「はぁあ……」
ここに来てからもう何日か、最早数えるのすら面倒になった。
レヴィは相も変わらずエナジードリンク片手にプログラミングをしていたが、突然激しい音を立てて扉が開く。
「ッ!?」
「アイゼンハートを持って今すぐに来い。緊急事態だ」
「きんきゅ……、わ、分かった!」
レヴィは慌ててソフトの保存ボタンを押すと上着を着込み、アイゼンハートを握って外に飛び出した。
彼は久しぶりかに立ち上がっており、レヴィを睨むように見つめるとモニターを表示させた。
「この場所には意図的に餌がやってくるようになっている。それがアブダクションという仕組み……タイムアタッククエストなどを受注したアークスを対象に、ランダムに誘拐することで通信阻害と共にキャンプシップを無理やり転送させここに招き入れることが出来る仕組みだ」
「うん、えっと……アブダクションだから、つまり……そのアークスを喰らって【敗者】は治療してるんだよね」
「あぁ。だが、そこに看過しがたい異物が入り込んだ」
【敗者】はそう呟いたあと、マップの座標と同時にその相手を監視しているカメラを表示させた。
「コイツは……」
レヴィが見てすぐ分かる相手。【敗者】が定めた要注意人物の一人……
「マトイ。……このアークスはとても危険だ。ルビィに最も近い人物であると同時に、二代目クラリスクレイス……ダーカーを滅するのに最も適した器を持った、アークスの中でも指折りの存在。
幸いな事に、現在はその記憶を持っていないようだが……いつ記憶が戻るか分からない」
あのカジノの時に手に入れたシャオの情報は、非常に重要なものだった。
マトイがクラリッサに選ばれた者……二代目クラリスクレイスだということは知っていたが、その存在には謎も多かったのだ。
特に10年前二代目クラリスクレイスに何があったか、どういう顛末があって彼女のデータが消されたのかという情報は【敗者】にとって大きな影響をもたらした。
「……殺せってこと?」
「いや、貴様に勝てる相手じゃない。ここに近付けないようにして、丁重に送り返してくれ」
マトイといえば創世器クラリッサを持つに飽き足らずシオンから生み出され直接干渉されている人物だ。
そんな人物にレヴィ一人で立ち向かって容易に勝てるとは到底思えない。
二代目クラリスクレイスであった頃は、単独の身でありながら惑星リリーパに【若人】の力の大半を封じるという偉業までこなしているのだから。
「ここに近付けないようにして、丁重に送り返してくれ……。うん、分かった」
レヴィは相変わらず疲れきった表情で【敗者】の言葉をそのまま読み上げ、ゆっくり目を閉じてから頷く。
【敗者】はその様子をじっと眺めてから、そっと声を出した。
「それと帰ったら、風呂を沸かして入浴するように」
「風呂を沸かして入浴するように……?どういうこと?」
入浴中に出来る作業は限られている。
体を温め、疲れを取り、睡眠を促すという目的で命令したものだが……レヴィが休めという一言ではい休みますなんて言える人間ならここまで面倒なことにはなってないだろう。
なので、【敗者】は敢えて違う理由を述べてみることにした。
「今や貴様は人の身。人工臓器であった頃と違って、代謝を自分で抑制することは難しい。
他人と足並み合わせて入浴しなければいけないだろう?」
「シャワーじゃ……ダメなの?」
「まあ、僕に臭い汚いと罵られたいのであれば自由だが……仮にも年頃の女性が……ねぇ?」
「〜〜ッ!!」
レヴィは【敗者】の言葉に肩が張り詰め、思わず3メートルほど慌てて下がると自分の腕をくんくんと嗅ぎ始める。
「全く……今現在の話をしている訳じゃないんだが?そうやってサボっているといずれは……というだけだ。分かったらとにかく行ってこい。今すぐに、早く」
「わ、わかった、お風呂……」
「マトイの方だ!」
「はっはひぃいー!!?!」
レヴィは思わずアイゼンハートを掴んだまま【敗者】の元から走り出し、マップに映された座標の方へ飛び出すように向かっていった。
「う、……、ううぅー……」
色恋営業なのは互いに認知済みであるが、とはいえレヴィの中で好きな男から不潔だと言われて嬉しい訳もなく。
ちゃんと着替えないと、ちゃんと風呂に入らないと……と様々な意識を持ちはするが、自分の手で乱雑に切った髪に関しては全く気にも留めない。
そういう歪さが、ある意味いつものレヴィらしいところだ。
衝動的に飛び出したとはいえ、頼まれ事を放棄するわけにはいかず。
レヴィは座標を見ながらゆっくりと歩き、火照った顔を落ち着かせどのように立ち回るか考え込んでいた。
【敗者】からの願いは丁重にオラクルへ返すことだ。丁重にとは言うが、紳士的にエスコートしろと言っているわけではない。
癇癪を起こし暴れ回るレヴィを基準として最上級に、つまり一般人からしたら普通の対応をしてくれと言っているわけである。
となればレヴィが目指す方向ももちろん一般人であり、ダーカーの巣窟でダークファルスと共に居座っている事がバレないようにするには、レヴィもまたこの場所にアブダクションされてきた人物として振る舞うしかない。
「んー」
――この場所で武器を携帯せずに歩くのはおかしいが、かといって最初からアイゼンハートを見せるのは如何なものか。
いや、アイゼンハートの透明化に関してはレギアスに知られているはず。
武器以外の形態になれないという縛りを意識していればいいだけだ。
レヴィはそんな思索を終えた後ついにマトイのいるブロックへ突入した。
そこには霧散したダーカー因子が無数に広がっており、白い服に赤の差し色が入った、巫女か何かのような神聖さすら感じるその少女は、摩訶不思議な形のロッド――創世器を持って、レヴィに背を向けていた。
(あれがルビィの筆頭腰巾着…)
レヴィはなるべくニュートラルに捉えた。
暗殺者は殺意を出すものじゃない。
裏社会の誰かに習ったことで、レヴィも自然に気付いたこと。
マトイは彼女の中の憎悪には気付かず、ただ人がそこにいる……。
そう考えて、振り返った。
この場において殺意のある人間はクローン。
そうでない人間は、アークスだ。
「……!!」
マトイが反応したところで、レヴィは顔を顰めアイゼンハートの銃口を向けた。
このまま撃ってもいいのだが、今はあくまでそういう演技だ。
「待って!わたしは、アークスなの!」
「……ヒト?本当に?」
「大丈夫。攻撃しないから」
マトイはまんまとレヴィの演技に引っかかって白錫・クラリッサを下ろし、敵意の無さを彼女に証明した。
レヴィはそれを見て、しめしめなんて思ってから、そっとマトイの方へ近付いていく。
……【敗者】の言っていることは本当に正しいのだろうか。
本当は、この場でマトイを殺した方がいいのではないか。
この場にあるジャミングがあれば支援は来ないのだから、【敗者】や他のクローンと協力して袋叩きにするべきではないのか……。
そんなことをモヤモヤと考えつつ、レヴィはマトイの傍に近寄る。
「……」
マトイはレヴィの持つ隔離された違和感のような異質な雰囲気と手に持っているその武器の輝きに思わず体を硬直させた。
自分よりも背丈も年齢も低そうな幼げな容姿なのに、どうも忌避感を感じる。
不気味で異質で恐ろしい。
その場にいることがおかしいような、そもそも、現実にいる存在なのか少し曖昧なような……
「名前は?」
レヴィの声にハッと意識を取り戻し、マトイは恐る恐る告げた。
「ま、……マトイ、です」
「そう」
レヴィは一方通行の会話を無理やり終わらせ、自分が言いたい事だけを言う。
「ここに来てから多分一週間は経った。周りのキャンプシップから水や食料は奪えるけど、空気中にあるダーカー因子の量は著しい」
「一週間……?!」
一週間というにはレヴィの容姿は清潔そうに見えたが、かといって髪は美容院帰りのような艶もなく、マトイとしてはギリギリのラインにあった。
が、レヴィはマトイからの訝しげな視線に先程【敗者】から言われたことを思い出し、彼女とは真逆の事を考えていた。
「……。臭い?」
「う、ううんっ!全然……むしろ一週間も居たなんて信じられないくらいだよ?」
「……そう」
マトイは嘘偽りなく否定の言葉を発したつもりだがレヴィはまだ気にしてしまい、腕や髪を顔に近付けて匂いを嗅ぐ。
そういう所がマトイから見ると本物のアークスに他ならない……人間味のように思えたのだった。
「まあ、いいや。とにかく……」
ただレヴィにとっては自分の身の白さを証明するなどどうでもよく、深呼吸をしたあとはすぐに切り替え、端末を取り出した。
「調べた限り、ジャミングの強さは場所によってまばらになってる。となれば、位置によってはオラクルとギリギリ通信出来る位置があるかもしれない。そこまで行けばキャンプシップを降下させられるはず」
「その位置がどこにあるのか分からないの?」
「探し途中ではある。でも、逆に言えば絶対にない場所はもう分かってる。虱潰しだけど、ダーカーをなるべく早く倒して、探索範囲を広げていけば不可能では無いはず」
実際は正解のルートを【敗者】から聞いて既に知っているのだが、やはりある程度は迷った素振りを見せなくては。
「なら、わたしも手伝う……!」
その言葉を聞いてマトイは目を輝かせ、クラリッサを握って決意の籠ったような声を絞り出す。
だがレヴィはといえば非常に冷めていて、マトイの顔を見てもただ退屈そうに目を細めるだけだ。
「どう考えてもそれしか択ないけど」
「えっ、う、うん。そうだね」
なぜか上手く噛み合わない。
マトイはそんな違和感を覚えながらも、この極限環境で協力出来る唯一の相手に逆らう理由もなく……彼女の作戦に従う他なかった。
「……」
そこからしばらく二人に会話は発生せず。
レヴィは冷たく寄せ付けないようなオーラを出しており、殺意はないものの苛立っているということはマトイにも感じ取れる。
新たな区画に入っても、静寂が辺りを包み込む。
しかし突然辺りを覆い尽くすように空間侵食の反応が現れ、大小様々なダーカーが姿を表した。
マトイはすぐにクラリッサを構えるが、レヴィはぼんやりと辺りを見ながらアイゼンハートをぷらぷらと揺らす。
そんな惚けた様子だがダーカーはマトイに向かっていくばかり。
そりゃそうだ。フォトンもなければダークファルス【敗者】の因子がべっとり染み付いた女に攻撃するわけがない。ダークファルスに仲間意識がないとはいえ同種異種の認識くらいできる。
「危ない!」
だが臨戦態勢のマトイからすれば視界に映る黒いものは全部撃ち落とすべき敵だ。レヴィの傍に居るものも横を過ぎたものも全て光で焼き払い、同じアークスを守ることを優先する。
マトイは特に"そういう作られ方をした"アークスだから。
「はぁ……」
レヴィはただただ疲れていた。
マトイの焦燥した顔にも気だるげに返し、ぼんやりとダーカーに視線を移す。
「23体。この方向はダーカー因子量が他よりも少ないということは、方向自体は間違えていない」
必要な情報だけ開示するようにそう呟き、彼女はアイゼンハートを起動させた。
これでダーカーは一応レヴィを狙う理由が出来た。と言っても武器を壊すだけだが。
だがその武器は奇っ怪な見た目をしていた。
レヴィが慣れたように構えたそれは細く長いレイピアであり、足を揃え背筋を伸ばし独特の構えをすると、ダーカーの接近に合わせて踏み込みコアへ向かって鋭く突き刺す。
腹から背に向けて花が咲くようにフォトンが突き立てられるとダーカーは霧散していき、レヴィはもう一度構え直した。
片手は腰に置き、スケープドールがいつでも使えるように構えつつの挙動だ。
「……何、それ?」
マトイは思わず声を出した。
レヴィはアークスの規範から大きく逸れたような戦闘スタイルを採用しており、彼女はそれに悪びれる様子もなかった。
アークスが効率良く強く戦う為のフォトンアーツもクラススキルも使わないで、自己流で戦うなんて中々ない。
例えば六芒均衡の一であるレギアスは刀を用いた我流の剣術を持っており、それはブレイバーという新規クラスに採用されるほど強いものだったが……。名も知らない末端アークスの我流なんて、逆張りで危険でしかない。
「武器。殺傷する為のものだよ」
「でも……」
マトイは本当に大丈夫なのか、という不安げな目線を向けるが、それはレヴィにとって見下されていると感じるに他ならなかった。
「敵と戦ってる時に余所見できるワケ?ほんと、忌々しいほど恵まれてるんだから」
レヴィはストレートな嫌味を漏らしたあと、アイゼンハートを鎌に変えダーカーを切り裂く。
刃といいつつその本体はエネルギーのみであり、相も変わらず熱量と力で無理やり焼き切るようにエネミーを倒すと、ため息を着いた。
その様子はやっぱりあまりにも異様だった。
(なんでわたしはルビィになれなかったんだろう……)
レヴィは変化の少ないこの巣窟を歩きながらそんな事をぼんやりと考えていた。
ルビィと状況は同じ。マトイの傍にいるというのにルビィは尊敬されレヴィは
忌み子だなんだと言われてきたが、それもある意味正しいだろう。フォトンアレルギーは生まれつきの呪いだ。あの女のようにフォトンが使えれば、もし立場が逆なら、ここにいるのはあの女だった。
自分が賞賛を浴び沢山の人から頼られ信頼される中で、ルビィは身を削りながら苦しむ。
それで正解のはずなのだ。
それなのに、それなのに、呪いはあの女に降りかからないどころか、時間遡行のマジックだのシオンの縁者だの祝福ばかりが与えられた。
(殺したい……)
レヴィはダーカーを倒す中で、ダーカーよりももっと殺したい隣の奴に憎悪が湧いてきた。
「大丈夫……?」
マトイの問いかけにレヴィは笑った。
「うん、大丈夫」
平静な様子でそう言って、二人は脱出エリアへ足を進めていく。
背後に連なる骸には見向きもせず、レヴィはただひたすら目の前の動くものに攻撃し、その上ダーカーたちがレヴィに手加減をしているお陰でレヴィの意識は深海から戻らぬまま思考だけが連なっていった。
「キャンプシップの備蓄食って……どんなものがあるの?」
「高カロリー栄養食。保存期間長め。乾パンやチョコレートなど。飲み物は水のみ。ただし電解質補給用に経口補水液のパウダーや珈琲などもあり」
「……そうなんだ」
「また、使用時の多くはエンジンが使えない状況下である為火の使用は前提としていないことが多いが、同乗者に法撃クラスの人間がいることを想定し加熱前提の備蓄食や燃料が積まれている場合もある。燃料に関してはマニュアル通りに使用すれば炎テクニックを小範囲で発動させることによって発火補助材に火が移り、素早く火をつけることができるようになっているが、フォトンを使って炊いた火は一部層から不快感や異臭がするとの報告もされており、潜伏状況下ではダーカー反応の誘発にもなる為推奨はされていない。その為、基本的には着火剤を用いた……」
教科書通りのような知識をつらつらと並べ続けるレヴィにマトイは少しずつ理解することを放棄し、最終的には彼女の声をラジオのようにして聞き流していた。
そしてまたダーカーが現れると、レヴィは話を止めてアイゼンハートを片手剣に変える。
「ダーカーを倒すのなんて、飽きたね」
「戦ってばっかだと、疲れちゃうよね。早く帰ってお風呂にでも入りたいな」
「そう」
この区画のダーカーは特に少ない。緩和エリアであると考えるべきか。
レヴィは気怠げで、退屈な的打のようにダーカーコアに弾をぶつけるとそこに転換で生まれたフォトンがまとわりつきダーカー因子を食い荒らす。
「まあ、風呂なんて入ろうと思えばどこでも入れるよ」
レヴィはそんな言葉を言うと楽しげに体を跳ねさせ、スキップするかのように軽い足取りでマトイの方に近付いていく。
「ま、わたしからすると欲しいのはもっと違う物かな」
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる