通常、バカンスと言えば輝く海や青い木々、風の涼しい音に軽やかな日差しを想像するだろう。
しかしこの休暇はとても美しいものとは思えない……
「……うわっ、……」
陽の入ることもない、地獄へのバカンスだ。
「……」
どこまでも赤黒い景色が続き、天井には破壊された市街地のようなものが見える。
清水などないと言わんばかりに池まで赤く、レヴィがキャンプシップから降りた瞬間ダーカーが興味深そうにちらちらと寄ってきた。
「わっ……その、敵じゃないから……安心して?」
「ダーカーに話しかけてどうする」
「だったらあんたとも一生話さないけど」
【敗者】は折りたたまれたキャンプチェア片手にキャンプシップから降り、周囲を見渡す。
「予想通りの位置だ。ここ程開けた場所なら生活に苦もないだろう」
「といっても水には限界があるんじゃないの?」
「浄化すればいいだけだろう。何のために集中浄化装置を詰んだと思っている。水源の確保の為だ」
確かに、意味はあるのかと思うくらい大型の機械がキャンプシップには乗っており、荷物置きをだいぶ圧迫している。
テントなどを展開すればスペースがかなり開けるのは分かっていたが、それにしても【敗者】やレヴィのような贅沢な邸宅の広いスペースに住み慣れていた者たちが操縦席に座り続けるのは少し苦痛だった。
「それにしてもあの風呂いる訳?肩湯のアタッチメントとかジャグジーとかさぁ……絶対いらないと思うんだけど」
「見ればわかる通りの環境だ。衛生を保つのは勿論、精神的な安定もまともに確保できない」
「まあそれはそうだけど…」
「貴様のようなヒトがいては容易に狂えるような場所だ……これくらいの娯楽はあって当然のものだろう」
ここに連れてこられた普通のアークスには通信阻害すらあるらしい。今はこの空間を作り管理している【敗者】がレヴィの傍にいるおかげで通信は通るが、それにしてもここまで隔離された空間だと本当に隠居しているような感じだ。
「オラクルが寒かったからここはちょっと暑いね……」
雨が振る間際のような生ぬるい風が当たり、空気は世辞にもいい匂いとは思えない。
【敗者】がプロジェクターなど積んでいたのを見て調子に乗りレヴィもアロマや香水なども入れていたが、それは正解だったのかもしれない。
「そうか。ここは随分と空気がいい……」
「ふーん……」
やはりダークファルスとアークスでは感性が違うようで、この辺り一面がダーカー因子で侵食されたダーカーの巣窟は【敗者】にとっては居心地がいいらしい。
「シャル、平気かなぁ」
「少なくとも貴様の今の状態と比較すれば危険からは程遠いだろう」
【敗者】は深呼吸をし、辺りを見渡した。
予定では2週間ほどだが、己の体の損傷具合によってはそれより長引く可能性もある。
しかし今の感覚からすればむしろ3日で帰れるのではと思うほど体が快適だった。
頭が良く冴えて、呼吸が楽で。
ルビィやアークスから負わされた傷が癒されて、ここのダーカー因子やフォトンを食らうだけでまた完全体を見せるだけの力を回復できそうだ。
「【敗者】、元気になれそうで良かった!」
鈴の鳴るような声が響き、【敗者】はレヴィの方に目を向ける……
「……?」
淀んだ背景に、薄く灰暮れた笑顔を向けるアークスが、【敗者】の方を見ていた。
紅い瞳も稲穂のような薄い金髪も、男を唆るような柔らかな体型も特に変わらないのに……何故か【敗者】の心を、あれほど抉ることがない。
決して醜いわけではない。容姿や挙動について感想を述べよと言われれば、可愛らしいと言えるものだ。
しかし、どうでもいいのだ。今はレヴィの外見に至極興味が向かない。
あってもなくてもいいもので、どれほど可愛さを振りまこうが、【敗者】の心を擽らない。
その暖かな体温が【敗者】に触れても、不快ではないのに、心が何も動かない。
悪くは無いのに、良くもない。
どうでもいい。
(何故だ……?)
「わたしはここでも、やるべき事はするからね!武器を作って、トレーニングをして、力をつけて、それから自分の体にも向き合う」
レヴィの声が右から左へと抜けていく。
ここに満ちるダーカー因子に流されて、無くなっていく……
「そうか、僕は……」
【敗者】は狂気に満ちた目で見上げ、キンと冴えた頭で計算をし、卑しく口角を上げた。
「僕は全知を得るためにここにいるのか!」
「そうだよ、【敗者】。貴方は全てを知りたいんでしょ?」
「あぁ……そうだ。よく分かっているじゃないか、レヴィよ」
声の降り掛かった方向を見て、【敗者】は卑しく目を細めた。
――なんだ、僕は。
こんなにいい駒を作っていたのか。
一人でありながらここまで従順で、多芸な駒を用意出来るとは……我ながら実に素晴らしい出来だ。
これが僕の仲間だとは……
「さて、テントを設営しなくちゃね。今は狭くてゆっくり休めもしないんだから。あ、ベッドはあんたが使いなよ。わたしは椅子で寝るから」
「いや、必要ない。僕はダークファルスだ。ダークファルスに睡眠は要らない」
【敗者】の言葉は不思議と敵対的で、何故かこんな単純な言葉だと言うのに声には非常に棘があり、どこか寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。
「でも、あんたが体を休めるんだから……」
しかしレヴィはいつものように彼を心配したように声をかける。
そこで、【敗者】はピシャリと鞭を打つように冷たく声を放った。
「今まではアークスシップにおいてダーカー反応を抑え、我が器の消耗を防ぐために肉体の活動を抑制していただけだ。この場で僕が活動を抑制する必要はなく、むしろ積極的にフォトンを喰らい、ダーカー因子を吸収した方が復活は早くなるだろう」
「……わかった」
「いいから、己のやるべきことをこなしたまえ。後回しにして苦労するのは貴様自身の方だろう?」
レヴィは目をぱちくりし、【敗者】を少しのあいだぼーっと見つめた後、静かに頷いた。
「ふふ、分かったよおにーさん。あなたの仰せのままに……ねっ?」
プロローグ
3ルームほどある大型テントの中。
拠点の設営が完了したレヴィは、テント内部に作られた窓のない癒しスペースの中でナベリウスの森林を投影しながら、ふわふわとした大型クッションにくつろぎ、タバコを吸っていた。
「ふーむ……」
レヴィは服に着いた装飾を見て目を細める。
これはダーカー因子の吸収を阻害し、放出を助ける術式が刻まれたアタッチメントだ。
ここでレヴィが着る数十着の服には全てこのアタッチメントが付けられるように金具が付けられており、【敗者】から寝る時でも欠かさず着用することを命じられている。
硬そうな手触りでありながらベルトのような形でしなやかに曲がるためとてもそのような機能が着いているとは思えないほど寝間着でも快適だ。
しかし面にはびっしりと模様が描かれており、身に纏うと異質さを引き立たせる。
「確か……初代クラリスクレイスが付けていたフォトン制御機構のアレンジなんだっけ」
初代クラリスクレイスはアークスいちフォトン適性が高い人物として語られている。
そんな彼女は強大すぎる力を制御するためのパーツを服に付けており、レヴィが付けているものはそれをダーカー因子に転用したものだ。
そしてレヴィが今から作る武器は、今手につけているアタッチメントの逆のことをしなければならない。
【敗者】のダークファルスとしての力……ダーカー因子を増幅させ、フォトンの吸収を促し、効率的にフォトンを喰らうためのアクセサリー。
なるべく小型でテクニックを発動するための位置を意識して指輪にしたものの、術式とそれに対応した外殻の素材の選定にはだいぶ時間がかかり、今からやっと着用前提の試作品を作り始めるところだ。
「【敗者】に付けさせて力を試さないといけないけど……体に負担をかけさせたいわけでもないしなぁ」
【敗者】は自身の能力である時間支配の力を狭い範囲ではあるが頻繁に使っていたため、レヴィはあまり意識していなかった。
だがあれは【敗者】の中だとかなり無理をしていた方らしく、ダーカー反応を抑えながらも損傷した中で力を放つというのは、想像しきれないほど負担の大きな行為だったようで。
彼が力を使って顔色を悪くしたり息切れするのは普通の事ではないと知り、レヴィはようやく彼の損傷に気がついたのだ。
「わたしが……わたしがもっと早く気付いていれば……」
そういえば損傷しているというのに一時間くらい宇宙全体の時間停止をしろだとか酷い無茶振りもしていた。あの状況でセックスさせるなどなんと酷なことか……
――レヴィは【敗者】の肉体の損傷具合を数値や彼の表情で見るほど色々なものが膨らみ、代わりに己の決意が固まっていった。
「よし!わたし、アークスのこと絶対絶対めちゃくちゃにしてぶっ殺すぞ!」
レヴィはルンルンと楽しそうにテントから出て、【敗者】の方をちらりと見る。
椅子に座り込んでモニターを眺めたまま、もう何時間も経過している。
ぶつぶつと小声でなにか呟き、ダーカーが寄ってきては去るのも気にせず、彼は集中していた。
「……わっ!」
足元に感触が当たり、目を向けると、レヴィの足元には小さな幼体のようなダガンが居た。
「その……敵じゃないよ」
レヴィはダガンから攻撃されないか恐れていたが、ダガンが彼女の足に寄って頭を擦りつけているところを見ると、思わずくすりと微笑んだ。
「こら、敵じゃないからってじゃれちゃダメでしょ?……ふふっ、可愛いね……」
レヴィはしゃがみこみ、ダガンの頭を撫で回してからダガンを連れて歩く。
武器を作るための機材はテントの中にはスペース不足で置けないため、キャンプシップのブリーフィングスペースに置いているのだ。
「【敗者】、ここのダーカーは人懐っこいね」
「……」
「【敗者】?集中してるの?」
返事のない【敗者】に向けて近寄り、レヴィが彼の髪を撫でようと手を伸ばす。
瞬間、【敗者】はレヴィの方に振り返り、じっと彼女を睨みつけていた。
「……何の用だ」
「あ、……いや、忙しかったの…?なんでもないよ」
「用もないのに話しかけるとは、貴様は己の使命を忘れたのか?」
「ううん!忘れてないよ、今はその道中って感じ」
レヴィは【敗者】の頭を撫でようとしたが、その手もバリアで防がれて、【敗者】は直ぐに顔を逸らした。
「ダーカーにも僕にも警告もなく頭に触れるとは随分と腑抜けた様子だな」
「あー……まあ、ダーカーは別に攻撃してこなかったし、あんたにはいつもやってる事だから」
「だったら……」
【敗者】はレヴィに振り返ることも無く彼女の首筋に赤黒い刃を突きつけ、淡々と呟いた。
「攻撃すれば、二度と触れることもない」
「……ふふ」
レヴィは刃に触れ、指から血を流しながら意地悪にくすくすと笑った。
「わたし、【敗者】から傷つけられるっていうなら別に首を切られたっていいのに」
「……回りくどく言っても分からないか。許可なく僕に触るな。アークス風情が」
「あはっ、じゃあ許可してくれたら泣いちゃうくらい触っちゃうもんねー」
「……チッ」
レヴィは早足でその場から去った。【敗者】の姿はもう見えない。
キャンプシップに入ると、レヴィは俯いてぶつぶつと呟きながら作業場に向かう。
「全くー、アイツも忙しいから嫌だって言うのになーんであんなに悪意むき出しにして言わなきゃいけないんだか。言葉の数が増えて無駄なのに。舌打ちまでされちゃった」
レヴィは図面が広げられた机に向き合い、手を着く。
作業のためにペンを持ち、書き込もうとしたのに……どうしてか手が震えてペンが持てない。
だが、レヴィは何度も何度も深呼吸をし、ゆっくりと目を開いた。
「【敗者】。……わたしは、やるよ。
貴方がわたしのことを嫌いでも、わたしより他の誰かの方が好きでも、わたしは貴方の一番の駒でありたい。
それだけは、わたしのものでありたいから」
嫉妬したり、不安になったり、【敗者】と出会ってからのレヴィは色々とあちらこちらに迷って悩んでを繰り返していた。
だが、【敗者】はそれでもレヴィと一緒にいてくれたのだ。
だからレヴィも、例え彼に嫌われたとしても、必ず彼の為になると誓った。
【敗者】の為にこの命を燃やし、一番輝く星であり続ける。
それがレヴィの願い。
足掻いてもがいて努力して、地を這って、泥にまみれても、【敗者】にはホコリひとつも付けない。
そのために、レヴィが出来ることは……
「大いなる陰も、武器も、船もみんな……わたしの手で成し遂げてみせる!」
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる