「えっ?!」
マトイは驚いてレヴィの方をジロジロと見つめた。彼女はボロボロでとてもひとりで戦えるようには見えない。
だが、レヴィは先程までの出来事をまるで無かったかのように退屈そうな顔でマトイを見つめていた。
「一人で行動できる実力があるのにわざわざ二人行動なんて不毛極まりないでしょ」
「でも、あなたはさっきまで……」
マトイはそそりとレヴィに近付いていくが、逆にレヴィは離れていく。
「わたしはこっちに行くから、あんたはあっち行って。以上」
「あっ、ちょっと……!」
レヴィは分かれ道の片方をマトイに示し、そしてもう片方の道へ進んで行った。
「もう居ない……」
レヴィが行った道、それが"正解"の道だ。
彼女はマトイの行動を予測していた。
こうやって無理やり別れれば、マトイは後ろから着いてくる。
そうすればマトイが一人の状況で、離脱ポイント……通信が取れる場所まで誘導出来る。
今のマトイは完全にレヴィと一緒に帰る気満々だ。しかしレヴィは帰る訳には行かない。
それに残ると言えば怪しまれることくらいわかっている。
なにせあそこまで派手に【敗者】が干渉してきたのだから、マトイが疑うのは当然のことだろう。
(とにかく核心的な証拠を掴まれる前に帰さないと……)
レヴィは意図とは真逆のとてつもなくナチュラルな利敵行為を行っているが彼女にその自覚はなく、道端に逸れると誤った道を潰すようにアイゼンハートで外壁を崩した。
「本当に平気なの?」
一方、マトイはといえば彼女に示された道をちらりと見たあと、当たり前のようにレヴィの背を追いかけた。しかし走ることはなく、マトイは頭の中でグルグルと駆け巡る思考によってどんどんと歩くスピードは落ちていく。
「それに、有翼系のダーカー……。
あの種類だけ、わたしたちに……ううん、あの子に敵対しなかった。むしろ、守ってるみたいに動いてて……」
【敗者】の出した有翼型ダーカーはマトイに対して襲いかかるダーカーに一瞬の隙を与える程度の手伝いはしたが、特別討伐するようなことはしなかった。
だがレヴィに対しては分かりやすく抵抗し、大型ダーカーを呼んで彼女を渦から引きずり出し飲み込まれないように守っていた。
あれはダーカーに対して特に敵意の強いマトイから見ても明らかにダーカーがアークスを守っているようにしか見えず。
何よりも、あの通信の声。ルオンと書かれた着信相手の、あの独特な加工のかかったような、横暴で傲慢で、でも少しだけ虚しさも感じるあの声。
あれは、間違いなく……
「……あの声、【敗者】と同じ。【敗者】がここに居るということ?
でも、だとしたら、……ううん、そんな訳ない……」
マトイは【敗者】だけじゃなく、あの渦から発せられた声も聞いた。レヴィに対して何を言い、どんな風に誑かしたか。
【敗者】はその声が発した言葉に値するような人物じゃない。少なくとも、優しさなんて欠けらも無い。とても誰かに愛されるような存在ではないし、誰かからの愛を求めているようにも思えない。
だがマトイがいくら声をかけても反応しなかったレヴィは、彼の一言で完全に自我を取り戻していた。
駒で使われているとしたら乖離している。
それでも、ダーカー同士の敵対なんてのはありえないことで。
どちらにせよ、【敗者】がこの場にいるにせよいないにせよ、レヴィがどんな存在であるにせよ、レヴィと共にこの場から脱出する必要がある。彼女の体は誰が見ても限界だ。話を聞くより先に保護して集中浄化処置をしなくては。
「とにかく探さなきゃ。脱出しないと……」
マトイは再び足を進めた。一本道のそこは迷いなくマトイを進めていく。
その中でも孤独の中ではただひたすらに思考を続けることしかできない。
(あれくらいさっさと壊せ、……って……わたしに言ってたんだよね?)
あの状況でレヴィにあのダーカー兵器を壊せるはずがない。だからあの言葉はマトイ宛以外ありえない。だが、それにしてもやっぱり違和感しかない。
(ダークファルスなら眷属で破壊出来るはず。もしかしてあれがフォトンでしか滅せない物だった?ううん、そもそも遠隔なら普通は攻撃なんてできないから指示すること自体はおかしくないし……でもわたしたちがどんな様子かはある程度把握出来ている上での発言……)
(怪しい……)
マトイからするとやはりあの通信相手は【敗者】としか思えなかった。有翼型ダーカーを操り、レヴィに声をかけ、通信でだけ姿を表していたあの男が【敗者】な事になんの違和感もない。
そこまで来てマトイが気になるのはやはり奴の目的だ。
【敗者】が仮にレヴィを守護対象としているなら、ダーカー兵器を破壊するのにわざわざマトイに破壊させるという遠回りな手段を使うものなのか?
あれは本当にフォトンでしか破壊できないものなのか?仮にそうだとしても【敗者】本人が出てくればルーサーだった頃にフォトンを使っていたことと同様に彼の何かしらの技で破壊できるのでは?
あれだけ邪智暴虐の限りを尽くし全てを見下してきたあの男が、会いたくないなんていう子供じみた理由で遠回りな支援をするものなのか?
(あれがもし【敗者】の用意したトラップで、あそこまでが芝居の一つだとしたら……?
シオンさんを殺したアイツなら有り得るかも……)
マトイはもはや冷静な思考が出来なくなっていた。
彼女が行った最悪の想定はもっとも近い疑いとなり、彼女が想像した全ての悪事は実際の物になっている。
それもそのはず。マトイにとって【敗者】は彼女が意識を持った中でとても大切な存在で、母親に等しいシオンを自害に追い込んだ張本人だから。
(【敗者】を見つけ出して殺さないと……!!)
しかし、そんなマトイの思考をけたたましい通信の音が引き戻す。
『――さん!マトイさん!』
「えっ?!あっ、……もしかして!」
マトイは円盤型の端末を取り出し、さっと画面を見る。
そこにはオペレーターの焦燥した顔が映っていた。
『こちら管制です!マトイさん、大丈夫ですか!』
「あっ、はい!わたしは大丈夫!」
キョロキョロと辺りを見渡すと、確かにひらけた場所でダーカーもほとんどいない。
ここはまさに通信の通るオアシスのような場所なのだろう。
オペレーターは忙しなく視線を動かし、操作を行うとマトイに向けて声をかけた。
『転送座標確認完了!今そちらにキャンプシップが降下します!』
そのオペレーターの声と共に風が吹き、マトイの目の前には赤黒い景色に相反する久しぶりの青が現れた。
侵食されていないキャンプシップの輝きと、テレパイプのフォトンの脈動……
「ありがとう……!」
マトイはようやく訪れた平穏に深く深呼吸をし、きらきらと輝いた瞳でキャンプシップを見上げる。
ようやくこの地獄のような場所から帰れる手立てが手に入ったのだ。
『転送確認しました!テレパイプは届いていますか?』
「うん!見えるよ!」
オペレーターは今すぐにも出発の姿勢だ。
だがマトイは後ろを振り返り、彼女の足跡が無いことを確認したあと……不安げに声を上げた。
「でも、その……ちょっと待って欲しいの……!」
『どうされました?』
「あのね、ここにもう一人アークスがいて……その子も助けてあげないと!」
レヴィがいくら怪しい人間ではあれど、彼女はダークファルスではなくアークス。今すぐに保護しなければダーカー因子に体が耐えられない。なにせ一週間もこの場にいたのだから。
『ですが……危険です!もしダーカーがまた現れればキャンプシップが墜とされるかもしれません……!』
「でも、助けてあげないと……!もう一週間もここにいるの……!早く助けないと、あの子はもう持たない!」
オペレーターは眉を顰め、躊躇うように声を出そうとするが、マトイの芯の通った強い視線に打たれ……遂には頷いた。
『……わかりました!こちらから探せる範囲で一緒に探すので、該当するアークスのパーソナルデータを提示してください!』
パーティーを組んでいたわけでもなく、記録自体は残っていないが、レヴィのIDをマトイは覚えていた。
「……!ありがとう!えーっと、IDは……これ!」
MidnightFluegel、と記憶していたそれを書き込み、表示されたアークスカードを管制に向け送信すると……
突然、オペレーターの顔のシワが和らいだ。
それは安堵ではなく、まるで嘲笑うような、気の抜けたような笑みで。
『……はっ』
「?」
呆れた吐息の後、困惑するマトイに対してオペレーターはまるで友人か何かのようにフレンドリーに言葉を紡いだ。
いや、正確に言えば……テキトーに、だろうか。
『あー、ソイツならいいっすよ。マトイさん、すぐ戻ってきてください』
「え?でもまだ見つかってなくて……」
『一人で戻ってください。マトイさん』
「ダメ!あの子はダーカー因子の浸食度がとても高いの!早く治療しなきゃ、取り返しのつかないことになっちゃう……!」
『んー、……あぁ、もう無理そうです。早く戻ってこないと、マトイさんまで戻って来れなくなっちゃうかもしれないんで、どうぞ』
「なら、わたし……見つかるまで探すから。
そうしたら、またここで通信する。
だから、帰れないなら一回戻って」
マトイの意志の固まった声にオペレーターは動かれることもなく、むしろ面倒そうにため息をついて、まるで聞き分けのなっていない親戚の子供をあやすかのように声を上げた。
『はぁ……マトイさん……貴方は新人だから分からないのかもしれませんが、これだけは忠告しておきますよ。
そんないる価値もない出来損ないの為に自分の命を犠牲にするなら、もっと守るべき人の為に頑張りませんか?アークスは戦えない市民やダーカーの脅威に晒されている原生生物、この宇宙を守るために戦っているんでしょう?
それをたかが、そんな忌み子の為にリソースを使うというのは……ハッキリ言って無駄ですよ』
オペレーターからすればある意味常識のような物だ。彼らは常に命の取捨選択を強いられてきた。だから、"不必要な命"をリソースをかけてまで守るのはおかしいと本気で思っている。
いや、彼らにとって必要な命というのは瀕死以外のほとんど全てのアークスだ。不必要だと判断したのは処置のしようがない瀕死のアークスと、そして出来損ないの忌み子だけ。
しかしマトイは彼の言葉に心底理解できなかった。彼女にとって取りこぼすべき命などない。
いくら新米であれど、いくら周りが見えていなかろうと、己の奥にある信念が経験で歪む事なんてない。
それに、顔も見ていない、状態も見ていない相手を出来損ないで不要だと罵るなど……
「あなたは一体……何を言っているの……?」
『何をって、当然の事じゃないですか?アークスなら、同じアークスの優劣くらい見分けがつかないとダメだと思うんすよ。
だから、なるべく早く一人で帰ってきて下さいね。
では、船は一旦引き上げますんで』
オペレーターは面倒くさそうに言葉を言い切ると、マトイの返事も無視して勝手に操作を始める。
「あっ、……」
マトイの前にあったテレパイプは消え、船は上昇の準備を始め、マトイが手を伸ばすより先にあっという間に転移を行い周辺宙域に消えていった。
まるで、あの会話をしている中で既に手引きを進めていたみたいに。
しかしいちオペレーターに文句を言っている暇などない。
マトイが言った通りレヴィのダーカー因子汚染量は限界であり、このダーカーが跋扈する地獄のような環境ではいつまた彼女が襲われて、そして命を落とすかわからないからだ。
「……あの子を早く探さなきゃ……!」
しかし、マトイはいくら歩みを進めてもレヴィを見つけられなかった。歩く度にダーカーの数は増えてきて、倒しては進み、また倒してを繰り返すが、来た道を引き返してもなお彼女の足跡のひとつも見つけられない。
(どこにいるの……!)
グルグルと辺りを回っていると、崩れて岩に塞がれた道を見つけ、マトイはそこに近付く。
「ここ、……壊れたばっかりかも」
呟いた瞬間はただなんとなくの勘だったが、端末を開きマップの更新履歴を見るとここ一時間程度のある時点で崩壊し道が無くなっている。
時間もちょうど、マトイとレヴィが別れたあと。
もしかしたら、背後の道が倒壊して閉じ込められたのかもしれない。
マトイはそう考えると、その高い崩落した壁をじっと見つめ、武器を取り出した。
「……クラリッサ!」
マトイの気高い叫びに呼応し白錫・クラリッサは力を纏い、目の前の岩を粉々に吹き飛ばし道を切り開いた。
「待ってて、……今、いく……!」
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる