※この作品はR-18です。

MIDNIGHT   作:Libby博士

20 / 258
1話(2)

【敗者】は肩に乗ったレヴィの足をなぞり、太ももを撫でてからきゅうと抓る。

 レヴィはそれに無反応のまま彼をじっと睨んでいると、【敗者】は目を細めて、そして口を開いた。

 

「僕は虚空機関の中で必要であれば何でもした。奴らにとっては悪事、という事なんだろうがね。その中で、僕は虚空機関の研究員や、附属の研究所を使って全知存在を手に入れるための実験や研究を進め、遂には惑星との融合実験にも成功し、一時はシオンともひとつになって、……そして、オラクルを破棄するプロセスまで作り上げていた」

 

「……で、失敗したワケね」

 

【敗者】はレヴィの言葉で眉間に皺を作り、あからさまに不機嫌な様子で舌打ちすると、ため息をひとつついてからまた話を続ける。

 

「アークスは馬鹿な事に僕に指名手配を出した。この僕を殺す為に旧マザーシップに調査隊を派遣させ、惑星ウォパルにも手が入るらしい」

 

「それで?」

 

「まだ分からないのか? そこまで調査をしているのに何故虚空機関に調査が入らないと思う? 虚空機関本部、研究所は勿論、そこに所属する研究員……もう辞めたものですらアークスの手によって調査される筈だ」

 

「……そういう事ね」

 

 アークス研究同好会の半分以上は虚空機関所属、または元所属のメンバーで構築されていた。

 おまけにあのチームのデータベースには名前はカモフラージュしてあるがルーサーのクローンがある。レヴィのように独自のプログラムで作っていないからアークスが本気で解析すれば遅かれ早かれバレるだろう。

 

「アークス共は【巨躯】戦争で壊滅状態に陥ったアークスを僕が建て直し、二世代目アークスを作り上げ発展させたという恩を無かったことにしているらしい……盲目の実験動物風情が横暴だとは思わないかね?」

 

「……アークスっていうのはそういう奴らの集いだから仕方ないでしょ? 上辺だけそれっぽいこと言って、あとは自分さえ良ければそれでいい。彼らにとっての弱者とは都合のいい駒で、彼らにとってのヒーローは自分の尻拭いをしてくれるクソガキ」

 

 レヴィは感情なく淡々と悪口を並べていくと、【敗者】の動きが止まり目を見開く。

 

「……三英雄や六芒均衡のことは?」

 

「は、アークスが上も下も腐敗しきったゴミクズ集団だって言うことは貴方様が一番理解されてるのではなくてよ? あんたのケツを追い回してぶっ殺そうとしてるのは慈善行為でも宇宙の為でもなくてただのパフォーマンス」

 

 レヴィは突然ぎょっと目付きを変えたかと思えば、喉を揺らしてうるうると目に涙を浮かべた。

 

「"あぁ~! アークスの皆様、私達はちゃーんとお仕事しております! 宇宙を守るために毎日せかせかと働き宇宙の敵であるダーカーを殲滅し皆様市民をきちんとお守りしています~! "ってさ? 道端のゴミひとつろくに拾えない癖にね」

 

 レヴィの実質的な家は市街地のスラムだ。

 親を無くした上に孤児院にも受け入れられなかった孤児や、アークスになれなかったり辞めさせられたりした荒くれ者、それから設備開発や建築企業の裏に身を潜めている反社会的な勢力……そんな奴らがウロウロ居る肥溜め。

 

「あんたみたいな高いビルの上で人の事見下ろして笑ってるやつには見えないでしょう? 路地の奥にある地獄も生温い世界って奴は」

 

「なら、貴様が僕を拒む理由もないな」

 

「なに…?」

 

【敗者】はレヴィの首に手を滑らせて撫でる。

 

 ――この男の触れ方は異常だ。

 観察するように手の平を肌に触れて、それから撫でてくる。

 呪われているだとか忌み子だとかいって近づくことすら拒む奴の方が多いというのに、こいつはわたしのような女を見ても恐怖の欠けらも無いのだろうか?

 あんな力を持っていれば当然の驕りなのかもしれないが――

 

「貴様の中にアークスとしての誇りや責務があるかどうかは関係ない。そんなにアークスの事が憎たらしいなら僕と共にこの宇宙を滅茶苦茶にしてみないか?」

 

「イヤに決まってるでしょ」

 

 はぁ、とため息を吐いてレヴィは【敗者】の言葉をすぐに断る。

 その言葉で【敗者】はレヴィの首から手を離すが、彼女はそれに気にすることも無く、頭の中で突発的に思いついたことを無責任にそのまま口に出す。

 

「虚空機関に調査が入って、それによってあんたが見つかるのが面倒だっていうならわたしがまとめてカモフラージュしてあげる」

 

【敗者】の怪訝な目がレヴィを突き刺した。

 さっきまでレヴィの首に触れていた手のひらをじっと見つめる彼に、レヴィは「呪いでも受けた?」と言って揶揄うも、彼は無言のままだった。

 

「アイツらの、……いや、アークスの奴らに共通したネットワークシステムやプログラムに蓋を被せただけじゃあんたの言う通り見つかっても仕方ないしそれで命に危険を感じるのは当然。

なら、わたしがアイツらのバイタルデータもチームのデータも、そこに保存されている記録も何もかもハッキングして書き換えてあげる。死んだことにしてもいいし、全く別のものに偽装してもいいし、あんたとアイツら両方の安全を保証出来るなら大人しく行ってくれるでしょ?」

 

 レヴィを見つめる【敗者】の瞳は疑いで埋め尽くされている。

 それもそうか。

【敗者】から見ればレヴィはそんなことを仕出かすような人間には見えないだろう。

そういう舐められ方をしているからこそレヴィは今まで人を騙して生きてこられたのだ。

 

「ん…ッ!」

 

 レヴィがグッと腕に力を入れ、思い切りこじ開けると手錠が砕け散る。

【敗者】はフォトンを利用した手錠ではレヴィに意味が無いことが分かっていたため物理的な拷問器具としての手錠を用いてみたのだが、それにしたって無駄なことには変わりない。

 

「……何をして欲しい?」

 

 レヴィは上着のポケットから携帯端末を取り出すと、【敗者】を細い目でじっと見た。

 

「実力テストのつもりか?」

 

「それで信じてくれるなら何でもするけど? 管理者権限をとってくるっていうなら、一時間もくれれば終わる。アークスの機密データにアクセスしてもいいし、あんたにとって不都合なデータがあるなら今のうちに消してあげようか?」

 

 正直に言って、レヴィの体はかなり緊張している。

 それでも【敗者】が自分を信頼してこの局面を乗り越え、それでチームの者達にこの男を押し付けることが出来るのなら、レヴィは今この場面でどんな荒事をしたってよかった。

 レヴィにとって【敗者】はさっさと消えて欲しい存在だし、自分もここから居なくなりたいと思っている。

 

 ――わたしが見たあの美しい人形は所詮人形に過ぎなかったのだ。

 未だに彼はオム・ファタールのように美しく整っていて、じっと此方を見下ろす顔はまさに魔性の一言に尽きるが、自分の自由と命を危険に晒してまで犬ごっこをしたいかと言われればそれは別だ。

 わたしには目的がある。そのために、わたしは常に自由である必要があり、そしてわたしは誰かと共にいる権利など存在しない。

わたしは常に孤独だ。

もし本当になにかの呪いがわたしにかかっているのなら、それは一生不幸で孤独に人生を歩む呪いだろう――

 

「それが貴様の得意分野か?」

 

「得意分野というか……必要だからしているだけ。得意なものは何も無いけど……。あぁ、……そうだ」

 

 レヴィは端末を開き、ホログラフィックのキーボードを表示すると【敗者】の顔をチラリと見てからカタカタと打ち始める。

 どんな端末を使っていようがミュートにしているためタイプ音は出ないはずなのだが、今は衝撃で自動的にミュートが解除されたからか、部屋には無機質な音が鳴り響いていた。

 

「はい」

 

 五分もしないうちにそれが終わると、レヴィは【敗者】に向かって浮かんだホログラフィックの画面を掴んで押し付けた。

 

「……これは」

 

「見ればわかるでしょ? パーソナルデータを偽造してアークスカードを作ったの。あんたの器のデータを利用して、生体反応をこのパーソナルデータに結びつけた。これであんたが変にダーカー因子を撒き散らして遊ばない限りあんたは【敗者】ではなくこの無名のアークスAになる」

 

 顔写真はAIで作った平均的などこの誰かも分からないアークスの顔が貼られており、名前もレヴィが今【敗者】の顔を見て一瞬で考えただけの適当なものだ。

 クラスにレベル、家族構成から任務の履歴まで完全に偽造しきった"生きているのに実在しないアークス"のデータは、レヴィが裏任務に行く時にもよく使うし、出禁の店に変装してこっそり入る時にも使う、得意かどうかは定かでは無いが少なくともそれなりに慣れているものだ。

 

「成程、欠片も隙は無い。構成プログラムも言語もサーバーも全て見た事がない独自の偽造ソフト……そして偽造された物はアークス側が一度でも読み込むなり開くなりしてしまえば、外部で作られたデータが完全に入り込んで定着するようになっていると。

ふむ、コントローラーで制御することによってこのアークスカードを介してデータの操作が可能という事か。面白い……」

 

 彼は興味深そうにレヴィの偽造したアークスカードを眺める。

 まるで紙のように裏を見たり表を見たり、スクロールしたと思えば構成しているプログラムを開いて言語を眺めてみたりしている。

 

「ご苦労……ああ、そうだな。アークスとして色々な規格が統一化される前、フォトナー時代の頃はこういう事をやる奴は実に多かったものだ」

 

【敗者】は長命マウントか突然何かを語り始めて、レヴィはため息をひとつこぼした。

 この話を聞いて消えてくれるのならば何時間でも聞いてやるつもりだ。

 

「……矮小な研究所の結果を虚空機関で纏めて管理している現在と違って、各々で自立していた時代はハッキングして奪い合いなんて当然のこと。用途によって言語を使い分けるのも当然だった」

 

 レヴィはこんなに込み入った話を他人とするのは初めてだった。

チームに所属していた時も、それ以前も、周りの誰もレヴィの技術に興味を示すことは無かったし、同じくらい、誰かにそれを話したいという気にもならなかった。

レヴィのプログラムの強みは誰も真似しておらず、誰にもバレていないことだからだ。

他の誰も運用することの出来ない自分だけしか解読することの出来ない言語を使って、それで運用させることによって守られていたセキュリティを……レヴィは今敵の前で話している。

 

 レヴィにとってはそれがわかっているのに、喉が声を発するのが不思議と楽しくて、意識を遠ざければ何万時間でも話していられそうなくらいだった。

この男から早く逃げなければいけないという事なんて彼女の理性の中ではよく分かっているというのに……

 

「……今はアークスで統一されたプログラム言語を使ってるからね。オラクルの中だと実質ひとつ、あとは昔使われてた統一言語も含めてせいぜい三つくらい? 脆弱性が殆ど無くて、安全性があって、規模問わずなんでも開発できる完璧な言語を作ったとはいえ……それで統一しちゃったらハッキングして全部覗かれても仕方の無いことでしょう?」

 

「今のオラクルにおけるネットワーク上のセキュリティホールは皆無に等しく、プロテクトも頑丈。だからこそ物理的にデータを奪うのが主流であり、情報端末そのものを狙うのが今の常套手段だが……」

 

「例外があるとすれば管理者権限と、……それからわたしみたいなハッカー?」

 

「僕はそもそもの言語を作り、管理者権限も持ち、技術も知識も備えている」

 

「はいはい、……あんたももれなく例外ってことね」

 

 レヴィは【敗者】を惑星リリーパにあるチームルームに送り届けるため現在の宇宙での運航データを覗き、ルートを確認し、それから現地点のマップも覗く。

 44番艦……レヴィは来たことがない場所だ。

景色にも特に見覚えはなく、マップも初めての場所だがロビーやショップエリアは特に様変わりもしない風景。

ある程度マップ慣れしているロビーエリアまで送るプランを考える方が早いだろうか……

 

「……野良犬」

 

「犬じゃない」

 

「返事をしたなら貴様は野良犬だ」

 

「返事なんてしたつもりないんだけど」

 

 レヴィは憂鬱な眼差しで【敗者】を刺すと、彼は手錠を破壊した彼女の手首を改めて見てから、牢の扉を開ける。

 ――牢の中に何かあるのだろうか……?

 その中をぼんやりと見つめて、レヴィは【敗者】に向けて呟いた。

 

「え……? 何…? わたしは今あんたをチームルームに送り届けるためのプランを…」

 

「さあ、ここまでの貴様の熱弁に深く感謝しようじゃないか。その価値を十分に示し、この僕に教授する度胸と苦労は実に素晴らしいものだと言えるだろう」

 

「は…?」

 

 レヴィの体が突然浮いたかと思えば、端末に覆い被さるように【敗者】の手が乗り、あっという間に画面が閉ざされて小さくなった端末が奪われる。

 

「あっ?!」

 

 レヴィが取り返そうと思った瞬間、背中に衝撃が走り、牢の中に転がる。

 

「ちょっ、まっ!」

 

 レヴィは【敗者】に背中を蹴られて転ばされたと気付いた瞬間、背後からガチャンという重苦しい音がして、顔は焦燥に染まった。

 

「待ってよ! わたしがサポートしたらあんたはアイツらと……」

 

「"彼奴ら"? 何故この僕が自分の数億倍も下位互換の奴と共に行動しなければならない。

人の知らない所で勝手に器を作って、僕の頭の中を掠め取ろうとする薄汚いゴミ共など、その首を捻り潰す価値はあれど、協力する価値も無ければ、駒にする価値もない」

 

「ふざけないで! わたしがなんでここまで……」

 

「貴様はどれ程自分の愚かさを露呈させたら気が済む? この僕が使える駒と使えない駒の判別もつけられないほど盲目だと思っているのか?」

 

【敗者】はレヴィの端末と、そして真っ黒になって起動している様子も見えない屑鉄のようになってしまったレヴィの創世器……アイゼンハートを片手に持って、クスリと笑う。

 

「そんなゴミネズミ共に体を預けるくらいなら貴様の方が万倍もマシだ。故に僕が貴様を解放する理由などない」

 

「わたしなんか無価値なの! 期待しても無駄! あんたの望むことなんか何も出来ない! わたしは最弱のアークスで、底辺で、ゴミクズで……そんなわたしを駒にしたところで無駄に決まってんでしょ?!」

 

 レヴィはどうにかこの鉄格子をねじ曲げようとしても、何故かこの細い棒たちはうんともすんとも言わなかった。

 それどころか、【敗者】はレヴィの言葉に苛立ったのか檻の傍まで近寄ると、怒った顔で彼女を見下す。

 怖いのに、それ以上に――彼は怒っても端麗だ。

 

「喧しい! 今日から貴様は僕の駒であり僕の奴隷だッ! 貴様の価値はこの僕が決める。貴様の行動も、思想も、全てはこの僕の、【敗者】のあるべき通りにあれば良い。その御託を次ほざけば罰を与えてやるッ!」

 

「だっ、……だれが、あんた、なんかに」

 

 胸が張り裂けそうな程痛いのはこの男に囚われた苦しみなのか、それとも別の何かなのかレヴィにはわからない。

それでも、この男と関わっていると調子が狂わされるのは何故だろう。

冷静沈着で遠くから見下ろして、必要な時だけ地上に降りてくるだけの人間でいたかったというのに……

 

 しかし【敗者】本人はそんなレヴィを知ったこっちゃないといった態度で独り言を紡ぎ、ケラケラと笑って楽しそうだ。

 

「ハァッハァッ……はは、……まあ良い、偶然拾ったにしては十分な物だ。ハッキングはアークス随一の実力でコレも起動させて、……それから興味深い体質も持っている。これで僕は、……、再び全知に至ることが出来るはずだ……!」

 

【敗者】が踵を返して消えていった後、部屋は静寂に包まれる。

先程までは彼の存在をあれほど鬱陶しく思っていたというのに、いざ彼が居なくなるとこの宇宙にはまるでレヴィ一人だけのような感覚に陥る。

心がいくあてもなくふわふわと浮いて、心臓は静かに鼓動する。

 そしてレヴィはその宙をふらふらと迷う心の中に、確かに不快感とは違う別の感情を覚えていたのだった――

 

二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。

  • 続編として作品を分ける
  • 分けないで一つの作品でまとめる
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。