1月の8日。
もう明後日には遠征だ。
レヴィは【敗者】と共に何をしているかというと……遠征の為アタッチメントを購入し、見様見真似で船を改造していた。
「んー……ちょっと狭くなっちゃったね」
「移動するには十分だ」
遠征場所がダーカーの巣窟という人間が住むには一切適していない極限環境なのと前回よりも期間が長くなるため、大型の機材を色々と積み込んだ結果居住スペースにまで荷物が侵食し二人はソファの代わりにベッドに座っていた。
「でも、もしテントとか壊れたらって考えるとめんどくさいよね」
「なんだ、もっと船を拡張したいという話か?」
「まあ、そんな感じ?もちろん金のあんまり掛からない範囲でね」
「ふむ……」
「なら、連結して拡張するか」
「連結って……小型商船と繋げられるやつということは、中型になるってこと?」
「あぁ。倉庫があるのはもちろん、クルーズ船のようなフロントや客室が用意されている、長期に渡る荷物の運搬に適した船だ。連結させたときのサイズを考えると、船に置けなかった各種施設を用意するのがいいだろうか」
「各種って例えば?」
「貴様用の工房や僕用の研究施設。そういうものを用意すれば、長期遠征用惑星探査艦の代わりになるんじゃないか?各種施設さえ揃えれば、乗るのは少人数だ。居住スペースは五人分もあればいいだろう」
金額は小型商船の5倍くらいするのだが、レヴィはまだそれに気付いていない。
レヴィはどちらかと言うと金額というより、長期遠征用惑星探査艦、という言葉に注目していた。
そんなものを用意する目的はといえば、惑星マキアしかないだろう。
また家ともしばらくお別れか、なんて少し寂しい気持ちになりつつも、前に進んでいるという形が明確に示されているのは、レヴィにとっても気分のいいものである。
「へへ、……船の中にパチンコとか置いちゃおうかな」
「自分のスペースに置くのであれば、好きにするといい」
「【敗者】も一緒にしないの?」
「パチンコなんて射幸心を煽るだけだ。ゲームの中でも退屈な方じゃないか」
「そっかー……」
「貴様がそんなにやらないと気が済まないというのなら、付き合ってやらなくもないが……」
「ほんと?じゃあ二台置くから、【敗者】も一緒にやろうね!」
「……」
レヴィはいつもより楽しげで、余程改造が楽しみらしい。
金額に対して文句を言わないほどに……
ふと、【敗者】はレヴィにそっと触れた。
(……熱くないか?)
【敗者】の手はレヴィの手から首の後ろに移ると、「ひゃっ」と驚いた声がレヴィから漏れた。
「もう!冷たいでしょ?」
【敗者】はレヴィに返事を返さず、無言で端末を開き、レヴィのパーソナルデータを確認して……ため息をついた。
「兎に角、やることは済ませた。今日は帰るぞ」
レヴィは癖なのか、自分の体調不良の自覚がバイタルの確認でしか出来なくなっているようで、レヴィはきょとんと目を丸くして後ろを振り返った。
「え?そうなの?宙技士の勉強とか……」
「つべこべ言わず着いてこい!」
「へっ?あっちょっと〜!」
レヴィの目がコクピットの方を向いた隙に、【敗者】は搭乗口を開けてサッサと歩き出してしまう。
レヴィは搭乗口が締まるプシュ、という音で慌てて体の向きを変え、いそいそと彼の後ろを追い掛けた。
ゲートエリアから市街地までの道は長いが、【敗者】はレヴィの肩を掴むとあっという間にダーカーワープで転移し、二人は市街地にあるタクシー乗り場の前に立っていた。
ロビーから家までの長距離転移は危険か、なんて【敗者】の行動の意図を察しレヴィは独り言のように呟くが、その後すぐに今自分たちのいる場所を見て眉をしかめた。
「全く……この距離でなんでタクシーなの?」
「そんなに不満なら足を切ってやろうか?」
「別にいいし」
黄色い車体が特徴的なタクシーで、二人はゴーストタウンまでの道のりを進む。
レヴィはほんのりと赤い顔で窓の外から遠くを見つめていた。
【敗者】はそんなレヴィを隣からじっと眺め、彼女の太ももにそっと触れる。
「……」
レヴィの体が熱いのもそうだが、触れていると【敗者】は自分まで熱くなる気がしてきた。
彼女の体温のせいなのか、それとも彼女に触れているからなのか、【敗者】にはその答えを直ぐに導き出すことは出来なかったが……
レヴィの視線が何かに集中していることに気づくと、【敗者】は衝動的に声を上げた。
「トリリオン情報体に関する研究なんだが、思ったより良い成果が得られた」
「え?あ、そうなんだ」
レヴィは街中のモニターに映されていたウルクの演説から目を背け、【敗者】の方に体を向ける。
「あの物質のようなものの中から強大なエネルギー……そうだな、莫大なフォトンが中に蓄積されていた。
これを使えば、貴様の体はもちろんのこと僕の体の回復にもいい効果が得られるかもしれない」
「じゃあ、遠征必要ないの?」
「怪我を治すのに衛生環境の悪い場所で治すと思うか?
僕にとって良い環境で、周辺に蓄積されたダーカー因子を取り込みながらさらにフォトンを食らい侵食する必要がある。
この情報体の利用はアブダクションに必要な人数が大幅に減っただけに過ぎない」
昔も昔、治療には衛生的な環境が必要だと有名な偉人が言った。
使い古されて血の滲んだベッド、カビの生えたような場所、使い回される注射器……それら全ては人の生存確率を大幅に下げると証明したのだ。
現状の【敗者】だってそうだ。彼にとってアークスシップというダーカー対策の張り巡らされた環境は毒である。
純度の高いフォトンで満ちた場所よりダーカー因子で満ち、餌となるフォトンの持ち主が与えられるダーカーの巣窟の方がよっぽど良い。
しかし、彼の理屈は理解出来たが、レヴィには疑問があった。
「ダーカー因子を取り込むのとフォトンを食らうのは何が違うの?」
「ダーカー因子を取り込むのは、ダークファルスという親から分裂させて作り出した眷属を吸収することで再回収するだけだ。
回復に値する量を喰らうなら、他のダークファルスを取り込むくらいしないと足りないんじゃないか?」
「じゃあ、フォトンは?」
「フォトンは僕にとっての餌だ。フォトンを侵食し、取り込むと再回収する訳ではなく、新しく我が物に出来る。
姿を変え顕現するためにも莫大な量のフォトンが必要になるためフォトンの侵食は必要不可欠だ」
「なるほど……」
「僕が吸収した中で一番大きなものはマザーシップだが……しかしその力の多くはあのアークスによって削られた。
それらを回復させるには、またフォトンを吸わないといけない」
ダークファルス・ルーサーのサイズはとてつもなく大きい。高層ビルでも足りないほどだ。
それを顕現させるには膨大な量のダーカー因子が必要になるが、今の彼ではファルス・アンゲルになることすらままならない。
トリリオン情報体が彼の治療の助けになるというのはレヴィにとっても朗報だが、疑問はまた別の疑問へと変化した。
「でも……トリリオン情報体にそんなにフォトンがあるなら、なんでわたしは麻痺を起こさないのかな?」
レヴィの麻痺は、フォトン適正の低い底辺アークスからフォトンを流されるだけでも発動する。体内グラニエルの含有量が少ない状況や、高純度のフォトンなら尚更だ。
「当然の疑問だ。しかし、解は既に見えている」
【敗者】は手を翳すと小さな試験管に入った青光りする液体を取り出し、レヴィに見せつけながらゆらゆらと動かした。
「これは、厳密に言えば純粋なフォトンではない。
フォトンとしては純度が低いが、エネルギー量は膨大。
つまりこの場に漂う空気のように、全てがフォトンなのではなく様々なエネルギーが混じっているのだろう。
だからこそ、レヴィは自分の体で無意識にフォトンの部分だけ取り除いて摂取しているんじゃないか?」
「無意識にフォトンだけ取り除くなんて……そんなことできるの?」
「なら、試してみようか」
【敗者】は端末を取り出すとディスプレイを表示させ、それを眺めながら試験管をゆっくりとレヴィの方へ近付けていく。
見た目や量には特に変化なし。だが数値には変化があった。
「うーん……なんか変わった?」
「情報体をレヴィの体に近付けた時点で、物質内のフォトン係数が急降下している。
このまま取り込んだら完全に無になるだろう」
「なんか、磁石みたいな感じなんだね……」
レヴィは【敗者】の手首を掴み、己の方に引き寄せる。
フォトン係数がゼロになったことを確認すると、未だに青く光を放つ液体を見て首を傾げた。
「でも、純度が低いなら【敗者】にもそんな影響ないんじゃ?」
「確かに、純粋なフォトンを吸い取るよりかは効率が悪い事になる。
ただし、ダーカー因子は万物に侵食する物だ。
だからこの物質を構成する他のエネルギーも喰らい、それら全てを自分のものに出来るということだ。
無論、フォトンが一番いいのは確かだが、無駄になるものはない」
「なるほどね……理屈は分かった」
「それにしても、だ。これを一体どこから持ってきた?」
「……」
低次元や高次元が見えるなんて話をしてもいいのか、とレヴィは頭の中でグルグルと迷っていた。
不気味と思われるかもしれないし、今までのように抱きしめたり頭を撫でてくれなくなるかもしれない。
そもそも、他人の視界では見えないものが見えて、そこから物が取り出せた……なんて非現実的な話を誰が信じるというのか。
【敗者】の言うアルマなら、全知存在であるシオンなら信頼してくれるかもしれないが、【敗者】はあくまで研究者だ。目視でも数値でも観測出来ないデータを信頼するとは思えない。
「ちょっと、……時間が欲しいの。こっちでも調べたいことがあるから」
「ふむ……」
レヴィはまだ自分の迷いに答えを出せなかった。そう言う事しか出来なかったのだ。
「わたしにしか見えないなら、ある程度わたしの方で調査してから言いたいの。見えたものを見えた通りに言うだけじゃ、変に混乱させるだけかもしれないから」
「了解した」
レヴィの目は【敗者】を見つめると、ふいと逸らした。
明らかに嘘をついている。【敗者】はそう分かっていたが、ここで責めても彼女が話す訳ではない。
「だが、見つかり次第絶対に話せ。これは僕にとって重要な研究素材だ。いいか?」
「うん、……わかった」
レヴィの返事と合わせるように、タクシーは停車した。
【敗者】はフードを被り、扉を開け歩みを進めると、レヴィに向けて手を伸ばす。
「ほら、家に着いたぞ」
「ん……」
レヴィはその手を取り、降りたはいいものの、一歩足を進めたところでぐらりと体がよろけた。
「おっと……」
「あー、ごめんね」
【敗者】がすぐに受け止めた事でレヴィは何ともなかったが、彼女は地面を見つめたままぼんやりと項垂れていた。
「全く、……貴様は少しくらい自覚を持て」
「自覚?」
レヴィは立ち上がると足を進めようとするが、【敗者】がそれを止める。
「38.2度。貴様の体温だ」
「へ……?」
「本当に貴様は脆弱だな」
「べ、別に普通に動けるし……」
「そのままダーカーの巣窟に行かせるのは危険だ。今日は大人しく寝ていろ。貴様の世話はシャーロットに任せる」
【敗者】の声と共にレヴィは寝室に転移され、彼の手はレヴィの上着に触れるが、レヴィは彼の手が自分の肩から肘まで触れる感覚を感じ取ると思わず口を開いた。
「一緒に居てくれないの……?」
「……僕に居て欲しいのか?」
「うん、……【敗者】がいい……」
レヴィの弱ったような甘い声に【敗者】は溜息をつき、頭を撫で回すと仕方ないと言わんばかりに己のネクタイを外した。
「全く、しょうがないな……」
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる