――そんな中、レヴィは膝を着いて地面に頭を向けていて。
「うぐっ、はぁっはぁっ……」
腹に大きく剣が突き刺さり、地面に縫い付けられている中で敵である二人には微量のダメージしか入れられていない。
投影装置の終了と共に腹に刺さった剣が消えていくと、勢いよく血液が飛び出し、レヴィは腹を抑えながら青白い顔で薄く呼吸をしていた。
「……」
これが投影装置のデメリット……幻影から与えられたダメージは終了後でもそのままであり、最悪死んでしまう事だ。
このまま放置していれば、レヴィは意識を失い出血多量で死ぬことは間違いない。
そのため彼女は懐から残しておいた最後のスケープドールを取り出し、体の傷を置換させると深く呼吸をする。
「はぁぁあ……」
鈍鉄の香水を全身に纏い、暗い服を更に濃く染め、ぼんやりとレヴィは天井を見あげた。
そのまま暫く……暫くぼーっと佇んだ後、そっと振り返り、【敗者】の方を見つめる。
そこで、レヴィは【敗者】と目が合った。
【敗者】はレヴィを静かに見つめていた。
彼女が不思議そうに首を傾げても、武器を下ろしてしまい込んでもまだずっと見つめているだけで。
土埃のついてくすんだ彼女の金色の髪が揺れ、一歩一歩近付かれて行く中でも、【敗者】はただ観察するように彼女を眺める。
ボロボロの体だというのに、目つきのまるっこさが気になる。
唇が切れ、血が滲んでいるのは悔しさからなのだろうか。いや、そうならば、ここまで足取りが軽いものなのだろうか……
「……どうしたの?じっと見てきて」
レヴィは声も僅かに弾んでいて、【敗者】から見ると本当に憎たらしいほど呑気なように見えた。
「……」
「【敗者】?」
レヴィが催促するようにもう一度声を紡ぐと、【敗者】は枯れたような呆れた声と共に顎を持ち上げた。
「はっ、ボロ負けした癖に随分偉そうだな」
「別に、偉そうにしてないけど……」
「アークスに勝てる実力なんて到底ないのになんとも思わないのか?この停滞した状況と進捗の悪さは紛れもなく貴様の舐め腐った態度と成長意識のなさが原因だろう?」
感情に乗って冷静に考えたら有り得ないような言葉がボロボロと出ていく。
【敗者】は分かっている。彼女がどれだけ力に執着しているか、どれだけ成長しようと足掻いているか、それでも泥に足をすくわれる自分の弱さに悩んでいるか。
分かっていても止まらない。今この時においては彼女は努力不足で成長意識もなく力に対して何も思っていないただの出来損ないだ。
それに対し、【敗者】の暴論のような言葉を聞いて、レヴィは顔を歪ませる。
「三英雄を従えてたあんたから見たら……そうだよね」
「誰から見てもわかる事だ。だから最弱と言われていたんだろう?その座を甘んじて受け入れ犯罪行為に勤しんでいた貴様が果たして心を入れ替えて努力していると誓えるのか?やることなすこと中途半端で曖昧なまま続けているんじゃないのか?」
「アークスの奴らはわたしがどんだけエネミーを倒しても任務をクリアしても認めたりなんてしない!フォトンがないやつは最弱で無価値で有害な廃棄物だって本気で思ってるから!だから、……だからっ!その、……」
やめて、とレヴィは心の中で叫んだ。
やめて、とにかくやめて、理由は分からないけど、貴方にそれを言われたくない。
分かってるけど、事実だけど……。
しかし、そう思う気持ちこそが【敗者】の言う曖昧で甘えたような態度なのだろう。
レヴィは言葉の先を言えることなく黙りこくった。
ただそれでも【敗者】の腹の虫は収まらない。
「そもそも、貴様は前々から虚空機関に目を付けていたというのにディナンの言う事やる事脳死で従って媚びへつらってきたんだろう?
昔から僕に接触する機会なんていくらでもあっただろう、研究者になれないのなら直談判すれば良かっただろう。
そういう努力もしないでフォトンがないからと意地張って駄々を捏ねて偽物に縋り付くだけとは。
一体どちらがフォトンの無い存在を無価値だと考えているんだか」
「……」
【敗者】は今レヴィにとってのギリギリのラインを往復していた。彼がいつものように自分に対して価値を感じてくれていると思う反面、彼が他のアークスと同様に自分を人でなしとして扱っているようにも感じていた。
「貴様の素質を最初から知っていれば僕だって喜んで保護した。だが生簀に居なければ食うものも食えないだろう。何故そこまでチャンスがあったのに今の今まで僕と貴様は一切の交流もしなかったのか?」
これはシルンからも言われていたことだ。
ただレヴィとシルンの間では結果的に【敗者】から保護される事がレヴィにとっての破滅にしかならないと結論が出ていた。が、【敗者】にとっては当然メリットしかないことであり……彼からの答えはシルンが持つレヴィを気遣うような物とは全くの逆になる。
そして今の彼にとっては、全ての責任はレヴィにあった。
「簡単だ、それは貴様がまともに状況を改善しようとしない堕落しきった醜い精神を持っているからじゃないか」
「〜〜ッ!!」
彼女は思わず拳をギュッと強く握り締めた。
それはあまりにも理不尽すぎる話じゃないか。
【敗者】は総長だった頃も自ら素質のある人間を保護し己の駒としてきた。
ただ待っていたわけではない。彼は手を伸ばした上でレヴィを逃した。それでディグの失敗の責任が全てレヴィにあるわけがないだろうと。
何より、何よりだ。今更そんな過去の話を持ち出して責められたところで、これから何か変わるわけなどない。
あまりにも不毛な話だ。
レヴィはルビィの過去を持ち出して、もし変えれば自分は変わっていたなんていう理論で責め立てることはない。過去を変えようがその嫌悪は変わらない自信があるし、未来にもあまり興味無い。
それなのに【敗者】は。
「貴様のそのマジックをあと十年でも早く研究していたら僕の状況は違っただろう。僕がオラクルを追われこんな草も海もないような場所で研究しているなんて状態になるわけがなかっただろう。それなのに貴様は力も素質も求めておきながらその全てを磨くチャンスを自分から手放した……。
僕の失敗は全て貴様のせいだ。
僕が全知を手に入れられなかったのは、まさに貴様のその堕落した精神のせい……その責任をどうするつもりだ?」
――それなのに【敗者】はなぜ、こんなどうにもならないことで、全く心当たりもないコイツの失敗で、全部自分が責められなきゃならないの?!
「……あのさぁ!!」
レヴィはいてもたっても居られず、思わず大声を出した。
「あのさ!そんなに言わなくても良くない?!わたしだってやれるならやりたいよ!でも昔の事なんか今更言ったって全部過ぎたことでしょ?!ならなら今やれることを精一杯するしかないってなんで分からないの?!それを八つ当たりしてなんになるワケ?!」
レヴィは抑えていた全てを漏らしたが、そこまで怒鳴り立てるということは当然【敗者】の怒りも刺激するわけで。
「時間遡行も持ってない奴が僕に意見するつもりか?!この無能が!!」
「ッ、……」
その言葉はレヴィにとってあまりにも鋭かった。
【敗者】の怒号がレヴィを貫くと、彼女は眉を顰め、唇を噛み締めて、諦めたようにそっと目をそらす。
「……あんたにとっては、そりゃそーだって話だよね。わたし、ただの妹だし」
――せっかくマジックユーザーなどというよく分からないものを捕まえたとしても、何が使えるかは本人次第。
【敗者】に必要なのはルビィの持つ時間遡行。彼が本当に欲しかったものはルビィ。彼にとって一番必要な駒はルビィで……自分のよく分からない使えもしない力なんて本当はどうでもよかったのだろう。
「……」
だがレヴィの吐いた妹という言葉は重く、【敗者】はそこで自分の吐いた言葉が本当に正しかったのか疑問になった。
【敗者】にとっては衝動的に吐いた暴言でしかなく……隣にレヴィではなくルビィがいて欲しいと思ったことなんてただの一度もない。
しかし、レヴィにとってそれは当たり前のことだった。
自分よりルビィが求められるのも、自分はルビィの下位互換でしかないことも、自分はルビィよりもずっと価値のない存在だということも当たり前。
――それでも。
「……」
それでも、レヴィの目には絶えず燃える炎が宿っていた。
レヴィは地に足を付けて逸らした瞳を再び【敗者】に向け、顎を引いてじっと凝視する。
その姿はさながら高潔で勇敢な戦士と真っ直ぐで優しい聖母を併せ持つ神話の神様のようだった。
「でもさ、そうやって変えられもしない過去に縋って後悔し続けてるだけだっていうなら、あんたはそこで大人しく座ってなよ」
【敗者】は芯の通った声とレヴィの意志の籠った強い眼差しに思わず目が奪われた。
あれだけ言ったのに、レヴィはまだ折れていない。
「わたしがあんたを迎えに行く。あんたにとってどんだけ馬鹿らしくて、つまんなくて、あんたの理想の何一つ叶わない未来だったとしても……」
「あんたが取り返そうとしてる過去と時間遡行の力より、よっぽどマシだって保証するから」
レヴィは自分よりも明るくて、暖かくて、それなのに刺々しさを感じない。
差し伸べられる手は小さく傷付いているのに他の誰よりも頼りがいのある気がして、【敗者】は心臓の奥がギュッと掴まれ引っ張られているような感覚を覚えた。
「あんた
でも、あんたは今からあのクソ女に土下座して謝れば許してもらえるなんて思ってないでしょ?」
レヴィの言葉は誰よりも汚く鋭かったが、その声色に怒りは感じられず。
淡く輝くような彼女の力の高まりとそれに合わせて揺れる波は何度も彼の心の扉をノックし、言葉の一つ一つに繊細な祈りが込められていく。
レヴィは【敗者】に後ろばかり見てほしくなかった。
後ろを見て生きる人生がどれ程苦痛で虚しいか、自分の失敗を辿っていけば最終的には産まれなければ良かったという結論にたどり着く事がどれだけ空虚で無駄なことなのか知っていたし、彼をそんな思考に捕らえたくなかった。
そんな風に囚われてしまうくらいなら、馬鹿でもアホでもいいから先に進ませるしかなかった。
彼にとっての馬鹿でアホが自分であるとわかっていても。
「あんたが本当に賢くて強くて全知に足りうる存在だというなら、わたしのような歩でチェスを勝ってみなよ。
あんたはそれが出来る奴だって信じてる。
あんたが過去に縋らなくても、前を向いて願いを叶えられるって間違いなく確信してる」
レヴィは彼の目の前まで近付き、力無く垂れた彼の手を掴むと両の手で包み込みそっと持ち上げる。
「あのクソ女みたいな誰でも欲しがるような駒使って勝てるヤツに強さなんてないよ。
あんたは、誰よりも特別なんだから。
あんたは死ぬほど苦しんで、傷んで、悲しんで、誰よりも泣きたい気持ちを抑えて、それでも立ち上がれるやつなんだから!」
レヴィは【敗者】が怒鳴ろうが無視しようが構わなかった。自分の言葉にそれだけの価値はないと分かっていたが、同じくらい届いて欲しいとも思っていた。
【敗者】がフォトンを纏っていようが彼女の意思は彼の頭の中に針のように鋭く刺さり、その言葉がどれだけ彼を思い、彼の幸せを願い、彼の為にあるべきものなのか強く思い知らせていく。
「だから、自信を持って。あんたのセンスが間違ってないって、この宇宙の全員に証明してやらなきゃ。
ね、【敗者】?」
そう言って得意げに笑うと、レヴィは【敗者】が何かを話そうとしている挙動を見ながらもそれを遮るように背を向け、深く息を吸い込んだ。
「わたしだってあんたに見初められて、あんたに操縦されてるんだよ。
わたしは、少ししたらほんのちょっとだけここから離れると思う。でも絶対帰ってくるから、心配しないで」
「その間は手伝えないけど、わたしもわたしでやるべき事があるから」
淡々とした、しかし優しげな声であやすように言葉を投げかけると、有無を言わさず一歩踏み出し、レヴィは歩き出す。
「じゃあね」
「……」
【敗者】はレヴィと会話を終えたあと、じんわりと胸が痛くなった。
こんな気持ちになるために話した訳じゃない。
前までは楽しく話せていたはずなのに、どうして彼女はあんなにも優しいのに、噛み合わないように感じるのだろう。
レヴィの事が嫌いだから?
だからレヴィはあんなに悲しそうな顔をするのだろうか?
じゃあ、なんで自分はこんなに不愉快になるのだろう?
【敗者】は意識をそらすようにデータを眺めた後、大きなため息をついた。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる