「……」
静寂の中、僅かに聞こえる彼の声。
レヴィはポッドに入ったホワイトローズをちらりと見てから、【敗者】の方に体を向けた。
「【敗者】……」
レヴィが話しかけても【敗者】は無反応。
散々疲労した体に少しの癒しを求めて彼の元へやってきたが、やはりここに来てから塩対応は変わらず。
今の彼は徹頭徹尾自分のやりたいことしかしない。
武器のブラッシュアップは彼から提案された上約束してきた事だから叶っているのであって、本来の彼からしたらやりたい事ではないだろう。
そう、やりたい事ではないものと言えば他にもある。
大いなる陰の再現計画だ……
(今の【敗者】じゃ……協力してもらうのは難しいか)
レヴィは踵を返し、作業スペースに戻るとブラックローズを取り出した。
ダークファルス二体をコントロールして対消滅させるという無謀な計画は一人でどうにかするしかない。
そのためにはブラックローズを完成させるべきだが、今のリソース過多の【敗者】にこれ以上背負わせたくもない。
「……」
レヴィはブラックローズの設計図に向き合うと、ゆっくり深呼吸した。
「髪が邪魔……」
気持ちを整える中ふと己の髪に意識が向き、サッと髪を後ろで纏めて邪魔な部分を前も後ろも乱暴に切り落とし、切った髪の毛をゴミ箱に押し込んで蓋をする。
――大いなる陰もブラックローズのブラッシュアップも独りで出来る。
いや、独りでやる必要がある。
そうしなければならない。
レヴィはそう確信すると、武器の調整を始めた。
ジグからはある程度創世器のノウハウを仕込まれている。
彼はイチから新しい創世器を作りたいという話も口にしていて、それをどんなプロセスでどんな風にして作るかというのをレヴィにアイデアという形で教えていた。
そして【敗者】からはより強く、より特別で、よりレヴィの為にあるべき武器の形を教えて貰った。
彼女の用意した特異的なギミックやプログラムを叶えるだけの素材の選定や構造、耐久力と出力の限界を攻め負荷を掛けながらも肉体へのダメージを減らしていく方法……
【敗者】はアイデアの段階からずっとレヴィに対しアドバイスを続けてきた。
あとはレヴィが師の教えを飲み込み己のものとするだけだ。
「武器職人に躊躇は要らない……」
マグノリアから言われた言葉をレヴィは繰り返し、誰にも真似出来ないような繊細で完璧で整った武器を目指し手を付けた。
――しかし、【敗者】はそんなレヴィの気持ちを露知らず。
「やはりあの女の武器は火力不足が目立つ……」
彼は作業ポッドに浮かぶホワイトローズを眺め、そう呟いた。
彼の体には不可視のフォトンバリアが貼られており、常時体表を覆うように彼を守っている。
だが、彼を脅かすものはアークスからの攻撃でもダーカーからの攻撃でもない。ユニゾン波だ。
シミュレーションの結果、ユニゾン波はフォトンを持つアークスに対しては効果を発揮しにくいという事が分かった。グラン類似エネルギーは元々フォトンに対しての融和性が無いに等しいことから、内部にフォトンを持てなかったとしても体外のバリアだけでユニゾン波をほとんど阻害することが出来るようだった。
ただデメリットはもちろんある。
【敗者】はここに来てからユニゾン波なしにレヴィがどこに居て何を考えているのか全く分からなくなった。
アークスシップに居た時は当然のようにダーカー因子で追跡を行い、彼女の体内に汚染したダーカー因子を介して【敗者】が直接脳に語りかけていたが、今はそれが全く出来なくなっていたのだ。
やはり、グラン類似エネルギーには"他者に意志を伝え、それを形にする力"があるようで、とりわけ他者に意志を伝えるという部分においては他のどのエネルギーよりも抜きん出ている。
ダーカー因子の浄化作用があると共にエネルギー化しやすく、非常に万能である代わりに感情に影響され変異しやすいフォトン。
周囲の環境や生命・物体に適応し進化する能力が高く、ネガティブな感情やフォトンに惹き付けられ、取り憑くことで増殖しながらもその物を凶暴化させる侵食作用も持つダーカー因子。
エネルギーであり、デルタ・ヴァリアントを二回も墜落させる程フォトンを阻害させる力を持つ以外は不明点も多いグラン。
そして、フォトンを滅する性質と共にポジティブな感情や意思に反応して増幅・活性化し、意志を他知的生命体に伝播すると共にその意志を形にすることを得意とする……以外はまだ未知も多いグラン類似エネルギー。
宇宙の成り立ちから考えればフォトン以外のエネルギーは全て変異したフォトンの成れ果てになるはずだが……
グランはともかく、グラン類似エネルギーが何故フォトンからの進化過程でフォトンに反する力を手に入れるようになったのかは疑問だ。
【敗者】はそう呟きつつも慣れたように武器の構造を再構築し、様々な部分に手を加え、調整していく。
今までレヴィはアイゼンハートという特殊なエネルギー供給システムの武器か実弾の銃などエネルギーを使わない武器しか使っていなかった為、明らかにその方向での知識が不足している。
特に武器へエネルギーを供給し、それを増幅させ、殺傷能力を持つ形に変換して放つという武器の超基本的な形が創世器の域に全く至っていない。
それもそのはず。
「あの女……武器を使う時にエネルギーを何も変換しない。莫大な量のエネルギーをそのまま纏わせて、エネミーの生命力を構成するフォトンやダーカー因子ごと無理やり覆って焼き払っている……。これではエネルギー変換の感覚が分からないのも同然だ」
やはり、レヴィが含有出来るエネルギー量は異常なのだ。
仮にそれがフォトンであればフォトナーの中に溶け込むことだって出来る。
だが、彼女はそのあまりにも大きな器と感情により活性化するエネルギーに胡座をかいているせいで何かしらの形に変えなくてもレベル75程度のエネミーなら倒せてしまう。
「このレベルの指導すら必要とは……。いや、そもそもレヴィはフォトンアレルギーだ。エネルギーの使い方を教える奴なんていなかっただろう……」
ただ完全に無能と言う訳ではなく、素材自体はよく研究した上特性や相性などもきちんと考えて選ばれているし、設計構造はおおむね文句なし、ギミックを発動するためのプログラムにおいては完璧で、組み立ても試作品でありながら非常に丁寧に行われている。
才能はなくともちゃんと勉強して理解すればその分だけ出来る子だ。
【敗者】はレヴィのそういう所はちゃんと評価している。
ただ根本的に意識の外にあるものを認知させるという行為が彼女相手では難しい。
【敗者】は今までの経験を元に慣れたようにブラッシュアップを進めていった。
問題があるとすれば、創世器を創世器たらしめる力……核がどの武器にも存在しないことだ。
それを直接的に言えばフォトナーの魂なのだが、その核が破壊されない限り創世器はマザーシップからのエネルギー供給を受けて何度でも比類なき力を得ることが出来る。
だがレヴィの作る武器はそれになるものがない。
前に【敗者】は冗談めいたような言葉で自分を核に創世器を完成させるなんて言ったが、逆に今の二人にとって核となりうるものはそれくらいしか無かった。
そして【敗者】からすると創世器よりも先に核を定めるべき存在がある。
正しくレヴィ本人のことだ。
彼女は脆弱でちっぽけなアークスとしての体とそれに見合わない大きな魂を持っており、その不釣り合いな状態は力の無駄遣いと言っても過言ではないだろう。それを変えるにはやはり核を定めるしかない。
彼女の魂を本当にあるべき場所を収めれば、それは本来の力を発揮するはず……
「アレの作る大いなる陰とやらを核に出来ればいいが……ダークファルス側というなら、むしろあの女が呑まれるだけか……?」
【敗者】はそんな事をブツブツと呟きながら作業を進めていると、端末からの通知が鳴った瞬間手を止めた。
「……来たか」
【敗者】は端末を取りだし、すぐにモニターを開いた。
ユニゾン波の研究……そこで観測した変異ダーカーに関する観測データだ。
【敗者】はサンプルとした眷属数体をレヴィに接触させ、変異させたあとその個体がどのように行動するのか、同種や異種のダーカー、アークス、原生種などに対しどう振る舞うのか観察し続けていたのだ。
「外来型ダーカーは基本的に他種と敵対状態にはあるが、自ら攻撃することは少ない。つまり、ダーカー特有の攻撃性や凶暴性はかなり減少し柔和な気質になっているのか」
外来型ダーカーは積極的な先制攻撃は行わないものの、同種に対する仲間意識が異様に高く他者から自身や仲間を攻撃されると他のダーカーよりも早く強化状態となっていた。
他のダーカーが体力半分とするなら外来型はおよそ7割でもう強化状態だ。
消極的ではあるがむしろ生存本能自体はかなり高いのだろう。
外見ではコアの色の変化程度に収まっているが、内部パラメータではダーカー因子のおよそ5〜8割にグラン類似エネルギーの影響を受けている状態だ。
それは【敗者】が観測した自身のダーカー因子の減少量よりも圧倒的に多く、【敗者】が百億分の1割程度だとするとその差は歴然である。
【敗者】も恐らく5割以上干渉されれば見た目の変化が出ることになるはずだ。
「ユニゾン波があるということはグラン類似エネルギーには電磁波の性質も持つ。粒子と波動の両方を持つ物と言えば光子……光か」
【敗者】はユニゾン波を一旦電磁波の中心に置いてから他の現象を書き出して調べ出す。
運命改変のマジックを使う時……宇宙の隅々まで届くそれは恐らく波長が長いことだろう。
ただ極端にエネルギーが低いとも考えられないので、マイクロ波程度はあるのではないか。
そこに関しては運命改変で彼女が願う出力の大きさも関係してくるだろう。
逆に極端に波長が短い物と言えばあのナベリウスの山を焼き払った時のエネルギーだろうか。X線からガンマ線程はあるだろう。
「いや、そもそも全てを電磁波に当てはめるのは愚かな行為か……?あくまでユニゾン波が波長を持つだけで他はそうならない可能性もある……」
【敗者】はその場を忙しなく歩き回り、あれやこれやとブツブツ呟きながら脳水泳に浸っていた。
ユニゾン波はあまりにも大きな発見だ。
グラン類似エネルギーの大部分を担う意志の伝播を作り上げているに等しいものだから。
感情に影響され活性化し増幅していくというものは他のエネルギー理論からある程度理屈を考えることはできるため、ユニゾン波の存在こそがグラン類似エネルギー最大の謎と言っても等しい。
「ユニゾン波に当てられたエネミーの攻撃性と凶暴性の減少及び他者の攻撃に敏感になるという変化……これはレヴィの意思に影響しているのか?それともグラン類似エネルギーの持つ性質から来ているのか?……いや、……待て……」
【敗者】はそこまで言ってあることに気付いた。
あくまで今の話は被検体である変異ダーカーを観察した上での実験結果の話だが……ユニゾン波に当てられて同様の変化をした存在は他にもいる。
"自分自身"だ。【敗者】はユニゾン波によって分かりやすくそのような変化を起こしていた。
リスク回避という名の露骨な戦闘の回避、レヴィに対する過剰な庇護欲、そして他者を容易に許容する思考……それを考えると【敗者】も思考能力においては相当な影響を受けていると考えられる。
【敗者】の容姿に大きな変化がないのは自身がダークファルスであるからで、ユニゾン波による侵食を受けてもダーカーよりも圧倒的、それこそ数百億程の差でダーカー因子に対する影響力が低いからだと考えた。
しかし、それと同時にユニゾン波は性質上同じ生命であってもより高度な知能を持つ方がその意図を強く感じ取れてしまうため、思考能力という部分的な面においては大きく影響を受けたのだろうと考えた。
だが、単純にグラン類似エネルギーがユニゾン波を使って"侵食"しているというのはどうも違和感がある。
レヴィはダーカー因子で汚染出来るが通常の汚染者とは違う症状を見せたというのもあり、【敗者】もユニゾン波によって影響されつつも当時のダーカー因子量からして考えるとありえないほど精密な時間操作のテクニックが使えたのもある。
単純に塗りつぶすというよりかは、その融和性の高さで融合してまた別の物に変わっていると考える方が自然だ。変異ダーカーも内在エネルギーを単純に置換されたというよりかは影響を受けて別の形に変わったというのが正しい。
そうなると、変異ダーカーはレヴィと同じグラン類似エネルギーで出来た個体でもなければ、ダーカーと同じダーカー因子で出来た個体でもない。
そのように中途半端な存在になってしまえば、どちら側の味方でもなくなってしまうという訳だが……逆に言えばどちらの敵でもないことが行動パターンから表されている。
「しかし、ユニゾン波によって生じる生態の変化がレヴィの意思なのかエネルギーの性質なのかが分からないな……。レヴィ以外がグラン類似エネルギーを使えればいいのだが……
いや、そもそも、ユニゾン波は一方通行なのか?
意志の伝播と言うのなら両方向から伝えられるものではないのか?
僕からレヴィに対してユニゾン波を向けることは出来ないのか?変異エネミーにそれが出来るとすれば話が変わってくるものだが……」
【敗者】はそこまで言ったところで、自分の視界にちょうどレヴィが映った。
だが、【敗者】は彼女の姿を見て思わず目を見開いた。
髪が……短い。
彼女はツインテールでもなく、乱暴に切ってパッツンとした毛を後ろに一つ結びして、何事も無かったかのようにテーブルに目を向けていた。
床にはエナジードリンクの缶と酒瓶が無数に転がり、彼女は白い錠剤をおもむろに掴むとそれを謎の栄養ドリンクで一気に飲み込みため息をつく。
【敗者】はその姿を見てどこか体の芯から冷えていくような感覚がした。
たかだか髪を切っただけだというのに心の中は思ったよりショックを受けていたらしい。
だが、今はフォトンでバリアを張っている……ユニゾン波の影響は受けないはず。
【敗者】は自分を落ち着かせようとゆっくりと深呼吸をしてから、レヴィに声を掛けた。
「レヴィ」
「あ……今行くね」
レヴィは振り返り、ニッコリと微笑むとすぐに【敗者】の元へやってきた。
「……少し質問があるんだが、良いだろうか?」
「うん、なんでもどうぞ」
【敗者】はレヴィの髪をチラチラと見ながらもそれに言及することはなくゆっくりと声を出した。
「僕がレヴィに対してテレパシーのような物を送っていたのは覚えているか?」
「うん。鼓膜破れた時とか、カスラと話してた時とか……わたしの体内のダーカー因子を通じて声を送ってるんでしょ?」
「あぁ。それは僕が眷属に対し命令を出す時と同じだ。貴様の位置の特定もそれを使って行っている……つまり、貴様を眷属と見なすことで同じ仕組みで意思疎通を取っているんだ」
「……それで?」
「はっきり言おう。現在はそれが不可能だ」
【敗者】の淡々とした声にレヴィは唖然とした表情で彼を見つめた。
特別輝くような愛嬌は見えない。
ただ普通に見てくれが良く、普通に幼げで、普通に可愛らしい顔立ちをした、いつものレヴィの表情だというのに。
なのに、なぜか不揃いに切られた彼女の髪が加わるだけで最初よりもずっと人間性を損ない廃れたような雰囲気が漂っている。
「は?あんたはここに療養しに来てるんだよね?で、わたしもベルトを付けなきゃダーカー因子の汚染が加速するんでしょ?だったらわたし達は互いにダーカー因子を蓄積しやすい状況下にあって……それで不可能になるなんてありえなくない?」
「あぁ。有り得ない。だがこう考えれば有り得ることが出来る。
貴様の意思疎通はそもそも別の手段で行っていた、と」
「別の手段って……同じやり方なのに?」
「同じ場所から出発し同じ場所に到達する船でも船自体の仕組みや形が違うなんてよくあることだろう。蒸気船を使ったと思ってたら、実はボートを使っていたと……」
「いやいや……理屈が違うなら明らかにおかしいってなるよね普通?そもそも何が代わりをやってるって話になるわけ?」
「グラン類似エネルギーだ」
「……は?あんたが?」
「厳密に言えば変異型と考えられるが……僕がグラン類似エネルギーを使って貴様と意志の伝播を行っていた可能性があるとは思えないか?貴様としてはどうだ。何か感じることはあるか?」
そう言われ、レヴィはうんうんと考え込むがそもそも【敗者】以外の相手からテレパシーを送られたことなどなく言われても全く分からなかった。
「感じること、と言ってもねぇ」
「例えば僕からテレパシーで言われた言葉に深く共感し、その方が正しいと感じたり、そのような手段で僕から言われた言葉でなにか活力が湧いてきたり、僕からの言葉に強く胸を打たれたりといったような……そういう強い心境の変化だ」
「さぁ?……あんたの命令なんて拒否してる方が多いし」
レヴィからの返事に【敗者】は溜息をつきゆっくりと顎を撫でた。
じゃあ、今この声は聞こえるか?
なんてレヴィにテレパシーで話しかけてみるが、彼女は無反応でどこか遠くをぼんやりと見ていた。
「……呼んでる……」
「?」
レヴィの突然零した言葉に【敗者】は耳を澄ませたが何の声も聞こえず、彼女が何の幻聴を聞いてそうなっているのか理解出来ないでいたが、レヴィからするとしっかり声が聞こえていた。
「ごめん。来て欲しいって言われてるから……行く」
レヴィは【敗者】にそう言うと躊躇うことなく振り向き歩き出そうとするが、【敗者】は直ぐさま声をかけた。
「誰にだ?」
「わたしの……理解者?だってさ」
「僕にそんな声は聞こえないな。貴様の幻聴だ」
「でも、わたしのほしいものくれるって……」
「そんなに暇なのか?知らない相手に着いていくほど暇なら仕事をしたらどうだ?」
「……」
レヴィは困ったように【敗者】から目を逸らすと足を止めた。
「わたしの仕事のペースはわたしで決めてるの。だから、余裕はちゃんとある」
「僕の把握出来ない行動はするな。この空間を僕はよく知っているが、貴様は迷ったら戻れる自信が無いだろう?大人しくしていろ」
「それくらい戻ってこれるよ……」
レヴィはどうしてもついて行きたいのか【敗者】の言うことにああだこうだと言い訳を始めるが、彼女が簡単に頷かないところを見て【敗者】はため息を着くと静かに声を上げた。
「僕に渡すアクセサリーはどうした?」
「へ?」
「試作品も出来ていないのか?」
「あ、いや、大体は出来てるけどあんたが忙しそうだからその、フィッティングも……出来なくて……」
もうここに来てから一週間だ。初日から取り組んでいたアクセサリーの試作品は流石に終わっている。
終わっているが、簡単に話しかけられない現環境下で【敗者】に渡すのは至難の業だった。
「持ってこい」
「あ、えっと……。わ、わたし」
「今しか受け付けない。どうするんだ?僕の命令と不審者の幻聴。どっちを優先する?」
レヴィに思考する時間を与えないよう【敗者】は畳み掛けるよう言葉を投げ掛けると、彼女は【敗者】をちらりと見てから慌てたように足を動かした。
「持ってくるから、……気が変わったりしないでね」
そんな言葉の後、レヴィはせかせかと自身の作業スペースに戻っていった。
揺れる髪は不規則で、【敗者】はいつものツインテールじゃない彼女の後ろ姿を見てどこか不安になった。
あの不揃いの髪のように彼女の心もどこか不安定で、なにかのまとまりはあるのだが常に危うい気がする。
レヴィは直ぐに戻ってくると、その手の中には小さな黒い箱があった。
「【敗者】。とりあえず仕様書は送ったから、これからフィッティングのお時間だよ」
「あぁ」
「うん……」
レヴィは箱を開くと、そこには六つほどの指輪が姿を見せる。
「随分と多くないか。これほどの量を付けるのは窮屈だ」
レヴィは指輪を持って手を伸ばし、恐る恐る顔色を伺いながら【敗者】の方に近付けた。
ギリギリまで寄せても【敗者】が眉を顰めることはなかったため、レヴィはそっと彼の手を取り、なんてことも無いように話しながら彼の指を持ち上げる。
「大丈夫、今はどれくらいのパワーを入れるか決まってなくて、各々の力に分けてるだけだから。最終的には一つに収まるんじゃない?スイッチの切り替えが面倒だったら複数付けるという手もあるけど」
レヴィは僅かに震える指で【敗者】の固く長い指に無骨な銀の指輪を通し、奥に深く嵌める。
サイズ調整は自動でサイズのフィッティングをする意味など無かったのだが、彼女はとにかく【敗者】に触れる理由を探していた。
力の検証などついででいい。どうせこの環境で試しても条件が不十分で正しい結果は得られないのだから。
それでも、【敗者】に触れる権利を得るためにレヴィはどんな細い糸でも通すつもりだった。
「ふむ……」
【敗者】は彼女が震えながら指にいくつもの指輪を付けていく姿を見て、左手の薬指に目を向けた。
未だに偽の婚約指輪は付いている。彼女はその指を避けて指輪を用意したようだが、それは残された婚約指輪に配慮してなのか、それともその指を埋める権利はないという意思表示なのか、今の【敗者】には分からなかった。
それに、ただフィッティングするだけだというのにレヴィの手がこんなに震えている理由も分からない。
声はいつも通りだから。
「貴方がそこにダークファルスとしての力を通すと、体内の循環によって力が指数関数的に上昇していく。もちろん頭打ちもあるけど、それに合わせて吸収も促しているから結果的にパワーは基本1.5倍から2倍……まあ、理論値だけで言えば5倍くらいまで上昇するはずだよ……」
レヴィの言葉を聞いて【敗者】は立ち上がり、指輪に力を込めた。
指輪に着いた小さな無色の宝石が赤黒く染まり、【敗者】は己の体が更に軽くなるのを感じた。
「ほう……これはいいものだ」
片手を振り、魔法陣のような物を生み出すと、剣が現れ物のない地面に突き刺さっていく。
【敗者】は大層気に入ったようで上機嫌に指輪を眺めてはくすくすと笑う。
その様子を見て、レヴィも思わずぱっと顔を明るくし瞳を輝かせた。
「わ……やった!【敗者】が喜んでくれて嬉しい!」
「あれだけの資料を渡せば出来て当然の事だが……少なくとも地位目当てで研究者だと言い張る奴らよりは余程マシだろう」
「うん、そうだね、【敗者】すごいもんね!いっぱい色んなこと考えてるんだもんね!ふふっ、ちょっとでも【敗者】の負担が軽くなってよかった!」
レヴィは彼の手を掴み飛んで喜ぶなんてことはしないものの、ニコニコとした様子のまま手を後ろに交差させた。
そんなレヴィの様子を見て、【敗者】も釣られるように笑みを浮かべる。
「あぁ……」
【敗者】は指輪を暫く眺めていると、レヴィはそれを眺めながらゆっくりと声を出した。
「あのね、【敗者】。それまだ試作品だから……もう少し改良したいの」
「改良?」
「うん、その……へへ、共鳴?みたいな……わたしの武器と連携して、それ越しに会話出来たらいいなーって。ほら、模造クラリッサに声を通す機能があったでしょ?それと同じことをしたいの」
「ふむ……それは悪くない」
「うん、あとは己の中で高めるだけじゃなくて分け与えられるように、それを通じてエネルギーを指向性で放出できるようになったらいいな、とか思って。あとやっぱり数も少なくしたいし」
レヴィは【敗者】の手を眺め、いじらしく首を傾げて笑った。
「【敗者】、手に触ってもいい?」
「あぁ」
【敗者】は手を差し出し、レヴィはそこに触れた。にぎにぎと撫で回したい気持ちだったがそこをグッと抑え、指輪に手を置き目を細める。
いつかやってくる逃れられない使命。アークスとの対決。勝てば全てを手に入れ、負ければ全てを失う。
二人に残された選択肢は、勝つこと以外にありえない。
「この指輪が……貴方を守ってくれますように」
「……守る?ダークファルスに出来ることは万物を侵し滅する事だけだ」
「でも、ダークファルスは不死身かもしれないけど無敵じゃないんだよ、だから……」
レヴィの不安そうに見上げる瞳は、【敗者】にはやっぱり理解できなかった。損傷した状態で心配するならまだしも、回復しているというのになぜ心配する必要があるのか。
レヴィは心の底から【敗者】を心配していた。それは確かに過剰なものではあったが、それ以上に、失いたくないと強く思った。
「あんたが気にしないっていっても、あんたが嫌っていっても、あんたがわたしのこと嫌いでも、わたしはあんたの為に祈りたいの。自分勝手なこと。我儘なこと。あんたが嫌がること。でも、祈らせて……」
レヴィは両手で【敗者】の手を包み、そこに顔を近づけて、ゆっくりとしっかりと祈る。
「どうか、あなたの望みが叶いますように。この命に替えてでも、あなたを守れますように……」
殺されたって構わない。苦しんだって構わない。それでも、【敗者】の脳裏に染み付いて離れないひとつの思い出になるのなら、少しでも【敗者】が救われて、少しでも【敗者】が幸せになって、少しでも【敗者】が満たされるのなら、己の尊厳すら【敗者】に捧げても構わなかった。
「あぁ……そうだ。貴様は僕の為に全てを捧げろ。その代わりに、貴様の望みを叶えてやる」
レヴィはニッコリと笑って返し、指輪を引き抜くと、彼の雄らしい硬い手を名残惜しそうに見つめる。
もっと触れたい、もっと撫でたい、彼を抱きしめたい……そんな感情が爆発しそうになると、レヴィは直ぐに【敗者】から背を向け、唇を噛んだ。
「よーっし!わたし、沢山【敗者】のことを思ってこれを完成させる!【敗者】が幸せになりますように、いっぱいいっぱいやりたいことが出来て、辛いことも悲しいこともみんな無くなって、貴方が満たされますようにってお願いする!」
「……」
「勝利の座はただ一人。貴方がそれを手に入れて幸せになったら、貴方の読む記録の一ページ、一単語……そこにわたしがきっといるんだよ、【敗者】」
レヴィは【敗者】に背を向けたままゆらゆらと歩き、演技じみた声で絶えず【敗者】に声をかける。
「貴方の選んだものは優秀な物ばかり。トップページに登るような駒はきっと勇ましく有能なアークスで、貴方の記録は苦しき敗北の歴史から勝利の結末へのシンデレラストーリーで構成されてる。そんな貴方の転換の道に一言、この世で一番弱いアークスが手を貸したと……そう書いてくれれば、わたしはそれでいいよ」
「それでいい?随分と傲慢な口ぶりだな。僕が駒の顔や名前や経歴、その全てを覚えているとでも?」
「うん、ふふっ……そうだよ、悪意のある言い方をするなら……忘れないで欲しい、かな」
レヴィはくすくすと笑いながら手を振り、船の扉に手をかける。
「あなたの指、凄く好きだなぁー……」
「……」
「なんてね。またね、お兄さん。進捗があったらまた報告しに来るよ。こんな短い間なのに顔も忘れたって言ったら、さすがのわたしでも泣いちゃうからやめてねん?」
【敗者】は返事を返さず、彼女の後ろ姿から目を逸らした。
扉が閉じると、中から肌を叩くような破裂音の後に彼女の声が聞こえてきた。
「もっともっと頑張ったら……【敗者】もっと喜んでくれるよね。
やるよ……やる!頑張る!レヴィ頑張る……、よーし!頑張るぞー!」
レヴィは何度も何度も自分に言い聞かせるように叫んでから、作業を再開する。
【敗者】もゆっくりと深呼吸をしてから、再びモニターと向き合い、研究を続けることにした。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる