午後三時。
レヴィは胸元のネクタイを整え、コートを羽織り、懐に武器を仕込むと深呼吸した。
真冬の割にはだいぶ薄着だ。
「おじさまはよろしいでしょうか?」
「うむ」
マグノリアはコートにマフラーとしっかり防寒装備を整えて、ジグの手を取って扉の方に振り返る。
「では、行きましょうか。レヴィ様」
「ん」
マグノリアとジグが出ていくのを見守ると、レヴィもその後を追うように工房から一歩踏み出す。
冬だから日が沈むのも早く、ほんのり斜陽だ。
とはいえまだ昼間の陽気な空気に包まれて、テミスは穏やかに一日を過ごしていた。
「ノーチェ社は社食にも力を入れておりますのよ。まあ、といっても……お二人にとっては武器の方に興味がおありでしょうが」
「アークスで正式採用されている武器の裏側か……とても気になるが、本当にいいのかのう?」
「もちろん。おじさまには業務提携への勧誘になりますし、レヴィ様にも良い刺激になるはずですわ。
武器産業の未来を担う方ですもの、良き成長をして頂かないと」
「……」
ジグとマグノリアが楽しそうに話し込んでいる中、レヴィは後ろからゆっくりと着いていく。
才能と努力は同時に存在できない物なのだろうか。
特別な力を持っているというプライドと、自分は才能ないながらに努力をしたというプライド、一体どっちを重視しているのだろうか。
今更、マジックがあると知ったところで……過去の自分の苦しみが無くなるわけでも、報われるわけでも、今の自分が楽になる訳でもない。
ならマジックには一体なんの意味があるのだろう。
自分にとっての価値がないというのなら、【敗者】の気を惹く為、なんて考え方でもいいのだろうか。
レヴィはそんな風に考えながら歩んでいたが……突然、足を踏み出した。
「ッ!!」
ピリ、と肌に焼き付く鋭い感覚。
レヴィは今までの人生の中で数え切れないほど味わったそれを感じ、踏み進めた歩みに乗せて足でマグノリアの背中を押した。
「きゃっ?!」
どん、と背中からの衝撃にマグノリアはよろめく。
ジグはマグノリアの声に視線を向けると、分かりやすく彼女の背中を蹴ったレヴィの足の先が見え、衝動的に振り返るが……
「レヴィ!お主何を……むッ?!」
レヴィとジグの間を物凄いスピードで何かが通った。
ジグはそこへ視線を向ける。
そこにあったのは、どこかから放たれた銃弾。
もしレヴィが背を押していなければ、銃弾は地面ではなくマグノリアの後頭部に命中していた。
マグノリアはそれを察し、レヴィに声をかけるより先にジグの手を掴んだ。
「おじさま!こちらへ!」
レヴィは既に遮蔽物に身を隠していた。
マグノリアはジグを連れてレヴィのいる場所へ駆け込むと、レヴィはすぐに二人から視線を逸らし、端末を操作し始める。
「マグノリア!一体これは何事じゃ?!」
「見れば分かりますわ……」
レヴィが端末から手を離し、ゆっくりと立ち上がる。
バチン、と音が響いたかと思えば、レヴィの目の前で赤黒い何かが弾け、銃弾が弾き飛ばされていた。
相手も移動しているようだ、とレヴィはすぐに察し、アイゼンハートをライフルに変えて取り出した。
「この輝きは……本物の創世器ですわ……!」
赤黒いバリアはレヴィのものでは無い。
レヴィは心の中で静かに「悪魔が来るかも」なんて呟いてから、ニヤリと口角を上げた。
「位置や角度から逆算すると南西、540m……なるほど」
レヴィがライフルを持っていることはもちろん向こうからも分かっているのだろう。
狙いはジグやマグノリアからレヴィへと明確に変化した。
レヴィは既に相手がいる建物を推測済みであり、悠々と体を向けるとライフルを片手で持ち、ギュッと握り締めた。
「ふふん、馬鹿なヤツ!スナイパー対決でわたしに挑もうなんて!」
スナイパーライフルをスコープを外し、片手で持ってビルの屋上を狙って撃つなんてバカの所業だが、【敗者】の作った器は完璧で、レヴィが人工臓器で調整していた筋力もしっかりと反映されている。
そして何より、レヴィにはそれら全てより余っ程馬鹿な信頼があった。
スナイパーに技術は必要ない。ただ目標のいる方向に銃口を向けて、当たるように祈るだけで構わない。
そうすれば幸運な奴は誰でも当てられる、と。
「向こうから当てられるんだから、こっちから当てられる道理だってある!」
レヴィは方向を合わせると引き金を引いた。
流石に相手もこの距離でレヴィが当ててくるわけがないと考え油断していたのか、発砲を妨害されることなくその弾は撃ち抜かれ、そしてレヴィの視界では見えていた人影が揺らぎ屋上から落ちていくのが見えた。
「……よし」
レヴィはアイゼンハートを仕舞うと、ゆっくりと歩き出す。
「お、終わったのかのう?」
「ありがとうございますわ、レヴィ様……」
マグノリアとジグは彼女の後ろを追うように物陰から出てきて、すぐにその後ろにつこうとしたが、レヴィがサッと手を出してすぐに二人を止めた。
「止まって」
二人が動きをピタリと止めた瞬間、レヴィの正面に数人の見慣れない人影が現れる。
目の前に立ちはだかる殺し屋たちは皆黒い格好にマスクとグラスをつけており、顔の判別は付かなかったが、皆一様に武装していた。
【敗者】と居る時のレヴィは色々な意味でアホだが、裏社会で生きている時のレヴィは一切の抜け目も感じさせないほど殺し合いに慣れていた。
「何なのこいつら……誰狙い?
創世器を作れる刀匠だからか、会社の社長だからか、それとも……アークス共の差し金か」
レヴィはぶつぶつとそんなことを言いながらじっと遠くを眺めた後、懐からゆっくりと黒い物体を引き抜く。
「ま、どちらにせよ構わないけど……」
暗く狭い道をファッションショーと勘違いするほど優雅な足取りで一歩ずつ進み出す。
細く長い棒にフリルと光るマゼンタのラインがなぞり、艶やかな傘鞘が光に照らされて輝くとレヴィは怪しく微笑んだ。
「ブラックローズ……?はっ、まさか……!!」
「マグノリア。状況分かってるよね?」
「えぇ」
引き抜いたレヴィの傘を見て、ジグは硬直しているが……そこをマグノリアが押し込む。
「とりあえず工房の中に入ってくれる?会社の見学は……ふふ。いい護衛を呼んであげるよ。
いやまあ、厳密に言えば……呼ぶというより、もう勝手に来るんだけどね」
レヴィの言葉にマグノリアはすぐ踵を返し、ジグと共に去ろうとするが、もちろんその会話を聞いていた殺し屋達も突っ立ったままでいる訳などなく。
「逃がすか……!」
「逃がさないのは、こっちだけど?」
「グッ?!」
ジグとのいざこざもあって、目の前でぶっ殺すとよくないとレヴィは判断した。
まだ彼の中では迷っている状態だ。そこで明確に悪であるという証拠を出せば、彼は明確に敵になるはず。
だから殺人は避けるように、アキレス腱を切ったり指の骨を折ったり気絶させたりと、いつもやっている急所狙いの逆で攻撃を加える。
複数人ではあるが、六芒均衡ほどでは無い。
レヴィは「いつもより体が軽い」、なんて呑気に思いつつ、慣れたように傘で突いていた。
「レヴィ様!」
マグノリアの凛とした声にレヴィはじっとりと目線を向ける。
彼女はジグを工房の中に押し込み、扉に手をかけた状態でレヴィに声を掛けていた。
「さっさと失せろって言ったつもりなんだけど?」
レヴィの声には呆れと共に少しの苛立ちが混ざっていたが、マグノリアは相も変わらず堂々とした面立ちでしっかりと言葉を紡ぐ。
「
マグノリアはその言葉の後、レヴィの返事を聞く前に扉を閉める。
彼女の目線、言葉選び、声色……それらの要素から、レヴィは彼女の言葉の意味を察し……退屈そうに細めていた目がカッと開いた。
「あは……よく分かってんじゃん!」
高らかな声と共に、傘鞘から剣を抜き、レヴィは粘着質な目線で殺し屋達を見下ろす。
「運が悪いね、いや……ふふ。逆かな。運がいいのかも」
ランウェイを歩くような整った歩みとしっかりと握られ揺れる剣。
その先がヒトの腹に向くと、レヴィの顔は卑しく歪み笑みを浮かべた。
「だって、わたしを楽しませてくれるんだもの……」
_______
「……」
レヴィは上着を脱ぎ捨て、悠々と伸びをして辺りを見渡した。
足元に転がる十数人の死体をグリグリと踏みつけ、頭蓋骨を砕いたあと、履いていたブーツも脱いで死体の山に投げ込む。
素知らぬ顔で履いていた仕込みスパイクと5キロ重り入りのブーツがゴトンという音と共に肉にぶつかり、そこにトレンカニーソックスまで投げ込まれると、機械油が注がれ……ライターにより一気に火が上がる。
当然、市街地区画には火災警報が鳴り響き消化用のマシナリーが動き出すが、レヴィはぼんやりその場を歩きながら端末を取り出した。
当然やることと言えばハッキングであり、監視カメラの映像の改竄と証拠潰しは欠かさない。
問題はといえば……
「はぁ、せっかくの外靴が……」
レヴィは生粋の犯罪者だ。
だから、彼女は足のサイズを誤魔化す為特殊な構造の靴を履いている。
本来の靴のサイズは21.5。いつも履いているサイズは、その上から特殊加工した24センチの外靴。
その上、蹴りのダメージ増加の為に厚底でスパイクや重りを仕込んでいるからか……
足元が随分軽くなった代わりにこれ以上靴跡の残すような犯罪が出来なくなったわけだ。
(ジグには……アイツらが燃やしたとでも言うか)
レヴィはそんなことを考えながら工房の扉を開けた。
目の前には不安げな挙動のジグとそれを庇うように静かに座り込んでいるマグノリアが居り、開閉の音は一斉に彼らの視線をレヴィに集めることとなった。
「追い払ったよ。とは言っても、めんどくさいこと残しやがったけど」
「もしかして、外の火は……」
「工房諸共焼き払おうとしたのか、それとも後始末か知らないけど……まあ、消化はあっという間だから気にしないで」
死体に関しては顔が判別出来ないくらいに潰したし、殺し屋達の身分なんかどうせ後ろ暗いし向こうの方から人払いをしてもらっている。仮に調査してわかったところで死体の状態から内部始末の一貫だとされるだろう。
「で、後始末が終わると護衛が来るってワケ」
レヴィがくるりと踵を返し、扉を開くと彼女を黒い陰が覆った。
「相も変わらず、貴様の扱いは手荒いようだ」
「勝手に来たのはそっちでしょ?
あのバリアはわたしのものじゃなかった。あんたが仕掛けた物なら、当然あんたはそれを検知できるし、検知したならやってくる……そう考えただけだよ」
「子供でも分かることを自慢げに言って恥ずかしくないのか?」
【敗者】はズカズカと工房の中に入り込んでくると、レヴィの額を指でつついて頭をぽんぽんと撫でた。
「この僕を護衛呼ばわりするということは、行きたいところがあるのだろう?」
「うん。あんたは後ろから着いてくればいいだけ……そうすれば勝手に終わってる」
「その横暴の対価をいつ支払ってもらおうか……楽しみで仕方ない」
「ま、今以外ならいつでもいいよ」
「少しずつ返済しといた方がいいんじゃないか?」
「そういうのはあんたの采配に任せるから」
レヴィは平常のような鋭い言葉を呟いてはいたものの、言葉尻が上がり声が少し上擦っていた。
カスラにもジグにも誰にでも言われてるが、レヴィの態度は非常にわかりやすい。
【敗者】もわかっていながらレヴィの為に気づいていないフリをしてあげているだけである。
「あ、マグノリア」
レヴィは思い出したかのように振り返ると、【敗者】の服の袖を引っ張り引き寄せる。
「コイツが居れば心配ないから。遠くから撃たれるなんて馬鹿げたことも、1秒足らずで解決してくれる。だよね?」
「いや、……そういうのはひとまず確認してから言わないか?」
「出来ないの?」
「出来る出来ないの問題じゃない。報告しろと言っているんだ」
「はぁー……信頼してるゆえなのになぁ〜」
「その信頼とやらにも限度があると分からないのか貴様は?」
「さぁね」
レヴィはマグノリアに一言声を掛けたかと思えば、また二人だけの世界に入っていく。
マグノリアの知るレヴィの愛想悪く敵対的な様子からはかけ離れた、ツンデレのような様相はあまりにも異様で思わずジグに声を掛ける。
「あの、おじさま。あちらの男性は何ですの?」
ジグは言葉を噤んだ。
いや、普通にレヴィの婚約者だと言えばいいだけなのだが、最近彼に放り込まれた爆弾のせいでそんな簡単な言葉すら言うのに躊躇ってしまう。
「そのー……レヴィの、パートナーというか……」
「パートナー?」
「まあ、とにかくすごく仲がいい!見れば分かる通り、ツーマンセルで全てを担っている、みたいな……そんな感じじゃ」
バディというにも婚約者と言うにも気が引ける。なにせアークスとダークファルスだ。
本来敵同士であり、ジグは"ルオン"という人間の性格や傾向などを知りつつも、それがダークファルスとはとても結びつかなかった。
ただ、目の前の【敗者】がルオンと完全に違う人物かと言われればそうでもなく……
「ちょっと、あんたが出しゃばる機会なんて1秒も与えたつもりないんですけど?んっ……バカ!ヘンタイ!」
【敗者】の手がレヴィのスカートをそっと捲り、下着をなぞった瞬間、ジグはそっと目を逸らした。
一番結びつかないのはこれだ。
他者から聞くルーサーの評価とも、自分の知るダークファルスの知識とも、この溺愛っぷりはまるで当てはまらない。
「護衛の対価は後でという話だが、これまでの貴様の愚行で散々迷惑かけられてきた分の対価は今払ってもいいんじゃないか?」
「いやいや!そういう話じゃなくて……下半身の始末くらい自分でつけて!このバカ!」
「どうせ満足するまでやりたいだけだろう」
「普通に考えればあんたが異常者だからね!」
「貴様に普通を説かれたくないんだが?」
「うるさいうるさいうるさーい!」
レヴィとの楽しげな会話の中で、【敗者】は静かに手を翳し、黙々と新手のスナイパーを処理していた……
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる