※この作品はR-18です。

MIDNIGHT   作:Libby博士

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4話(2)

 

 ――船の硬い床の上で目が開く。

 あのまま死んどけばまだ心地よかったかもしれないのに、目覚めてしまった。

 だから休むのが嫌いなのだ。休むと嫌なことを考えてしまうから。仕事をしている間は仕事のことだけ考えていればいいから。

 激しい頭痛と自己嫌悪が波のように押し寄せ、レヴィに襲いかかる。

 その上目覚めの景色も孤独で最悪で、レヴィはため息の前に舌打ちが出た。

 

「ちっ……悪趣味な夢」

 

 軋む体を動かし、腕を広げると直ぐに硬い感触に当たる。

 寝床における必須品、枕よりも重要な銃だ。

 

「わたしに死ねって言ってるワケ……?」

 

 半身を起こすと共に銃を握り締めた。

 それからものの数秒で、驚く程迷いもなく淡々と、レヴィは鈍く光る銃の先を自分の口の中に入れる。

 レヴィの心は平穏を極めており、迷いも躊躇いもなく、まるで作業のように準備が出来た。

 

(なんだ……こんなにすんなり撃てるんだ。知らなかった)

 

 昔は死のうとしてもあれだけ失敗したのに、とぼんやり過去を思い出す。

 この最悪な人生から逃げようとありとあらゆる手立てを打っても、いつも運が悪く生き残った。

 いや、多分心のどこかでまだ死んでたまるかという未練があったからこそ、幸運で生かされたのだろう。

 どちらにせよ、今はそれがないらしい。

 

 なら――とりあえず試してみる?

 

 レヴィはそのままぼんやりと指に力を入れようとすると、暗い部屋にうっすらと光が射した。

 

「……!!」

 

 開けられた扉と大きな足の形。

 ゆっくりと顔を上げると、そこには【敗者】が佇んでいた。

 レヴィはそれを見てクスリと笑い、引き金に指は掛けたまま咥え込んだ銃を離す。

 

「あぁ、……おはよ、【敗者】」

 

 彼女は柔和に笑みを浮かべたが、【敗者】は完全に硬直していた。

 声には出なかったが顔には焦燥が浮かび上がり、扉に掛ける手には力が籠っている。

 

 【敗者】ともあろう男が焦っていた?いや、此奴がたかが下等生物の死を憂うとでも?

 そんな言葉を心で呟いてから、レヴィは静かに目を細める。

 

「あは、何そんな目で見てるワケ?弾なんて入ってないよ。フェラ出来る男も居ないから、代わりに固くて太い物を咥えてただけでしょう?」

 

「……ここに貴様を追い詰めるものなんて無いはずだが?」

 

 どうやら目の前の【敗者】はレヴィが本気だと確信しているらしい。

 まあ、それもそうだ。試してみるとは言っても、成功したらただの本番なんだから。

 レヴィにその覚悟が出来ていたということは、本番ではないという体裁はあるものの本気ではあった。

 【敗者】にとっては、レヴィがそうする理屈なんてないと思っているのだろう。なにせここはアークスシップでもなければ彼女を知る人が居るわけでもない。

 オラクルからの迫害という一点においては天国のような場所だ。

 しかし彼はひとつレヴィを履き違えている。

 彼女は常にそうでしかない。心の底から楽しんで笑顔を浮かべている時も、柔らかく素敵な癒しの時間を過ごしている時でも、レヴィは変わらず死の方向に歩き続けている。

 生と同じくらい死にも執着しているから、常に同じ熱量で生と死を同時に求めることだって出来る。

 だからレヴィは【敗者】がなぜそんな表情を浮かべるのか不思議でならなかった。

 

「当たり前でしょ?だから言った通りのことが事実なの。それとも、試してみる?」

 

 レヴィにとってはただ遊んでるだけ。

 死んだら運が悪くて、生きたら運がいい。それ以上もそれ以下もなく、起きた瞬間の猛烈な自己嫌悪と希死念慮はアッサリと銃を構えられたあの瞬間に一瞬で流れ落ち、代わりにラッキーガールが死ねるかどうかというゲームに変わっていた。

 

「わたしが言ってることがホントなのか嘘なのか、確かめるのは簡単でしょ?」

 

 レヴィは再び銃を突きつけ直ぐに撃った。

 膝の上で握られた銃と引き金に掛けられ続けた指は【敗者】が時を止めるよりも早く動く。

 

「レヴィッ!!」

 

 部屋に響いたのは【敗者】の悲鳴のような声と、不愉快な音。

 ジャギ、という噛み合わない静かな音が何度か部屋に木霊すると、レヴィは表情も変えず【敗者】の方をじっと睨んだ。

 

「弾(・)詰(・)ま(・)り(・)」

 

「ッ!……はぁ、……はぁ……」

 

「この銃は買って以来一度たりともジャムったことなんてない。いい物だよ。だからよっぽど運が悪かったんでしょうね」

 

 【敗者】のホッとしたような表情とは裏腹に、レヴィは不愉快そうに眉を顰めた。

 自分を大切にしろ、なんて今のこの男が言えるセリフじゃない。

 なのにどうしてそんな目をするのか。

 触れることひとつ許してもくれないくせに、自分の体を好きにするのも許してくれないなんてそんなのあんまりにも酷すぎる。

 レヴィは次の彼の言葉次第では溜まったフラストレーションの全てが爆発する予感がしていた。

 

「それとも、あんたの正しさを証明するためにわたしが死んでた方が良かった?この喉のところから血が噴き出て、体は単なる重しのようになって、肉も骨も無意味なくらい動かなくなって、そのままぶっ倒れた方があんたにとっては良かった?」

 

「……ほとほと悪趣味な女だ」

 

 【敗者】の返答は……レヴィにとって悪くないものだった。

 死ねくらい言えたら人間らしいものだが、少なくともレヴィが怒り散らすような言葉は言わなかった。

 

「あんたの崇拝する全知存在様とは違うワケ。わたしは無知で屑で出来損ないの、単なる人間に過ぎないから」

 

 レヴィは話の終わりと言わんばかりに銃を捨てると、ポケットに手を入れ調子のいい顔で彼を見上げる。

 

「それよりも、【敗者】くん。そんな無知で屑で出来損ないの捨て駒さんが、【敗者】くんに質問があるみたいだけど?」

 

「……何が聞きたい」

 

 レヴィの先程の行動について聞きたいことなんて山ほどある。

 だが、【敗者】は分かっている。

 終わった話を蒸し返すと、レヴィは嘘か本当かもよく分からないような突飛なデタラメばかり並べて真実を聞き出せなくなることを。

 だから彼女が終わりと決めたなら終わり。これ以上は気になっても無駄な話し合い。

 真実を聞き出せないなら意味は無い。

 【敗者】は彼女に会話の主導権を握られていることが不快になりつつも、今の彼女がどれほどデリケートで、銃を捨てたあとも懐を探り新しい銃を探している事を思い出すと、下手に刺激する訳にはいかなかった。

 

「ま、ワガママみたいなもんなんだけどさ……ダークファルスの復活予兆をいち早く検知する方法、教えてよ」

 

「は……?」

 

「あんたなら分かるんでしょ?」

 

 分かるがそうではない。

 レヴィが死をチラつかせてまで聞きたかったことがこんな簡単な訳はない。

 彼女がそれほど大きな代価を用意して聞くのだから、どれほど深刻な願いなのかと【敗者】は考えていたのだ。

 だが彼女の願いはシンプルなもので、そして突拍子もない。

 

「一体……何の目的だ?」

 

「すっとぼけないで。わたしの目標は常に頂点。……大いなる陰の為だよ」

 

「……!」

 

 【敗者】はそれを聞いて、彼女と目を合わせた。

 レヴィは【敗者】を軽薄に見つめていた。

 彼女の金色の不揃いな髪が揺れ、内側の透ける白い肌が無機質な照明の光を浴びて輝くと、【敗者】の心臓は僅かに高鳴った。

 可愛い、という脊髄反射の感情が彼の心の中で乱反射した後にハッと冷静さを取り戻し、彼は冷静さを取り繕いながら言葉を紡いだ。

 

「おいおい、それは僕の仕事だろう?……なぜわざわざ貴様が僕に聞いてまで手を出そうとする?」

 

「あんたは忙しいでしょ?わたしにでも出来る仕事なら、わたしの手でやった方がいいワケ」

 

「……確かにそうだ」

 

「なら、教えて。わたしのプログラムでどうにかできることでなかったとしても、それを成し遂げてみせる。あんたの本能がそう告げてるって言うなら、眷属を貸してもらう。わたしはやるって言ったらやる女だよ」

 

「ホラ吹きの癖に何を言っているんだ?」

 

「君の貴重な捨て駒ちゃんの一体が、ここで喉を撃ち抜いて死んでもいいというのならその御託を続ければいいよ。それほど暇なら仕方ないから」

 

 レヴィの手には既に二丁目の銃が握られていて、本気になればマジックの幸運がありとあらゆる手段でそれを成功させることは分かっている。

 

「……チッ」

 

 だからこそ、不愉快極まりない。

 一瞬頭に過ぎった感情に名前も付けたくなかった。

 

「これは過去の話だが、僕がアークスよりも早くダークファルスの情報を掴んでいたのは事実だ。それはマザーシップの管制を手に入れていたことと、ダークファルス達とある程度の交渉をしていたからという二つの理由があり、今現在貴様が再現するのであれば前者……つまり検知に使う探索レーダーの演算能力を著しく上昇させることに他ならない」

 

「今はマザーシップの管制がアークスにあるってことは……マザーシップよりも上ってこと?そんなの、理論上可能なの?」

 

 【敗者】が話題を切り替えると、二人の会話は柔和な方へ流れていく。

 アークスシップに居た時のような、自然体で幸福な空気感。

 二人は根本的な部分で互いと話すのが楽しかったし、こうやってひとりの人として接している時間は、全ての責任を忘れられるような気がした。

 

「そもそも、現在アークスシップの管制を担っているシャオの演算能力はシオンの下位互換と言って等しい。感情という大きな弱点を持っているのはもちろんのこと、シオンの持つ独自の記録もシャオは持ち得ない。シャオよりもシオンの方が余程高貴な存在だと言えるだろうさ」

 

「つまりマザーシップシオンよりはまだ可能性があると……」

 

「アークスの基本的なプログラム言語を使う必要は無い。いつもの通りDARKMANA SYSTEMを使ってプログラムを作るといい」

 

 【敗者】の言葉を聞いてレヴィは俯く。

 いつも通りと言われても、マザーシップを上回る演算能力など作れる自信が無い。

 それに、話そうと思えばこうやって普通に話せるのに、どうして二人の距離がこんなに遠いのか、レヴィには分からなかった。

 本当はずっとこうしていたい。二人でただ話しているだけの幸せな時間を作るためには、……自分だけの力で大いなる陰を作ればいいのだろうか?それとも、シオンを蘇生させなければ彼は満足しないのだろうか?

 

「でも、この端末とサーバーじゃ処理能力には限度が……」

 

 レヴィの声には動揺と恐れが伴い、声は僅かに震えていた。

 プログラミングは長年やってきたが、それでもマザーシップの演算能力を上回ったことなどないし、そんなことに挑戦したこともない。

 時間がないのに、時間が必要なことを求められている。

 

 【敗者】はそんな彼女の焦りを察知し、端末から倉庫を開いた。

 

「……一つ、器具を貸してやろう」

 

「これは……」

 

 彼が取り出したのはいくつかのコードと何かを繋げる接続プラグだ。端子は見たことも無いもので、何と何を繋げるのかは一切検討が付かない。

 

「脳のニューロンとコンピューターを接続し、人間の脳を使って処理を代行させる器具だ。素体となる量子コンピュータとトリリオン情報体を使って演算を行えば理論上マザーシップシャオを越えられるはずだ」

 

 試したこと自体はないがあの情報体が秘めるポテンシャルは大きく、液体という状態で幾億もの人間やそれ以上の生命体が含まれている事を考えると現存する液の全てを使えばマザーシップの演算能力に適うと思えた。

 それに、扱うのは【敗者】ではなくレヴィだから。彼女が出来ると思えばありとあらゆる手段を講じて達成するだろう。

 

 レヴィに必要なのは適切な道具ではなく自信。ハリボテでもいいから信憑性の高い嘘を着く方がよっぽど大事だ。

 

 そしてレヴィは自分より知識豊富な【敗者】の言葉をあっさり信用した。

 

「なるほど……高次元情報体の膨大な量の脳を使えば確かにいけるかも……」

 

「同時並行処理能力だけ見れば貴様の脳でも可能性はあるのだが……今の核ではまだポテンシャル不足だ」

 

「それは分かってるけどトリリオン情報体を持ってこれるのだってわたしだけなんだからね?」

 

「功績云々の話をしている訳じゃないんだが?」

 

「そーやって言っとかないと誰かさんの頭が足りないせいで〜って嫌味言うでしょ?」

 

「はぁ……」

 

 やっぱり今のレヴィは可笑しいし面倒臭い。

 【敗者】は至極面倒くさそうに目を逸らすが、代わりに倉庫からあるものを取り出した。

 

「それと……拘束には大型エネミー用の捕獲装置を使う予定だ。これは40年前、【巨躯】戦争で使われていたもののブラッシュアップ。ダ(・)ー(・)ク(・)フ(・)ァ(・)ル(・)ス(・)に(・)も(・)効(・)く(・)」

 

 【敗者】が円盤状の大きな機械と操作アプリ用のディスクを渡すと、彼女はそれを受け取りぼんやりと眺めた。

 戦略OSと互換性があることから、端末は最低二個持ち確定だ。

 

「捕獲装置で拘束か……40年前でさえ効いたんだから、最新型なら模倣体相手には余裕だね」

 

「……あぁ。ここにいるダーカーで試して使い方を覚えておくように」

 

 レヴィは捕獲装置の類に明るくないどころか全く使ったことがないため、【敗者】の聞いた言葉を聞いたように受け取り完全に信じ込んだ。

 意地悪ではなく策略としての嘘。

 40年前どころか1000年前でも結果なんて分かりきっている。

 ダークファルス相手に捕獲装置なんて、全くと言っていいほど効くわけが無い。

 

「わかった」

 

 【敗者】は彼女の現状をほとんど見抜いていた。

ライセンスがなく銃座を使えないのと同様に、エマージェンシートライアルが発生しても彼女に捕獲装置が与えられるわけなどないに決まっている。

 その経験の浅さが彼のついた粗末な嘘を真実へとねじ曲げてしまうのだ。

 

「じゃ、わたしはコイツの試運転するから」

 

 レヴィはそのまま装置を掴みどこかへ行こうとするが、【敗者】はまだ彼女と別れる訳には行かなかった。

 

「待て」

 

「ん?」

 

 彼女の大いなる陰に対する情熱がそこまで本気だというのなら、【敗者】が行うブラッシュアップも彼女に合わせて進めていく訳にはいかない。

 とりあえず、何がなんでも彼女の一番の武器……ブラックローズだけは完成させておかなければ。

 

「レヴィ。ブラックローズを貸せ」

 

 【敗者】の淡々とした声にレヴィは一瞬何の事だか分からず、首を傾げた。

 

「え?」

 

「ブラッシュアップの為だ。そんなことも分からないのか?」

 

 もう終わってる、なんて言葉が喉元まで出かけた後……レヴィは口を閉じた。

 終わってると言ったところで、【敗者】が信じてくれるのだろうか。認めてくれるのだろうか。

 許してくれるのだろうか?

 レヴィのそんな不安は挙動にまで漏れ出し、当然数値にも影響していた。

 

「いや、でも……。ううん、……わかった」

 

 レヴィは銃を仕舞うと、代わりにブラックローズを取り出した。

 彼は彼女が渡す前に強引に奪い、サッと背に回す。

 彼にとって不愉快だったのは、こんな最低限の会話だけでも彼女のグラニエルの数値が著しく下がり続けている事だった。

 グラニエルの降下が意味するのは、ストレスや不快感、ネガティブな感情……

 その事実が、【敗者】の中に確かな不快感を生み出していた。

 

「チッ、貴様は武器を渡すだけでこんなに無駄な時間を掛けないといけないのか?」

 

「その……」

 

「失せろ」

 

 【敗者】という生物はルーサーという依代に居た時とは違い、不機嫌を隠すことは難しい。

 彼のあからさまに不機嫌な態度にレヴィは最早彼との会話を諦め、そっとその場を去っていく。

 

「……じゃあね」

 

 過ぎ去る彼女の背中は狭く、不揃いに切られた髪が不安定に揺れる中、レヴィが視界から消えるまで見守ったあと……【敗者】はブラックローズを武器用のポッドに入れ込んだ。

 しかし、そこで彼はある異常に気付く。

 

「……ん?」

 

 ブラックローズの火力は試作品段階よりも格段に向上しており、プログラムの発動も単語の詠唱もしくは脳認識という単純な認識方法に変更、またエネルギーを利用したいくつかの機能追加の他、識別名もブラックローズ……試作型という単語が消滅していた。

 単純に評価すれば実に素晴らしい出来だ。

 核の部分はどうしようも出来ないが、それを除けば完璧な創世器級武器として成立していた。

 

「どういう事だ……?完成しているじゃないか……」

 

 【敗者】はこの誇らしい成果を目にしておきながらも手放しには喜べず、どうも胸騒ぎがしてならなかった。

 ブラックローズが完成しているという事は【敗者】とレヴィが事前に行った役割分担とは違う訳で……彼女はそれを知っておきながら成し遂げているのだから……

 

二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。

  • 続編として作品を分ける
  • 分けないで一つの作品でまとめる
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