遠くから見えるレヴィの姿は、よろよろと転びそうなくらい不安定に歩いていて。
彼女は青超えて真っ白な顔色でゴロゴロとカートを引きずっており、何かしらの作業を終えたようで船に帰る道中のようだった。
「もっと色々やらないと……」
なんて言いつつ、レヴィの足はどんどん遅くなっていく。
【敗者】はそんな様子をずっと見つめていたが、レヴィは彼に見向きもしない。
目の前を歩くことに全力を注いでおり、周りを気にする余裕がないのだろう。
「まだ、ぜんぜん、おわってな……」
そして、レヴィの体はぐらりと崩れ……
【敗者】の近くで、糸が切れたように倒れ込んだ。
「……」
時が経つこと数分。
【敗者】は彼女が起き上がるのを待っていたが、レヴィはうんともすんとも言わない。
仕方なくため息をつき、【敗者】は立ち上がると、レヴィの方へ近付いた。
「全く……コイツは一体何をしているんだか」
ペチペチと軽く叩いてみるが応答なし。
レヴィは完全に倒れているようで、眠っているというよりかは限界に至って気絶しているみたいだ。
【敗者】はそっと手を伸ばし、彼女を持ち上げる。
顔についた土を払い閉じた瞼をじいっと眺めると、目の下には酷い隈が覆っており、引き攣ったように唇を噛み締めていた。
【敗者】はその様子をぼんやりと見たあと、レヴィを担ぎ、そのまま船へ連れて帰る。
彼女のために用意されたベッドはとても綺麗だった。
シワひとつなく、ピンと張られた黒いシーツ。
それに対して部屋自体はかなり汚く、ソファの上だけは多少綺麗だったが、その周りには脱ぎ捨てた衣服や栄養剤の空瓶が散乱するとんでもない汚部屋と化していた。
家では自動清掃機能が付いていたからどうにかなっていたが、外に出るとこうだ。
【敗者】はそんなレヴィの部屋に眉を顰めたあと、その部屋の主をベッドに寝かし、シャツのボタンを外して服を緩める。
「……」
最低限の処置を終えたあと【敗者】はそのまま去ろうとしたが、やっぱり気になって、少し振り返ってみた。
椅子を持ち込みベッドの横に座り込んで、【敗者】は観察するように彼女を眺める。
レヴィは時々咳き込み、呻き声を上げ、苦しそうにもがきながら眠っていた。
良い夢が見れないのだろう、と【敗者】は考えた。前にレヴィ自身もそう言っていた。
だが、【敗者】は夢の中に干渉できるような力はない。
彼は、そっと手を伸ばすと、彼女の頬に触れた。
柔らかくて暖かい頬。切り取られた不揃いな髪が当たると、【敗者】は何故か切なくて胸がキュウと締め付けられた。
【敗者】にとっての何もない時間。
レヴィを眺め、彼女に触れて、彼女の温もりを感じるだけ。
ただそれだけだというのに、落ち着くのは何故だろうか。
【敗者】は胸の奥に広がる刺さるような痛みが少しずつ和らいでいくのを感じていた。
何故か、彼女がそばにいるだけで、彼女に触れているだけで、【敗者】は安心できる気がした。
その柔らかな唇の感触を、思い出すほどにまた切望して……
「ッ!」
【敗者】は一瞬自分の脳裏に走った思考に思わず手を離し、レヴィから目を逸らす。
いけない。これはいけないことだ。
そう思って離れようとするが、レヴィの方からまた呻くような声が聞こえると、【敗者】はレヴィの方へ再び顔を向ける。
そのまま、今度は布団の上からそっとレヴィの胸に手を置いて、静かに時間は過ぎていった。
【挿絵表示】
二時間、三時間……
それほどの時間が経った時、レヴィは体をモゾモゾと動かし、僅かに目を開く。
【敗者】はその細い眼からぱっちりと瞳が開かれるその瞬間まで目を合わせ、そして、レヴィが見られているということに気づくと……バッと飛び上がる。
「……はっ!えっ、あ、寝てた?!」
レヴィはキョロキョロと辺りを見渡し、それから【敗者】と目を合わせ、焦ったように身体を震わせる。
「いかにも。あの硬い床に転がって倒れるように寝ていたぞ?あちらの方がお好みだったかな?」
「いやちが、大変!早くしないと……!」
【敗者】はレヴィの焦りように少し面白くなり、彼女をからかってみるが、彼女からしたらそれどころではなさすぎる。
レヴィは栄養剤の容器を掴み、中から溢れてきたカプセルを数十錠一気に握りしめると残っていたエナジードリンクで飲み干した。
「急ぎの用か?」
「この三時間でトレーニングするつもりだったの!!」
レヴィはそのままベッドから飛び上がり、部屋から出ていこうとするが……
そこを、【敗者】が止める。
「……起き抜けの体でトレーニングする前に、少し付き合ってくれないか?」
【敗者】からしたら、普通の事を言ったつもりなのだが……レヴィはそれを聞いて、顔を真っ赤に染め上げた。
付き合うをまあ、そういう方向性で捉えて。
「はっ?!つ、付き合う?!あんた寝ぼけてんの?!」
最早懐かしさすら感じるレヴィの変態思考に【敗者】は呆れつつも、どこか安心感を覚えていた。
「寝ぼけてるのは貴様の方だ。……単に作業の手伝いをして欲しいだけなんだが?」
「あっ、……あぁそっちね……分かった」
焦りを抑えるように無理やり深呼吸をしたあと、レヴィは心を落ち着かせテーブルに手を伸ばす。
精神安定剤代わりの煙草と酒缶を懐に忍ばせると、ゆっくりと伸びをしてから【敗者】に振り返った。
「じゃ、何すればいいのか教えて」
【敗者】はレヴィを眺める数時間の中でただ無意味に彼女を見ているだけではなかった。
彼は頭の中でレヴィに対する研究を深めるため、新たなアプローチを詮索していた。
「……料理を作ってくれないか?」
【敗者】の突然の言葉に、レヴィは目を丸くした。
「は?あんたが食うの?」
「あぁ。ダークファルスの身体構成に関して今一度調査を行いたいのと、まあもう少し、色々と研究したいことがあるんだ」
普段ダークファルスだからなんだと言って食事を断ろうとする【敗者】が自ら料理を求めるなんてことは異常も異常で、レヴィは研究という彼の名目を聞いてもなお訝しげに彼を見つめ、少し不安げに声をかけた。
「なに……作ればいい?」
「さぁ?僕は特に食べ物の好き嫌いもないが、ある程度工程を踏んで調理をする物がいいだろう。だから、即席食品を温めるだけというのは無しだ」
ただ食べたいのではなく、いわゆる手料理というものを求めている……。
それに馬鹿らしさを感じたものの、むしろ"そういうこと"を求めるのなら、レヴィにとっては我欲で対応出来る。
「うーん……ま、わかった」
レヴィは立ち上がるとキッチンへ向かい、近くにあった料理本を手に取った。
【敗者】は渋々ながら料理を始めるレヴィの様子を静かに見守る。
レヴィの使うDARKMANA SYSTEM及びプログラム言語manaには間違いなくグラン類似エネルギーの影響があるはずだ。
プログラム言語という無機物がエネルギーの干渉内に入るというのなら、彼女が作る武器や音楽のような他の無機物にまで影響を及ぼせるのか、興味があったのだ。
とはいえ武器や音楽だとグラン類似エネルギーが活性化するほど感情を込めて作るのには時間がかかる。
だから料理だ。今ここで食べると言えば長くかかっても二時間程度だろう。
しかし、レヴィは自主的に料理をしようとしない。
彼女自身、料理はあまり自らやりたいことのような興味の中には入っていないようで、レヴィは料理本を見ながら首を傾げていた。
「なんでもいいって言われるの、一番困るんだよね」
「……残ったら食べるのは貴様の仕事だ。自分が食べたいものでいいんじゃないか?」
「えっわたしも食べるの?」
レヴィは思わず唖然とした表情で【敗者】を見つめ、首を傾げた。
「当たり前だろう?人間なんだから、食事が必要なのはむしろ僕じゃなくてレヴィの方じゃないか」
「今さっき食べたばっかなんだけど……まあいいや」
「栄養剤を食事としてカウントするんじゃない」
「栄養だよ。食事は」
といいつつ、自分の食べたいものと言われた途端レヴィの手に迷いはなくなり、冷凍庫からあれこれと食材を取り出し眺め始める。
「んー……一口しか食べないとか、そんな感じ?」
「一般的な成人男性の一人前を想定してもらって構わない」
「ってなると900キロカロリーか……」
「カロリーは気にしなくてもいい。問題は量だ。十人前も用意されては困るという話でしかないだろう?」
「へぇ……」
レヴィはその返事の後黙り、端末から動画を流しながら料理を始めた。
料理に興味はないと言いつつも不器用と言う訳でもなく、用意された食材の中から選ぶだけなら毒物を混入させる隙もない。
レヴィは非常に緊張していた。
高級レストランに連れていかれた記憶は新しく、【敗者】が求める食事のレベルの高さは分かっているというのにあのレベルを作れる自信なんて全くない。
それに、食べて不味いと言われるようなことがあれば恥ずかしいにも程があるだろう。
(美味しいと言って貰えるような、ちゃんとした料理……研究のためとは分かってても、本当にいいものだったらちょっとは褒めてくれるかもしれないし……!)
レヴィは彼が見守る中、サクサクと作業を進めていく。
「とりあえず、前菜でも食べてて」
先出しに相応しいシンプルなトマトとモッツァレラのマリネとローストビーフ。
シャンパンも注がれて一応最低限は揃った。
「……」
味としては完璧だが何か情熱を感じるものは無い。
レヴィも時間稼ぎだと分かっているのか、味についてどうこう聞いてきたりすることもなく。
「盛り付けとか適当だから、あんま凝ったもの求めないでよ。勉強とか特にしてないし」
「構わない」
次にくるのはまた前菜か、はたまたスープか……と【敗者】は考えていたが、レヴィはそもそもコース料理を作っているつもりが全くなかった。
「はい」
というわけでフリースタイル献立。野菜のオーブン焼きに圧力鍋で作られたビーフシチュー、サラダが三つに小鉢のパスタがひとつ。
「……コースじゃなかったのか」
衝動的な言葉だったが、レヴィにとっては嫌味のように聞こえ、彼女は顔を歪ませて鋭く唇を尖らせた。
「はぁ?誰もフレンチフルコース作るなんて言ってませんけど?食べたいならわたしに頼まないで」
「いや、驚いただけだ。文句を言っている訳じゃないさ」
売り言葉に買い言葉、なんてしても意味がない。【敗者】は特にトーンを変えることもなくそう声を掛けると、レヴィは安心と呆れの混ざったような溜息をつき、キッチンで佇んでいた。
「あとデザート冷やすだけだから、わたしも食べる」
レヴィは皿を持ち立ちで食べる姿勢だったが、まだ随分余裕のあるテーブルと彼女の退屈そうな顔。
見かねて【敗者】は声をかけた。
「……おいで」
【敗者】の気取ったような優しい声色にレヴィは一瞬体を硬直させた後、ほんの数秒固まってから皿を持ってテーブルへ足を運んだ。
誘われるようにというよりかは、しぶしぶ。
でも拒絶する理由もない。
レヴィの小さな体が船に置かれた硬いテーブルと椅子の間に収まると、【敗者】はカトラリーを取ってみるが、レヴィはどこか不満げに顔を顰めて目を逸らしていた。
「……」
「どうしてそう不服そうな顔をするんだ?一口食べてみればいい」
「さあね……」
レヴィからすれば食事は取ったし自分の作る食事に興味なんてない。
しかしそれより何より【敗者】からの反応が気になって仕方ないのだ。
お前がさっさと食えよという急かす気持ちを抑えながらレヴィは一口食べてみるが、まあこんなもんか、としか言えない。
「どうだ?」
「味がする」
それ以上に感想はない。これくらいだろうで作って実際それくらいだった。これなら失敗してた方がむしろ面白い反応が出せただろう。
「美味しいとは思わないのか?自分の作ったものなんだから味見くらいしただろう?」
「してないよ、テキトーだし」
"適当"ではあるが雑ではない。特別こだわったつもりは無いがサボったつもりもない。
だからレヴィは退屈だった。食事だって極端に不味いか極端に美味しいかでなければつまらないだろう。
それこそ、生まれて初めて美味しいと感じた【敗者】との食事のように、迸るような劇薬でなければ。
「適当、か」
レヴィの反応を見る限りだと特別良いものではないのだろうが、評価しているのがレヴィとなると全く信頼出来ない。
【敗者】は眠たげで退屈そうなレヴィを見つつ、そっと切り分けて一口食べてみた。
……、美味しい……。
味蕾から脳の奥まで旨味が走り抜け、上半身の全体に柔らかな味わいが広がっていく。
これは間違いなく感じる。
レヴィの意志と、プライドと、きちんと美味しいものを作りたいという気持ち。
計算された味の成分だけでは説明も出来ないような特別な何かが食事で得られる幸福というものを無理やり作りだしていて、それは麻薬が盛られていると言われても信じてしまいそうな程には強い。
「……」
レヴィは内心不安そうに【敗者】を見つめる中、彼はうっとりした様子で飲み込むとレヴィに向けそっと微笑んだ。
「なんだ、ちゃんと美味しいじゃないか。失敗したのかと思っていたよ」
「ほ、ほんと?美味しい?」
「前菜含め、雑味や無駄は一切感じなかった。良い家庭料理だ」
完璧な褒め言葉ではない。盛り付けや材料はレストランに出すにしてはチープで、店のレベルには値していないが街の個人経営定食屋ならやっていけるくらいだろう。
だが、そのレベルですら舌の肥えた【敗者】が美味しいと感じるのは、やはり愛情の隠し味……を形にした、グラン類似エネルギーだろう。
「そ、そう……」
レヴィは照れ臭そうに顔を逸らしつつも、ゆっくりと料理を味わう彼の美しい所作を横目でじっと凝視していた。
「で?研究ってやつは、どうなの?」
「……現状は期待通りだ」
「ふぅーん……」
レヴィは興味無さげに自分の作った料理を食べ、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
「レヴィからすると、余り美味しく感じないのか?」
「野菜が冷凍だから……ちょっと水っぽい」
オラクルの冷凍技術は高く、冷凍に向かないと言われていた野菜でさえも時間を止めたかのように新鮮さを保つことが出来る。
それでもレヴィが嫌がるのは、やはり彼女がとびきりデリケートで、面倒な舌を持つからだろう。
「だからちゃんといいのを食べさせられなくて申し訳ないとは思ってるけど、別にこの辺で取れる訳でもないし、だから……まあ、世辞でも受け入れてくれるなら、それはありがたいかなって思って」
「僕が世辞を言うような奴に見えるか?」
「世辞ってか、皮肉?」
「あぁ」
【敗者】はくすりと笑うとレヴィをそっと見つめる。
その眼差しが優しくて、レヴィは驚いて立ち上がり、サッと彼から離れた。
「デザート、持ってくる。終わったら紅茶も淹れるから」
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる