、恐らく生物が住めるような環境にもないでしょう」
「まだ日数が経っていないという事は、つまり痕跡が残っているということでもあるだろう?」
「エネルギーの霧散スピードはかなり早いです。それに、グランの霧散がフォトンの活性化を意味するとなると、我々がオラクル船団へ帰還できたというのはつまり、あの時点ですらそれほどグランが失われていたという事です」
「帰還したデルタ・ヴァリアントの船外パーツの調査により、フォトンとは違う粒子の痕跡が確認されている。そこにグランという名称が利用されているのは、ボイスレコーダーの記録によるものだ。
もっとも、ブラックボックスを確認した限りだと二回墜落していて、記録はほとんど損傷していた。分かったデータは君たちの望む通り、そう多くは無かったさ」
アークスシップや特殊惑星探査用の艦が墜落することは珍しい事ではなく、墜落原因の調査の為ブラックボックス……艦の様々な記録を保管する装置は必須で必ず載せられている。
「ブリッジのボイスレコーダーから……。あの辺りはキサラさんやシャロンさんが手を付けていると思ったのですが」
キサラはデルタ・ヴァリアントのオペレーターであり、シャロンはデルタ・ヴァリアントの研究者の一人。研究を統括する人間は元々副長のレイヴァンだったが、惑星マキアで命を落としたことにより最終的にはシャロンが統括していた。
その二人は内情を深く知っており、ブラックボックスを調査されることも踏んでボイスレコーダーの記録も改竄しているはずだ、とイズナは考えた。
「勿論細工はされていたに決まっているさ。抹消履歴も確認した。しかし、これはオラクルの規則として……観測収集したデータは必ず削除せず、アーカイブを残す必要があるわけでね。バックアップシステムもそれなりに完備しているんだよ」
「……」
しかし、相手は元フォトナーのダークファルス【敗者】。彼の前にそんな子供騙しのような改竄や抹消は通用しない。総長だった頃の彼はオラクルの全管制を掌握し、オラクルで一般的に使われている回線やネットワークに入り込みその記録を見る事など容易。シャオを相手にしてさえ、こちら側にハッキングしてくるなどということがあれば当然探知できるに決まっている。
「何故そこまでデータの保存に躍起になるのか知っているかな?
昔はダーカーの市街地強襲も多く、その過程でアークスシップごと陥落することも多かった。いや、"アークスシップ"という名称が付く前の、"オラクルシップ"であった頃からの話だ。
その過程で船内に築かれていた文明は破壊され、日時時間を示した情報も、船内の中枢部に保存されているデータも、途方もない数が消えていった。
現代にフォトナーの技術がほとんど伝わっていないのは、その技術の記録が完全に抹消されたからだ。過去の高度で尊い技術達は、文明ごとその形を失った。
そして、経過した年月すら曖昧になった」
「年月も?」
【敗者】の年齢を推測すると、700歳以上とは考えられる。
しかし実際の所、経過年数は曖昧なのだ。
惑星カーネベデはダークファルス【巨躯】からの分体によって千年以上前に滅びており、ダークファルスは千年周期で復活するという逸話がある星も存在する。
つまり、ルーサーが頒布した偽りの歴史では無い、罪深きフォトナーの作り出した「本来の歴史」でも、深遠なる闇が生み出されたのは光歴500年代であり、新光歴元年は千年。
そしてフォトナーとダーカーの戦争は長く続いており、封印には長い年月が掛けられている。……千年前に惑星を滅ぼしたダークファルスの誕生が700年前ではどう考えても辻褄が合わないのだ。
――そして【敗者】は、その答えを知っている唯一の存在である。
「一般的に光歴千年が新光歴元年と言われているが、そんなちょうどいい年数で上手くアークスが開発できて上手く組織体系が変化出来るわけないだろう?
ほとんどの記録が失われて、今が何年のいつだということすら分からなくなったから、暦を移すその時を光歴千年とした。科学的なデータから月日くらいなら分かるが、暦を定める年数は人の感覚だ。実際のところ、その時間は数百年どころでは無い……数千年も経っているだろうよ」
「記録の抹消によって暦が機能を失う……」
「数千年……以上……」
この場にはいま【敗者】とレヴィとイズナしかいない。
繰り広げられる話は絶句するほど残酷な物だが、その真実を知るのは末端のアークスですらない存在達だ。
「だからこそ、現在アークスシップや探索で得た全ての記録は船内に保存され、その情報がクラウドデータとしてマザーシップと繋がり、マザーシップの内部で情報が常に蓄積されている。それは核たるマザーシップを失うまではオラクルという巨大な宇宙文明を保持し続けようという昔を生きた人間の意思だよ。
なんなら、今はマザーシップを失ってすら独立運行が出来るような対策が敷かれている可能性すらある。
現にマザーシップはダーカーに乗っ取られた訳だ。それが一度では無いかもしれない」
「……確かにね。惑星一個落とせばいいって簡単な話じゃないかもしれないのか……」
「つまり、デルタ・ヴァリアントのクルーが行った情報隠蔽行為は本来権利剥奪レベルの処罰な訳だが……それを虚空機関が寛容にも許可したから今も君たちの首が繋がっている訳だ。もっとも、既にクルーを辞めた君には無関係な話かもしれないがね」
「……いえ、私にも責任はあります。無関係なんて事はありません」
「責任感が高いのは結構。しかし、僕は先程言ったように……インタビューしに来たわけでも、スカウトしに来た訳でもない。もう一度艦を編成し、マキアに行けとオルターの者たちに命令するつもりもない。そんな権限は僕にはないからね」
「なら、……どうして」
「単純に気になるからさ。調べる理由なんてそれで十分だろう?
そして、それは大きな鍵になる。
この子の人として生きる権利を確立させるための鍵にね」
「……」
実際のところ、目的は違う。
生きる権利を確立させたとて、どうせこの世界は滅びるものだと【敗者】は思っている。
レヴィはその為の道具であり兵器だ。
彼女のグラン類似エネルギーを利用し、フォトンを滅すれば、オラクルは機能不全になることを【敗者】はよく理解している。
それこそ、先程言ったマザーシップを必要としないオラクルの独立運航が実現する前に、頭を潰さなければならない……
「僕は治そうとは考えていない。それは強大な力だ。活かす価値があるし、意味がある。
しかし、その価値を理解出来ない凡俗共に貴様の存在意義を示すには、具体的な数値が必要だ。生まれながらのデメリットを凌駕するほどの、大いなる勲章が」
【敗者】はつらつらと嘘か本当か分からないようか言葉をレヴィに並べた。
彼女にとっては嬉しいことだが、もし自分の中の力が取るに足らないものだったらどうしようという不安もあった。
「勲章というか首に巻く骸骨飾りみたいになりそうだけど?」
「代わりに宝石でも付ければいいんじゃないか?」
「いっつも付けてるでしょそれ」
「ふふ……」
【敗者】は小さく笑みを浮かべるとレヴィの持つ袋をつつき、彼女の腰に手を回し掴んだ。
「立ち話を続けても良くないな。保冷剤が溶けてしまう」
「あ……」
「ここに来たのは、デルタ・ヴァリアントの元クルーに興味があったからというのもあるが、同時に有名パティシエールのスイーツを嗜んでみたかったからさ。
本気でそのために訪れるのなら、ここではなくオルターに行くに決まってるだろう?」
「確かにそうですが……」
「では、好きに余生を楽しむといいさ。君の実力は実に魅力的だが……この子の適任と言えるほどではないだろう」
【敗者】は振り返り、レヴィの背をやんわりと押した。
イズナはそんな二人の後ろ姿を見守る。
フォトンアレルギーと、人として生きる権利を確立させる為のグラン。
もし生きる場所が違かったら、彼女は比類なき強さを持つ戦士であったのだろうか。
彼女から漂う物はユノやギガンテスとは違うが、何かフォトンとは違う物が蠢いているのはイズナにもわかる。
その気味悪さを異物として排斥するか、それとも特別なものとするかは受け取り手次第だ。
「え?わたしが強いの?」
「いや、貴様の方が圧倒的に弱いが……性格的な相性の問題だ」
「ふーん……残念。スイーツ食べ放題かと思ったのに」
「パティシエールの業務は貴様が想像するより多忙だ。兼業なんて出来るわけがないだろう。食べたいのなら個人的に向かえばいい」
「やだ。この艦人多いし……もう片方のパティシエが、普通に接してくるとは限らないし」
「なら、買収し、オーナーとして指導すればいいだけだろう?」
「買収とかそういうの簡単に言わないでよ!金稼ぐのも大変なんだからね!」
「資格勉強を終えたら投資と不動産の勉強でもしてみるか?」
「そんなつまんなそうなのやだ!」
「つまらないとは……心外だ。世界の状況と照らし合わせながらシミュレーションと予測を行うだけで稼げる楽しい仕事だというのに……」
「いやそれ聞いても楽しさがまーったく想像出来ないんだけど!シュミレーションすんならもーっと楽しいやつがいいでしょ?ゲームとか!」
「はぁ……」
二人は店を出ると、またタクシーを呼び寄せ乗り込む。
もう店の閉店時刻は考えなくていい。
自動操縦に任せて市街地をゆっくり進んでいた。
「性格的な相性を考えて、か……まあ、アークス共とわたしで実力差がありすぎても威張られるだけだし、実力で選ぶってのはデメリットの方が大きいかもね」
「あぁ。なるべく人当たりの良い相手を計算している。マキア全域を探索済みであの星の記録されていない部分を知り、実力はそこそこの、レヴィと相性が良さそうな相手をスカウトするつもりだ」
「スカウトとか言って、拒否権ないくせに」
「当然だが?」
「"当然だが?"じゃないし。監禁しないでよね軽率に!」
「少なくとも監禁することはないだろう。誰もが貴様のようにちょろい訳では無い」
「ちょっ……ちょろい?!」
「ほら、スイーツを食べるんじゃなかったのか?」
【敗者】は箱からプリンをひとつ取り出すと、使い捨てのスプーンと共に封を開けた。
「ちょろいって何ちょろいって!わたしはそーんな軽い人間じゃ……」
あれこれ文句を言うレヴィに一口近付け、無理やり食べさせるとレヴィは反射的に口を閉じ、もぐもぐと咀嚼して。
「お、美味しい……じゃなくて!……甘〜い♡じゃなくてぇー!」
【敗者】はレヴィが文句を言う度にまたプリンを捩じ込むと彼女はまた食べてはキャンキャン文句を言い、それでも甘さ美味しさに口元がどんどん緩んでいく。
「ふふふっ、はははははは!まさにそういう所だろう」
「うるさーい!」
そんな軽い会話を広げながら、二人は船に戻っていった。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる