※この作品はR-18です。

MIDNIGHT   作:Libby博士

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一章 契約:逢瀬編
1話(1)*


「はっ?!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 レヴィは硬い床の平凡な感触に目が覚めた。

 知らない匂いでいっぱいの部屋が視界を埋め尽くす。

 

 レヴィの視界を邪魔する鉄格子、暗い壁紙のゴシックな部屋、そしてソファにはあの男、【敗者(ルーサー)】が小綺麗な様子で本を眺めていた。

血よりも紅い瞳に紅と空色が境界を分かつグラデーションカラーの髪型、ニューマンの長い耳に服を着てすら分かる筋肉質な体型が、厚く長い足を伴って圧迫感を放つ。

 

「なっ、わ、……わたし……」

 

「あぁ、……ようやく目覚めたか、野良犬」

 

「は……?」

 

【敗者】はニヤニヤと笑ってレヴィに近付くと、まるでそのまま踏み殺してしまうかのような卑しい目線で見下ろす。

 

「貴様が寝こけている間に、ある程度のことは調べさせてもらった。新光歴の歴史上唯一とも言われるフォトン吸収障害の個体が目の前に居るとは……実に興味深い」

 

「な、……なんで、わたし、こんな…」

 

「決まっているだろう? そこで貴様を服従させるためだ。

散々生意気な態度を取ってこの僕を見下してきた事、忘れたとは言わせない。貴様が喜んで全てを喋るようになるまで、苦しみの限りを尽くしてやろうじゃないか」

 

 レヴィにとっては一難去ってまた一難……とすら言いたくなかった。

【敗者】は檻の扉を開けて中に入り込むと、彼女の細い首を握る。

 レヴィは法撃を扱えない、生粋の肉体戦闘専門だが……その体の表面に筋肉はない。見てくれだけでは戦えるわけもないように見えるだろう。

 

「……離して」

 

「なんだ、もうその犬小屋が気に入ったのか」

 

「違う! わたしは帰るの、……あなた元の体はどうしたの?!わたしはそれを持って帰ったら終わり、全部解放されるだけ……」

 

「それを貴様が知ってなんになる? あぁ、まさか……取りに行ってそのまま帰る、なんて言わないだろうな?」

 

「そうに決まってるでしょ……?!っぐうう…!」

 

 レヴィは自分の力には自信があったつもりだが、しかし【敗者】の拳を何とか引き剥がそうとしても、ピクとも動かない。

 実験ポッドに入っていた時は触れただけで砕けてしまいそうな様子だったのに、中に人が入っただけでこんなに強かになるなんてありえないじゃないか、理不尽だ。

 レヴィはそう思って【敗者】を睨みつける。

 

「……反抗的な目線だ」

 

「普通こんなことされたら反抗以外になんも無いけど……? わたしなんかに構ってないで……自分の計画でも進めればどう?!」

 

 自分が今ここにいても、生存の確率は低い。

目的は達成したのなら、【敗者】は勝手に外にでも出てもらって、その間にわたしがこの家かマザーシップを探して器を取りに行けばいい――

 

「それが僕の本望だ」

 

「なら……」

 

「貴様は本当に馬鹿だな。わざわざ貴様を選ぶ理由などない。外に出られないから暇つぶしにここに居るだけだ」

 

【敗者】はディスプレイを取り出すと、そこには特徴的なアークスの文字が書かれていた。

 ダークファルス【敗者】の指名手配だ。

 彼は完全に死に絶えてはいない。

もし発見した場合は、速やかに知らせること……そう書かれている。

 

「余程奴らはアークスの隠蔽体質を根から変えたいらしい。【巨躯(エルダー)】の時と違って、たかが瀕死でも指名手配を出すなど……笑わせてくれる」

 

「今は元気じゃないの……?」

 

「今の状態でマザーシップシャオを侵食しろと言われても時間が必要だ」

 

「はぁ…」

 

 レヴィはため息のような返事をしてから興味なさげにディスプレイから目を逸らし、【敗者】の顔を眺める。

 【敗者】はそんなはレヴィに目を合わせることはなく、イライラとした声で呟いた。

 

「貴様の記録を辿る限り……レギアスだな。わざわざ一人で僕と交渉しに来たようだが、生憎あそこには抜け殻しか残されていない」

 

 レヴィは、彼の抜け殻がマザーシップにあることは理解できた……が、その代わりに新たに疑問が生まれる。

抜け殻を残したというのにわざわざ死んでいないと判断したのはどういう判断基準なのだろうか。

ダークファルスの死とは……、何なのだろう?

 

「ここにいるのは僕の数少ない過ちの一つだ。あそこでレギアスに寛大な措置を加えてやれば、奴も僕に従ったというのに」

 

「は、……つまりあんたは六芒均衡を狙って、最弱アークスを引いたって訳。とんだハズレくじだ……」

 

 レヴィは再びため息をついて、憂鬱に高そうなカーペットを見つめていると、瞬間彼女の体がふわりと浮き上がる。

【敗者】の1.9メートル近くある大きな体は、レヴィの体を持ち上げるには容易だ。

 

「ッ?!」

 

 レヴィの足が宙を泳ぎ、顔は焦燥に埋め尽くされた。

【敗者】は驚く彼女がまるで病院に連れられてきた時の子犬のように見えて、くすりと小さく笑う。

 

 しかしレヴィからすれば笑い事ではない。

 レヴィはこの男に構う理由も無ければこんなどこかもわからない場所で囚われている理由もないのだ。

 

 レヴィはとにかく頭の中で必死に考えた。

自分がここから逃げる方法はこの目の前の男に対して自分を捕まえるより良いプランを提示し、それを相手に飲み込んでもらうしかない。

自分がここに来た経緯を思い出し、【敗者】がどんな男かを考えて、レヴィは冷や汗をかきながらなんとか口を紡いだ。

 

「……それより良いプランがあるって、言ったら?」

 

「ほう?」

 

【敗者】は幸にも言葉に興味を示してくれる。

 

 ――レヴィは先程も【敗者】に取引を持ちかけた。

 その結果、【敗者】は三英雄の裏切りの刃から逃れ、新たな器を手に入れた。

 それは【敗者】にとって得なのか損なのかは今の自身が判断できるほど冷静では無いが、少なくとも【敗者】から見た今のレヴィは異端な角度から爪を剥き出しにする猟犬のようなものだったから、【敗者】は一応耳を傾けたのだ。

 

「貴方のその器が、……どこから提供されたのか、知りたいんでしょ? だから、わたしをこんな所まで連れてきた」

 

「当然だ。こんなものを作ってまさか僕への告白や慈善事業が目的な訳ないだろう?」

 

「そうね……」

 

【敗者】の手が離れ、レヴィは地面に落とされる。

 痛みもなく、ただ尻餅を着いた肌が赤らんで、無地の下着が見えるだけ。

 レヴィは容易くそれを直し、ゆっくりと姿勢を整えた。

 彼にとって求められる"自分"とは何なのだろうか……レヴィは絶え間なく現状を打破するために思考し続ける。

【敗者】は拷問で服従させたいと言っていたが、それは彼の本来の目的だとはレヴィには思えなかった。

 

 ――本来彼が求めているのはより良いビジネスパートナーであり、そのためにはまず自分は居なくなるべきで、そして不適切な自分がいなくなるためには目の前の傲慢な男をどうにか花を持たせる形で満足して頷いて貰わないといけない。

 

「その器はわたしのチームメンバーから提供された物なの。彼らは貴方を求めている」

 

「……チーム」

 

「知識を追い求める研究者であることは彼らも貴方とそう変わりない。虚空機関(ヴォイド)の総長であり、最後のフォトナーとも言われる貴方をチームの奴らが求めるのは必然の事……そう思わない?」

 

「僕がこの手で得た知識を横から覗き見する集団か。悪趣味もいい所だ」

 

「わたしは彼らのただの捨て駒。彼らの信念にも活動にも興味が無いし、それは同時に貴方の信念にも活動にも一切の興味が無いということ」

 

「……」

 

「それに対して彼らは貴方の新しい器まで用意するほど貴方にご執心なの。貴方は今外に出られないと言ったけど、彼らが貴方の存在を確認すれば、それはそれは丁重に迎えに来て、チームルームにでも匿って、貴方の計画を喜んで手伝ってくれるでしょうね。

そして、貴方にとって使えると判断した駒がいくらでもいる環境で……貴方はもう一度立ち上がる機会を探ることが出来る」

 

「――虚空機関所属の砂粒以下の集いという訳か」

 

「貴方が言うその砂粒以下の技術を使ってわたしは貴方に会いに来たの。そして、あなたは今その砂粒以下の技術で作られた体を身に纏っている。今の貴方が自分のことを砂粒以下だと思うならその思考は合ってるだろうけど、そう思わないなら彼らは砂粒以下ではないんじゃない?」

 

 レヴィからすると【敗者】は自分を砂粒以下だと平然と言えるような男には見えなかった。傲慢で自尊心の高い、典型的な自己中だ。

 

「それに対してわたしはどう見える? わたしは単なる運搬係。研究者でも無ければ知識を求めてる訳でもない。貴方に協力する意思もないし、それだけの技術もないし、フォトンも扱えない最弱のアークスなの」

 

【敗者】の目が細まり、レヴィの事をじっと睨みつけた。

 ――それでいい。

【敗者】から見たレヴィがいかに無価値で、あのチームメンバー達がいかに価値があるか、それを【敗者】が理解出来ればいい訳だ。

 

「貴方が扱うべき駒は本当にそんな駒でいいの? もっと賢くて、力を持っていて、知識に貪欲で……何より従順な駒が欲しいんじゃないの?」

 

 レヴィは腰をぐっと曲げ、手を彼の方に差し出しまるで礼をするように姿勢を変える。

妖しい老紳士のようなボウアンドスクレープ……

彼女の小さく丸い外見が胡散臭さを減らすものの、代わりにお遊戯のような馬鹿らしさが付きまとう。

 

「わたしはそれを導くことが出来る…」

 

 後は【敗者】がレヴィの手を取れば終わりの話だが――

 

 【敗者】は手を伸ばしたかと思えば彼女の手をパンと破裂音を立てて払い、嘲笑した。

 

「却下」

 

「な、……なんで!!あんたに一切不利な条件はないはず……」

 

「側近にしか知らせていない虚空機関の総長についての実情を知っていて、尚且つあの段階でダークファルス【敗者】の正体を掴んで器を貴様に持ってこさせただと? つまらん悪知恵だけは立派なドブネズミになぜ僕が協力してやる必要がある?」

 

「協力してやるんじゃなくて向こうがあんたに協力するの……!」

 

 レヴィは後ろ手に拳をギュッと握り、左足を淑やかに下げて顎を引く。

 それに対して【敗者】は払った手を顎に当て、彼女を食らいつくような目でじっと凝視していた。

 

「事実がそうであったとしても乗る理由は無い」

 

「なんで?!わたしを使ってもなんの得が無いことくらいわかるでしょ普通?!」

 

「貴様にたとえ何の得が無かったとしても、わざわざ自分から捕まるリスクを取る馬鹿が何処にいる? 見えている損を選ぶ投資家がこの世に存在すると思うか?」

 

 レヴィは隙をつくように握り締めた拳を振るって【敗者】の腹を突く。

 しかし彼はビクともしない。

 

「ッ?!」

 

 レヴィは彼の顔を凝視しながらも腕を掴み、足を払ってなぎ倒そうとしても、やはり【敗者】は姿勢ひとつ変えずじっと見下ろすだけだった。

 

「どうした……じゃれるのはもう終わりか?」

 

「じゃれたつもりなんか!!」

 

 レヴィは体を離したあと力を入れて彼の股ぐらを全力で蹴りあげるが、それでもうんともすんとも言わない……

 

「ひっ」

 

「脆弱なアークスよ、武器も使わず拳だけで殴って何になる?」

 

(おかしい……幾らダーカーとはいえぐちゃぐちゃになるまで殴ったり、大きな石で潰したり燃やしたりすれば倒せていたはずなのに……

この目の前の男は人の形をしたダーカーの仲間だというのに、殴っても蹴っても無反応だなんて――いや、武器さえあれば……)

 

 レヴィは目覚めてから自分の持っていた武器がどこにも見当たらなかった。

 

「はぁッ、はぁッ」

 

 再び殴っても、蹴ってもやはり動かない。

 余裕を弄んで【敗者】がゆるりと腰を曲げ、レヴィに顔を近づけて来た瞬間、レヴィは【敗者】の首を掴んで締め上げるが……彼は当然のように眉ひとつ動かさない。

 

「お、っ、おかしい、ダーカーの、くせに」

 

「何が可笑しい? 貴様の目の前に居るのはそこらを彷徨いている虫ケラ以下のダーカーではない。……ダークファルスだぞ?」

 

「でも、アイツは、アイツはダークファルスを倒せるのにわたしがッ……」

 

【敗者】はレヴィの手首を掴んで持ち上げたかと思えば、ホイと軽く投げ捨てる。

 レヴィの背中が鉄格子の檻のような物に当たって軋む。

痛みは無くても触れた冷たい感覚と衝撃はあるままだ。

レヴィは姿勢を変えようとへたりこんだ首を無理やり上げれば、【敗者】は縫い付けるように彼女の両手首を掴んで鉄棒に押し付けた。

 

「アークスとは思えない手首の細さだな」

 

「煩い…! これでも握力300キロは……」

 

「それで今、何か事を成せたか?」

 

 レヴィは汚れきった死んだ魚のような目で睨み付け、噛み付こうと歯を食いしばっていると【敗者】は意地悪のように彼女に顔を近付けて、小さく笑った。

 

「野良犬。貴様が幾ら足掻こうが無力ということは思い知っただろう? 僕からすれば野蛮な手段が話し合いに勝るとは思えない。

どうかな? 貴様が先程まで行っていた建設的なままごとに戻るというのは」

 

「……わたしの答えにイエスと言うなら!」

 

「おいおい、既にそのフェーズは終了しているじゃないか。これからの話し合いは貴様が僕を説き伏せるのではなく、僕が貴様の提案が如何に愚かだという事かを教え込んで、納得させる段階だろう?」

 

「はぁ?!」

 

 助けて、なんて叫びたい心をグッと抑えて、レヴィは舌打ちを投げるとまた蹴り上げようとするが、【敗者】はその瞬間体を縮めて避けたと思えば、レヴィの足を肩の上に乗せて寄せ、片足をあげたままホールドしてきた。

 

 レヴィの高く蹴り上げた足が【敗者】の肩の上に乗り、動かせなくなる……――大股を開いて拘束されるその姿はまるでI字バランスのようだ。

 

「は、貴様のような淫売にはお似合いの格好だな」

 

「い、淫売…?」

 

「そこまで惨めな姿を晒しても、顔だけは相も変わらず反抗的な事だ。レギアスの守りたかったアークスとは、貴様のような反骨精神豊かな愚者の事を言うのかい?」

 

 カタルシスなんてものはない。レヴィにとってのヒーローなんてものはいない。

 ――こんな男の前で力も無意味にねじ伏せられて、わたしはまたルビィの出来損ないの妹として……

 

「ッ殺す……! 殺してやる……!」

 

「今のうちに好きなだけ喚いているといい。当然、耳だけは此方に向けて貰うがね」

 

【敗者】はレヴィの手首から手を離す。

 

 すぐにレヴィは殴りかかろうと腕に力を入れるが、ガチャンと音が鳴っただけで鉄棒から腕が離れない。

慌てて見上げると、そんな素振りを一瞬も見せなかったというのにいつの間にか己の手首に手錠が付けられていた。

 

「い、いつの間に…っ?!手品?!」

 

「マジック……と誰かは叫ぶかもしれないものだ」

 

「じゃあやっぱり手品? マジシャン?」

 

 レヴィのスリの技術はフォトンを用いない手品ショーを見て手に入れたものだ。

 手品ショーは小手先のつまらない素子に頼らない技術の塊で面白くて、街のモニターで映されていたマジシャンには少しだけ憧れていたのを思い出した。

 

「何故そんなものに拘る? 手品のような種や仕掛けの部類ではない、ダーカー因子を使って引き起こす超常現象だと言えば満足するか?」

 

「……マジシャンじゃ…ない」

 

 ストンと突き落とされたかのような明らかな落胆が【敗者】に伝わると、彼は首を傾げてレヴィを怪訝な顔で見つめた。

 さっと伸びた【敗者】の大きな骨ばった手がレヴィの頬に触れ、少し擦ったかと思えばぐいと引っ張る。

 

「なふぃ!」

 

「不愉快だ。……貴様の行動は至極理解不能に尽きる」

 

「ううふぁい! はあふぃて!」

 

 その声に【敗者】はパッと手を離すが、やはりレヴィから目を離さなかった。

 

「あぁ……そうだ、やはり貴様のような駒が僕には必要だ」

 

「はぁ? 何言ってる訳?」

 

「ようやく耳を傾ける気になったか? なら教えてやろう。貴様の提案を断った理由を」

 

 

二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。

  • 続編として作品を分ける
  • 分けないで一つの作品でまとめる
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