74番艦市街地。
朝も早く、ルビィはマトイと二人でゆっくりと街を歩いていた。
「他の人の部屋に泊めてもらうなんて初めてだったけど、凄く新鮮でいいね…!」
「確かに、私も小さい頃はよく友達を家に泊めてたりしたもんだが研修生になってからはめっきりだな」
「小さい頃……ルビィはアークスになる前どんな感じだったの?」
「んー……そうだな、まあ雰囲気だけなら今とそう変わりなかったかもな。だが……」
そう言った後、ルビィは少し悩みながら自分の過去を話し始めた。
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ルビィは、74番艦のとある一軒家で生まれた。
両親はアークスで、二人はマイルームに住んでいたが、子供を作るにあたって自然交配をしたいという事でアークスを引退し、市街地に一軒家を建ててそこで暮らしていた。
その家は二階建てと屋根裏部屋まであって、とても豪華である。
庭には小さな池や家族でバーベキューをする程度のスペース、そして季節の飾りや庭具をしまう為の倉庫があった。
両親は六芒均衡に匹敵する程の実力があったアークスだった。
六芒均衡であり夫婦だったヴォルフとアトッサが病気で命を落としたことで、ルビィの両親の着任はほぼ確実だった。
しかし、両親はアークスが所持していたどの創世器にも適合しなかった。
それは、その時のルーサーが六芒均衡の均衡を乱すために仕組んだことなのか、それとも本当に創世器から選ばれなかったのかは今となっては分からない。
しかし、両親は六芒均衡に選ばれなかったということが、アークスを辞めて子供を産むというきっかけとなった。
「両親の名前?母さんはエキドナで、父さんはジェスタだよ」
ルビィの母親は艶やかで綺麗な黒髪に、エメラルドのような緑の目をしていて、父さんはルビィと同じような金色の髪と目をしていた。
言わずもがなルビィは父親似というワケだが、ルビィのつり目や顔のパーツは母親そっくりだと彼女は両親からよく言われていた。
「マトイも知っている通り私は突然変異で生まれた三世代目のアークスで、打撃射撃法撃の全ての可能性を持っていて、生まれた頃からフォトン適性がとても高かった。
だから両親は私の事をいたく褒めちぎって、ルビィは天才だ、って何度も言ってくれた。
……とても優しく、素晴らしい両親だった。
挑戦してみたいことは何でもさせてくれたし、欲しいものはなんでも買ってくれた。サプライズだって何度もしてくれた。同じくらい、悪い事をしたら正しい道に進ませるため叱ってくれた」
しかし、彼女がアークスになったのは最近……。誕生日で歳を重ねて今23歳、着任した時は22歳だった。
研修学校は能力さえあれば年齢性別身長関係ないためルビィがなにか差別されるようなことは無かったが、それでもルビィの同期はほとんど年下だった。
だからロッティやイオから先輩、って呼ばれるのは慣れていた。
「どうしてそんなに遅くなったか……?そうだな……任務までにはまだ十分時間があるし、少しコミュニケーションスペースで話をしよう。
あぁ、……所謂赤部屋と青部屋って呼ばれるやつだよ」
ルビィはマトイをエスコートし、ショップエリアに入るとその奥へ進んでいく。
この部屋は会話が外に漏れないようになっており、プライベートな会話や複数人が集まって騒ぐ時などにも使われている。
ルビィがここを選んだということは、つまり彼女にしては珍しい身の上話の中でもあまり聞かれたくないことを話す、という事だ。
ルビィは青部屋の中の椅子に座ると、深呼吸をしてから話し始めた。
――ルビィはある時までは、何事もない人生を送っていた。
求めればなんでも手に入る環境で、許されなかったことと言えば一人で庭に出ることくらい。
それでも、両親が共に居れば当然のように庭では遊ぶことが出来たし、庭に出て帰れなくなってしまわないように、という両親の心配は理解出来た。
時たまに音のする倉庫も、
「しかし、ある日状況は変わった。私が12歳の……初等部を卒業するギリギリの時だ。3月で、もう皆が学校に置いていた荷物を持ち帰って、これからどうしようかと進路を明るく話し合っていた頃だよ。
そんな日、帰ったら両親は……死んでいた」
「死、……」
「厳密に言えば、殺されていた……か」
ルビィはその日の光景を忘れることは出来ない。
まだ幼子だったルビィは、自宅に帰り、扉を開けると無惨な姿の両親を見た。
彼らには首から上がなかった。
身体中に無数の刺傷があり、玩具は荒らされ、家は血まみれで……
両親の引きずられた血の跡を追うと、そこには目の抉られた首から上が転がっており、その部屋にあったダーツ盤に、先に目玉や臓物が付いた細いナイフが刺さっていた。
ルビィはすぐに警察を呼び、調査が入ったがどれだけ探しても犯人の痕跡は見つからなかった。
金銭を盗んだ形跡や、性暴行の形跡は無いことから、分かったのは殺した相手がとても残忍な事を平然と出来る性格であり、そして両親へ強い恨みを持っていた事くらいだった。
ルビィにとっては信じられなかった。
それも当然だ。なぜならルビィの両親は近所の人にも優しく、
それから、ルビィは直ぐに孤児などのPTSDや障害を持った子を保護支援するための施設に送られた。
ルビィの親戚からすれば愛嬌のある彼女は引く手あまただったが、その場にいた誰もが惨殺死体を見た彼女の精神的な平穏を願っていた為、カウンセリングが出来る施設に送ったのだ。
施設にいた時、ルビィはすぐ周りの子に溶け込み、仲良くすることが出来た。
精神も非常に安定しているように見えたが、本当はそうではなかった。
――なぜ両親が殺されなければいけなかったのか。
なぜ自分はこんなに若く生まれてしまったのか。
この世に、「殺されても仕方の無いこと」なんてあるのか。
そんな風に自己問答ばかり繰り返しており、一人の時間になるとずっと両親の笑顔とグロテスクな死体が交互に思い返されるばかりだった。
周りの前では傷の無いように振舞っていたが、実際ルビィは酷く傷ついていて、周りを信頼出来ずに誰にも寄りかかれなかった。
そうやって施設で二年ほど過ごしたある日、転機が訪れる。
施設の比較的良好な状態の子を外に出して、市街地に遊びに行こうという話になったのだ。
ルビィも施設の人間から見れば良好。
彼女は久しぶりに施設の外に出た。
「そこで、私は初めて知った。自分より下のものを憐れむ目、理解出来ないものを避けようとする目、そして奇妙で異様な物を見る目、だ」
車椅子で歩けない子や、パニック障害を持った子、ルビィのように親の死を見てPTSDを抱えた孤児や、実の親から虐待された子……
様々な事情を抱えてはいるものの、普通の人からの目は総じて「弱者に対する目」だった。
「私は、その時点まで自分は普通でどこか健康だ、と思っていたんだ。でも、彼らの目を見た瞬間私は弱者で、傷付いて、無力な……普通じゃない状態なんだと、気付いた」
「ルビィ……」
「そして私は……私は、そこから逃げ出すことしか考えなくなってしまった」
ルビィは大人達が向ける奇異の目が怖くなり、施設の人が向ける優しさの目が自分が弱者であるというラベルを無理やり貼り付けてくるようで嫌になった。
そして、皆と共に公園に行き、遊具で遊ぶタイミングでルビィは抜け出した。
彼女は14歳と年齢が高く、精神も安定しているように見えたから監視が付いていなかったのだ。
その時のルビィは心配されるとは分かっていながらも、しかしどこか「彼らが無関心かもしれない」と思っていた。
両親が死んだ理由はルビィが彼らの死体を見た時に多分分かっていたのだ。
両親がルビィに望んだことと、ルビィの大きな喪失。
――弱いから。
ルビィがアークスではなく、弱いから、両親は死んだのだ……
ルビィはそんな自責の気持ちに埋め尽くされて逃げ出し、どこかも分からない森の中に入ってしまった。
既に市街地のビル街から離れ、町外れまで来ていたのだ。
やってしまった、と思った時にはもう手遅れで、ルビィは自分がどこにいるのかも、どうやって帰ればいいのかも、どうやって連絡を取ればいいのかも分からず……
「そんな時、……ある人が現れた」
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森の中を歩き、迷っているルビィの目の前に、ひとつ小さな小屋が目に入る。
アークスの基本的な建築様式とは全く違う、小さな木でできた小屋。
風がそよぎ、葉が舞い散る静かなそこは異世界のようで、現実味が全くなかった。
そして、小屋からある人が現れた。
『貴方は……』
薄く暗い透き通るような絹の髪に異質なブルーに輝く瞳。
不思議な服を着たスレンダーで美しい顔立ちの少女がそこには立っていた。
『あ、あの……』
『貴方は、アークスになりたいの?』
『え?』
鈴の鳴るような美しい音色の声で、その少女はしっかりと言葉を紡ぐ。
とにかく異質で、不思議な雰囲気だった。
そして、彼女はルビィの奥底を見透かしたような目で、静かに見つめる。
奇異でもなく、憐れみでもない。
何か強い意志を持った瞳にルビィは惹かれ、思わずルビィはその女性の元に歩き出していた。
『アークスに、なりたい……私は、皆を守れる強い人に……』
『それは簡単な事じゃないわ。運命にはいつだって、選択が付き物なの。全てを取る為には、運命をねじ曲げる程の強い覚悟と力が必要になる』
『覚悟と、力』
『でも、私は識っているわ。貴方なら成し遂げられる』
そうしてルビィは、その女性に保護された。
施設が探しているのではないか、親戚が引き取るのではないか、そういう問題は何故か、不自然なほど消えて無くなっていた。
「彼女は、アリスティアと名乗った……私の恩師であり、ある意味……師匠のような人だよ」
アリスティアはアークスではなかったがとても強かった。
ルビィを名前も知らない惑星に連れていくと、力というものを示した。
鎌を振れば一撃で死んでいく。光テクニックを発動すれば辺り一面のダーカー因子反応が消滅する。
ルビィの両親もアークスとしては既に引退済み。
初めて間近で見る圧倒的な力にルビィはとても感動した。
「彼女は私を導いてくれた。自分がどうすれば願いを叶えられるのか、皆を守れるのか……彼女は厳しかったが優しくて、そしていつも正しい事だけを言っていた」
その正確さは、それまでの周りの人間は全て期待と言う名の無責任な理想を押し付けていただけだとルビィが感じるほどだった。
ルビィは親を失い、異常の目を向けられ、道に迷って嘆いていたが、それはこの狭い世界の生活で全て治療されたと言っても過言ではない。
今のルビィの社会奉仕的かつ我の強い性格は、アリスティアの思想が作り上げたものである。
今のルビィからしたら想像もできないだろうが、ルビィはアリスティアの前で大泣きして、両親の死を嘆く程だった。
しかしアリスティアは彼女を慰めた後、何度も同じ事を言った。
『失いたくないのなら、どうする?』
『皆を守りたいのなら、どうする?』
『貴方にできることは二つ。守るべき相手を選択するか、全てを守るためにより強大な力を付けるか』
その言葉を聞いて、ルビィはどんな武器も握って、どんな巨大な敵も倒した。
一晩中瞑想して、大気中のフォトンの流れを探りPSEバーストを効率的に引き起こす……などという訓練までしていた。
軍を率いた前線指揮から生き残るためのサバイバル術まで、とにかく戦うために何でも覚えた。
ルビィはとても飲み込みが良く、天才的で、やらせたもの全て上手くいくと言っても良いほどにセンスがあった。
ただ、ルビィが何年居てもアリスティアのことはよく分からなかった。
「貴方は選択をしなければならない。守るべき人と、守るために切り捨てなければならない人。貴方は己の強さで人を守り、己の弱さで人を切り捨てる。全てを救いたいなら、行動しなければならない」
「それが、……アリスティアさんの言葉?」
「あぁ……」
ある日、ルビィがアリスティアの職業を聞いた時、彼女はこう答えた。
私は記録者だ、と。
しかし彼女は日記も付けていなかったし、なにか本を出版していたわけでも、それどころか何か長い文を書いていた様子すらも見当たらない。だから本当に、心の底からよく分からない人だった。
そして、18歳の頃ルビィはアリスティアと別れた。ルビィは自立したのだ。
アリスティアが最後に残した言葉は、今でもルビィの中に染み付いている。
『お願い、貴方は強くなって。沢山の人を守って、沢山の人を救う事が出来るアークスになって。来たるべき時の為に、この世界が無くならないように、貴方は皆を守れるアークスであって』
『それが私の望みだよ、アリスティア』
『えぇ、そうよ、だって私がそうしたんですもの……ありがとう、さようなら』
ルビィはその後のアリスティアを知らない。
一度も会ったことがないし、頑張って74番艦の小屋を探してみたものの影も形も、そこにあった痕跡すらもなかった。
しかしあそこに居た者は幽霊でもなんでもなく本物の人だった。
ルビィを完璧で優れたアークスに仕立て、平和な世界を願った一人の記録者だった。
それから、ルビィはアークス研修学校に入りあっという間に卒業した。
飛び級と言うほどの実力だったが、その余りの実力の高さにルビィが教師になっている期間もあったほどだ。
「私の人生に両親の死が本当に必要な事だったのかは分からない。両親にとっても、その死が当然なのかは分からない。が、私の記憶の中で両親と楽しく過ごしていた時間よりも、彼らの死を想起する時間が長くなる方が、よっぽど両親を殺している気がした」
ルビィには時間遡行の力があるが、それで全宇宙の全ての人の死を無かったことにできるなんてことは無いのだ。
だからこそ、彼女が時間遡行をしてウルクを助けた時、周りに転がる死体を見て、ルビィはアリスティアの言っていた「守るべき人」と「切り捨てる人」を強く意識した。
ウルクはオラクルにとって必要だから。ルーサーの陰謀によって殺されたから、「守るべき人」になった。
じゃあ、オラクルにとってどうだっていい人は、切り捨てなければいけないのだろうか?
ルビィは本当は誰も切り捨てたくなかったし、皆救いたかった。だけど、そこまでの力が無いのだ。
力が無いから、多くを救うことは出来ない。
そんなルビィに出来ることは、力を身につけることと、自分が救えない人を救う事が出来る他の誰かが居ることを願うだけなのだ。
「彼らの事を優しい両親ではなく、私のトラウマと死の象徴として扱ってしまうのは、自分を傷付けて、両親を愚弄するだけなんじゃないかって思った。
その時から、私は二人と過ごしたいい思い出しか思い返さなくなったよ」
両親の死は、必要だったのか。それとも不必要だったのか。
そんな簡単な問題の答えが、何度も人の命を救ったルビィにすら分からない。
アリスティアの答えは、なんと言っていたか……
「誰を選び、誰を捨てるか。その選択は弱者がする事だ。それでも、私は、私が守りたいと思った人を守るんだ……」
「ルビィ……」
マトイはルビィの手に己の手を重ね、ゆっくりと寄り添った。
「ルビィ、あなたは強いよ。みんなを守りたいっていう気持ちだって、守れないという罪をその人の代わりに背負って、みんなの救いを願える人が、弱いことなんてないよ……」
「マトイ……」
ルビィはマトイの言葉に泣き出してしまいそうになったが、ぐっと堪えた。
マトイはアリスティアと逆のタイプの人間だ。
それでも、どちらもルビィにとっては大切で、必要な人だった。
マトイの言うことも、アリスティアの言うことも、ルビィにとってはどちらも正しいように感じた。
「……ありがとう、マトイ。私はもっと強くなって、大切な人を守れるようになりたい。マトイを守りたい」
「うん……」
マトイは心の中で静かに、自分はルビィの罪を背負える人になりたいと願った。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる