レヴィがキッチンへ向かっていくと、【敗者】は落ち着いて目を逸らす。
レヴィに説明した研究内容は半分偽りだ。
ダークファルスの身体構成なんて今更調べる必要も無い。
本当はユニゾン波以外でもたらされるグラン類似エネルギーの融合反応に対し、ダーカー因子を使ってどのように抵抗するか、考えたかったのだ。
会話のような接触ではユニゾン波の方が上回るに決まっている。
だが、ダーカーの巣窟にいるアークスがそこにいるだけで周囲のダーカー因子を吸収してしまうように、【敗者】もレヴィと共に戦闘を行ったり、彼女とスキンシップを取ったりすることでグラン類似エネルギーを吸収することになる。
グラン類似エネルギーの可能性を考えれば、完全に遮断したいという訳ではない。
しかし自らのコントロールを失うほど侵食されるのは彼にとって不愉快だった。
所詮自分以外の全ては駒。レヴィも駒。
いくら強い駒を持っていたいという思考がある彼であっても、力はともかく主導権を上回られては面目立たない。
「ジェラートと冷凍フルーツだけなんだけど……」
さっぱり目の食事が続いたからかジェラートはミルクの甘みに包み込まれる濃厚な味わいで、フルーツもマンゴーと黄桃の甘々仕立てだ。
「よく出来てるじゃないか。十分だ」
「ん……」
アークスシップに居る時【敗者】は甘党だなんだという会話をしていたから、デザートは甘く!という意識がレヴィに残っていたのだ。
レヴィは一足先に紅茶を入れて、ミルクを眺めながらくるくるとソーサーを回す。
「……」
――オラクルでは体内のダーカー因子を抑え込まないといけないが、遮断してしまうとその隙間からグラン類似エネルギーの影響を受ける。
今、【敗者】は簡単に体内のダーカー因子を活性化させることでグラン類似エネルギーとの融合を打ち止め、落ち着かせることが出来ている。
が問題はやはり帰ってからどうするか。
オラクルのダーカー因子反応に検知されない範囲でグラン類似エネルギーを抑えるのはやはり難しい。となれば、ユニゾン波への対策のように反発するエネルギー素子であるフォトンを利用するしかない。
フォトンならオラクルでいくらでも使えるし、元々の器は初代カスラの器のクローン。
フォトンを扱うには優れた体だ。
だが、フォトンを扱うとなるとレヴィが嫌がるのは確実だ。
なんならレヴィの方から臭い近寄りたくないと言われるかもしれない。
フォトンのせいとはいえ恋人ごっこをしている相手にそういう対応をされてはアークスに言い訳が出来ない。となるとやっぱりフォトン以外で何か探りたいところだが……
(それはダーカー因子にある侵食反応を抑えた上で力として有効活用したいと言っているのと同じだ……。はっきり言って、不可能に近い。が、……意思に影響される力だと言うなら、レヴィからの意識次第で変わるのかもしれない)
レヴィに対して甘く対応をしてしまうのが彼女の求める意思だと言うなら、厳しい態度を取るようになるのも多分彼女が求めれば可能になるはずだ。
だが、どちらにせよ捻じ曲げられていることには変わりない。
となれば、ありのままであることをレヴィが求めれば、無という影響をもたらすことで、変化は何も起きないのではないかと、【敗者】は考える。
しかし自分の意識ならともかくレヴィの意識を、グラン類似エネルギーが効くほど強く働かせるというのは本当に可能なのだろうか。
レヴィにそうさせるにはきちんと彼女とコミュニケーションを取らないといけない。
レヴィは曲解してねじ曲げて自分の好きなように解釈して、理解してるのかしてないのかよく分からないのに根底だけ見透かしてくるような不思議生命体だ。
そんな彼女に、果たして【敗者】の意志を移動させることは可能なのか?
(レヴィ曰く影響されているようなものはないらしいが、ユニゾン波はやはり双方向と考えるのが自然だ。意思疎通を取るためなら自分の意思を伝えるだけでなく相手からの意思を取り入れる必要もある。
彼女の言っていたトリリオン情報体のような、意識だけで存在している生命体ですらコミュニケーションは双方向だ。
それを、レヴィとユニゾン波だけ一方通行なんてことは有り得ないだろう)
ユニゾン波にどうにか乗せ、【敗者】がレヴィへありのままでいたいという意志を送ることだけが現状一番の最適解だが、問題はレヴィが想像する「ありのままの【敗者】」がどのような形になるか、だ。
彼女は既に正しい【敗者】が何かを定めている。彼女にとっての正しい【敗者】とは、ありのままの【敗者】。ようは今の【敗者】。
だが、【敗者】の考えは違う。
彼は正しい自分とありのままの自分は別だと考えている。
だから、現段階では無理と言っていいだろう。
レヴィが望むなら、【敗者】は"彼女の想定する"正しいの方向にねじ曲げられるだけ。
ありのままの自分とは何か、【敗者】がレヴィに伝えなくては。
「ふふ、……んふふ」
レヴィはご機嫌そうに足をプラプラと揺らしており、紅茶を飲むペースもいつもより早い。
【敗者】はダーカー因子によって正気を保つ中、どうにかして彼女と会話をしようとした。
とはいえ、色恋の話をしたらレヴィのペースに呑まれてしまう。
計画の話といっても、【敗者】が秘匿すべき研究はグラン類似エネルギーやユニゾン波だけであり、あとは言えるだけ言った方だ。
となれば……と【敗者】が考え込んでいた時、ある事を思いついた。
ここに来た直後【敗者】が考えていた計画……レヴィをどう"使う"かに関する話だ。
だが、口を開いた瞬間、本当に話していいのだろうか、と迷った。
確かに【敗者】にとっては良い計画だ。良いものなのだが、レヴィにとってはそうじゃない。
ここまでしてくれる相手に対する使い方ではない……のかもしれないが、考えた当時の【敗者】は間違いなく良いと思っていた。だから良い計画のはずなのだ。
「……レヴィ。良い計画を思いついたんだが、聞いてくれるだろうか?」
【敗者】は顎を突き出して彼女を見下ろしながら、しかし抑揚した声で放った。
レヴィはご機嫌そうな表情で、軽い足取りを持って彼に近付くと、【敗者】の横に立つ。
「どういうやつ……?」
「僕はここで貴様があのアークスに勝つための試算を行っていた。なるべく早く、フォトンの有無に左右されない、勝率の高いやり方だ」
「えっ?!そんな方法、あるの?!」
レヴィは思わず【敗者】に飛びつき、瞳を輝かせて彼の腕を掴んだ。
「ッ、……」
【敗者】はさっと彼女の腕を払ってから、モニターを取り出しレヴィに見せる。
「わ……」
「良い計画だろう?貴様に爆弾を付けて、ルビィに特攻させるというものだ。あのアークスは会話に入ると攻撃を止める弱点がある。そこで貴様が和解の為だと言って近付いて、そのまま貴様ごとあのアークスを吹き飛ばす」
「……!!」
「そうすれば確実にルビィは……いや、規模によってはルビィに付き添っているアークス全員がその爆弾によって吹き飛ぶ。どうだろうか?」
レヴィは顔を俯かせてふるふると震えた。
【敗者】は彼女から目を逸らし、モニターだけを眺める。
「それって……」
レヴィの声は震えている。
【敗者】は彼女の悲惨な結末を演算しても心を揺らさなかった。
慣れているから。
【敗者】は目を細め、どこか虚ろになった眼差しで、いつしかモニターの奥の地面の模様を数えていた。
しかし、レヴィの反応は違った。
「……それって、すっごくいいじゃん!!」
彼女は輝かしい瞳で【敗者】を見上げると、彼が見ていたモニターを掴んで手繰り寄せ、眺め始める。
「ね、爆弾の規模がおっきほど沢山巻き込めるって話でしょ?でも……えーっと、ほらわわたしの体に付けられる限界があるから、そこの塩梅が難しくれ……、れれ、……それで……」
「……」
【敗者】は目を見開いてレヴィの事を凝視した。
彼の手は自然にレヴィに伸び、その手が彼女に触れようとしていることに気づくと拳を握って引き戻した。
――なぜ嫌がらない?
パートナーに対して無様に死ねと言っているのだぞ、僕は。
「いや!そもそもだよ【敗者】、ならさ、なるべく小型かつ火力の大きい爆弾を新しく開発するのはどう?!あとは分裂して爆発範囲が広がるやつとか……あーでも!まずルビィを殺すのが優先でしょ?だったら中心部の火力が一番高いようにしなくちゃ。爆風任せのタイプだと生き残っちゃうかもしれないし……」
レヴィは彼が正気という名の狂気に落ちているということも気にせず、彼からされた至極最悪な提案にも反対せず、ただひたすらに彼の計画を最良の形で全うするため、真剣に考えていた。
「あの……ごめん【敗者】、時間くれない?もうちょっと、ちゃんと考えたいかも」
「それがまだ決まったという訳では……」
「でも、作ったとしても有効活用出来るかもしれないでしょ?それにさ、ルビィにぶつける事だけに囚わわれ……なくてもいいんだから。わたしが中枢部で自爆して、アークス全体の機能を停止させるっていうやり方を取ってもいいし。
あ、なんならルビィをそこまで誘って両方達成してみる?」
レヴィのきらきらとした笑顔が【敗者】を棘のように突き刺し、彼女の小さく柔らかい手が【敗者】の手の上に重なって包まれる。
そして、レヴィが首を傾げてへにゃへにゃと微笑んだ瞬間、【敗者】は胸が張り裂けそうなほど痛くなった。
これほどの痛みはいつぶりだろうか。
痛いのだ。己の体が全部裂けて、脳が破裂して、体が痺れるほど痛い。
「……ッ、は、……」
「【敗者】?……【敗者】?平気?どしたの?」
レヴィは肩を掴んで揺さぶろうとしたものの、彼の本気で体調不良な様子に流石に揺さぶる訳にもいかず、彼に寄り添って不安げに顔を覗き込むだけだった。
「な、……で、……も、なッ、」
「【敗者】……その、あのね」
レヴィは【敗者】から目を逸らしながら、ゆっくり一言一句彼に伝わるように、確かに言葉を紡いだ。
「ここに来た時から……傷付いてるのに、頑張らせすぎちゃったなって、思ってたの。だから、【敗者】と訓練するのも凄くわたしの為になるけど、……わた、……わ、わたしはわたしで、一人でも強くなれないとダメだなって考えてたの」
手をモジモジと動かし、行き場の失くしたそれはスカートをきゅっと掴んで耐える。
「だから、研究したいことがあるのは分かってるけど……今は、ゆっくり休んで?痛いのも苦しいのも、……我慢しなくていいから、わたし、一人でやれるし、るさの為に何かできることがあるなら何でもする。……アップ、えーっと……武器、完成させるのだって、あくまで手伝って貰うだけだから、わたしで出来るだけはやりたいの」
「レヴィ……」
レヴィは深呼吸をした後彼と向き合い、【敗者】の頭をゆっくり撫でた。
「わたしはあなたの味方だから」
「……どうして、……」
「?」
理解できない。どうしてここまで本気なのか。
色恋で釣ったとしても、ここまで他人に命を賭けられるものなのか?ましてや、嫌われ者のダークファルスで、数多の怒号を浴び殺されそうになったことすらある相手なのに。
「いや、何でもない……」
しかし、【敗者】は想像してしまった。
彼女が本当に本気で己の提案した計画を実行し、満面の笑みを浮かべながら身体中に爆弾をつけて死んでいく様……それを考えただけで心の中にある穴が拡がっていくように感じられた。
自分は苦しみから解放されるために、その穴を埋めるために知識を求めているのに、どうしてか目の前の駒ひとつの死に様を考えて、その苦しみがより大きくなってしまう。
「本当に平気?」
レヴィの不安げな表情は彼の瞳を刺し、【敗者】は絶え絶えの返事を返す。
「……大丈夫だ」
それを聞いて、レヴィは寂しそうに眉を下げてから、そっと頭から手を離した。
「えっと……介抱、いや……何か、そう、何かやって欲しいことがあったらまた呼んで。立てないならベッドまで連れて行ってあげる。あんたほど上手くないだろうけど、何かの演算がしたいっていうならわたしが代わりに試してみるから」
「じゃ、もう行くね。なるべく早く帰ってくるから」
レヴィは一瞬俯いたあと、直ぐに顔を上げて【敗者】に向かって微笑む。
「また後でね」
「ッ……あ……」
【敗者】の声は言葉にならず、背を向けて早足で去っていく彼女の後ろ姿を見ることしか出来なかった。
これで合っているはずなのに、今はどうしてか心が落ち着かなかった。
今更、振り払った彼女の手を思い出してしまうほどに。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる