「……ブラックローズは後回しか。意外だな……」
【敗者】は机の上を見てそう呟く。
レヴィは無言で彼の元を訪れ、銃を置いたかと思えば「よろしくね」の一言でそのまま去っていった。
彼女はダーカーや投影装置とありとあらゆる手段で戦闘訓練を行っているゆえか顔には傷がついていたが、相も変わらずその程度の怪我ならまとめて後で治せばいいという意識のようで当然放置されていた。
【敗者】もまた、たかだか顔程度の傷に怒りはしない。
そんな事、気にしている猶予なんてないからだ。
彼女は確かに脆弱で病気に弱く、破傷風になるかもしれないが、そうなれば治療すればいいだけのこと。
このダーカーの巣窟で見てくれを気にする必要なんてないし、化粧で傷くらいは隠せるだろう。
そして、【敗者】は恨めしそうに彼女の後ろ姿を睨みつけた。
彼は今ここで、間違いなくある事実を確信していた。
やはりレヴィが自分を洗脳していたのだ――と。
間違いなくここに来てから【敗者】は頭がずっと冴えていて、全ての行動を正しいと思えて、自分の中にあった迷いが全て無くせたように感じた。
心の中を蝕む棘に日々痛みを覚えながら、毅然とした態度で野望に向かい真っ直ぐ行動出来る……昔と同じ自分が帰ってきたのだ。
喜ばしいことだった。
前までのウジウジと悩み何が正しいのか分かっていなかった自身は本当に愚かで馬鹿だったのだと認められた。
しかもその原因が自分ではなく他人であるというのなら、それはもっと都合が良かった。
レヴィだ。あの女のせいだ。
彼女は脆弱な体に幼稚な精神をしておきながらとんだ悪女だったのだ。
ダークファルスというヒトよりもずっとずっと強大な相手を誑かして、あの生真面目そうな顔と甘えたような顔を交互に見せて心を掴んで、一心不乱に夢中にさせて、全知存在を忘れさせるほどに洗脳してきたのだ。
「この僕が……、……あんなアークス如きに……」
そう呟いた言葉はレヴィに届かない。
それもそうか、と【敗者】は心の中で呟いた。
あの悪女は自分にとって都合のいい言葉しか聞こうとしない。
電話もメッセージも全て無視して、自分が話したい時だけ通話を掛けて、言うだけ言えば直ぐに終わらせてまた連絡を拒絶する。
それがレヴィという女の気質だろう。
光歴にあれほどの売女がいただろうか?
美の女神アウロラが老若男女を誑かしていたのは知っていたが、ルーサーが奴に惑わされることはなかった。
【若人】になっても尚、美に執着する奴のことを醜いとすら思っていた。
【敗者】は"そんなもの"からは一番かけ離れた存在だと自分を思っていた。
それなのに、それなのにだ。
「何の目的で僕を誑かしている……?」
チームのことは当然知っている。
【敗者】はディナンにも会ってきたし、あの卑怯で不気味で卑しい男が何を企み、何のためにレヴィを派遣し、何のために器を持ち込ませたかも分かっている。
だがレヴィはディナンを拒絶した。
当然だ。レヴィはディナンの事が大嫌いだ。
奴らの計画をレヴィが聞く気もなかったというのはもちろん分かる。
「だが、なぜわざわざ僕を?」
正気の【敗者】にとってはレヴィという女が不気味に見えて仕方なかった。
器は所詮器。
【双子】に取られたところで作り直せばいいし、元々ディナンは別の手段で人格を用意しようとしていたはず。【敗者】との交渉が失敗してもどうにかするだけの算段は整えていて、あくまで近道になるだけだった。
だからレヴィも失敗した時点で帰ればよかったのだ。【敗者】はその機会を与えたし、彼女はそれを望めばなんとなく叶うように造られている。
レヴィの運命改変の強さは埒外な物で、本当に逃げたければ何かの偶然が全て重なって転送が発動せずそのまま窓から逃げ出す事だって出来ただろうし、偶然檻を破壊するように隕石が落ちてきて脱出出来ていたかもしれないし、レヴィを追いかける【敗者】を何かしらの超常的な力で阻止して逃げ切れただろう。
【敗者】の知る限り、彼女のマジックにそんなことは容易いものだ。
レヴィが【敗者】と離れたとて世界にとってなんの影響もないのだから。
むしろ【敗者】は死ぬと決められていたのだから、こうやって生きている方が余っ程大それたことをしているのだ。
それなのに、レヴィは【敗者】に暴言を吐いて、暴力を振るいながらも……彼を見て寂しそうな顔をしていた。
「……チッ、こんなモノ……殺した後でも分かる事だ!」
【敗者】は立ち上がった。
レヴィだってアルマと同じようにしてしまえばいい。
マジックがそんなに大事なら、グラン類似エネルギーがそんなに大事なら、アルマと同じように解剖して、研究して、その遺伝子の隅々まで有効活用してやればいい。
彼女に心があって、思考があって、【敗者】に触れようとしてくるから惑わされるのだ。
レヴィの目的がどうであれ、そんなものは殺した後にゆっくり考えるだけ。
今はただ、二度と洗脳されないように、レヴィを殺すしか……
「きゃっ!」
【敗者】がレヴィに視線を向けると、彼女は小さく声を上げて尻餅を着いていた。
そこに寄り添っていたのは有翼型の一体、ランズ・ヴァレーダだ。
彼女の周りには工具が転がっていて、どうやら墜落していたキャンプシップの調査帰りを邪魔されたらしい。
「もう、……イジワルしないでよ。あんた主人に変なとこだけ似たでしょ」
ダーカーは彼女に分かる言葉では答えなかったが、【敗者】からするとわかりやすく愛情を示しながら彼女に向かって飛びついた。
「わっ!もー!服引っ張んないで!」
ダーカーは嘴でレヴィのシャツを引っ張り剥がそうとしている中、【敗者】はダーカー丸ごとレヴィを焼き払おうと手を翳した。
すると、レヴィが体を拗らせ抵抗するその景色の中で……【敗者】は異様なものを見た。
「あのダーカー……コアが変色している……?」
ダーカーにおける核であり最大の弱点でもある赤いダーカーコアが何故かもっと明るく濃い紫色に変化していたのだ。
厳密に言えばピンクから青紫のグラデーションだろうか。とにかく普通のダーカーにはありえない色だ。
【敗者】は深呼吸をしたあと翳した手でモニターを開くと、明らかに可笑しい文字列が見えた。
エネミーを表すありとあらゆる文字が文字化けしていた。
彼はどうにか文字化けを解消しようと読み込みや再起動を行うが働かず、ふと思いついてレヴィから貰った端末を取りだした。
DARKMANA SYSTEM。レヴィの使っている独自プログラムを使う為の専用ソフトだ。
試しにそこのメモ帳を開き、コピーした内容をそのまま移してペーストしてみる。
すると、ようやく【敗者】にも認識出来る文字が帰ってきた。
「これは……」
"リオン・ヴァレーシュ
目の前のランズ・ヴァレーダは最早【敗者】の知る範囲ではない。彼のコントロールの外を出て、完全に変異していた。
そして変異したダーカーはまるで当然かのようにレヴィになつき、柔らかく甘噛みしている。
……ダーカーの変異自体は珍しい訳じゃない。
個体の中で突然変異を起こし特に強くなったダーカーは"レア"なんて呼ばれることもあるし、空間の異常フォトンに感化されて強化されたり逆に弱体化することもある。
だが、明確に原因が分かっていて、その原因があまりにもおかしいとなると……異様だとしか言えないだろう。
【敗者】はゆっくりと手を下ろした。
「ダメだ……あの女を殺してはいけない……」
レヴィが変異させたのならば、それは単純に誘惑したとか誑かしているとかそんな次元の話ではない。
レヴィはダーカー因子を塗り替えて洗脳しているのだ。
それがマジックなのかグラン類似エネルギーなのかは分からない。
分からないが、彼女は完全に無意識だ。
あの末端のダーカー一匹洗脳して何のためになる?彼女は無意識に接近してきた相手を自分の中に取り込んでいるだけだ。
【敗者】だからそれが単なる思考の迷いで済んだだけで、ダーカーならああやって自分がダーカーですら無くなってしまうのだ。
無意識ですらそんなことが出来ているというのなら、もし、意識的にそれを行えたとすれば……
(【巨躯】も【若人】も【双子】も……全部あの女がコントロール出来るかもしれない!!)
あれは【敗者】じゃどうにもならない。解剖して解体して、そうしてもし正体を突き止めたとしても、それで【敗者】が他種を操作できるわけがない。
【敗者】は反発する側だから。
【敗者】は薄々思い出した。
自分の中で何度か洗脳されていたと気づけるタイミングがあった。
頭が冴えて思考しやすい瞬間があり、逆にまともに思考ができない瞬間があった。
その時が、探索範囲外に散歩しに行った時と、レヴィと大喧嘩した時だ。
とくに、レヴィと大喧嘩した時の記憶は曖昧だ。
【敗者】がレヴィに叩かれるまで自分が何を言っていたのか、何を考えているのか分からなかったのに、その後は逆にとても冴えて何をしていたのか鮮明にはっきり覚えている。
そして、ナベリウスの遺跡やダーカーの巣窟に居ると頭が良く冴えてくれるのだ。今もまさにそう。
つまりダーカー因子に満ちたこの空間はその洗脳作用を阻害しているという訳で、もしそれがグラン類似エネルギーの齎す作用なのであれば……ダークファルスである【敗者】が耐えられるのは、内在するダーカー因子の量が多いから、という単純な結論に帰結するだろう。
――となればグラン類似エネルギーは反フォトンだけではなく反ダーカー因子もあるのか?
逆に、ダーカー因子との融和性があまりにも高いせいでより大きい方が侵食してしまうのか?
【敗者】の中にあった怒りや殺意はあっという間に知識欲に埋め尽くされていった。
そして、彼は自身や周辺の数値を全て記録出来るよう計測を開始してから、もう一度椅子に座り、ゆっくりと手を出して……
レヴィにまとわりついていた変異ダーカーを殺した。
「ひゃっ!……えっ?」
その変異ダーカーはダーカー死亡時特有の霧散すら起きず、瞬きの一回だけで完全に存在を削除されたかのように消滅していた。
「レヴィ」
【敗者】が声を上げると、レヴィは【敗者】の方をパッと振り向いた。
服はビリビリに破られていて、ベルトも外されていたが肌には傷の一つもついていない。
彼女はそんな破れたみっともない姿のまま、彼を不安げに見つめていた。
「あっ、……ちょっと……な、なんで殺したの……」
「消しただけだ」
「でも、……。いや、……ありがと」
レヴィに構う眷属を【敗者】が消したことは初めてじゃない。
レヴィはあの時と同じように「【敗者】は自分の眷属が彼以外の相手に構う事が気に食わなかったのだろう」なんて思って納得し、ゆっくりと歩き出す。
【敗者】はこっちに来いとアイコンタクトを送ったつもりだったのだが、レヴィはぼんやりと遠くを見ながら【敗者】の横を通り過ぎた。
「何をしていた?」
【敗者】が声をかけると、レヴィはゆったりと振り向き【敗者】の元に帰ってくる。
彼女は意外そうな顔で【敗者】を見ていたが、彼と目は合わせなかった。
「まーその……墜落したキャンプシップがあったから……それを解体して、研究してたの」
「上着はどうした?」
レヴィはボロボロの服を着ているが、本来はそれを隠すはずの上着があるはずだ。
少なくとも最後に見たレヴィの景色はちゃんと上着まで着込んでいた筈なのだが、いまは軽装な上服も破られている。
「あ、えーっと……暑かったから脱いできた」
「アレは防御性能を格段に高める為の防具だ。外で脱ぐんじゃない」
「はぁ……ごめんごめん」
「中の服にも防具を仕込めばいいだけ」「上着を脱いだらダメになる鎧なんて鎧じゃないだろう」など口から吐き出せば無限にも連なるであろうありとあらゆる文句を噤んでレヴィは大人しく謝った。
暑いなんてただの嘘だったから。
「あのさ、【敗者】。その」
「……」
「絶縁手袋とか、ない?」
「僕が持ち込んだ物の中にはないが」
何気ない会話のようだったが、レヴィはそれを聞くと憂鬱そうに俯き拳を握った。
「……そう。じゃあ持ってる手袋で何とかするか……」
「そこまで必要な物なのか?」
「安全でしょ?」
レヴィお得意の口から出まかせムーブは【敗者】に気取られる事なく成功し、【敗者】からの適当な相槌を受け取ってレヴィは安堵のため息をついた。
ぎくしゃく。明らかに会話が上手く動かない。
それも、動かしていないのは【敗者】の方。
彼は本当に必要なことしか喋らず、レヴィからの言葉には簡単な相槌と返事をして終わらせていた。
だが、レヴィがその場からいなくなろうとすれば【敗者】は彼女をキツく睨みつける。
そして彼女が足を止め振り向くと、【敗者】の眉間はまた緩む。
「あのさ、何がしたいワケ?わたしも忙しいんだけど」
「何も感じないのか?」
レヴィは【敗者】の思わせぶりな言葉に一瞬口を開いたが、すぐに閉じた。
それはあんたが塩対応なこと?わたしのこと嫌いになったって言いたいの?
そんな言葉が羅列しながらも、レヴィの口からは何も出ず。
別に塩対応をされても嫌われても構わない。自分はそれでいいと誓った。
だからそこに文句を言うつもりはないが、互いの利にならないことは文句を言う。それだけだった。
「……」
「とにかく話せ。不要な事でもいい」
「分かった。……あんたが話したいだけね」
そう言いつつも、レヴィは【敗者】の前で出来るいい話題なんて思いつかなかった。
不要な事でもいいなんて言われたら勉強の話もしにくいし、彼の進捗を聞いたら急かすなと言われるかもしれないし。
レヴィは目の前の"様子が可笑しいけど正しい"【敗者】の前で話す話題に悩んだ結果、ゆっくりと口を開いた。
「もしもの話、なんだけど。わたしより良い駒が見つかったら迷わないで欲しいの」
「……」
「シルンからも言われたし、わたし自身も気付いてる。アークスの情勢も変わりたてのゴタゴタで今が絶好のチャンスだってのに、やることが資格勉強だの療養だのってのはおかしい話でしょ?」
【敗者】はただ無言で話を聞いていた。
つまらない。そんな話をして自分の望む状況が出来る訳じゃない。
(不要な話でもいいと言ったら、本当に一番不要な話をしてきたとは。相変わらず人を不愉快にさせる才能と来たら天下を取れるな)
「一番の駒になりたい……なんて言ったかもしれないけど、……でも、それはあくまで夢みたいな感じでさ。繋ぎだっての、ほんとはちゃんと分かってるから。だから迷わないで」
「僕はただ僕の計画を進めているだけだ。それで貴様に気を遣う理由があると思っているのか?迷うなんて物はない」
訳せば必要としているから迷う機会はない……という意味合いだが、もちろんこの言葉で【敗者】の意思がレヴィに伝わる訳もなく。
「でもわたし達はバディで、契約をして……。
いや、違うね。うん。そうそう、そうだね。
あは。おにーさんは、よく分かってるよ。
わたし、あくまで駒だし……」
「……」
レヴィは言葉を何とか紡ごうとしていたが、口を開く度にどんどんと顔は暗くなり、仄暗い雰囲気が纏っていく。
「わたし……そのっ!だから、がんばるから……がんば、る、から……すこしでもながく、だから……」
レヴィの目が赤くなり、じんわりと髪の先が黒く染まっていくのを見た瞬間、【敗者】は衝動的に声を張り上げた。
「レヴィ!」
「な、……な、に」
「……ネガティブな思考はやめるんだ。汚染を加速させる」
【敗者】に声を掛けられた事で瞳はまた韓紅色の輝きを取り戻していたが、髪の先は黒く変色したまま戻っていなかった。
外見に影響が出るほど因子の影響を受けるということは、体内のダーカー因子汚染は相当な物になっている。
「違う!ネガティブな考えとかそんなんじゃない!わたしはただあんたに……」
「ベルトを付け直せ。早くしろ!」
「わ、分かった」
これ以上抑制のベルトもなしにこの空間にいたらレヴィの体が持たない。
【敗者】は彼女の言葉を聞くこともなく急かすように告げると、レヴィは頷くしか無かった。
レヴィはオロオロとしながらベルトを取りに行こうと足を踏み出したが、その前に【敗者】がベルトを持ってきてレヴィに押し付けた。
ダーカー因子汚染の抑制と共に排出を促す事が出来るそれはこの空間でレヴィが生きていける唯一の方法。それを蔑ろにするのはなんとも思わないのに、【敗者】に対して執着するのは酷く歪んでいた。まるでそうしないと理性を保っていられないようだ。
「……」
「そんなに褒められたいのか?」
「はぁ?!別にそんなこと言ってないし!」
「だったら自分からわざわざ頑張るだの努力するだの言う必要は無いだろう?」
レヴィはそれを聞いて顔を歪ませ、顔を逸らしてしまった。
「だったらもう言わないから……大丈夫」
(クソッ、上手くいかないな……以前の僕と同じ事を言っているつもりなんだが……前のレヴィならこれで頭を撫でろだのなんだの言ってきていただろう?)
褒められたいの一言でも言えば別に褒めるくらいはするのに、レヴィは遠回しで訴えるくせに実際機会を与えると拒絶するいつものめんどくさいモードに入っているらしい……なんて【敗者】は分析しているがレヴィからするとそれどころでは無い。
レヴィはゆっくりと深呼吸をしてから口を開いた。
「体調は平気なんだよね」
「言っただろう、その杞憂は鬱陶しいと」
「アークスシップにいるよりも、こっちの方が心地いい?」
「ダーカーにとって良い環境だからここに来たというのも説明した筈だが?」
レヴィはそこまで聞いてそっと頷くと、静かに頭を上げる。
「うん。だったらさ、あんた……ここから戻らなくていいよ」
「は?」
「外でやることがあるならわたしが全部代わりにするから。あんたが本格的に動き出して、全知存在を手に入れるってなるその時まで……あんたはずっとここにいればいい。代わりの駒が見つかったなら、そいつもわたしの代わりに外で働かせなよ」
「貴様は何を言っているんだ……?」
「何をって。当たり前のことを言ってるだけだよ。アークスシップはあんたにとって常時毒吸ってるようなものなんでしょ?だったら、ここにいた方がいいじゃん。わたしが信頼出来ないならシルンでもいいし、シルンも嫌なら探してくるよ」
「……理解できない。貴様は何故そんなことを突然言い出した?」
「無理させてたなって、思ったから。今。」
――これが正しい【敗者】だというのなら、アークスシップにいた頃の【敗者】は無理をしていたというに他ならない。
本当は触れられたくもなかったし、話しかけられたくもなかったし、一緒に居るのも苦痛だったのだろう。セックスだって嫌々やっていたのだろう。
レヴィはそれに気付かず彼にずっと無理を強いていた、と思った。
彼の方から求めてくるからあれが本望だと勘違いしていた。
だが今が正しいというのなら、この対応がレヴィとの正しい関わり合いだというのなら、これが好きな相手に対する対応なわけが無い。
「ホントはずっと……わたしのこと、嫌いだったんでしょ?」
レヴィの体からは力が抜けており、死に損ないのような無気力な声で言葉を紡ぐ。
「でも、あそこにいたら無理して仲良いフリしなきゃいけないじゃん。だから……嫌いで居てくれていいよ。
そんな事でわたしはあんたを裏切ったりしないから」
「僕がレヴィを……嫌い?」
「そうだよ。だからさ、別に無理せず楽な方行こうよって言ってるワケ。だからー……そのー、えっと……」
レヴィのあまりにも意味不明な発言に、【敗者】は思わず彼女の目を見た。
そして気づく。
レヴィは全く【敗者】の目を見ていなかった。
彼女は【敗者】と会話をしていなかったのだ。
「レヴィ、僕を見ろ」
そりゃ彼女から洗脳行為をされるわけが無い。彼女は【敗者】のことを全く見ていないし、意志を伝える気など何一つない。
ただひたすら自分に言い聞かせて、自分自身と会話しているだけなのだ。
「……」
レヴィはゆっくりと【敗者】の目を見た。
彼女は泣きそうな顔をしていて、彼女の瞳に映る【敗者】の目は……あまりにも冷酷だった。
「誰が貴様を嫌いだと言った?」
「それ、好きな相手にする態度だと思ってる訳?」
「あれほど隣に居たというのに、僕が嫌いな相手に対してどんな態度を取るのかも見てこなかったのか?」
「……」
「貴様には価値がある。貴様を必要としているから駒にしたんだ」
それは嫌味でも嘘でもなく【敗者】の本心だ。そうでもなければこんな所までレヴィを連れてこないだろう。
「代替品?いるならむしろ連れてこい。従順でマジックユーザーでどんな無茶振りにも答える創世器持ちの奴が他にいるのか?」
「それは……い、いるかもしれないし……」
「そう言って僕と貴様に何の利益がある?存在するかも分からないその代替品の為に貴様を繋ぎとして蔑ろにする理由はなんだ?僕が貴様を嫌ってそれで何の利益が生まれる?言ってみろ」
「……」
「僕が何て言ったか覚えているか?話をしろと言った。独り言を呟けと言った訳ではない。会話の仕方も忘れたのか?」
「……今のあんたに何話せばいいかわかんないよ……」
「だから不要な話でもいいと言っただろう」
「……」
だが、レヴィはもう話すことが何も思いつかず黙り込んでしまった。
【敗者】は急かすように彼女を睨みつけたが、それでも全く口を開かない。
その上居心地悪そうに指を擦るレヴィの姿を見て【敗者】は何故か不愉快になった。
そして、彼は自分から話すしかなくなったのである。
「僕はダークファルスだ。温度の変化で何か変わる訳でもないし、はっきり言えば暑い寒いには疎い。
……貴様にとってはそんなに暑いのか?」
「えっと……」
レヴィは誤魔化す為の言葉を探し、腕を抱えて擦る。
体を縮こませて抱えるようなその動きは、暑いというよりむしろ寒がっているようで……
「……?寒いんじゃないか……上着はどこに置いてきた?」
「あ、いや。投げたから、あの……あっちの遠く、池の方」
「どうしてそうやって不可逆的な事をするんだか……」
【敗者】は呆れたようにため息をついたが、レヴィは悲しそうにケラケラと笑って誤魔化していた。
心配しないで、なんてふんわりとした意志が伝わってくると、【敗者】はパッと顔を上げてレヴィを見つめる。
「……!」
「あは、馬鹿みたいだよね、ごめんー」
レヴィは笑っているが楽しそうには全く見えず……前のような嬉しさや愛情が伝わってくる意思ではなく、どこか拒絶するような、退屈な悲鳴が【敗者】の中に響いてきた。
「怪我でもしたのか?」
「ま、見た目通りの怪我ならしたよ?」
そんなことを言ったすぐ後に"バレたくない"なんて意思が伝わってくる。嘘をついているのは丸わかりだ。
「……何を隠している?」
「え?」
レヴィは驚いていたが、すぐ視線を逸らして独り言のように呟いた。
「別に、何もないけど」
怒られたくない。そんな意志が聞こえると、レヴィの中のぐちゃぐちゃとした違和感のような物が【敗者】の中にじんわりと入り込みそうになり、彼は言葉を吐いてそれを無理やりせきとめた。
「……分かった」
「……」
そしてまた静寂。
【敗者】の中に入り込んできたレヴィの違和感は彼の心の中の穴を広げるように染み付き、【敗者】も微妙に嫌な感覚が付き纏った。
ネガティブな感情に引き寄せられるのはダーカー因子汚染のせいなのか。
【敗者】は確認の為声を上げた。
「貴様こそ、体調はどうなんだ」
「平気だよ、別に」
レヴィはその返事を即答したものの、口を閉じた瞬間腹の方からぐう、なんて空腹の音が聞こえ、彼女は焦りで顔をほんのりと赤く染めた。
「あっ、別に!その、わたしご飯食べてなくてずっと、……それで……えっと!でもその!……一応食べるつもりではあったんだから!だからその……」
レヴィは思わず癖のように【敗者】に触れようとすると、直前で気付き思わずパッと竦めた。
彼女の表情は焦燥に染まっていて、足が一歩ずつ離れていく。
「あっ!……も、その……もういい?!わたし、……疲れてるし、お腹、空いてるから!!」
「待て」
レヴィはそのまま走って逃げ去ろうとしたが、【敗者】は彼女の手首を掴み引き寄せた。
そうするしか無かった。口ではもう止められなかった。
「あっ!」
レヴィの体がふわりと浮くと【敗者】の方に引っ張られ、彼女の小さくて肉感のある柔らかな体が【敗者】の中にすっぽりと収まる。
《好き……》
「ッ、……」
掴んだ彼女の手首からじんわりと広がる熱。
瞳は潤んでいて、【敗者】を熱っぽく見上げていた。
そして、レヴィの意思が【敗者】の中に響いてきた。
キスしたい……と。
(仕方ない……)
元々色恋で吊った女だ。それくらいの対価を与えるくらいは考慮している。
キスのひとつやふたつで何も失うわけでもないし、一番怖い事と言えば彼女に触れて目を合わせる瞬間でありそれはもう通り過ぎた。
後は何をしても変わらないはずだ。
「……」
【敗者】はそっと目を閉じるとレヴィと唇を合わせる。
「っ?!」
レヴィの体は強ばり、体から熱がぶわりと上がり、あからさまに嬉しそうなほわほわとしたオーラが彼女を包んでいた。
いつものレヴィだ。
目を開けるとすぐに彼女の意思が飛び込んでくる。
だいすき、だいすき、かたくていいにおいで、あたたかくて、うれしい。
そんな意思を感じ取って、【敗者】は思わず唇が綻んだ。
こんな簡単なことで喜んでくれるなら何億回でもしたいくらいだ。
【敗者】は薄紅に色付いたぷっくりとした柔らかく暖かい彼女の唇を見つめ、ゾクリと背筋が震えると……ふと気付く。
たかだかこんな事で?
「……!!」
――こんな事で嬉しいと感じるのか、僕は。
いやいや、そんなわけは無い。
そんなことはありえない。
こんなの、惑わされたとしか……
「あのさ、【敗者】。……その、ワガママかもしれないんだけど……」
今だ。
「……」
【敗者】はレヴィの話を聞かずパッと手を離すと、背を向けた。
「ちょっと【敗者】、……待って……!」
しかし、レヴィは衝動的に手を伸ばし、【敗者】の手首を思い切り掴んでしまう。
それが彼を悪い方向で刺激し……
「邪魔だ!さっさと失せろ!」
「きゃっ!」
【敗者】は乱暴にレヴィの手を振り払い、彼女はその衝撃で尻餅を着いて倒れ込む。
だが【敗者】は彼女に目もくれず、早足で歩きながら端末を取り出そうとしていた。
「【敗者】!ちょっと……、……ごめんってば!」
「【敗者】……!」
遠くから聞こえるレヴィの声も他所に、【敗者】は彼女が追いかけて来なくなるまで離れるとすぐにモニターを開く。
その画面には、彼が求めていた異常が映っていたのである。
「これは……!非常に興味深い……」
ダーカー因子・空間・グラン類似エネルギーの状態の全てに同タイミングで数値の変化が確認された。
グラン類似エネルギーの数値が上昇すると同時に、空間に何らかの振動を検知した。
それも一度や二度ではなく、何度もだ。
それの起点は間違いなくレヴィにあり、ある程度の指向性を持って【敗者】の方に向かい広がっていく。
そして、ダーカー因子の数値が僅かに下がっている。
【敗者】は自身の脳波からその時何を思考していたかを検出した。
そのタイミングとはまさに、レヴィから何かしらの意思が伝わった瞬間だった。
「声でもなく音でもない、テレパシーのような意思はこの振動によって伝わっていたのか……」
今まで計測していたのは、戦闘状態というグラン類似エネルギーが活性化し、様々な状態変化が一気に起きていた状態だったからこそ気づけなかったのだ。
時間停止を強請られたあの時も、レヴィのマジックが起きており、発生しているこの振動をマジックの物として認識していたから何も気にしていなかった。
しかし、今は本当に何も発動していない。
攻撃もしていなければマジックの類も発生しておらず、エネルギーの数値は上昇しているが活性化というには乏しすぎる。
それなのに、この振動があったのだ。
「レヴィの意思が伝わり、僕の思考能力に影響を及ぼす振動波……。他者に意志を伝えたい、共鳴したいというものから来ているのか?あのエネルギーに、そういう性質があるのか……」
となれば、これはグラン類似エネルギーのひとつの性質である。
「ユニゾン波、とでも名付けておこうか。
このユニゾン波、研究しがいがありそうなテーマだ……これを最優先事項としようじゃないか」
【敗者】はそんなことを呟いてから、笑みを浮かべた。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
-
続編として作品を分ける
-
分けないで一つの作品でまとめる