継続戦闘訓練のち問題解決のち温泉のち帰還。
船から見るだけでもアークスシップの様相……とくにロビーとショップエリアが変化しており、【敗者】はその様子をぼんやりと眺めていた。
「どうやら、居ない間に改装済みのようだな。一昨日の夜中に全シップで一斉に改装工事を行っていたらしい」
「ふぅーん。工事マシナリーも土方も今はへばってるかもね」
「まあどちらにせよ、僕達には関係ない事だが……」
「どうせすぐ遠征行くし……あ、じゃあわたし降りるから」
ここは44番艦ではなく128番艦テミス。
刀匠ジグがいる場所でもあり、同時にレヴィの職場……工房がある場所だった。
「本当に貴様は忙しないな。工房なんて明日でもいいだろう?」
「良くないの。年始からジグと話さないといけない事があるから。あんたは家の管理してて。わたしは仕事して、取り寄せたもの受け取りにいって、裏任務しないといけないから……夜中に帰ると思う」
「だから少しくらい一緒に居ろと……」
レヴィは【敗者】の言葉を遮るように船の搭乗口を開けると、いそいそと出ていく。
「はぁ……どうせ遠征したら好き放題命令出来る。今は忍耐の時、か」
【敗者】はそんな言葉をいいつつ、船の進路を44番艦に変えて出発した。
――その頃レヴィの方は、ゲートエリアからようやく改装されたロビーの中に一歩足を踏み入れた。
「うわっ、眩しっ……」
ロビーは全体的に素材の色味が明るくなった上黄色っぽい配色を選んでいるからかかなり開放感があり、ショップエリアの方に歩いていくとまた同様に明るく、装飾が増えている。
「ロビーもショップエリアもいない間に改装済みか……」
これが担当者のウルクとやらが目指したものなのか、兵士がこんな眩しい場所にいて疲れないのか……レヴィはそんなことをぼんやり思っていると、頭の方から何かが垂れる感覚がして思わず空を見た。
流石にショップエリアで雨が降るようになった訳では無いようだ。
となると、とレヴィは額に触れる。
己の血だ。
地面を見ると足元に大きな石が転がっていた。
そして周りを見渡すと、相も変わらずな、関わったこともないのに理由もなくレヴィを憎悪する者たちの視線が集まっていた。
ひそひそひそひそと。
鬱陶しい。
ダークファルス【敗者】の仲間だから、とか、市民殺しの重罪人だからとか、そんな理由なら納得出来る。
でも彼らは違う。
彼らはレヴィを、フォトンがないから、不気味だから……なんて、非常に無意味で曖昧でなんとなくな理由で親の仇のように憎悪して、こうやって石を投げるほどにまでなっているのだ。
フォトンが無いだけで、レヴィは彼らに迷惑を掛けた覚えなんてない。共に出撃したこともない。年齢も離れている。
本当に初対面の、なんでもないような相手が、ただレヴィにフォトンがないというだけで一方的に虐げている。
レヴィはカスラの言葉を思い出した。
レヴィの今の状況は自由であると。
彼らの狼藉を罰するということは、同時に自分の非を認め真っ当なアークスにならなければいけないということを。
しかし、レヴィは苛立つばかりだった。
これが"真っ当なアークス"のやることか。
あの男は無意味で無駄で曖昧な不快感やストレスを、全部無関係の相手にぶつけて優越感を得るような、こんな無様でみっともなく忌々しいアークス共になれというのか。
自分はこんな風にはならない。
理由もなく人を虐げる人間にはならない。
自分には明確な憎悪があり、曖昧では無い意思があり、目的があり、そのためにヒトを選んでいるのだ。
――例えば、こうやって。
レヴィは誘き出すようにゆっくりと人気のない赤部屋の方へ向かっていくと、赤部屋の内部に居たアークスたちが一斉にレヴィを見つめる。
「うわっ……なんでテメーみたいなやつがまだアークスやってるんだよ」
「虚空機関の奴らみたいに此奴も追い出してやろうか?」
ニヤニヤと笑うアークス。
そういえば今のオラクルにとって虚空機関の職員は肩身が狭いらしく、どんなに無害な行動をしていた者であっても残虐なマッドサイエンティストのレッテルを貼られて差別され、再就職も困難なのだとか。
こうやって無関係の人間にストレスをぶつけるような暇人アークスからしたら、彼らは格好の的なのだろう。
「……権利がある」
レヴィは淡々と呟いた。
アークスたちにとってはそれが気に入らなかった。
明らかに高価な服を纏い、一人では出来ないようなヘアスタイルをし、臆することも無く顎を引いて静かに堂々と立ち、輝きを帯びて真っ直ぐ彼らを見るレヴィが、不都合でならなかった。
こんなにもアークスから追い出そうとしているのに、こんなにもオラクルに不必要だと言っているのに、こんなにも虐めているのに。
やることなすことみんな邪魔して、道を歩いているだけで石を投げて、溶岩の海や崖の下に突き飛ばしているのに。
"憎悪を向けたことも無い無関係な相手からの暴力"という、パラノイアを引き出すような行為で、彼女の心を折り砕き自殺に追い込もうとしているのに、レヴィは寧ろ元気だった。
「チッ……」
彼らはレヴィと初対面だ。
実際の所、彼らにとって「フォトンがない」ということは、そこまで深刻な事情ではない。
レヴィが賄賂を使ってアークスに入ったことも、命令無視を行うことも、彼らにとってはどうでもいい。それらに対して"苛立ちや憎悪なんて湧いていない"。
彼らはレヴィを憎んでいない。
だが、行き場のないストレスをぶつける"免罪符"にはなる。
他のアークスや市民にはそうしてはいけないが、レヴィはそうしていいのだ。
なぜならレヴィは嫌われてるから。
なぜ嫌われているのか?自分にとっては関係ないが、彼女にフォトンがないからだろう。
管制だって彼女のことを疎ましく思っている。
管制に知り合いはいるのか?実際、彼女の被害にあって殺されたり、やめさせられたりした管制のオペレーターがこのアークスたちの知り合いなのか?
そんなものはいない。
フェオの艦長は度重なる横領と職権濫用の罪で解雇されたが、それはレヴィのせいじゃない。
彼らは迷惑を蒙ってなどいない。
カスラの言う通り、レヴィは"皆が知る限りでは"アークスに何の影響も及ぼしていないのだ。
"彼らにとって"レヴィは無害である。
無害であるが、虐げるだけのなんとなくな世論と、虐げても許される"雰囲気"がある。
憎む理由がなくても、嫌う感情がなくても、相手からなんの迷惑を受けていなくても、ただぼんやりと皆が周知している、"レヴィならどんなに虐げても許される"という雰囲気だけで、彼らは一人のヒトを殺せる"権利"を持っていた。
「権利ィ〜?お前にある権利は殺されてもその相手を無罪にする権利だけだろうがッ!」
「……ふふっ」
今までなら、レヴィは彼らの暴力を受け入れていただろう。
アークスシップのリミッターによって彼らは武器を使えない。だから拳を振るってくる。
彼らはたまたまハサミを持っていたためそれを振るってきたが、レヴィにとっては銃も剣も拳も同じ。
「あんた達、暇なんでしょ」
レヴィはサッとアークスからの攻撃を避けると、直ぐに手を差し込む。
首を掴み、持ち上げると思い切り床に叩きつけた。
「グッ……」
「あのね?真面目に働いてるようなアークスは末端の最弱とか言われるアークスにわざわざ暴力振るう暇なんてないの。そうやってこの部屋で無駄なことして駄弁ってる暇があったら、ちょっとは働いたら?フォトン、使えるんでしょ?」
レヴィの暴言にアークスたちはたじろぎ、ゆっくりと立ち上がる。
しかしそんな彼らに追い打ちをかけるようにレヴィはクスリと笑った。
「あっもしかして……落ちこぼれだから仕事がないワケ?あは。残念だけどわたしはこれから仕事なの。あの超有名人と業務提携をして、フフ。最高の作品を作るつもりでね?」
レヴィの図星な指摘に、アークス達は苛立った。
虐げて当たり前の、何の価値もない人未満に侮辱されるなんてありえないと。
そして床に転がったアークスはレヴィの足首を掴み、フォトンを流そうとするが……
「無駄」
レヴィはどこかの空間を見るとサッとそれを掴んだ。
瞬間、足を掴んでいたアークスの心臓が痛くなり、思わず手を離し胸を抱えて蹲った。
「最近、コレがかなり見えるようになった……」
レヴィはどこでもない空間を見つめながら、ぼんやりと独り言を呟いた。
「昔は、滅多に見えなかったのに。見えただけで、不気味だって言われたのに。
今は、この視界の中にずっと見える……」
割れた空間のひとつから見える世界。
そこには箱の中に広がるジオラマを覗いたかのように世界が映っており、レヴィは目を細めるとそこを撫でた。
「テクニックもフォトンアーツも使えないけど、彼の話が本当だって言うのなら、これだってそれの一部かもしれないし……」
レヴィは興味無さげに、突進してくるアークスへ手を翳す。
「マジックとか、ね」
一言呟くと、目の前のアークスの体がピタリと止まり、そして目の前の空間ごと体がひしゃげていき、小さな肉のボールになって地面に落ちる。
「ひっ?!」
タラタラとこぼれる血は赤い床に馴染んでいき、レヴィはその上をランウェイを歩くようにゆっくりと進んでいった。
「わたしは最弱だよ。最弱。あんた達が思うとおり、最弱」
「く……来るな……!!」
「でも、あんた達の定義に合わせなければ、わたしは少しくらいマシなのかもしれないね」
レヴィは【敗者】の戦い方や彼の使う術をよく観察していた。
時間操作もアークスでも使えない高等なテクニックも到底真似出来る気はしないが、これくらいなら出来る気がしたのだ。
「ミヨンド」
時間の操作は出来ないが、結果だけなら真似出来る。
アークスたちの体を完全に静止させると、レヴィは彼らからは目線を逸らし、ぼーっと立ったままどこか遠くを見続けていた。
「マジックって、これで合ってるのかな?
ほんとに見様見真似なんだけど、こう……上から掴んだ感じで、やってみたんだよね」
レヴィは怒ることも喜ぶことも無く、淡々としている。
それがアークス達にとっては恐怖で仕方なかった。
「もしかして、上から掴むのってマジックじゃないのかな?」
レヴィは目の前にある歪みに手を入れると、目の前の空気が一気に消滅しアークス達は苦しみだした。
レヴィの手がない。
レヴィの手の先が丸ごと切り取られたかのようにどこかへ消えている。
レヴィはその歪みの中をぐしゃぐしゃと探ってから、何かを摘んでみた。
アークスがホロホロと潰れていき、血もなく粉になる。
(【敗者】でも見えないなら、シオンには見えるのかな。全知存在なら、これが見えるのかな……)
レヴィは視界に映るいくつかの点と、そこから裂けるように映る何かの空間をじっと見つめながら呟いていた。
「今日は中々消えないなぁ……」
正直、視界の中に異物が映っているのは邪魔だ。
別の方角を見てもまた別の空間の裂け目が見えるだけ。
いつもなら瞬きをしているうちに勝手に見えなくなるのだが、今はそうではなく長い間ずっと映っていた。
「グラン類似エネルギーを使いすぎたせい?それとも、あの山をぶっ壊しちゃったアレで、ちょっと何かに支障が出てるとか?」
なんてブツブツ言いながら、レヴィは赤部屋の外に出ていく。
靴に着いた血は彼らの消滅とともに完全に消えており、レヴィはなんてことも無い様子で市街地に向けて進んでいた。
周りの景色が空間の裂け目に邪魔されてよく見えない。
眩しくないのは良いが看板や遠くの風景が阻害されている。
「あー……早く止んで。どうせアイツにもわかんないんだから」
レヴィにとって"これ"が初めて見えるようになったのは、大体2歳と6ヶ月の頃だ。
その時は倉庫に閉じ込められていて、食事も水も与えられず、本当に死ぬところだった。
そんな時のレヴィの栄養はと言えば倉庫の中に捨てられていた本の目次と屋根の穴から零れてくる雨漏りの雫だけ。
その時のレヴィは死にたいとよく思っていたものの、喉の渇きと飢えが限界に達するとこのまま死にたいという気持ちより一時的でもいいからこの乾きを何とかしたいという気持ちの方が上回った。
そこで、レヴィの視界に変なものが映った。
この時点で片目を潰され、目に大きな痣を作っていた彼女の視界はほとんどあってないようなものだったが、その狭い視界の中でも暗い部屋で本を読み続けていたからか、視界に映った青い光にレヴィはすぐに気づき、そこへすぐ視線を集めた。
一部が破けた絵のように、歪に空間を遮り、中からは青い光と共に液体が揺れる。
――青く発光しているということはチェレンコフ放射か?水を介している上自分の体に異常がないということは放射能ではないのか?いや、安全かそうでないかはどうでもいい。目の前にあるものが血であろうが泥であろうが、飲めるならとにかく飲みたい。
そんな欲求でレヴィは這いずって、その空間に手を伸ばし、顔を突っ込んで液体を啜った。
愉快なことにその空間は遠くの点のようだったが同時に線のようでもあり、レヴィの小さな体でもその方向に手を伸ばせばずっと近い場所にあって、容易に届くことが出来た。
炭酸の無いサイダーのような、甘い味のする液をレヴィは無我夢中に啜った。
喉の渇きが解消されたからか、それともその液の効果なのか、レヴィの頭には様々な得体の知れない感覚が駆け巡り、動悸がして血が通っていく感覚が自分の体であってもハッキリと感じられた。
しかし得体の知れない飲み物を飲んだだけはあって、それから数日は喉が動かせなくなってしまった。
喉の感覚が完全になくなり、嚥下しているのかどうかも分からず、そのせいで喋ることも出来なかった。会話する相手などいないに等しかったのが幸いだ。
得体の知れない飲み物ではあったが、レヴィはなんとなくその正体を頭で理解していた。
言葉もまだ曖昧で、挨拶も分からないのに専門用語は知ってる歪な彼女だったが、最早それには言葉すら要らなかった。
トリリオン情報体。六次元空間の一座標、アポニウムネットワークにおける生命そのものと言えるものであり、現実の肉体すら情報の一部になった彼らにとってのある意味肉体であり、魂であり、そして現実世界でもあるものらしい。
単純な知識として入ってきただけで理解は全く出来ていない。
だが、レヴィはそれに"栄養"があることに気づいていた。
そのことから、レヴィは次に視界に映った際、トリリオン情報体をできるだけ水槽に貯めて保存していた。
その時は運良く人工臓器への置換手術を計画しているときだったから、血の代わりに使えると思ったのだ。
そして実際レヴィはトリリオン情報体を輸血代わりに点滴しながら自分で自分にメスを入れた。
その時はまだ痛覚があったから、痛みで泣きながらやっていた……なんてことをレヴィはぼんやりと思い出す。
それから次は9歳、その次は17歳と、見る機会は極端に少なかった。
成長した頃にはそれらの映るものに種類があり、それが見えてはいけないものだと知り、他の誰もがそれを見ることが出来ないというのは知っていたが、それを完全に理解するには観測が不足していた。
その時のレヴィにとっては別次元のものとしか分からなかった。
しかし、【敗者】と出会ってからは頻繁に見えるようになった。
二人で家の中にいる時、アリスティアの話をしていた時、レヴィがその場所をじっと凝視している時、他の人間は全て、彼女が"どこでもない場所をぼんやり見ている"ように感じる。
「……」
レヴィとは思ったより極端だ。知らないことは全然知らないし、知っていることは千年に一度の逸材くらいには理解している。
そんな彼女にとって知っているものとはハッキングのためのプログラムと犯罪のための法律、そして人工臓器の為の人体についてだ。
つまるところ、"時空間及び次元の話"は彼女にとって勉強する必要のない、完全部門外だ。
完全に部門外だが、レヴィはそれを何故かとても限定的な範囲でよく知っている。
【敗者】の時間支配の能力を認識する事は出来ないのに、説明されればあっという間に飲み込む。
テクニックも使えないから事象改変のプログラムにはほとんど触れていないのに、何故か何をすればどうなるかを理解している。
「あぁ……ようやく消えた」
瞬きをすると、目の前に広がる高次元への空間の裂け目が全て消える。
青々と広がる景色を見ながら、レヴィはそんなことをぼんやりと呟いた。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる