一方。早々にマトイと別れたレヴィはといえば、帰路に向けて歩みを進めていた。
(マトイが帰還ポイントについたのは見たし、これ以上わたしがお膳立てする必要はない)
そんな事を思いながら、レヴィは早足で歩き続ける。
帰ったらとりあえず、プログラミングから始めようか、あれだけ戦えば戦闘訓練は要らないも同然。あぁでも、サイコウォンドをもう少し調整したいかもしれない……
なんて悶々と考え込んでいると、目の前に人影が見えた。
「……」
【敗者】だ。
レヴィは一瞬肩を跳ねさせ、完全に硬直した。
【敗者】の眷属が支援に来た時点で、レヴィが命令を無視してマトイに攻撃したことなどどう考えてもバレている。
となればわざわざ拠点から動きレヴィを探しに来た彼の行動なんて決まりきっていて。
――絶対怒られる。
なら、……なら、見なかったフリして無視だ。
レヴィは生意気男子小学生でギリギリ許されるような行動を当然のように行い、【敗者】を見ないようにしてそそそ、と横を通り過ぎようとする。
だが、レヴィが背を向けた瞬間逃さず【敗者】は口を開いた。
「……体は大丈夫なのか?」
声色は不思議な程いつも通り。レヴィからすれば"前"と同じような物。
【敗者】の赤い瞳はじっとりと、何か迷うようにレヴィを眺めていた。
その眉目秀麗さに何ら変わりはないが、ダーカー兵器からあぁも言われると繊細なレヴィは当然気にするわけで。
褒められたい、愛されたい、報いが欲しい。
望みを言うだけなら簡単だ。【敗者】という男はそういう望みを抱くに値する存在だとレヴィは思っている。
好みの背丈と性格と声色と顔と体をしているのだから、惚れない方がおかしい。
だが、そうだからこそかもしれないが、レヴィは自分が彼に見初められるほど魅力的な存在だとは思っていなかった。その上シオンという分かりやすい彼の思慕の相手がいるのだから尚更である。
「バイタルを見ればわかるでしょ」
レヴィの返事はぶっきらぼうだ。
助けてくれてありがとうとか、心配かけてごめんとか、そういう言葉を素直に言えたらそれはもうレヴィじゃない。彼女は意地っ張りでずる賢いから、今この場から早く立ち去りたい以外の思考は完全にゼロだった。
だが、それは逆効果。彼女のその生意気な態度は【敗者】を苛立たせるだけである。
「ほう、貴様が数字を提案出来るほどの脳味噌があったとは驚きだ」
そして、そんな【敗者】の言葉によりレヴィは「やっぱり怒ってる」なんて考える訳で、負のスパイラルでしかない。
「別に、これくらい慣れてるし。わたしが今まで何回死にかけたと思ってんの?」
「99回生き延びたからと言って、100回目に死なない保証は誰がするんだ?貴様自身の経験論か?馬鹿馬鹿しい……」
「非効率で意味不明な案をゴリ押しするあんたに言われたくないけど?」
「非効率で意味不明?敵に助けられておきながら一体何を宣っている?」
「はぁ?そもそも最初に丁重に返せとか意味不明で馬鹿げた理論を展開し始めたのはどこの誰ですか?」
もうこうなれば戦いだ。
レヴィは【敗者】に言い訳してねじ伏せるしかない。
だが【敗者】はこういう時に限って大声出して怒鳴ったりしないものだから、レヴィもやりにくく文句ではない屁理屈が重なっていくばかりだ。
「マトイは殺しておくべきだった。オラクルに帰しても戦力が増えるだけだよ」
「戦わせたところで、貴様がアレを殺せたとでも?」
「……運が悪かっただけだよ」
「気味悪いほど豪運の貴様が、か?
やはり、神は都合の良い方にしか味方しないようだな」
「……」
【敗者】が怒っているというのは雰囲気で何となくわかる。それなのに怒鳴ったり殴ったりしてこないものだから、レヴィは段々無理に意地を張る意味を失ってきた。
【敗者】の言う通りマトイと居た時のレヴィは不運だった。せっかく殺せそうなところでダーカー兵器から誘われたり、あれだけ当たっていた弾が突然外れたり、そのせいで【敗者】の存在を疑われるようなことになったり。
レヴィは自分が普通の人間よりかは賭けに勝てるタイプの人間だという自覚があったが、ここまでねじ曲がって負けるというのはとても珍しい。
そして、そう思うということは恐らく【敗者】もその神の都合で敗北した存在なのだろう、とレヴィは考える。
「どうするんだ?もう一回、やりたいか?」
【敗者】の声はとても落ち着いていた。
返答次第、というやつだ。
とはいえレヴィの返答は決まっている。
正しく言えばもう一回ではない。何度もチャンスを得て、その度に挑戦して、その度に上手くいかなかった。
だから。
「……いや、わたしは行動を後手後手に回す前提でやりたくない。ヒットアンドアウェイに失敗したなら、深追いはしない」
解答はそれしかない。運を上回れるほどの実力がないなら無理なものは無理だ。
そう判断したレヴィの答えに、【敗者】は納得したように柔らかく微笑む。
「……よろしい」
そう言って【敗者】は一歩歩くが、突然彼の体が強ばるように止まったあと、すぐ振り向いてレヴィの手を取った。
「ッ、レヴィ」
「ひゃっ?!」
ゴツゴツとした【敗者】の男らしい大きな手はレヴィの傷だらけの小さな手を掴み、きゅっと包み込むと体を引き寄せる。
そんな僅かな動作だけで、レヴィの心臓は大きく高鳴った。
「時間も忘れて僕と話したいんだろう?」
「え?あっ、うん!話したい!」
「その為にどうしたらいいか、分かるか?」
そんな言葉の後、二人は目を合わせた。
マジックを使うのならフォトンのバリアは悪手。【敗者】は素の状態でレヴィを見つめており、レヴィはそんな彼を見蕩れたようにじっと見つめたあと、そっと首を傾げる。
「えっと、……"あんたが時間を止める"?」
「それが正しい解だ」
彼女からの言質を聞いて【敗者】はそう言うと、慣れたように時間を止めた。
今回は曖昧にならないように、世界時計を確認する。
間違いなく、全ての場所の全ての時間が止まっていた。
これは【敗者】の局所的という制限の掛かった時間支配の能力を大きく逸脱している。やはり、レヴィからの干渉あっての強化だろう。
「……よし」
そして体は力を使っていないかのように軽い。
これは完璧な仕上がりだ。
【敗者】がそう満足気に辺りを眺めている中、レヴィは俯いていた。
時間も忘れて話したい。
そう言われれば確かにそうであり、話したいことなんて山ほどあった。
これからの自分たちをどうするか、これからの計画がどうなるかみたいな、そういう話。
オラクルに戻ってから、また偽りの恋人を演技するのだろうか。
でも、嫌がっていると理解したなら、レヴィだって強要したくない。恋人以外にもなにか形はあるだろう。いくらでも選択肢なんてあるだろう。
レヴィはそう考えて、振り絞るように声を出した。
「あのさ、【敗者】、わたし……」
しかし、【敗者】は彼女の言葉を聞く前に被せるように声を出した。
「船の外にある物を少し片付けてくれないか?」
「え?」
【敗者】は彼女の張り詰めたような表情も苦しそうな声色も一切聞いていない。
今まではディスコミュニケーションで関係を悪化させ続けていたが、今だけはその無配慮さが彼を救っていた。
「貴様のマジックは、引き寄せるだけなのか?どこかに送ることは出来ないのか?」
「うーん……送ったこととかない……」
引き寄せのマジックといえばルシェラ。時間空間関係なく欲しいものを欲しいように持ってくる物だが、結果を引き寄せる、というとんちのような使い方もしているせいで自分から剥がす……つまり送るという行為に対して欲求を持ったことがなかった。
「僕の試算だと十分に可能だという解を得られたんだが……まあいい。マジックは天性の才だ。貴様の中で感覚が出来なければ一生使えない物だろう」
【敗者】は歩き出す。レヴィもその後ろを着いていく。
船の外と言えば【敗者】用のスペースだ。
そこには荷物置き用にテントが広げられていて、近くにある椅子はいつも【敗者】が座って長時間作業している。
辺りにいくつかあるコンテナの中身は本やなにかしらの研究資料……つまり【敗者】の私物であり、船の外というレヴィが避けて通れない場所でありながら【敗者】のプライベート空間と化したこの場所は、彼にとっては監視と作業の両方を連ねられる便利な場所だった。
「そもそもフォトン使えないからマジックじゃないんだけど……」
船に着くと、【敗者】は壁によりかかってぼんやりと彼女を見つめ始めた。
当然だが手伝う気はない。
そんな訳で、片付けろと言われても、とレヴィはとりあえずコンテナを船の中に取り込み始める。
ブリーフィングスペースは完全にレヴィの作業場のひとつになっていたが、実質鍛冶場のそこは今の所コンテナが複数個増えようが機能を失うわけではない。
「そんなに否定したいなら、新しく定義したらどうだ?」
「それはそういう人達の仕事でしょ?」
「だったら僕に文句を言うのは間違っているな。それは研究者である僕が出した解だ」
【敗者】はため息をついてから、レヴィの全身を細かく眺める。
腹部から下半身にかけて血の付いた服に、擦り傷で破れたニーソックス。
顔は相変わらず疲れ切っており、唇は震えていた。
「そう……わたし、時間遡行使えないしね」
そしてレヴィの中には今でも【敗者】が衝動的に放ったあの言葉が刺さって抜けない。
いや、今だからこそなのかもしれない。
――ルビィと違って時間遡行が使えなくて、ルビィと違ってフォトンも使えなくて、ルビィと違って文武両道でも誰かに好かれているわけでも世界を動かす力があるわけでもない自分が、本当にこの場にいていいのだろうか。
あのダーカー兵器に従って、何か別のものになってしまった方が【敗者】は喜んだのではないか。
「使えなくても構わない。
あの力は結局道標ありき。シオンやシャオの協力無しに力だけあっても無駄だ」
今の【敗者】からしたらそれを言うことになんの躊躇いもないが、レヴィからするとやっぱり胸が傷んでしまう。
「その、わたしがルビィじゃなくてごめん」
「……何を言っている?」
「だって、あんたはルビィじゃなくて妹っていうハズレを引いちゃったから、だから、……わたしの代わりにルビィが居たらって思ってさ」
そう言われて、【敗者】は一瞬考えた。
目の前の女がルビィに変わる瞬間を。
しかし、それを思考した時、彼は思った。
なんて悍ましい想像なんだ、と。
「はぁ……想定でも虫酸の走るような事を言わないでくれないか?」
それは完全に記憶の中のゴミでノイズで一刻も早く消し去るべき無駄な情報だ。スパゲッティコードでもここまで生理的に無理だとは感じない。
「へ?」
「貴様の代わりにあのアークスが?実に上出来な嫌がらせだな。僕があの穢れた忌々しく可愛げの欠けらも無い出来損ないに媚びを売って色恋を装いここまで着いてこさせると?それは何という名前の拷問だ?」
「ち、ちが、……わたしはっ、わたしは無能だから……」
「自分が相当失礼な事を言っている自覚が無いのか?」
「でも……」
【敗者】にとって確かにレヴィは即戦力には値しない。大器晩成型というような、少しずつ育成していってようやく力が出せるような、そんな出たばかりの芽のような存在だ。だがそんな存在ですらマジックという【敗者】が喉から手が出るほど求めていて、羨ましくて仕方ない力を持っているのだ。そんな目が本当に何も出来ない無能だということになるのなら、それを羨む【敗者】は果実を付けておきながらその芽にすらなれない浅ましい存在に成り下がる。
「マジックが使えない僕は無能の貴様以下と?」
「そっ、そうじゃない!そうじゃなくて……」
「自分の価値も自分で測れない奴が代替だなんだと言う権利があると本気で思っているならそれはとんだ勘違いだ。ルビィは打ち倒すべき敵であって取り入れるべき存在ではない。例え奴が友好的に接してこようが僕には不要だ。
僕のシオンを冒涜するあの穢らわしい不出来な虫ケラ風情にこの僕が貴様と同じように愛想良く接しろと命令するのか?」
「……」
【敗者】の畳み掛けるような言葉に、レヴィは返す事が出来なかった。
胸の中にジクジクと膿んで痛む傷が治る訳でもないが、それを悪くすることも良くすることも出来ない。
マトイを殺せば変わっていたかもしれないが、結果はダメだった。
守るための力を手に入れるにはどうすればいいのか。レヴィにはまだその答えが見つけられない。
【敗者】は萎縮して縮まり返った彼女を見て、目を細める。
「理解出来たならそれで結構。二度とその悍ましい話題を口にするな。僕にもう一度そんな無駄な思考をさせた時は……」
「貴様を殺す」
冷たい視線と圧の掛かった冷たい言葉。
正しい【敗者】……。
レヴィはそう分かっていながらも、目元が熱くなった。
「ご、……ごめんなさい……」
今のままでは良くは無いと思いつつ、【敗者】はレヴィになんて声をかければいいのか分からない。
ただ、手が止まったまま俯いている彼女の体を動かす事しか出来なかった。
「それはそのままでいい。本は中に入れておけ」
大きなテントや椅子を畳むように指示すると、レヴィはそれに合わせて動いてはいる。だが無理やり動かされているようで、彼女は【敗者】と目も合わせず何も喋らないまま作業をしていた。
「……」
重いものでも気にせず持ち上げ、文句ひとつ言わず作業する。
悪くないはずだがつまらない。
レヴィは作業が終わるとそそくさ戻ってくるが、【敗者】とは明らかに距離が空いていた。
二章で大体どれくらいの話数になるかを計算していた所、それなりに長くなりそうなので三章もしくは四章以降を続編という形で作品を分けるか検討しています。話数が長すぎると管理が少々面倒なのと、読者からしても見にくいのでは?と思ったため。
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続編として作品を分ける
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分けないで一つの作品でまとめる