――時間は深夜、日付回って1時を刻む。
「はぁ……シルンのとこ行くか」
独りでぼんやりと船のソファに腰掛けながら、レヴィは顔を上げた。
ノーチェの見学はかなり愉快なものだった。
【敗者】は既知の概念と言わんばかりに何も反応していなかったが、レヴィもコモン武器の設計図というよりかは、その過程で没になっていった気狂い同然の謎武器の設計図にはしゃいでいた。
『ルオンみてみてっ!武器の中に核分裂炉を仕込んでものすごい火力の弾を打ち出すランチャーだって!』
『環境汚染・安全性の欠如・廃棄物の処理及び生産運用コスト全ての観点から利用価値の無いものなんだが?』
『むぅうう……』
『その方の言う通りですわ。それはエントリーの段階でもう蹴りましたもの』
レヴィはマグノリアが重要視する安全性と性能の均一化に関しては興味なく、ワンオフで特殊な状況下にしか使用できないような武器ほど強く惹かれていた。
「全く、アイツらほんと分かってないよね。武器の数なんて多いほど良いに決まってるのに」
普段からナイフや毒など沢山の武器を持ち込んでいるレヴィが言うと説得力があるのかもしれない。
これは昔からの癖みたいなものだ。
裏任務をする時にも役に立つし、単なる私利私欲の為の犯罪にも役に立つ。
ビジネス上での知り合いであるシルンもレヴィの悪癖は知っており、荷物が多いだの上着が重いだのあれやこれやと文句を言っていた。
一番荷物が多かった時期はコートを着てその場をクルクルと回っているだけで鈍器を振り回しているくらいのダメージを産んでいたからだ。
船の行先はシルンの現在の拠点の場所で、アークスシップに到着するとすぐに船を降り足早に市街地区画の方へ向かっていった。
「あの野郎、呼び出さずにこっちに来ればいいのに……どうせわたしからもアイツからもたんまり貰ってるくせに」
最近はカジノも行けていないが、【敗者】はシルンの名義を使って投資をやっているとかなんとか聞いた覚えがある。
シルン本人もフェオ艦長時代のことから総長だった【敗者】の事を気にかけているらしく、安請け合いをしたり投資など積極的に支援を行っているらしいが……どうせその分金は貰っているだろう。
あの男はとんでもない守銭奴だ。
金を出せばなんでもやる代わりに、金を出さなければ何もやらない。
だからこそ、今日の呼び出しは"いくら用意してこい"という指定がなかった為レヴィにとって異様に思えたのだ。
「……」
レヴィは拠点と言われた建物の前に立つと、玄関扉を思い切り蹴り開ける。
くたびれた表情の割に形の合ったスーツスラックス、薄暗く赤い髪にレヴィを見つめる黄金の瞳。紛れもなくシルンだ。
「お前……蹴んなよ」
「仕事じゃないんだからノックする意味ある?」
「あるわ!人の家なんだと思ってんだよ!」
家と言っても、そこは明らかに廃墟である。
自分の根城を余程知られたくないらしく、シルンはいつもこうやって人と会う時は必ずいつでも捨てていいような場所を拠点にして、そこで会っているのだ。
「とにかく……総長様はどうだ?」
「あいつなら相変わらず元気だけど?」
レヴィは当然のようにそう返したが、シルンはその言葉にただでさえ皺の寄った眉を更にしかめた。
「本当にそうなのか?」
「どういうこと?」
「たまに電話やメッセージでやり取りをしているんだが……こう、……思い悩んでいるような気がしたんだよ。進むべき道に迷っている、というか……」
レヴィからすると、確かに【敗者】が思い悩んでいるような時はあった。
実際否定されてはいるものの【敗者】からレヴィに惑わされているように感じているとか、信頼出来ないとか言われている。
ただしその迷いは自分の進むべき道がはっきり分かっているからであり、レヴィに対してそれを共有し難いという悩みであって、シルンの言う"進むべき道が分からない"という悩みとは当てはまらなかった。
「え……?なんというか、わたしは逆だと思ったんだけど。わたしも分からないくらい、先の先まで見てて……それで、一人で黙々と活動している、みたいなさ」
レヴィの不安げな瞳をよそに、シルンはため息をついた。
「とにかく、だ。今日呼び出したのはそれじゃねえ」
「なに?」
「アークスのトップの動きに違和感がある」
「トップって……!!」
シルンは足を組み直し、ゆっくりとレヴィを見上げた。
彼女を呼び出したのは、遊びでの誘いでもなくお悩み相談でもなく、忠告だ。
「シャオ。新たなマザーシップの中枢だ。
奴は現状を怪しんではいるが、それはお前らじゃない。相手はルビィだ」
ルビィ、という単語にレヴィの体が強ばる。
あのアークスの組織を外れた異様な行動にはレヴィも嫌という程心当たりがあった。
「分かってるな?ルビィがお前のいたチーム……アークス研究同好会の奴と手を組んで、お前を嗅ぎ回っていた。
どうやらそれは誰にも相談していない、完全な単独行動らしく……ルビィの行動の意図を探ろうとしてるんだよ」
「探れば、わたしに……いや、【敗者】に繋がる……」
「そうだ。幸か不幸か、今シャオの奴は動けねぇ。何故ならルビィの相棒……マトイって奴の、アークス特例入隊許可を出すのに忙しいからな」
シルンにとっては少し意外なことだったのだが、ルビィは相棒であるマトイの入隊に関わっていないのだ。
全てシャオがその手続きを行っており、ルビィとマトイは12月中もほとんど会っていない。
だからこそあれだけシャオの目もない中単独で行動していたのだが、それが逆にシャオに怪しまれる結果となったわけだ。
しかしレヴィにとっては腑に落ちない部分がある。
"怪しんでいる"ということは、"誰にも言っていない"という事だ。
ルビィが何も掴めなかったからなのか、それとも掴んでいるというのに何も言っていないのか……そこには大きな差があるように感じる。
「だが、六芒均衡の奴らも動いてる。特に、カスラとクーナは虚空機関絡みだ。総長様への恨みも人一倍強く、【敗者】探しに躍起になっている」
「……そう」
偶然だがクーナには会っているし、カスラには明確に悪意を向けられた上で遭遇している。それ以外にも、レギアスやマリアなど、【敗者】から要注意人物だと言われる存在に何度も敵として遭遇しているのだ。
【敗者】とレヴィとってこの状況はとても楽観視出来るものではない。
「身の振り方には気をつけろ。裏任務もなるべく控えた方がいいし、行くとしても絶対に総長様は連れていくな。出歩くのだってなるべく控えさせた方がいいだろう」
「あんたが善意でそんなことするなんて……」
「お前ら。また遠征行くんだろ?」
「まあ、行くけど……なんで知ってるの?」
「総長様からそうやって連絡が来たからだよ。アークスの動向を探れって頼まれてるんだ」
この報告はその結果、ということなのだろう。
しかしシルンが何故その報告と忠告を【敗者】ではなくレヴィに報告するか分からなかった。シルンから見ると明らかにレヴィより【敗者】の方が分別がつく。
二人の関係でどちらが主導権を握っているかも、当然シルンは分かっているはずだ。
「ふぅん……」
レヴィは返事をしつつもあまり納得していない素振りで目を細めると、シルンは言葉を紡いだ。
「で、口止め料は?」
「は?」
「お前、……この俺が無償で動くとでも思ったのか?お前らみたいな爆弾抱えて黙ってやってるんだ。金寄越せよ」
「はぁああ?!あんた【敗者】から金もらってるでしょ?!」
「当たり前だ。投資の稼ぎから2割マージンを貰ってる。今回の件でもう1割追加だ」
「だったらなんでわたしにせびるわけ?!」
「総長様から頼まれたこととお前を匿ってやる事は別のことだ」
「全く……このドケチジジイ!」
「勝手に言っとけ」
おかしいと思ったらやっぱり、とレヴィは呆れ盛大なため息をつくと端末を取り出す。
シルンの口座に軽く500万程の金を送り付けると、レヴィは通帳残高を見て眉を顰めた。
ウン千億の資産はあるが金食い虫の【敗者】が湯水のように機械や船を買ってあっという間に無くすだろう。
「はぁ……ただでさえ金欠なのに……」
「どこが金欠だよ。マネロン以外困ってねえだろ」
「マネロンなんかしてないし!ヒトの財布盗ってるだけなんだから!」
「いやそっちの方が問題なんだが……」
500万なんて守銭奴のシルンにとってははした金だが、レヴィには普段から散々金を貰っているため我慢した。
レヴィが本気を出せばシルンの支援なしに一人で任務が出来ることも知っていることから、分かりやすい金づるの気分を悪くさせたくなかったのだ。
「ほら、行くよ!」
レヴィは端末をしまうとシルンに手を伸ばし、彼の腕を掴んで無理やり立ち上がらせる。
「は?うおっ!」
「あんたまさか人から金せびっておいてサービスなしとは言わないでしょうね?」
レヴィはシルンの手首を握り、再び扉を蹴り開けておもむろに外に飛び出た。
「お前……どこ行くんだよ?!」
「はぁ?カジノに決まってんでしょうが!今日は夜通し稼ぎまくってやるんだから!」
「お前夜通しって……総長様に怒られても知らねーぞ……」
「いいのいいの!年末年始頑張ったんだから!」
レヴィは相も変わらず享楽的で、久しぶりのカジノとなると滾った心が抑えられないのかタクシーを呼びつけるとすぐに乗り込んだ。
「まあいいけどさ……いつものとこでいいのか?」
「うん」
「わーったよ……送迎呼ぶから大人しく座ってろ」
レヴィは当然【敗者】に連絡もなしで、端末を眺めている。
見ている動画は宙技士用の授業動画。
アークスシップの動力炉の構造やマザーシップとの海の関連性、各アークスシップとの連携や指揮運営等、レヴィにはおおよそ不必要な内容でありながらも試験のために必死に聞いて頭に叩き込んでいた。
そんな真面目な様子からシルンもからかう事はなく、彼は己の端末で【敗者】にレヴィのことを連絡した。
【敗者】は端末を見ていないようで既読は付いていないが、様子がおかしいと思ったら必然的にメールを開くことになるだろう。
「で、……お前らの計画はどうなんだ?」
「明確に進んでる気はしない。まだ土台作り、って感じかな」
「そうか……」
作戦が明確に進んでいたなら資格なんて取らせるわけが無い。
そうやって下積み期間をさせるということは、まだ使うに値しない愚鈍な駒か、動くことが出来ない期間かのどちらかだろう。
もっとも、レヴィに関して言えばどちらでもあるのだが。
「……」
いやに真剣な表情は昔のレヴィを思い出す。
座っていても背丈は小さく、表情は真剣でも子供っぽい。
大人のくせに子供っぽいよりそのまま子供の方が愛嬌があるに決まってるだろう、とシルンは昔のレヴィを思い出していた。
「初めて会った時のお前はあんなに可愛げあったのになぁ……」
シルンが初めて会った時、レヴィは10歳くらいで、彼女はシルンに血まみれの男物の財布を押し付けて「海洋地区に入らせて欲しい」と頼んできていた。
わかりやすく人から奪い取った金を差し出し、シルンに殺意の籠った目を向ける身なりの汚い子供に、シルンは思わずこう言った。
「いや、つまんねー女だなって言われたの忘れてないからね」
「今よりはマシって言ってんだよ」
昔のレヴィは良くも悪くも絶望して、達観していた。
今のレヴィはまるで思春期のように迷ったり悩んだりしていることから、シルンから見ると昔よりももっと幼稚に見えるのだ。
しかしレヴィからすると昔の自分に興味などなく、むしろシルンにはもっと聞くべきことがあったのだ。
「昔の【敗者】は……総長はどうだったの?」
相変わらずかよ、なんてシルンは心の中で呟いてから退屈そうに言葉を紡いだ。
「そりゃあ……今とは比べ物にならないくらいだ。気高くて、堂々としてて、それでいて怪しくて……腹の底の知れない、怪しいけど間違いなくやっていることは完璧だとわかるやつ。それが総長だ」
「その……女、とかは?」
「女?いや、全く恋愛してるって感じはしなかったな。虚空機関内部の女からはモテてはいたけど……。そもそも、総長に惚れる女なんて脳無しのバカだけだ」
「そうなんだ……」
まともな人間なら、要注意人物リストに載っているアキ博士のようにルーサーに対し懐疑的な目線を向け、研究者を続けたとしても虚空機関から抜けることを選ぶだろう。
盲目的にルーサーを信頼し、尚且つ彼の見てくれの良さに惹かれて惚れてしまうような女はバカでしかないのだ。
ルーサーはもれなくそんな女の恋心を利用し、それとなく匂わせるような言葉を言いながら骨の髄まで搾り取るのだ。
だからシルンから見るとその女たちとレヴィはそう変わりない。変わっているのは、ルーサー本人の方である。
「そもそも、総長が何を目的に行動しているのかすら、俺らには全くと言っていいほど分からなかった。今となっては、マザーシップの核になる惑星との同化だと分かったが……それ以前は本当に、何もかも分からない人だったよ」
「……羨ましい。昔の彼と会えてたなんて」
「ちげーよ。お前だって色んなところに忍び込んで、空き巣だの強盗だのしてたんだろ?だったら、虚空機関だって行こうと思えば行けたはずだ。お前は会いに行けたのに会いに行かなかった。自分から機会を捨ててただけだ」
「それは……分かってるけど……」
「そんなに総長と会うのが怖かったか?」
「どうせ行っても無駄だって、分かってたから」
ルーサーはフォトン吸収障害という概念を認知してはいた。してはいたが、必要でないから被検体として連れてくるようなことは無かった。
レヴィもまた、虚空機関の総長を認知してはいたが、無理をしてまで研究者になる必要はなかった。
だからディナンが引き合せるまで互いに会うことはなかったのだが、それはレヴィにとって幸運だった。
「ま、お前の体質じゃ研究者じゃなくて被検体がいい所だな。それと、お前の愛想の無さと暴力性の高さだと、他の被検体より厳しく管理されただろう。そうなれば自由もなく、安全性の問題からまともに総長にも会えない監禁生活の完成だ」
「だったらしょうがないじゃん……」
「人に嫉妬する前に今の自分と向き合えって言ってんだよ。嫉妬してる相手、俺だけじゃないんだろ?」
シルンの言葉は深くレヴィに突き刺さった。
彼女はいつも嫉妬していた。上級士官、六芒均衡、三英雄、虚空機関の職員、そして……シオン。
レヴィはそんな優れた、【敗者】にとって利用価値のあるものと自分をついつい比べてしまうのだ。
「……!」
「図星って顔だな。いいか、嫉妬ってのは暇で病んだヤツのすることだ。今のお前にそんな暇あるか?ないだろ?」
「ないけど……」
「その場に居ねー奴の事考えてる暇があるなら自分の事考えていた方がマシだ。なんなら、相手の事を考えるのが一番有意義かもしれないな。
そこにいるのは自分と相手の二人だけだ。他所の相手の事なんざ考える必要はねぇ」
「シルン……」
「総長様の前でそんな暇見せてたら、怒られるぞ?」
シルンなりの励まし方なのだろう。
二人はタクシーから降りると、ゲートエリアの方に歩いていく。
レヴィはシルンに背を向けたまま、くすりと微笑んだ。
「ふふ、ありがと」
「お前、……感謝なんてすること出来たんだな」
「いや今まで沢山してきたでしょ?」
「は?気持ちの欠片もなかっただろうが」
「金っていう気持ちがありましたけど?」
「金は金だ」
「普段と言ってること違うんですけど!」
レヴィは突き放すように早足で歩きゲートエリアの前に立つが、足の長さの差でシルンもあっという間に追いつく。
そして、そんな二人に真っ黒なスーツ姿の男が近寄って来た。
「ほら、送迎来たぞ」
「はぁ……」
スーツ姿の男は二人を見ると固く礼をし、二人を見下ろす。
「シルン様、ナナシ様、お迎えに上がりました」
その言葉に二人はスーツ姿の男に着いて行き、キャンプシップに乗った。
要人専用の黒塗りのキャンプシップは内装も豪華で、真っ黒な本革のソファに腰掛けるとすぐにヴィンテージシャンパンがテーブルに乗る。
惑星シャンパーニュで取れたブドウ100%。
全てが高級仕様だがレヴィもシルンも慣れていた。
「折角のVIP待遇なんだ。出すだけ出して、稼ぎまくってやろうぜ!」
「いやあんたわたしの稼ぎに便乗してるだけでしょ?」
「それの何が悪いんだ?」
チリン、とグラスがぶつかると、シルンはドヤ顔でシャンパンを一口。
レヴィよりシルンの方が圧倒的に資産も現金も持っているというのに、今日一日全部奢りである。
「キャリーされてる立場で何偉そうに……むうううう……!ねぇ、灰皿ちょうだい!」
「了解致しました。空調システムの方も今すぐに変更致します」
スーツの男が空調システムを操作し、灰皿も用意する中、レヴィは懐から煙草を取り出して吸い始めた。
「普段からリカバリーさせまくってるやつの言うことは違うな」
「仕方ないじゃん。全部が予定通り上手くいくなんてことは無いんだから」
「イレギュラーが発生するのと自分からわざわざ作戦放棄するのは違うんだよ。放棄するなら最初からそれ前提の作戦にしろって言ってんの」
そう言いつつシルンが指をクイ、と動かすと、レヴィは煙草を箱ごと押し付けた。
「だって受け入れないじゃん?」
「当たり前だろ!お前の案は滅茶苦茶なんだよ!アークスシップの酸素生成機構に毒ガス仕込んで市民まとめて全員ぶっ殺すとかさ、そんなの任務じゃなくてただの遊びだろうが」
「え?うん。それはただの遊びだよ?ほら、任務はまた別だったでしょ?」
「俺はお前の友人じゃなくてビジネスパートナーなんだよ!そんなに虐殺ごっこがしたいなら俺じゃなくて総長様を頼れってんだ」
「だってアイツ特に権限とかないし。力はあるけど影響力はない。そういうものは皆過去の栄光だから。あんたはアイツと違って話が効くじゃん」
「ならお得意のハッキングでなんとかしろ。いいか、次は本当にリカバリーなんてしねえからな!」
「といいつつ、リカバリーした上で違約金請求するいつものやつでしょ?」
「本当に情けねえなお前は……」
煙草を吹かしながら、シルンは窓の外から宇宙を眺めた。
女がラッキーストライクなんて吸ってんじゃねえ、なんて思いながら、タバコの苦味を肺に送る。
そしてゆっくり煙を吐き出した後、シルンはレヴィの方を振り向いた。
「……それで、総長様とのソッチはどうなんだ?」
「ソッチって?」
「セックスだよセックス。総長様に惚れてた虚空機関の女からしたら喉から手が出るほど欲しいもんだろ?総長様、お前に対してはかなり性欲強そうな感じだったが……」
シルンが見る限りでも【敗者】の性欲の強さは異様に見えたのだ。
恐らく側近……ディナンあたりが見たら大笑いするだろう。
なお当の本人は性欲のない頃が分からないので上手く答えることが出来ないのである。
「んー……どうなんだろうね。初めて会った時は、全然そういうの興味無さそうだったんだけど……なんかいつの間に、あんな感じになったから」
「いつの間にって……本当か?お前が誘ったとか?」
「いやぁー……誘ったとかそんな感じかは分からない……なし崩し?というか……うーん……?」
「別に薬仕込んだとか言ってもいいんだぞ?総長様には内緒にしといてやるから」
「してないもん!」
「ふーん……」
レヴィはぷっくりと頬を膨らませ、不機嫌そうに顔を背ける。
【敗者】とレヴィが出会った日……7月7日のあの日から、オラクル船団は大きく変わった。
アークスも、虚空機関も、そして諸悪の根源であるルーサーも。
「……アークスはこれからどうしたいんだろうな」
シルンはまだ現状維持だが、己の居場所もそろそろ決めないといけない時期だ。
「そりゃ、他のダークファルス……【双子】の討伐も狙うはずでしょ。それから【敗者】の尻も追っかけ回して……オラクル船団そのものの統治もするんじゃない?
今は市街地の保安管理とか銀行業務、アークスシップを航行させる為の士官とかオペレーションとかはもちろん外部の仕事じゃん?それを全部、アークスで担うのかなって」
「それは有り得そうだな。市街地保安局やバークスの仕事もアークス側が管理してしまえば、戦闘組織であるアークスが完全にオラクルを掌握する」
「軍隊が政治までするってさ、すごく変なことだと思うんだけどなぁ……」
オラクル船団はあくまで宇宙船に住まう人類達が生きていくための生活空間だ。
そこで惑星探索をしようがダーカー討伐をしようが勝手だが、オラクル船団はアークスに無関係な一般市民も当然のように多く存在する。
オラクル船団は決して軍事施設のひとつではない。それなのに、今のアークスが関与できる範囲があまりにも広すぎる。
司法行政にまで手を出したら軍の範疇を超えているはずなのだ。
「今のアークスシップの一番上であるシャオやアークスシップの管理運営担当のウルクはルビィの腰巾着なんだよね。
となると、外部組織に命令出来る権限を持つ存在の思想がアークス寄りな訳で……そうしたらどう足掻いてもアークス最優先の政治になるし、その状況下で外部組織である保安局とかをそのまま残しておく理由ってある?って思うんだよね」
現実にも、虚空機関総長ルーサーの手によって人知れず陰謀が張り巡らされ、オラクル船団は滅びようとしていたのだ。
そうやって外部組織によって反乱が起きるくらいなら、全てをアークスの傘下に置いて制御した方がいいと思うだろう。
「仮に、ダーカーがいなくなったらアークスは元の目的である惑星探索を主目的とした組織に戻ると思う。でも、兵士として活動していた頃と比べると明らかに過剰戦力になるよね。それを保安局や士官、オペレーション業務とか外部組織に割り振りするって発想になりそうなんだよ」
「お前そんな頭あったのか?」
「バカにしてんの?こんなことガキでもわかるでしょ」
レヴィはため息をつき、タバコの煙を吸う。
苦くて臭い煙が舌につくと、嫌なはずなのに不思議と心が落ち着いた。
「実際、バークスであるメディカルセンターはウルクの方で整備したんでしょ?もちろん、かなりアークス寄りの方でさ。それ以外にも学園地区、工業地区の方にも手を出して……」
「総長の頃とどっちがマシなんだろうな。総長は意図的に技術の発展を抑制し、己に歯向かう物は暗殺し、三英雄を使って陰に潜みながらも独裁体制を保っていたが、同時に虚空機関やバークスなど外部組織にもオラクル船団の運営を任せていた。今はそれがウルクのような極端にアークス寄りの非アークスによって一括され運営されている。
ヤツ本人はみんなで考え、みんなでオラクルの行く先を決める、と言ってはいるが……」
「ソイツの言う"みんな"は、アークスしかいないって話」
レヴィがボソリと呟いた後、キャンプシップの到着アナウンスが艦内に響いた。
グシャ、と灰皿にタバコが押し付けられると、シルンは立ち上がる。
「……到着したぞ。続きは中でしよう」
「ん」
_______
路地裏にある無骨な扉を開くと、煌びやかな世界が広がる。
無駄と感じるほど多い照明に照らされた眩しい階段を降りていくと、地下にある非合法カジノはその姿を現した。
「こんにちは。シルン様と、ナナシ様ですね」
「朝には出ていくから、ホテルの手配はしなくていいよ。はい」
端末を取り出し操作すると、メセタがチップに置き換えられる。ひとつの通帳の中身を丸ごと変換したので余り金も出来たが、それはスタッフの懐だ。
「ありがとうございます。では、こちらへどうぞ」
「夜通しでしょ?とりあえず7500万でいいよね?」
「俺からも1億だしてやるよ」
「あ、そう?じゃあスロットしようかな」
二人はVIPルームに案内されると、レヴィの宣言通りにスロット台に腰を下ろす。
一回転5万円だ。
戦略性の高いゲームでもなんでもないためレヴィが普段あまり好んで遊ぶものではないが、シルンから金が出るというならやってみたいレベルである。
「……」
スロット中だというのにショップエリアにあるカジノやパチ屋と違い、酷くリラックスした雰囲気で画面と向き合っていた。
レヴィは慣れたように彼女にとっては珍しくもないレア演出を見ながら、隣の虚無が覆うシルンの台にチラリと目を向けた。
シルンは本当に弱い。
しかしレヴィは罵倒する前に、声を上げた。
「わたし、これからまた遠征行くわけじゃん」
「ん?うおっ?!お、おお」
「そうした時にさ、ちゃんと一歩前に進めてたらいいけど……そうじゃなかったらどうしようかなって思うの」
シルンがレヴィの声に耳を傾けた瞬間、激甘設定に変化したのかというくらい急に動き出しシルンは驚いて肩を跳ねさせるが、レヴィは気にせず話を続けた。
「あのさ、当たり前だけど。わたしが進んだかどうかは自分で決めることなの。でも、【敗者】がどう認識しているのかがやっぱ気になっちゃう。何回自分に言い聞かせても気になっちゃって、モヤモヤする、みたいな」
「はぁ」
「シルンは悩んだことないの?自分に期待を寄せる上官に対して、本当に自分は期待に応えられてるのかとか、そういうの」
「俺は、直接聞いた」
「いいの?」
互いに愛情の欠けらも無いながらにも二人で遊びに行って、人生相談をできる相手を友人だと言えるなら、二人は良い友達だった。
レヴィから見て、50歳を超えながらにも100歳を下回る人生の先輩の意見はかなり良いものである。
色んな意味で【敗者】は人外的だから、レヴィにとっては参考にならなかったのだ。
「勿論シラフじゃねぇ。酒入れて数時間後。三軒目だよ。そんくらい浸った時に、直接聞いて……まあ、そんなもんかって思った」
「そんなもんって……どれくらい?」
「可もなく不可もなく。でもポテンシャルがあると信じてて、期待はしてる。そういう感じだよ。お前への評価も、多分それと同じだ。
特別秀でていることも無く、特別損なっていることもなく、普通だけど、期待だけ大きい。
人からされる評価ってそんなもんだ。お前の考えるような極端なもんじゃねぇ」
「……」
シルンの言葉は上手く呑み込めなかった。
レヴィは極端な評価をよく知っているからだ。
ルビィか、レヴィか。
同じ血を受け継いで生まれた存在だというのに片方は聖なる善で、もう片方は邪なる悪。
"可もなく不可もなく"はレヴィにとって理解できない感覚なのである。
「お前も、あの人と関わるならもっと大人になれよ。子供じみた嫉妬とか不安とかウジウジ抱いててもどうにもなんねえぞ。きっかりしっかり区切りを付けて、ビジネスライクに相手と関わる。
恋愛なんか楽しいのは子どもの時だけだ。俺もお前ももう大人だろ?もっとドライに行かなきゃな」
「失恋でもしたわけ?」
「してねーよ!恋愛なんかかれこれ20年はご無沙汰なんだわ!」
「大人になれ、か」
レヴィはボソリと呟いた。
多分、"可もなく不可もなく"を理解できるとか、恋愛感情に区切りをつけるとか、シルンの言っていることの全てが大人になるために必要なことなのかもしれない。
ただ、自分がそんな人間になったらと考えると……レヴィは何故か自分がからっぽで、生きている意味のない人間になるように感じた。
「大人になるって、……つまんなくない?」
「面白いだけで行動してる内はガキのすることだな」
「なんか……そういうちゃんとした感じを求めてつまらない人生になるくらいだったら、……わたしは、子供のままでもいいかも」
どうも大人という人種が持つ理想の人間は退屈に感じる。
【敗者】も同じ考えなのだろうかと考えて、レヴィは多分そうなのだろうと思った。
実際【敗者】は、レヴィのことを特別秀でているとも言わなければ、特別不出来であるとも言わない。できるところもあるし出来ないところもあるし、何より伸び代が大きいなんて評価だ。まさしくシルンの言っていたことまんまだろう。
「何回でも悩んで、嫌な目にあって、非行に走って、怒られて……みたいなのでも、楽しいならそれが人生じゃない?」
「俺も社会に出る前はそう思ってたよ。社会の荒波ってやつに呑まれちまったんだ、俺は」
「……可哀想なおじさん」
「多分、結婚して妻とか子供がいるやつの方がもっと可哀想だろうな。こーやって夜中に外に出て、好き勝手遊べねぇんだからさ」
「変なの」
子供を倉庫に閉じ込め虐待を振るう両親を持っていたレヴィからすれば、家族という概念が理解できないのは当たり前だ。
だがそれ以上に、妻と夫を自分と【敗者】に当てはめても、シルンの言っていることが分からなかった。
「別に、好き勝手に外に出ちゃえばいいのに。結婚までしたのに、相手を信頼できないなんて」
「結婚ってのは、愛し合うもの同士がする儀式じゃねぇ。戸籍を変える為の行事だ。相手のことを信頼してなくても、愛してなくても、結婚する事は出来る。逆に言えば、愛していても、信頼していても、結婚しないことだってある。アークスは基本そうだろ?」
「え?そうなの?」
「お前アークスだろ?理解出来ないのか?
……いつ死ぬかもわかんねえのに、結婚なんか出来ねぇだろ。俺がもしアークスなら、奥さんや子供を残して戦場で死ぬなんて耐えられねぇ」
「ううん、……理解出来ない」
レヴィは、【敗者】のことを考えながら声を上げた。
「わたしは、心から愛してる人がいるのに、結婚出来ずに死んでいく方が嫌だと思う。戦場で死ぬなら、独り身よりも結婚していた方がいい。残された人だって、その人と結婚していたっていうその記録が、その人にとっての誇りになると思うの。その人が死ぬ間際に絶望しないで居られた。愛する人のことを考えることで、その人が孤独に死ぬことなく生涯を全うできたって」
レヴィは【敗者】の駒として死にたいし、【敗者】の駒にレヴィという人物が居たということを忘れて欲しくない。
そんな気持ちを愛する人と結婚に変えて、レヴィはシルンに明かした。
シルンはレヴィのその気持ちも、ひとつの純粋な愛として受け取れたのだ。
「……お前、そんないい事言えたのか。アークスやめて革命家目指したらどうだ?」
「は?わたしは常に正論しか言わないけど?」
「本当にあー言えばこう言うな……お前はさ」
「まあ、あくまでわたしの思想であってその……分かってるの。わたしは誰かに愛される人間じゃないって。
わたしが死ぬ時思い浮かべる人はいるけど、その人はわたしの死をなんとも思わないと思う。そう、まるで列車が走る線路の一部のような……そんな感じ」
「列車ってなんだったか?」
「あーえっと……あの、別の惑星であるやつ。車より多い……数百人とかの人を乗せて、数十キロとかを運行する、みたいな感じの乗り物」
「あぁ、そういやそんなんあったな。アークスシップだと復旧工事がめんどくさいからって、置かなかったんだよな」
スタートとゴールが駅であり、線路で作られた道を走るのが列車なら、レヴィはその線路の一つ。つまり、列車に乗っている時ろくに視界にも映らず、名前もないような、数千も数万もある鋼のひとつでしかないと言っているのだ。
レヴィは【敗者】にも同じことを言った。
自分が優位を取るためだけに無意識にその場だけの嘘をつき、言うことがコロコロ変わる極悪人レヴィからしても、その思想は本物だった。
それもあまり良くない方向で。
「まあ……俺が言うのもなんだが」
「……」
「お前が思ってるよりも多分、あの人はお前のこと気に入ってると思うぞ」
「ほんとに?」
「あの人からそんな大事に扱われてるやつ、見た事ないからな」
「……もし、アイツの駒が数百人居たらどうなると思う?」
「量じゃなくて質だろ?」
「じゃあ、六芒均衡七人全員が今でも駒だったとしたら?そいつらと比べて、わたしはアイツから贔屓されると思う?」
「そんなこと俺に聞くな」
「シルンじゃないと聞けないの!」
「お前には全く嬉しくない答えだぞ?いいのか?」
そういう所が幼稚なんだよ、なんてシルンは心の中で呟いた。
だがシルンも分かっている。
レヴィがどれほど人生の中でルビィと比較され、蔑まれてきたことか。"ルビィの妹"という彼女のあだ名こそが、レヴィが自分の比較対象にルビィを選び続ける原因であり、彼女をこんな風にしたきっかけなのだと。
「じゃあはっきり言うが、素質があるかどうかであの人は人を贔屓しない。
あの人はどんな穀潰しでも自分の利益になるように活用するし、どれほど不出来な者だったとしても利用価値を示せばそれを評価してくれる。六芒均衡であろうが最弱のアークスであろうが、あの人にとっての利用価値を示した方が贔屓されるんだ。
だから考えるだけ無駄なんだよ。そんな暇あったら行動しろってずっと言ってるだろ?」
「だから、……わたしを駒にしたの?」
「お前しか選択肢が無かったからだ。そして総長様がお前を気に入ったのは、お前が穀潰し以上には価値があったから。それしかない」
「そう……」
レヴィは俯いた。彼にとっての価値は、素質の有無ではない。
それはいい事なのか悪いことなのか分からないが、少なくとも自分と共に居てくれるということは、今現状では価値があるということ。
【敗者】にとって価値のある力と、レヴィにとって価値のある力。
それはマジックによる解決と努力による解決のように噛み合わないものなのかもしれないが、そうであったとしても、【敗者】はレヴィのことを評価してくれている。
謝る必要なんてない、とレヴィは思った。
努力による解決もマジックによる解決も、きっとどちらも【敗者】は求めている。
だから自分が出せる最善の選択をすれば、それがどちらであったとしても、【敗者】は彼の利益になるように向こうで勝手に調整してくれる。
――ならわたしは、出来ないことを出来るようにするだけだ。
「シルン、あっち行ってバカラしない?」
「はぁ?まあいいが……」
レヴィは端末に表示されたチップの量を見せつけて、にんまりと微笑んだ。
「これ、全部賭けてするの。絶対楽しいよ」
「全部賭けてって……負けたらどうするんだよ!」
「あは。負ける?わたしがそんなヘマするわけないでしょ?」
レヴィはスロットから立ち上がった。
精算画面にはプラスの数字が書かれており、メセタに変換するとその金額は凡そ1000万を超えている。
金色のツインテールを靡かせ、強気な表情で明るいカジノの先を見つめる。
カジノ程度勝てて当然だ。
「だって、わたしはあの人の駒だから!」
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
-
続編として作品を分ける
-
分けないで一つの作品でまとめる