レヴィは手に取った紙をマグノリアの前にばらまいた。
それはジグに見せたものと同じ、菌の再現計画だ。
マグノリアはそれを手に取ると、ゆっくりと読み始める。
レヴィはその様子を、静かに見守っていた。
「わたくしのファーストインプレッションを言わせて頂くと、あまりにも無謀ですわ。わたくしはこのような方法で再現しようとは思いませんわ。別のアプローチを検討する方を優先しますの」
「はぁ……」
「しかし。これ、結構好きですわよ」
「好きって……?」
「だって、こんな発想は他の誰でもしないし、実行しませんもの。わたくしはもちろんしないし、おじさまもしないし、あなた以外の誰もこのような事をしようとは思わないでしょう。ですが、あなたはこれが出来ると思って、行動しようとなさっている」
嘲笑ではなく、純粋に好奇心が滲み出た子供のような笑み。
マグノリアのその表情はいくら反社会的な人格を持つレヴィであっても、害はないと直ぐに分かった。
「わたくしは、人が踏み固めた安全な道を歩んで、先に行こうとしますわ。何せ、会社を……多くの金と多くの人の命を背負っている身ですから。ですがあなたのように、自由な身だからこそ、このような危険で面白そうな道を歩める。それはわたくしにとっては羨ましいことで、わたくしがもう二度と歩めない道でもありますわ。
達成したいと思うなら、意地でも生きて帰らなければいけませんわね。レヴィ様」
確かにそうだ。そんなの言われなくても分かってる。達成するのも生きて帰るのも当たり前……
レヴィはマグノリアの言葉を聞いて、頬を緩めた。
「あったりまえでしょ?これくらいのこと、やって当然なんだから」
「ウフフ……」
マグノリアとレヴィは緩く笑い合い、ペラペラと談笑を始めた。
その様子を見て、ジグは安堵する。
工房で暴れられるのも勘弁だがそれ以上に目の前でキャットファイトが繰り広げられているのはさすがに気が気でない。
ジグのような温厚な人間からしたら特にそうだ。
「ほっ……」
ジグのため息の声が聞こえると、レヴィはパッと彼に振り向いた。
「ジグ。パンツ返して」
「いやお主が押し付けた物じゃろう?!」
「早く。履くから」
「全く……」
ジグはショーツの紐を指で摘んで恐る恐るレヴィに差し出すと、彼女は特に動揺もせずサッと奪い取りそれを履いた。
恥じらいを感じず悠々と立っていたレヴィに対してジグはあからさまにレヴィから目を逸らし、手が震えている。
「おじさま、その……わ、わたくしは気にしませんわ。50以上年下の女の子を女として見たとしても、わたくしはおじさまの事を武器職人として……」
「わしをからかうんじゃないマグノリア!」
まるで恐ろしいものを見たと言わんばかりの声にジグは直ぐにツッコミを入れるが、もちろん冗談交じりなものでマグノリアはすぐにくすくすと笑いだし、端末を取り出した。
「うふふふっ!ほら、連絡先交換しますわよ。業務提携の提案をしたいと仰ったでしょう?」
「正直言って、わしにそのつもりはなくてだな……」
「それに、今度はちゃんと答えてもらいますわよ。お、じ、さ、ま?」
「うっ……」
流石にスランプでもないのにマグノリアを拒絶する理由はない。それに彼にはある意味引け目のようなものがある。
「ほら、レヴィ様も連絡先交換致しましょう」
「はぁ……仕方ないな」
レヴィが所持している、裏社会ではある意味有名な液晶型とホログラフィックの中間ともいえる投影型端末を見て、マグノリアは目を細めた。
アレを持っている奴は大体改造済み。それ即ちまともな人間じゃない。
マグノリアはレヴィの足先から頭頂までじろりと見ながら、彼女についてあれこれぼんやりと考え込んでいた。
「それでじゃが、レヴィ。お主の話とは……」
一方、ジグはマグノリアが入ってくる前の話に戻そうとした。
レヴィは直ぐに反応すると、彼らからすぐに背を向ける。
「少なくともソイツがいる中だと出来ないし、ちょっと連絡を取る必要がある」
「?」
マグノリアはキョトンとした目でレヴィとジグを交互に見ていたが、ジグは机に端末を置くと、マグノリアに声を掛けた。
「だそうじゃ。少しレヴィと大切な話をするから、お主はそこで待っておれ。あ、機材に触ったりするんじゃないぞ!」
「ブラックローズも返してもらうから」
ぶっきらぼうな声の後に、サッとマグノリアの手からブラックローズが消える。
レヴィがそれを掴んだと思えば、無言でその場からたち去っていった。
「あっ!もう、仕方ありませんわね……」
マグノリアを工房に置いたまま、レヴィはジグの足音を聞きながら隣の……レヴィの工房へ入っていく。
目線は端末にあり、彼女は絶えず指を動かして端末を操作していた。
「……ルオンに連絡を取った」
「ルオンに、か」
画面は一方的なレヴィからのメッセージを示しており、それに対してすぐに既読が着いたかと思えば、返信があっという間に送られてきた。
「そう。わたしの計画が完全に現実的なものである理由を、ルオンなら証明出来る」
「ちなみに、ルオンはその計画についてどう言っておったんじゃ?」
「え?話してないけど?」
「は?」
ジグは状況整理をするつもりで声を掛けたのだが……レヴィからは全く予想外の言葉が返ってきた。
レヴィはジグの声にキョトンとした顔で首を傾げ、さも当然のように話し始めた。
「だから、まだなんも話してないって。あ、菌のことは知ってるけどね?」
「お、お、お主……何を言っておるんじゃ?は?るっ、ルオンに話してない……?これを……?」
「うん。何が悪いの?」
ジグはレヴィの立てた計画をきちんと見た。端から端まで読んだ上であまりにも危険であまりにも無謀だと判断した。
それなのにまさか、まさかもまさか、レヴィはこんな重要な決定事項をルオンに一切話していなかったのだ。
「ルオン……あぁ、本当にお主が可哀想じゃ……」
「あはははははっ!あんた誰に可哀想とか言ってんの!アイツに?あんたが?冗談じゃないっての!」
ジグの憂いをよそにレヴィは楽しそうにケラケラと笑っていた。
レヴィはルオンの正体を知っているから面白くて仕方ないがジグからすると彼はまだ人間。
レヴィの大笑いの中、転送装置が反応を示すとジグは肩を跳ねさせた。
「……レーヴィー……?」
黒い髪、赤い瞳、長身の背丈。案の定変装済みの【敗者】だ。
【敗者】は彼女の肩に手を置くと、腰を曲げゆっくりと囁き込む。
「うわっ!変態!」
「変態はお主じゃ!」
驚きと共にレヴィからそんな声が上がると、当然のようにジグからツッコミが返ってきた。
レヴィが変態なのは【敗者】にとって当然のことだが、ジグがわざわざそんなに言うということはろくな事じゃない。
【敗者】はそれを察し、レヴィの方へじろりと目線を移す。
「は?……貴様、ソイツに何をした?」
「いや別に何もしてないけど」
「……」
【敗者】はレヴィを怪訝な目で見つめている中、こそこそとジグが近寄ってきて足を伸ばし彼に耳打ちする。
「じ、実はじゃなルオン……ゴニョゴニョ……」
「レヴィ……」
ジグは何のことを話しているのだろうか。
目の前で女を何度も撃った事か、それとも高圧的に接し暴言を吐いた事か。
それともブラックローズが本当は実戦目的であると見抜かれたのだろうか……
「はぁ……」
レヴィはそんなことを考えてため息をついていると、【敗者】が寄ってきた。
そして手が伸びたかと思えば拳が握られ、レヴィのこめかみにガッチリと当たり……
「貴様と言うやつはいつもいつもいつもいつもッッ!!」
グリグリグリグリと拳が動かされこめかみにめり込む。
「いっ……痛ッたぁーー!!!この最低!最悪!バカバカバカバカ!パワーバランス考えろっての!」
人間ならともかく【敗者】はダークファルス。感情任せな動きは頭が割れるほど痛く、レヴィは思わず全力で【敗者】を突き放して眉間に向けて銃をぶっぱなすと、【敗者】はそれを瞬間的に掴み、熱を持ったまま床にポトンと銃弾を落とした。
「はぁ……」
至近距離で撃たれた銃弾を止めて落とすなんてとても人間業ではない。
だがジグはそれに突っ込む気力もなく、【敗者】の肩を叩き声を掛けた。
「それで、ルオン。その……とりあえず、レヴィの計画を見てくれんか?」
「気安く僕に……おっと失敬。それで、計画とは?」
【敗者】はゆっくりレヴィの方へ視線を向けると、レヴィはすぐに笑顔で紙を差し出した。
【敗者】はそれを端から端までじっと見つめる。
思わずクスリと笑ったり、眉が寄ったり、彼の表情は読む事にどんどん変化していく中、ジグとレヴィは【敗者】を二人がかりでガン見していた。
「……どう?天才でしょ?」
「ふーーむ……」
「どう見ても無謀じゃろう?」
「そうだな……レヴィ……」
【敗者】が一言発するごとに二人はさらに詰め寄り、互いに己の望む回答をするだろうと期待の目で見上げていた。
「無謀じゃろう?」
「天才でしょ?」
「貴様は……」
【敗者】の言葉の一つ一つにジグとレヴィは集中し、ドキドキと胸を高鳴らせる。
果たして無謀と言うか、天才と言うか……
「85点」
【敗者】は一言シンプルな回答を口にした。
「採点?!」
「あと15点は?!」
コメディ系の漫画ならズコー、と効果音を出しながら倒れそうなほど二人は呆気に取られた後、はち切れたように一気に詰め寄る。
【敗者】はサッと手を出し、二人を牽制しながら淡々と説明を始めた。
「瀕死状態で誘導したら対消滅時の出力が圧倒的に低下するだろう。同ポイントまで誘導し同時に操縦する必要がありそうだ。また、超重力子を生成して爆発したダーカー因子を圧縮し、繭を生成させる必要がある。【双子】の作った模倣体ということを考えると、本来のダークファルスよりずっと弱い物であり、特に核は脆弱なものになると予測される。それを補うには、超高温での圧縮が必要になるはずだ」
彼は軽率に無謀だの天才的だの言うことはなく、俯瞰した目線で淡々と呟いた。
そんな様子から二人の熱は一気に冷め、小競り合いから真面目な話し合いへ自然に移行した。
「超高温ってどんくらい?」
「少し待っていろ。検算する」
【敗者】は近くの椅子にドカりと座って足を組むと、直ぐにモニターを表示させ計算を始める。
ダークファルスの模倣体の含有するダーカー因子量を損傷によって失った分なども含め、どれほどの力があれば対消滅により融合し別種へと変化出来るのかというシュミレーションを行い、そこから大いなる陰というダークファルス復活のための繭が産まれるまでを計算して変異現象が安定して確認出来るだけの確率を出してみた。
「……最低1000万度くらいか」
「最低1000万度?!」
「当然僕達のすぐ側でそんな温度を出したら
「あんたがそれ言うとほんと冗談にならないから……」
「だから最終的にはある程度こちらに誘導しコントロールを握ったら異次元真空空間に転移、という形でどうだ?ディラックの海に送り、負のエネルギーに負のエネルギーを重ね、ダーカー因子に著しい進化を促す。大いなる陰は単なるD因子ではなく、より活性化させ、菌を生成するための進化が必要になる。【双子】の模倣体で試すなら、これくらいしないと足りないはずだ」
レヴィの奇想天外で無謀な理想を現実的な計画に落とし込む。
【敗者】のこの手腕には思わずジグもうまく行けるかもしれない、と納得してしまうほどだった。
レヴィも求めていた通りの成果を出してくれる【敗者】の頼もしさには思わず抱きつき、満面の笑みで彼を見上げへにゃへにゃと頬を緩ませた。
「さっすが【敗者】!!あんたほんと天才!」
だが、レヴィの言葉は【敗者】にとって非常に危険なもので……
「ッレヴィ!貴様何言って……」
【敗者】は思わずジグを一瞬見た後、直ぐにレヴィへ目線を移し彼女を叩こうと手を振り上げる。
しかし、そこでさらにレヴィから追撃が入った。
「え?あんたを呼んだのってこのためなんだけど?」
「は?」
「あ、ジグさん紹介するね。こいつ、【敗者】」
「へ?」
男共に流れる異様な空気に土足で踏み込み荒らしていくように、レヴィは淡々と、そして堂々と言葉を紡いだ。
ジグどころか【敗者】すら唖然とした。
目の前の女が何を言っているのか到底信じられなかった。
こんな事すら打ち合わせなしだ。
「オラクル全域から指名手配されているダークファルスだよ。知らないの?」
「いっ、いやいやいやいやいや!!おっお主何言っ……て……」
ジグはその瞬間、頭の中にあることを思い出した。
ルビィだ。
クリスマスの時、彼女はレヴィ達の元に現れた。
そしてルビィは普段の様子とは打って変わって別人のようにルオンには非常に敵対的であり、彼に警戒心を剥き出しにし……同時にルオンも、ルビィに対してかなり険悪な態度で接していた。
「ま、まさか……」
ジグが体を震わせている中、激しい破裂音が部屋に響き渡る。
【敗者】の振り上げた手がレヴィの頬を打ち、彼女はその衝撃によろける。
その上、【敗者】は彼女の胸倉を掴み迫った。
片手で彼女の胸倉を掴み、もう片手ではレヴィのブラックローズに手をかける。
今すぐにでも殺すと言わんばかりに。
「貴様……!!僕を売るとはなんのつもりだ?!」
しかしレヴィはそんな【敗者】の怒りにも負けず胸倉を掴まれたまますぐに叫んだ。
「勘違いしないで!あんたを売ったつもりはない。あの女が来た時から察してたの!ジグ相手にずっと誤魔化しきれるわけがないって!」
「……ッ」
「だったら、嘘をついていると疑いを持たれてアークスに確認されるより、こっちでちゃんと話をした方がいいと思った。それに、この計画だって、あんたが【敗者】だって分かればすぐに納得して貰えると思ったの。だって、本物のダークファルスが偽物に負ける道理なんてないし」
「……それはそうだが……」
【敗者】は恐る恐る手を離すと、レヴィは赤くなった頬を抑え「今日二回目なんだけど」と呆れた声と共にため息をついていた。
その場に立ち尽くしたまま目を逸らす【敗者】と、頬に手を当てゆっくりと目を閉じ佇むレヴィ。
二人の姿は冗談の欠けらも無い異様な雰囲気を纏っていた。
「れ、……レヴィ?お主は、……本当に、本当の事を言っておるんじゃな?」
「【敗者】。見せてやりなよ。そのぶっ飛んだ翼をさ」
レヴィは頬から手を離すと、【敗者】に向けて得意げに微笑んだ。
【敗者】はため息をつくと、ゆっくりと姿勢を返し、ジグの方に振り向く。
「やれやれ、仕方ない……これも彼女の策略だ。責任を取るつもりはないぞ」
そして、【敗者】は黒く長い髪をサラりと手で払った。
触れた先から髪が消えていき、代わりに特徴的なグラデーションの掛かった水色の髪が現れる。
そして面立ちは30代後半程にまで老け、赤い瞳はより一層赤く、片目は変色してタトゥーが伸び、耳は長くなり……そして、おどろおどろしい雰囲気が彼を纏った。
「……!」
それは正しくダーカー。いや、それよりもずっと強大なもの。
レヴィは端末を弄りながらにやにやと【敗者】を眺めていた。
「……改めて、だな。刀匠ジグ。我が名は【敗者】。現存する全ての創世器のデータを持ち、無杖・ライノルトを造り、灰錫・クラリッサIIを制作した、正真正銘貴様と同等以上の実力を持つ武器職人だ。と言っても、どうでもいいかもしれないがね」
脳内に直接響くような、エコーがかった低い声。
それはキャストのそれではなく、現在報告されている人型ダーカー……ダークファルスの声と同じものであり、【敗者】はジグを退屈そうに見つめていた。
「……ダークファルス、【敗者】」
「間違いなくそうだ。フッ、……僕が憎いか?貴様の友人が殺したいほど憎んでいる相手だぞ?」
それは知っている。創世器を持つ者全員が、何らかの形でルーサーに恨みを持っている。それに関連する関係性を持っている。
それつまり、ジグの取引相手の全員がルーサーを殺したいほど憎んでいると言って等しいのだ。
そんなことから当然ジグもルーサー及び虚空機関に対する評判は聞いている。
それなのに、ジグの目の前にいるのは正しく数えられない程の恨みを向けられた張本人であり……
「一体……なんの目的で……」
「僕に貴様と接触する目的はない。言っただろう?僕は全ての創世器のデータを所有している。今更貴様に接触したところで、何の意味もない。用があるのはソイツだ」
「レヴィ……」
ジグはレヴィに恐る恐る目を向けた。
レヴィはマイペースに足をぶらぶらと揺らしており、そこからは焦りや動揺というものが微塵も感じられなかった。
「見ればわかるでしょ?コイツはオラクルの全員から見つかった瞬間ありとあらゆる兵器を使ってぶっ殺される対象なワケ。そいつを守るには、アイゼンハート一本じゃとても足りないの。創世器何本も持ってなきゃ、意味無いでしょ?」
「【敗者】を……守る……?」
ジグからしたら理解出来ないワードだ。
だって相手はダークファルス。オラクル船団どころか宇宙を滅ぼす事が出来る邪神と言って等しい。
そんな相手を、守るなど。
「だってわたし、コイツのこと好きになったんだもん。見ればわかるでしょ?こいつがどういうやつか」
レヴィは一歩踏み出すと、腕を伸ばしジグの首の方に手を回した。
そして抱き着くようにゆっくりと寄せると、彼の耳元で妖艶にゆったりと囁く。
ジグ以外の人に聞こえるかどうかという、そんな小さな声で。
「あんなに優しくされて惚れない方が、おかしいと思わない?」
「……」
ジグが顔を俯かせた瞬間、レヴィはブラックローズに手を掛けた。
「因みに、あんたには実質一つの選択肢しかない。黙って協力するのみ。バラすとしたら、なんて選択肢はないよ。だって、こうするから」
そして、ブラックローズを抜刀すると、離れた瞬間ジグの胸に刃の先を突きつける。
「ッ!!」
ジグは目の前の武器のことをかなり熟知している。一件キャストパーツを貫くことなど出来そうにない細い刃であってもよく切れる刃物な事、そして傘骨の力を発動すれば自分を粉微塵にすることなど容易なこと。
「あんた、運が悪いね。今日のわたしは結構機嫌が悪いワケ。もう少し機嫌が良ければ、優しくしてやったかもよ?」
「カスラに絡まれたせいだろう?」
「あんたの無茶ぶりに付き合ってやったせいもあるけど?」
レヴィは剣をジグに向けたまま手を離した。
奇妙なことに剣はその場に留まっており、命が掛かっている状況だということに変わりはなかった。
「おいおい、あんな生き生きと訓練しておきながら今更無茶振りか?自己正当化だけは本当に得意だな」
レヴィは剣をその場に留めたまま離れ、【敗者】の方に近付いていくとニコニコと笑いながら【敗者】を小突き始める。
「それ一番あんたに言われたくないんですけどー?!このっ!うりうりうり!」
「無駄だ」
「みぎゃー!!」
レヴィに対抗するように【敗者】もケラケラと笑いながらレヴィに触れ、じゃれ合い、二人はあれこれと体にベタベタ触った後楽しそうに笑いあっていた。
「ふははははっ!」
「むぅううーー!あははははっ!まったくもー♡」
二人の無邪気に笑い合う姿は彼がルオンとして正体を隠していた時と何ら変わりなく、ジグはそれを異様に思った。
ジグの知っているルーサーの前評判と余りにも違う。
ダークファルスとはこんなものなのか、いや、そんなわけが無い。
「その……お主たちは、オラクルにいて何がしたいんじゃ?」
「……」
流石のレヴィもアークスの復讐のためというのがまずいことくらいは分かっていた。
だからこそ、【敗者】に寄って知識の為と言おうとしたのだが……そこで頭の中に響くように声が聞こえてきた。
『契約の話は伏せるぞ。オラクル船団からの離脱と完全な隠居ということにしよう』
というわけで、とレヴィは【敗者】から聞いた通りに組み立てて答える。
「現状の目標はオラクル船団からの離脱。指名手配されてる中ここに居るのは危険すぎるから、準備を整えたらフォトンワープの届かない宙域まで離脱する。そしたら……フツーに二人でほのぼの暮らすだけ」
「ダークファルスが……本当にか?」
「そうだよ?現に、わたし達はちょっとしたらその予定惑星の下見に行くつもりなの。だからまた暫く工房にはこれなくなる。でも、資材は持ち出すから向こうで武器作ってる感じになるね」
まあ半分嘘で半分本当だ。
本当の目的はグラン類似エネルギーに関する研究だが、惑星マキアがフォトンドライブによるワープの対応範囲外となると二人にとっては非常に都合がいい。
それこそ、隠居・籠城するには持ってこいな惑星だ。
「そうか……寂しくなるのう」
ジグが零した言葉に、レヴィは目を見開いた。
「……嫌いになったんじゃなかったの?」
「わしがいつ、お主を?」
「今日いくらでもその機会はあったでしょ?」
「レヴィ、そんな事はないぞ」
ジグの言葉からは嘘も感じられず、心の底からそう思っていると言わんばかりの意思で、ジグは意を決してブラックローズの方へ歩みを進めると剣はぽとりと地面に落ち、ジグはそれを踏まないように足を出してレヴィの方に寄って行った。
【敗者】も、それをただ見守るだけだった。
「ジグ……」
「お主はわしの弟子ではないと言ったが、わしにとっては弟子のようなものじゃ。後を継がなくてもいいし、わしの技術を継承するつもりもないが、それでも、お主が目指した理想にわしが力になれるというのなら、協力したいんじゃ」
レヴィにとってジグは本当に善人だった。
しかも、話が通じる方の善人。
レヴィのような悪人からしたら眩しすぎる程の優しさの光が彼女を焼き焦がし、レヴィは素直に頷くことしか出来なかった。
「……うん、ありがとう」
そしてジグは、【敗者】の方に顔を向けた。
「【敗者】も……少し受け入れるのは時間が掛かる。……じゃが、わしは……わしはお主を信じてみたい。
わしはお主を恨む他の誰でもない。ジグじゃ。だからわしは……わしの目で見たものを選びたい」
「……そうか」
【敗者】の言葉はぶっきらぼうだったが、少なくとも敵として判定した相手への返事ではなかった。
ジグはそれを聞いて落ち着くと、レヴィに声を掛ける。
「レヴィ。本当に、【敗者】はお主に良くしてくれてるのかのう?」
「なんというか……ふふ、むしろわたしの方が野蛮に扱ってるかも」
「本当にそうなんだが?貴様も計画書だけ作っておきながら僕に見せもせず勝手に採用して……」
「あーあーうるさーい」
二人はまるで敵なしと言わんばかりの空間を構築しじゃれあっていたが、そんな所を延々と見ていたからか思わず口を挟んでしまう。
「お主は、……全宇宙を敵に回している自覚があるのか?」
「あるよ。なかったらこんなことしてる訳ないでしょ」
「なら、覚悟は?」
「……」
レヴィは地面に落ちたブラックローズを取り、傘鞘に仕舞い込む。
ジグはまっすぐ彼女の目を見て、そして意志の相違がないようにゆっくりと話した。
「ダークファルスの肩を持ち、アークスに敵対し、オラクル船団から離脱するという選択肢を取る……それだけの反逆行為をする覚悟が、お主にあるか?」
レヴィは迷わずジグの方に体を向けると、顎を突き出し彼と目を合わせる。
レヴィの表情は勇ましい騎士のようで、彼女は間違いなく本気で【敗者】と共にあると選んだのだと、その表情ひとつでジグは察せられた。
「ある!」
「本気なんじゃな。……分かった。なら、わしはお主らを止めん。じゃが、一つだけ言いたいことがある」
「ん?」
これはジグにしてはどうしても許せないことだった。
ダークファルスというものが何か、ジグはよく分かっている。不倶戴天の宇宙の敵だ。
それを目の前に居ることは許容できたとしても、彼らが友人を殺し、大切な人を傷付け、宇宙を壊していく様はどうしても許せないもので、それに肩を並べて協力しようなどという気には微塵もなれなかった。
「わしは、お主らの事は言わないと約束しよう。武器の制作にも、協力したいと思っておる。
しかし、お主らがもしアークスと敵対した時、戦争を起こした時……わしはお主らの破壊行為に協力するつもりは無い。わしはあくまでアークスじゃ。同じアークスを傷付けるつもりはないと言っておこう」
「うん。分かってる。あんたはいい協力者だけど、味方じゃないから」
「すまんのう……」
「謝んないで。あんたはあんたの望むことをしただけだから。でも、また……その……」
最適解な結末だ。
レヴィはそう確信した後、ジグに向けて恐る恐る声を掛ける。
今日を機に関係性が変わってしまったかもしれない。本当は嫌われているかもしれない。本当は価値がないと思われているかもしれない。
そんな不安が襲いかかりつつも、レヴィは素直に言葉を吐き出した。
「前みたいに、パーティに誘ってもいい?」
「……!もちろんじゃ!」
そう言って、ジグは手を差し出した。
レヴィは戸惑っていると、【敗者】から「握手だ」と声を掛けられ……レヴィはジグの手を両手で包んで、しっかりと握手した。
そんな様子を見て、【敗者】はボソリと呟く。
「僕は君が羨ましいよ」
「ん?」
【敗者】のぼやきを直ぐに受けとり、レヴィは彼に体を近付けた。
「いや、……僕が別解だと思っていたことが、貴様にとっては最適解で……実際、本当に正しい解になりうるんだ。科学者として、導き出した解を証明するものとして、これ程羨むものは無い。
案外、貴様も科学者の才能があるのかもしれないな」
実際、ルーサーはそのためにダークファルスになった。自分の導き出した解に間違いはないという証明だ。だからこそ、解を邪魔する障害物を憎んだし、だからこそ【敗者】はシオンから間違った解だと言われ敗北したのだから。
しかしレヴィは違った。
レヴィは素知らぬ顔で、まるで馬鹿げた提案のように正解を出してくる。
そういう幸運さは、【敗者】からしたら妬ましいものだ。
「へへ、そう?あっでも!同じ科学者になったら流石に天地の差が出来ちゃうかも?あ、追い越せってこと?!」
「追い付くだけで精一杯だろう?」
「そんなこと言って追い越された時にハンカチ噛んだりしちゃダメだからね!」
「そんな世俗的な嫉妬の表現を僕がするか」
「あはははははっ!」
しかしどうも憎たらしくは感じない。
それはきっと、同じ志を持つ仲間だから、なのだろう……
帰りの船の中。
レヴィはストレスや緊張で色々と疲労したらしく、裏任務は一回帰って寝てからにすることにした。そんな事で船の行先は44番艦。
レヴィは壁に寄りかかって端末で動画教材を眺めており、ふと顔を上げると【敗者】に目を向けた。
「あ、そうだ。大事な話、もう一個あった」
「ん?」
「あのさ、【敗者】。あんたが作ってるわたしの器って、血液の30%をトリリオン情報体にしてる?」
「トリ……なんだって?」
【敗者】が首を傾げていると、レヴィは当然のように呟く。
しかしどこか目線が【敗者】に合っていない。
「トリリオン情報体。それが入ってないならわたし、体が上手く適合しないかも。入れてないなら待ってて。帰ったら入れるか……ら……」
レヴィは【敗者】の元に歩き出そうとした瞬間、耐えきれなくなったのか体がグラりと揺らぎそのまま地面に近づいていった。
「あ、やば……」
「は?おい、説明を……レヴィ!」
【敗者】が受け止めると、レヴィは既に目を閉じて完全に寝ていた。
それもそうか。丸一日継戦訓練をした後も全く寝ていないのだ。
ストレスから解放されて一気に疲労が押し寄せたのだろう。
【敗者】もそんなレヴィを叩き起す訳にもいかず、彼女を抱き抱えながらため息をついた。
「はぁぁ……クソッ!仕方ない……どうせ明日器を変えるつもりだったんだ。一日くらい寝かせてやるか……」
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる